表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/51

番外編 イリスとアルフレッド

読んでいただき、ありがとうございます。


感想で後日談をと言っていただいたので、イリスとアルフレッドのその後を少しだけ書いてみました。

全2話の予定です。


目を覚まし、ベッドの中でぼんやりとした意識のまま、自然に自分の右隣に目を遣る。


そこには、柔らかそうな金髪に閉じた瞼を彩る長い睫毛、寝顔ですら美しい青年が静かに寝息を立てて眠っている。

その顔には以前不眠症だった頃の面影などまるでなかった。


私は彼を起こしてしまわないように、そっと寝返りを打つ。


身体が気怠い。節々がぎこち無く痛む。このままもう一眠りしてしまいたい。


そして、そんな自身の現状の要因のひとつでもある、この寝室の扉を恨みがましく睨んでしまう。



◇◇◇◇◇◇



半年前、私の婚約者であるアルフレッドがレクサード王立魔法学園を卒業した。

悪役令嬢の断罪の場として定番の卒業パーティを無事に終えた私は、安堵と解放感に包まれていた。


邸宅に帰ったら、甘いお菓子とお気に入りの紅茶をミリーに用意してもらい、自室で一人お疲れ様会を開催しようなんて考えていたのに……。


帰りの馬車の中、あれよあれよという間に王宮に住む話となり、そのまま邸宅に帰ることなく王宮の奥深くにある部屋へと案内されてしまった。



アルフレッドにエスコートされ、私の為に用意したという部屋に入り、そのままアルフレッドは部屋の中を案内してくれる。


見るからに高級そうな調度品が揃えられていたが、部屋全体の雰囲気は豪華過ぎず落ち着いたトーンで、カーテンや壁紙の色で可愛らしさも取り入れられたその部屋は、とても私好みだった。


そして寝室へと案内されると、入って来た扉とは別の、美しい彫りが全面に施された木製の両扉が目についた。


まだ部屋が続いているのだろうか?

さすがにもう充分過ぎるくらい広いのに……。


「あの、この扉の奥は何の部屋ですか?」


部屋に入る時のまま、私の腰に手を回しぴったりと寄り添うアルフレッドに聞いてみる。


「ああ、それは私の部屋の寝室と繋がる扉だよ」

「え?」


そういえば、隣はアルフレッドの部屋だと言っていた。しかし、中で繋がっているとは聞いていない。


「この部屋は結婚してからもそのまま使う予定だから」


アルフレッドはとても嬉しそうな口調で言う。


「そ、そうなんです……ね?」


そういうものなのだろうか?

もしかしたら、私が知らないだけで王族の夫婦の寝室とはこういった構造なのかもしれない。


まあ、いずれ夫婦になるんだし、その時に使うものなのだろうと自分に言い聞かせる。


(普段は鍵をかけておけば特に問題ないだろうし)


そう思い、再びアルフレッドの寝室と繋がる扉を見て、あることに気付いてしまう。


(あれ?鍵……どこ?)


その扉のドアノブ付近には鍵らしきものは見当たらなかった。


「この扉はどうやって鍵をかけるのですか?」

「鍵?鍵なんて付いてないよ?」

「付いてない?」


それはいささか問題ではないだろうか?


「えっと、それはちょっと困りませんか?」

「困る?どうして?」

「その、プライバシーと言いますか、寝室ですし。あっ!私はけっこう寝相が悪いみたいで、そういう姿を万が一見られたりするのも恥ずかしいですし……」

「そうなの?それは楽しみだね」

「………」


いい笑顔の意味がわからない。


「あの、ですから、鍵のないこの扉はちょっと……。できれば鍵を付けてもらえませんか?」


私が必死に訴えると、アルフレッドは眉を下げて困った顔をする。


「この扉の彫刻は百年以上前に彫られたもので、希少価値が高い一点物なんだ。だからこの扉に手を加えることは難しくてね」

「………」

「でも、イリスがそんなにこの扉が気に食わないなら、いっそのこと扉ごと無くしてしまおうか?」 

「………」

「どっちがいい?」

「このままでお願いします」


なぜこの扉にだけそんな価値ある彫刻を……。

たしかに、とても美しいとは思うけれども。


「ふふっ、良かった。まあ、私は扉を無くしてしまっても全く問題無いけどね」


私には問題しかない。


(鍵はかからないけれど、開けっ放しにしなければ、ある程度のプライバシーは守られるはずよね)


