後を追う音1
「おぉ、これはまた変わった香りじゃの」
レンの名目上の師であり、サナエの身元引受人でもあるダイクンがやってきたとき、食卓にはすでに出来上がった夕食が並べられていた。
レンの抗議を押しきる形で同居を始めてから半年、竜のくせに家事全般が得意なレンのおかげで、サナエは知識の吸収に集中することができていた。
本来、竜族は個体数が少なく神の御使いとも目され傅かれる立場らしいのだが、本人は気ままな身分が一番と言い切っている。
「ダイクン様、お久しぶりです」
「サナエ殿、元気そうで何よりじゃ。これはサナエ殿の世界の食事とな?」
「えぇ、レンが気に入ってしまって」
「レン殿は知らないものを見つけることが何より幸せなんじゃろう。なにせこの世界とのつきあいが長いからの」
レンの外見は20に手が届くかどうかにしか見えない。
人間の年齢でくくれるものではないだろうと検討はつけながらも、サナエはなんとなく気になっていた。
「レンは実際いくつになるんでしょうか?」
「あー、サナエがオトナらしくない発言してる!年齢尋ねるなんて失礼よ!」
わざとらしく体をくねらせるレンを冷めた目で一瞥するとすぐにおとなしく席についた。
それを見てダイクンはますます笑みを深める。
「この世界が産まれたとき、神は自らの使いとして光と闇、それぞれの精霊を使わした。彼らはこの大地に土と風、水と火を生み、最後に神が降り立ち人を作ったと言われておる」
サナエは不思議そうな表情をして首をかしげたが、何も言わなかった。
食事の後、良い香りのお茶を飲みながらダイクンは言った。
「ルーカス殿下がサナエ殿に話を聞きたいそうじゃ。近いうちに時間が欲しいと仰っておったよ」
「話?」
「サナエ殿の国の機関についてだとか。ルーカス殿下も国の施政者のひとりじゃて、参考にされたいのかも知れんのう」
新しい世界での生活を始めるにあたり、当初はダイクンやレンから基礎的な知識の講義を受けてながら空いた時間を図書館で過ごしていた。
それがいつしか割合が逆転し一人で学ぶ時間が長くなっているが、本に載っていないような現在のハルシオン国の内情は、ある程度最初の頃の講義で聞いている。
第二王子と呼ばれるルーカスは、実際は王弟の立場に近いという。
彼の父親でもあった先代の王が亡くなってから、戴冠式を控えるばかりの第一王子が執務を取り仕切っており、その若き次期国王を補佐しようと誠実に政治に取り組むルーカスは周囲からの信望も厚いらしい。
半年前ダイクンと共にやってきたルーカスとこの部屋で話をした以来、サナエは彼に会っていない。
今回のような申し出が何度かあったが、丁重に断り続けてきた。
ふと、蜂蜜色の髪に薄茶の瞳の素直そうな笑顔が浮かび、サナエは小さく息を吐いた。
「…申し訳ないのですが、お断りできませんか?」
言いづらそうに謝るサナエに、ダイクンは深く追求せずに頷いた。
「サナエ殿がそう言うのなら、わしから話をしておこう」
ダイクンはいつも優しい。なぜか、サナエを信頼してくれている。それはレンも同じだった。
普段はうるさいくらいの彼も、サナエが触れて欲しくない、と思う部分に関しては近づこうとしない。
そんな二人の存在が、とても有難いと感じた。