結末
空は青く澄み渡り、暖かな陽射しが降り注ぐ。
今日、レクサード王立魔法学園の卒業式が執り行われた。
式の後には卒業パーティが開催され、こちらも滞りなく終了し、私はいつものようにアルフレッドと共に学園の馬車乗り場に向かう。
リアムが私を連れ去ろうとした事件は箝口令が敷かれ、公にしないことが決まった。
そのため、私も事件の翌日には学園に登校し、何食わぬ顔で学年末テストを受けた。
そして、リアムは事件を起こしたことよりも、その能力を危険視され、現在も幽閉されている。
6年前にエイワード王国で発症した魔力枯渇症も、リアムのスキルが原因だと判明し、そちらの事件については未だに隣国と協議を行っており、裁判が開かれるまでまだまだ時間がかかりそうだ。
一方、ニーナは事件の数日後に魔法学園を自主退学し、領地へと帰った。
アルフレッドからリアムとニーナが協力関係にあったことを聞かされ、とても驚いた。
結局、ニーナはリアムに騙されて被害者となってしまったが、それでも処分は免れなかった。
「彼女は光の乙女として目立ち過ぎたからね。彼女の魔力が奪われたことが知られると、リアムのスキルも明かさなくてはいけなくなる。彼女には名前と身分を変えて、王家が管理している修道院での奉仕活動に従事してもらうことになった」
「そうですか……」
その修道院は王都から遠く離れた、とても閉鎖的な地域に存在する。
つまりは、訳ありな者達がその修道院に身を置き、王家の監視下に置かれ過ごしている。
そういう場所なのだ。
アルフレッドの話を聞き、なんとも言えない気持ちになる。
これはヒロインがバッドエンドを迎えたことになるのだろうか?
(もう、ゲームの世界だと考えないようにしてるのに……駄目ね)
学園では、リアムとニーナが同時に居なくなったことで多少の騒ぎと噂が広まっている。
「何か事件に巻き込まれたのでは?」というあながち間違いではないものから、「実は2人は恋人同士で、駆け落ちしたのでは?」という、突拍子のないものまで様々だ。
しかし、生徒たちに真相を知る術はなく、噂は噂のまま少しずつ沈静化している。
そして私は何事もなく、無事に卒業パーティが終わったことで、やっと心から安心することができた。
ニーナが学園を去り、アルフレッドと想いを確かめ合ったことで、もう卒業パーティでは何も起こらないだろうと、頭ではわかっていたのだが……。
「義姉さん、顔色が大丈夫じゃないよ?」
今朝、シオンに会うなり指摘されてしまう。
小心者の私は、それでも昨夜はなかなか寝付けなかったのだ。
シオンは親しくしていたニーナが学園を去ったことで、気落ちしているだろうと思ったのだが、特に気にする様子もなく普段通りのままだった。
(結局、隠れ攻略対象者は誰だったんだろ?)
