辿り着いたそのさきへ2
寝起きしているのは王立図書館からさほど離れていない古い建物の一角にある広いとも狭いとも言えぬ部屋。
半地下にあたるその部屋への階段を降りているときには、馴染み深い匂いが部屋から漂ってきていた。
扉を開けると予想通り、いつもながら楽しそうに夕飯の支度をする同居人がいた。柔らかい黒髪がいつも寝癖ではねているのも変わらない。
「ねえねえ、サナエが持ってきたこの“かれーるー”便利だね!香草も入れてないのにこの香りだよ。あ、ダイクン様にもサナエの国の食事を一緒にどうですか、って誘っておいたからね。ついでに余った分を上の階の学生にあげたら、明日もお裾分け頼まれちゃった。でも今日の分で“かれーるー”使いきっちゃうんだ。残念がるだろうね〜。」
サナエがこちらの世界に落ちたとき、食料品の買い出しの帰りだった。すっかり忘れ去っていた荷物の存在を思い出したとき、なまものを買っていなかったことに深く安堵したものだ。
そのとき横で一緒に袋をのぞきこみひとつひとつの説明を求めて、さらに使ってみたいと言い出したのはやはりこのレンだった。彼はサナエの身元引受人であるダイクンの弟子という立場であることを除いても世話好きなところがあるらしく、サナエの一切の身の回りの世話を請け負っていた。
「ないものは仕方ないわね。」
「サナエが還ったときにちゃちゃって買ってきてくれれば…ごめんなさい、すみません、もう言わないからそんな怖い目でみないで」
「怖いでしょうね、怖くしてるんだから」
だいたいこの男はいい加減なのだ。サナエは自分でも目元が冷たくなるような気分になりながら、目の前の寝癖頭へ冷ややかな視線を送り、思う。
この世界で目を覚ましたとき、サナエはこの部屋でひとり寝かされていた。なぜ見覚えのない部屋にいるのか、とか、なぜこんなところで寝ていたのか、とか、答えのでない疑問はたくさんあった。
とりあえず衣服の乱れがないことは確認してから清潔そうな寝台から身を起こすと、その部屋を見渡した。
そこはどこか奇妙な部屋だった。
散らかっているわけではないが、雑然としている。倉庫や物置にされている空間ではなく、人が暮らしている気配もある。
しかしどこか拭いきれない違和感にサナエは眉をひそめ、その正体に思い当たった。見慣れた生活用品がひとつもないのだ、即ち電化製品が。
沸き上がる疑問を解決できないまま寝台の上に座り考えこんでいると、右手側にある扉が開いた。取手を掴んだその男は不自然な体勢で固まり、サナエを見ていた。
少年と大人の中間、サナエよりは少し年下に見えるその男は、不思議な色の外套をはおっていた。
驚いているわりにびっくりしているわけでもない様子にどう声をかけるか考えあぐねていると、男の時計の方がさきに動き出した。
「いやー、大変だったね、サナエ。気分はどう?階段から落ちたんだからいいはずもないか。ね、なんか飲む?貧血かもしれないから薬草煎じてあげるね。ちょっと苦いけど、センじいの育てる薬草は効果も高いよ。それにしてもいつ目が覚めたんだ?さっき運び込まれたばっかなのに。なにはともあれ大きな怪我がないようで良かったよ」
早口でサナエに踏み込む隙を与えない男。
柔らかそうな黒髪の一部分、寝癖だろうはね方をしている頭を見つめながらサナエは考える。
そして言った。
「あなた、誰?」
なぜサナエの名前を知っているのか、と。




