指導とワガママ2
さらに翌日、外出はまだ無理だが、屋敷の中を歩く許可がおりた。オリバーとミリーと共に屋敷の中を案内してもらう。
古い建物だが掃除が行き届いている。
私達が歩いていると、掃除をしている使用人達が皆姿勢を正してこちらに向かって頭を下げる。
思わず私もペコリと会釈を返すと、目を見開いたオリバーに注意を受けた。
使用人に会釈を返すのもダメらしい。
挨拶には挨拶を返すのが礼儀だと、教え込まれた元日本人の私にはなかなか慣れそうにない。
この屋敷は私や家族、使用人たちが生活をする本館と、お客様を招いた時に使われる別館があるそうだ。
別館には舞踏会に使われるホールや、サロン用の広間があり、ゲストが宿泊するための部屋も用意されている。
しかし、バーンスタイン家は女主人であるイリスの母が亡くなっており、後妻も迎えていないため長らく別館は使われていない。
週に数回、空気の入れ替えを行うくらいで、普段は別館への入口は施錠されており、中に入れなくなっている。
オリバーから説明を受けながら、本館から別館の入口へ繋がる渡り廊下にさしかかる。
渡り廊下には1人の若いメイドが、廊下の端に等間隔に飾られた花瓶を1つ1つ順番に拭いていた。
私達に気付くと、作業の手を止め姿勢を正し、頭を下げる。そんなメイドの前を通り過ぎ、廊下の突き当りとなる別館の入口に着いた。
別館は今後もしばらくは使う予定もないし、わざわざ中を見なくてもいいか……と、振り返り、元来た道を戻ろうとすると
(ん?なんか花瓶汚れてない?)
本館側から歩いた時には見えなかったが、別館側から歩き出すと、さきほどの若いメイドが拭いたであろう花瓶の一部分だけ黒い汚れが残っている。
そして、よく見ると他の花瓶も同じ部分に拭き残しがみられた。
「ねえミリー、この渡り廊下の掃除はいつもあのメイドがやっているの?」
「はい。あのメイドはエマといいまして、たしかこの屋敷に勤めて今年で2年目になります」
「なるほど」
私達の会話が聞こえたのか、自分の名前が出たことに驚いた様子で、エマは不安気な顔でこちらを見ている。
「エマ、こちらに来てくれる?」
私が呼びかけるとエマは急いでやって来た。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
何を言われるのだろうかと、エマの声は少し震えている。
「この渡り廊下の花瓶は全部拭き終わったのよね?」
「は、はい」
「ここに拭き残しがあるのだけれど、ほら!」
「申し訳ございません!!」
私が花瓶の汚れを指すと、エマは真っ青な顔になりながら謝罪した。
「ねぇ、花瓶の拭き方は習ったの?」
「は、はい。この屋敷に雇って頂いた際の研修で」
「今も習った通りに拭いているの?」
「はい。ですので、その、決してサボっていた訳ではなく、あの、その……」
急な指摘にパニックになったのだろう。見ているこちらが可哀想になるくらい怯えている。
「ど、どうか罰だけは、お、お許し下さい」
この屋敷にどんな罰ルールがあるのかは知らないが、そんなことよりまずは……
「もう1度拭いてみてくれる?」
「え?」
「花瓶よ。いつもやってる通りでいいから」
「は、はい」
半泣きになりながらも、エマは手近にあった花瓶を拭き始めた。
「拭き残してる所を拭くんじゃなくって、エマはいつもどこから拭いてるの? そう、じゃあそこから拭いてみて……ほら、拭き終わりを見てみなさい」
「あっ……」
やっぱり一部分だけ拭き残しがある。
「あなたがサボってるなんて思ってないわ。ちゃんと研修で教わった通りにやっている。それでも同じ部分だけ汚れが残るなら、それが、あなたの癖になってるのよ」
私は前世での苦い経験を思い出していた。