扉を無くして、お互いの寝室が丸見えよりかはきっとマシだと、ひたすら自分に言い聞かせた。


(それに、アルフレッドはなんだかんだ言いながらも、私が本気で嫌がるようなことはしないはずよ)


婚約をしてから今までの間ずっと、彼は私に対して紳士的な振る舞いだったからだ。


しかし私のその甘い考えは、その日の夜に堂々とこの扉を開けて、私の寝室へ入ってきたアルフレッドによって覆される。


「イリス、やっとやっと私のものだ」


ベッドに押し倒された私は、潤んだ瞳で切なげにそう呟くアルフレッドに何度も何度もキスの雨を落とされて、そのまま彼のものになった。



◇◇◇◇◇◇



あれから半年。

アルフレッドの寝室と繋がる扉はほぼ毎晩開かれ、彼はほぼ毎日私のベッドで寝起きしている。


(爛れた生活だわ……)


爛れた生活だなんて言葉は、自分に縁がないものだと思っていた。


そろそろ起きなければと静かに身体を起こし、ベッドから降りようとしたその時


「おはよう。イリス」


声と共に、私の背後から現れた両腕が腰に巻き付かれ、そのままぐいっとベッドの中へと引き戻される。


「お、おはようございます。アルフレッド様」

「どこに行くの?」

「そろそろ起きる時間ですので、準備をしようと……」

「まだ大丈夫だよ」


その甘やかな声に負けじと、私はジタバタとしながら彼の腕から抜け出そうとする。

そこからは毎朝恒例となってしまった、学園に行かせたくないアルフレッドと、学園に行きたい私の攻防戦が始まる。


「あの、準備をしませんと、登校時間に間に合わなくなりますから」

「そんなに慌てなくても……。昨夜は無理させちゃったみたいだし、もっとゆっくり寝ててもいいんだよ?」


そう思うなら、ほぼ毎晩無理させるのはやめてほしい。


「もうすぐ試験ですから、登校しないと」

「そんなに頑張らなくても、どうせ卒業後のイリスの進路は決まってるんだから」

「だからこそですよ。王太子妃になる私が手を抜くわけにはいきません」


これから王太子妃として人の上に立つようになるのだ。

そんな私がいい加減なことをするわけにはいかない。

爛れた生活を理由に、学園を欠席するなんて以ての外だ。


「イリスは真面目だね。わかったよ。じゃあ帰りは早く帰って来てくれる?」

「あっ、えーっと、放課後アーサー君に勉強を教える約束をしてまして……」


アルフレッドが笑みを浮かべた。

しかし、それに反して周りの温度はどんどんと下がっていくような気がした。


「ねぇ、イリス。どうしてイワノフ君の試験勉強をイリスが手伝うの?」

「あの、それは、アーサー君に必死に頼まれてしまいまして」


昨日、アーサーに泣きつかれて断れなかったのだ。

ちなみにアーサーは本当に泣いていた。3歳児のようだった。


「………もしかして、昨日書いてたノートってイワノフ君の為?」

「えっ?」

「おかしいと思ってたんだよね。イリスがする勉強にしては基礎中の基礎過ぎるし」

「………」


なぜ知っているのだろう?

