独白(sideシオン)
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
※今回はシオン視点の話になります。
広い邸宅の廊下をゆっくりと歩いて行く。
窓の外はすっかり暗くなり、廊下には魔道具の灯りが照らされていた。
「シオン様」
先代のバーンスタイン公爵の時代から仕えている、老齢の執事に呼び止められる。
「明日はいよいよイリスお嬢様の結婚式でございますね。あんな幼かったお嬢様がもう結婚とは、時が流れるのは早いものです」
「本当にあっという間だったね。明日の式は義姉さんより先に泣かないように気を付けるよ」
そう軽口を叩き、僕は自室へと向かう。
部屋に入ると、無意識に深く息を吐いた。
僕は先日、レクサード王立魔法学園を卒業した。
そして今はバーンスタイン公爵家の後継者として、義父に本格的に仕事を教え込まれている。
義姉のイリスは2年前の卒業式の後、そのままアルフレッドに王宮へと連れて行かれ、この2年間は1度もバーンスタイン邸に帰ることなく王宮で暮らしている。
ただ、その間も学園には通っていたので、昼食を共にしたりと、それなりに交流はしていた。
イリスは寝不足で疲れている様子の時もあったが、学園では友人達と楽しそうに過ごしていた。
そしてイリスは卒業後すぐにアルフレッドとの結婚が決まった。
慣例通りならば、卒業後1〜2年は王太子妃として王宮で実務経験を積んでから結婚の運びとなる。
しかしイリスは学園に通いながら王宮で暮らしたこの2年間で、実務経験を積んだと見做されたのだ。
と、いうのが表向きの理由だが、実際はさっさとイリスを自分のものにしたいアルフレッドが、卒業後すぐの結婚をゴリ押しした。
きっとそのためにイリスを王宮に住まわせたのだろう。
「残念だなぁ」
思わずそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇
僕は元々、バーンスタイン公爵家の遠縁にあたる末端貴族の三男だった。
両親も兄達も目立った魔力はなかったのに、なぜか僕だけが6歳の頃に膨大な闇の魔力に目覚めた。
その話を聞きつけたバーンスタイン公爵に請われ、8歳の時に養子となり、この王都の邸宅に連れて来られた。
バーンスタイン公爵には、イリスという名の僕と同い年の一人娘が居た。
だが、彼女は母親を早くに亡くし、領地で使用人達と暮らしているという。
僕は義姉になるイリスと会うことなく、半年が過ぎた。
初めてイリスに会った時、僕はこんな美しい女の子が居るのかととても驚いた。
真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪に、白い肌、何より少し気の強そうな僕と同じ紫の瞳に釘付けになった。
義父からイリスを紹介され、互いに挨拶をする。
イリスは挨拶の所作すらも美しく、完璧だった。
しばらく邸宅で過ごすことになったイリスと仲良くなりたいと思った僕は、自分からイリスに声をかけた。
「義姉さん、良かったら一緒に…」
「お前に義姉さんなどと呼ばれる筋合いはないわ」
憎々しげに言い放ったイリスの美しい瞳には、怒りが満ちていた。
そんな彼女を見た瞬間、僕はゾクゾクとした感情の昂りを覚えた。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
イリスは傲慢で我儘で、気に入らないことがあると烈火の如く怒り、周りに当たり散らす。
邸宅での僕の評判は上々で、それがさらにイリスを苛立たせた。
義父が僕を褒めたり、僕に関心を寄せるたびにイリスは僕に憎悪の視線を向ける。
彼女は唯一の家族である父親からの愛情に飢えていたんだ。
美しい容姿に高い地位、たくさんのものを持っているのに本当に欲しいものが手に入らない。
プライドの高さ故に甘えることもできず、ただただ周りを攻撃し、更に愛を失う。
愚かで、かわいそうなイリス。
僕はそんなイリスが大好きだった。
◇◇◇◇◇◇
僕が10歳になった頃、王太子殿下の婚約者候補に選ばれたイリスが、お見合いのために邸宅に滞在することになった。
しかし半年前に領地の屋敷で頭を打ち、記憶喪失になってしまったという。
僕はてっきり、イリスが義父の気を引きたいがために、馬鹿な嘘をついているのだと思った。
久しぶりに会ったイリスはすっかり別人のようになってしまっていた。
僕はイリスの演技を暴こうと様々なことをした。
わざと「義姉さん」と呼んだり、義父との話をして煽ってみたり……でもイリスはいつも困ったような顔をするばかりで、怒ることはなかった。
そして僕が熱を出したあの夜。
イリスはわざわざ部屋を訪ねてきた。
1人で寝ている僕を心配して看病に来たという。
「私に力になれることがあったらなんでも言って。義理だけど姉なんだから」
そう言って優しく笑う彼女を見て僕は悟った。
(ああ、もう僕の大好きなイリスは居なくなってしまったんだ……)
僕は悲しくて、どうしようもなくて、涙が溢れた。
そしてその夜から僕とイリスは義姉弟になった。
◇◇◇◇◇◇
僕とイリスは15歳になり、魔法学園に通うことになる。
そこで光の乙女と呼ばれる生徒が現れた。
彼女はイリスを陥れ、婚約者の座を奪おうとしていた。
しかし、イリスに並々ならぬ執着心を持つアルフレッドがイリスを手放すはずもなく、イリスとアルフレッドは想いを通わせ、無事に結ばれることとなった。
――ただ、以前の記憶を失う前のイリスだったらと、僕はつい夢見てしまう。
以前のイリスだったら、きっとアルフレッドの愛を得られずに、光の乙女の思惑通りに婚約破棄か、解消になり婚約者の座を奪われていたのではないだろうか?
そうなれば、義父はきっと家門の恥晒しとしてイリスを切り捨てていただろう。
あの義父のことだ、良くて病気療養を理由に領地に軟禁、酷ければ修道院送りか、除籍して市井に放逐くらいはやりそうだ。
そんなかわいそうなイリスを助けることができるのは、きっと僕だけだ。
僕しかイリスに手を差し伸べないだろう。
(そして、誰にも知られない場所にイリスを閉じ込めるんだ)
あのプライドが高く傲慢なイリスが、僕しか頼ることができず、僕に助けを請い、僕に縋りつく……。
それは、なんて、なんて幸せなんだろう。
暗い部屋に小さな呟きが消えていく。
「ああ、本当に残念だよ、義姉さん」
イリスハッピーエンド→アルフレッド(ヤンデレ)
イリスバッドエンド→リアム(ヤンデレ)
乙女ゲームのイリス→シオン(ヤンデレ)
どのルートでもヤンデレに捕まってしまう悪役令嬢のお話でした。
これにて本編完結になります。
応援して下さった皆様のおかげで、初めての小説投稿はとても楽しいものになりました。
本当にありがとうございました。
新たに「断罪された悪役令嬢の次の人生はヒロインのようですが?」を連載開始いたしました。
https://ncode.syosetu.com/n3714ht/
よろしくお願い致します。
↑リンク貼り間違えておりました。すみません。
ご指摘ありがとうございました。助かりました。