指導とワガママ4
今日から部屋ではなく、食堂で食事をとることになった。
朝食を食べに昨日案内してもらった場所に向かう。
本当なら家族皆で食事をするのだろうが、この屋敷には私1人。もちろん使用人と一緒に食べることはない。
広い食堂に何人も座れそうな大きなテーブル、そこに私1人だけで食事というのはなんとなく寂しい。
(これが10歳の少女ならもっと寂しいんじゃないかな?それともこの世界では当たり前なのかな?)
席に着くとすぐに温かい食事が運ばれてくる。
新鮮な野菜のサラダに、スクランブルエッグにカリカリのベーコン。スープもパンもとても美味しい。
サクサクのクロワッサンは美味し過ぎて2つも食べてしまった。
この味にワガママを言うのはなかなか難しい。
私は少し考えてから、側に控えていたミリーに、料理長に会いに行きたいと伝えた。
「お嬢様自ら会いに行かれるのですか?」
「私が料理長に話したいことがあるんだから、私から会いに行くのが普通でしょ?」
当たり前のことだと言うイリスに、ミリーは一瞬変な顔をしたが
「……では、厨房にご案内致します」
私はミリーと共に厨房へと向かった。
厨房ではたくさんの料理人やメイドが、次の料理の仕込みをしたり片付けをしたりと、入れ代わり立ち代わり忙しそうだ。
そこへミリーがイリスの来訪を告げると、皆驚いた顔をしながらも私に頭を下げる。
料理長は恰幅の良い50代くらいのおじさんだった。
私に礼儀正しく挨拶しながらも、何を言われるのか警戒しているようだ。
(よし、まずは食事のお礼……は、使用人には言っちゃだめだから、感想を伝えよう)
「今日の朝食はとても美味しかったわ」
私が笑顔で伝えると、料理長は驚いた顔をした。
「お褒めいただき光栄です」
「それで、お願いがあるんだけど……」
「は、はい」
「明日の朝食にパンケーキをお願いしたいの」
「は?」
「蜂蜜たっぷりでね!」
「いえ、あの、明日の朝食ですか?今日ではなくて?」
「今日の朝食はもう食べたわよ?」
「その、今すぐパンケーキをお作りしなくて良いのですか?」
「ええ、明日の朝食に食べたい気分になったの。お願いできる?」
(なんか微妙に会話が噛み合ってない気がする……)
その後も、本当に今すぐ作らなくて良いのか、メニューはパンケーキだけで良いのか、何度も確認された。
(料理長って意外と神経質なタイプなのかしら?)
ミリーに聞いたところによると、この屋敷の厨房は、あらかじめ1ヶ月分の献立を立てておいて、それに合わせてまとめて材料の発注を行うそうだ。
多くの使用人も暮らしているのだ、そのほうが効率が良いのだろう。
だから、急なメニューの変更はかなりの迷惑になる。
でも、あの素晴らしい味付けにどんなワガママを言えばいいのか、さっぱり思い付かない。
悩んだ私は、新たに発注せずとも常備してある材料で作れるメニューを、ワガママで作ってもらうことにした。
私1人分のパンケーキを作る、小麦粉と卵と牛乳くらいは余分にあるだろう。
(前日に言っておけば準備できるだろうし)
(明日の朝食が楽しみ〜!)
満足気なイリスを、料理長は不思議そうに見つめる。
(さすがに毎日食事にワガママ言うのは悪いから、週に1度くらいにしておこう)
それから、毎週火曜日の朝食後、厨房にワガママを伝えに行くのが、イリスのルーティンになった。