昨夜、アルフレッドが寝室に訪れる前に書き終えて、鞄にしまったはずなのに。


「その、アーサー君はもうすぐレイラと婚約をするんです。ですから、アーサー君が留年や退学になってしまったら、レイラとの婚約にも影響が出るかもしれません。だから」

「ハァ……わかったよ」


話の途中で、アルフレッドはため息をつきながら腕を解いて解放してくれた。

そして、私よりも先にベッドから降りる。


「イリスはいつまで経っても私だけのものになってくれないね」

「え?」

「君の部屋を用意して、身体だって重ねたのに……」


そう言って彼はサイドチェストの引き出しを開けて、中から錠剤の入った瓶を取り出すと、それを見つめる。


「こんなものまで……」


それは、避妊薬の入った瓶だった。


「イリスはどうせ私の子を孕むのだから、それが今か、未来さきかだけの違いなのに」


悲しげな顔で恐ろしい持論を呟いている。


「まだ学生なんですから、今妊娠してしまったら」

「それもわかってるよ」


アルフレッドは再び私の話を遮って返事をする。


「ごめんね。イリスの試験勉強の邪魔はしないようにするよ」


そう言って、アルフレッドは自分の寝室へと帰って行った。

ベッドの上に一人残されてしまった私は、アルフレッドのいつもと違う態度になんとなく不安を覚えていた。



◇◇◇◇◇◇



アルフレッドは宣言通り、私の試験勉強の邪魔をすることはなくなった。

あの日以降、ぱたりと私の部屋に訪れなくなったのだ。


それどころか、公務が忙しいという理由で夕食を共に食べることもなくなってしまった。


「バーンスタイン嬢、少々よろしいですか?」


学園から帰って来たところを、アルフレッドの従者であるジェラルドに声をかけられる。


ジェラルドは魔法学園でのアルフレッドの友人であり、従者候補でもあった。

そして卒業後は正式にアルフレッドの従者となり、王宮でアルフレッドの公務の補佐をしている。


「はい。いかがされましたか?」

「アルフレッド殿下から伝言を頼まれまして、本日の夕食は共にできないとのことです」

「そう、ですか……」


どうやら今日も夕食を一緒に食べるのは無理らしい。


「あの、今はそんなにお忙しいのでしょうか?」

「今だけではなく、今までもずっと殿下はお忙しかったですよ」

「え?」

「今までは、バーンスタイン嬢の夕食時間に合わせる為になんとか時間を捻出しておりました」

「そうだったのですか……」

「では、失礼致します」


そう言ってジェラルドは礼をして去って行った。



私は部屋に戻るとふうっとため息をつく。


(これはやっぱり、避けられてるのかな?)


以前、アルフレッドがニーナに想いを寄せていると勘違いし、私がアルフレッドを避けた時期があった。


人に避けられるというのは、こんなにも心が傷付く行為なのだと、自分がされて初めて気付く。

それが好きな人からならば、なおさら心が苦しい。


(あの時のアルフレッドもこんな気持ちだったの?)


私は寝室に向かい、アルフレッドの寝室と繋がる扉を見つめる。

思い返せば、この部屋で過ごすようになってからこの扉を開けるのはいつもアルフレッドだった。


私から開けたことは一度もなかった……。


そのことに改めて気付くと、様々なことが思い出される。


(いつだって愛情を示してくれるのはアルフレッドからだった。私はいつもそれをただ受け取るだけ……)



学園を欠席せずに通うこと。学園で勉学に励むこと。未来の王太子妃として相応しい行動をすること。


それらは全て正しいことだ。

だけど、それはアルフレッドの気持ちを蔑ろにしてまで

、全てきっちりとこなさなければいけないことだろうか?

同じように、いや、それ以上に忙しいはずのアルフレッドは、ちゃんと私との時間を優先してくれていたのに……。


(前世の頃の自分と、ちっとも変わってないじゃない)


真面目で頑固で融通のきかない、綾乃の頃のままだった。



◇◇◇◇◇◇



その日の深夜、やはりアルフレッドはやって来ない。


(でも、この扉の向こう側には居るはず)


私は覚悟を決めて、扉をノックした。


「………」


返事はない。

もう寝てしまったのだろうか?


