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辿り着いたそのさきへ
文字が読めることは数少ない幸いのうちのひとつだった。
小さな溜め息を吐きながらサナエはそっとざらざらとした手触りの布で表装された本を閉じた。
天井から下げられたあかりはそれでも高い。
燭台の灯で深い陰影が浮かぶ大理石の柱に支えられた空間は、昼のうちであれば窓からの天空光で十分に読書が可能だが、今は落ちた太陽に変わりそっと月が天にあるばかり。
館内に人影がないことを見ると、閉館の時間が近いかすでに過ぎているのかもしれない。
毎日訪れては一日をそこですごすサナエは風景に馴染み久しい。
さらに特殊な立場でもあることからあからさまに退館を求められることがなかった。
この国で一般的な知識階級が読むべきとされ、その教育課程において参考とされる図書についてはあらかた読み終えてしまった。
それでも、サナエはこの半年間毎日ここへ足を運び、新たな本を手に取っている。
突然落とされたこの世界でそれまでの日常生活を全て失った彼女は、それが今出来るすべてだった。