後を追う音3
初めて見る色だった。
怜悧な刃物を思わせる輝きを持つ、銀の髪。
あぁ、ファンタジーってなんでもありなのね。とつぶやきそうになって、首に押し付けられた本物の刃物の冷たさに口をつぐんだ。
最初に感じたのは、背中の痛みだった。
投げつけるように壁へ押し付けられたとき、背中と肩を強かに打ったらしい。
「あいつと何を話した?」
低い、魅力的な声だった。
空を溶かしたような青い瞳は、感情を宿さずどこか影が潜んで見える。
色合いも表情もまったく違うのに顔立ちは先ほどまで一緒だった蜂蜜色の青年を彷彿とさせた。
「ルーカス殿下の、こと?」
「もう取り入ったのか。女はだから鬱陶しい」
薄く笑うのは口元だけ。目には明らかな嘲りの色が見える。
息をするごとに触れそうな短刀は、遠ざかる気配すら見えなかった。
「あなた、は」
「さっさと吐け。あいつに何を吹き込んだ?」
首もとに覗く服装は、ジェイが着ていた軍の制服と似ていて兄弟でも気の使う場所が違うのだとおかしくなった。
「なにを笑っている?観察者なら殺されないとでも思っているのか?あいにく俺はそんなものくそ喰らえと思うタチでな。寝てる間のことなど放っておけば良いものを忌々しい」
「同感」
形のよい眉がひそめられる。
「おもねるのか」
酷薄な笑いが深まり、周囲の温度が下がったように感じた。
ぐっと押し付けられた短剣に力がこもる。
すこしでも横へ引けば、血が流れるだろう。
恐怖よりも上回ったのはふつふつと沸く苛立ちだった。
「…うるさい」
「は?」
「うるさいって言ったの。神の眼を信じるも信じないも私には関係ない。正直私は信じられないし。それに寝てる間のことなんて放っておけば良いって思うのは同じ。むしろ人を巻き込むな。だいたい勝手に連れてきて寝てる間の眼になれってどういう理屈よ」
口は災いのもと。わかっていてもとめられなかった。
ルーカスもダイクンもレンでさえも、皆サナエを気遣ってくれる。
だからこそ、言えなかった。
気遣われれば大丈夫と笑ってみせることしかできない、例えそれが虚勢でも。
それがサナエだった。
動きを止めた男の顔を見上げて、自嘲を浮かべる。
「してないよ」
形の良い眉がいぶかしげに顰められた。
「ルーカス殿下と、話。彼は私の国の政治について知りたかったみたいだけど、何も話してない」
「なぜだ?」
「私の国の政治がすべて上手くいっていた訳でもない。参考にするには彼は傾倒しすぎている。正解などないでしょう?彼はまだそれを知らなそうだから」
だから話さない。そのつもりもない。これからも。
すっと首に当てられていた剣が遠ざかり、鞘におさめる音がした。
僅かに傷ついたのか、男の目がサナエの首に注がれる。
ふ、と彼の表情とともに纏う空気が変わった。
「女、お前はおもしろいな」
失礼な言い方だ、とは思ったがサナエは肩を竦めるにとどめる。
実際、立っている体を支えるだけで精一杯だった。
「それはどーも」
名前を教えて訂正させる気にはならない。
そうすれば男の名も知ることになりそうだ。できればそれは避けたかった。
だが、腰に響くような魅惑的な声に面白げな色が含まれる。
「名は何という?」
「…言いたくない」
「まぁいい、俺はエスターだ。覚えておけ」
エスターはサナエの目から離さないまま、長い黒髪を一房手に取り、口づけた。