私はえいっと気合いを入れて、扉を開けた。


アルフレッドの寝室はすでに薄暗く、私の部屋の灯りが扉の隙間から差し込む。


「アルフレッド様?」


小さな声で呼びかけながらベッドに近付くと、そこには誰もいなかった。

そのまま隣の部屋に向かうと、ソファーに座りながらうたた寝をしているアルフレッドがいた。

今まで仕事をしていたのか、テーブルの上には書類が乱雑に置かれたままだ。


「んっ、……え、イリス?」


私の気配に気付いたのか、アルフレッドがぼんやりとしたまま薄目を開ける。

数日振りに見たアルフレッドの目元には隈があった。


「アルフレッド様、あの……」

「どうしたの?」


アルフレッドの優しい声になぜか泣きそうになってしまう。


「私、アルフレッド様に謝りたくて」

「謝る?」

「私、今までずっと自分と学園のことばかりで……」

「それは……仕方のないことだよ」


アルフレッドは少し寂しそうにそう答えた。


「違うんです。もちろん学園に通うことは大切なことです。でも、私が一番大切にするべきなのはアルフレッド様だったのに」

「イリス……」

「だからこそ、あなたにちゃんと伝えたくて」


私はアルフレッドの隣に座り、彼と視線をしっかりと合わせる。


「私が真面目に学園に通っているのは、未来の王太子妃としていい加減な行動はできないと思っていたからです」

「うん」

「でもそれは、アルフレッド様に相応しい自分になりたかったから。将来、あなたの隣に堂々と立てるようになりたかった」

「うん」

「それなのに、いつの間にかアルフレッド様のことよりも、王太子妃として相応しい自分になることばかりに固執してしまって……。本当にごめんなさい」

「いいんだよ。君が頑張り屋なのは昔から知っているから」


アルフレッドの私を思いやる言葉に涙が溢れてきてしまう。


「私はこれからもあなたに相応しい自分になるための努力はやめられません。だから学園にもちゃんと通います。でも、これだけは伝えたくて……私は今もずっとアルフレッド様が大好きです。愛しています」


アルフレッドは驚き、目を見開いた。

前に伝えた時よりも、ちゃんと大きな声で目を見てしっかりと伝えられた。


「卒業して、王太子妃教育を終えて結婚したら、ちゃんとあなただけのものになります。だから、もう少しだけ待っていて下さいますか?」

「イリス……」


そして私は彼に顔を寄せて、そっと唇を重ねる。

思えば、自分からキスをしたこともなかった。

いつまでも愛情を受け取るだけじゃなく、アルフレッドにも私の愛情を、気持ちを、行動でも伝えたいと思った。


「イリス、イリス、イリス!」


アルフレッドが感極まったように私の名を何度も呼びながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。


ちょっと苦しいなと思いながらも、彼の気持ちを受け入れるように抱きしめ返した。


「イリスと結婚するまでちゃんと待ってるから」

「はい。ありがとうございます」

「結婚したら本当にイリスの全部私のもの?」

「はい。その、子供も……アルフレッド様との子供も欲しいと、ちゃんと思ってますから」

「うん!嬉しいよイリス」


卒業して、王太子妃の教育を全て終えるまでどんなに早くてもあと3年はかかる。

それまでの間は、なるべく彼に寂しい思いをさせないように何度でも想いを伝えよう。


アルフレッドの腕の中でそんなことを考えていた私は、

まさか卒業してすぐに結婚式を挙げることになり、そしてすぐに彼の子供を身籠ることになるなんて思ってもいなかった。


「愛してるよイリス。結婚するのが楽しみだよ」



次話はレイラとアーサーのその後を書く予定です。

明後日に投稿予定です。


よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