隠れた能力ということであれば、リアムがそうだったのかもしれない。
じゃあシオンはただの良い義弟ということになる。
(まあ、考えてもわからないんだけどね)
とりあえず、私は断罪を回避できたという、ゲームからの解放感で胸がいっぱいだった。
◇◇◇◇◇◇
アルフレッドと馬車に乗り、帰路につく。
こんな風に学園から一緒に帰るのも今日が最後だ。
「これからはイリスと一緒に学園で過ごせなくなるのが寂しいよ」
眉根を寄せて、心底悲しそうにアルフレッドが言う。
「そうですね。私も寂しいです」
これからアルフレッドは王太子として本格的に公務に携わることになる。
私はあと2年間は学園に通わなければならないので、会える時間はこれまでと比べものにならないくらい減ってしまうだろう。
「やっぱりイリスも同じ気持ちだよね?嬉しいよ」
アルフレッドはふわりと微笑む。
「でもね、それだけじゃなくて、心配なことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「今までは、私が王家の馬車で信頼できる護衛と共に送り迎えをしていたけど、これからはそうもいかないだろ?」
私はリアムに連れ去られるまで気付いていなかったのだが、御者のジェスさんを筆頭に、王家直属の部隊がアルフレッドを守る為にこの馬車を護衛していた。
「バーンスタイン公爵家の護衛も優秀だとは思うんだけどね。やっぱり心配なんだ」
先日のリアムの事件が余程堪えたのだろう。
アルフレッドは私の身の安全をとても心配している。
「大丈夫ですよ。もう委員長は学園に居ませんし」
「それでも、また君を狙う輩が現れるかもしれない。だからね、これからは王宮から学園に通うのはどうかな?」
「は?」
「それなら今まで通り、この馬車にジェスを付けて君を守ることができる」
「あの、それってつまり……?」
「イリス、王宮で暮らさない?」
とてもいい笑顔で凄いことを言い出した。
通常、王太子の婚約者は学園卒業後に王宮で暮らすことになる。
そして王宮に暮らしながら1〜2年かけて王太子妃教育の総仕上げ、つまり実際に公務に携わり、それから結婚式を挙げるのが慣例だ。
「王宮で暮らすのは卒業してからでは?」
「うん。でもそれは、今でも2年後でもたいして変わらないと思うんだ」
いや、だいぶ違うと思う。
「その、それはちょっと……」
「君のことが心配なんだ。もしまたこの間のようなことがあったらと思うと……」
アルフレッドが潤んだ瞳で、私を見つめる。
(これは断りにくいやつだ……)
長年の勘で私は悟る。
なので私は責任転嫁をすることにした。
「わかりました。でも、私の一存では決められませんので、父に相談してからお返事をさせてもらってもいいですか?」
「良かった。イリスがわかってくれて嬉しいよ。大丈夫、君のお父上には昨日すでに許可をもらってあるから」
「え?」
なんだかこのやり取りに既視感を覚える。
なぜ、あの残念な父はいつも私に確認もせずに、勝手に許可してしまうのか……。
(帰ったら父を問い詰めて、それから撤回してもらうように説得しなきゃ)
帰ってからのことを思うと頭が痛い。
「じゃあ、さっそく今から王宮に向かおう」
「今から?」
「もう君の部屋は用意してあるんだ」
「部屋?」
ちょっと待ってほしい。
「あの、そんな急に、」
「もうすぐ王宮に着くよ」
「えっ?」
アルフレッドの言葉に、私は慌てて馬車の窓に近付き外を見る。
すると、そこに見慣れたバーンスタイン邸に向かう道中の景色はなく、間近に迫る王宮が見えた。
◇◇◇◇◇◇
私が唖然としている間に馬車は王宮に到着した。
私はアルフレッドにエスコートされながら、前を歩くジェラルドの後に付いて、広い王宮の廊下を歩いている。
王宮のこんな奥深くまで来たのは初めてだった。
「ここは王族の私的なエリアなんだ」
「そうなんですね」
「イリスの部屋は私の部屋の隣だから、安心して」
「……」
なぜだろう、全く安心できない。
そして、堅牢かつ優美な扉の前でジェラルドが立ち止まる。
「それでは、私はこれで失礼致します」
ジェラルドが挨拶をすると、なぜか申し訳なさそうな顔で私を見つめ、そのまま立ち去ってしまう。
「ここがイリスの部屋だよ。さっそく中に入ろう」
そう言うと、アルフレッドはもう逃さないとでもいうように、イリスの腰を抱き寄せる。
――監禁、ヤンデレ。
そんな言葉が頭の中に浮かび上がった。
(まさか。私はここから外に出て学園に通うんだから、監禁なんかじゃない)
私はそう自分に言い聞かせる。
「そうだ、部屋で君に相談したいことがあるんだ」
「な、なんでしょう?」
「これからの家族計画についてなんだけど、イリスは子供は何人欲しい?」
「……」
「ふふっ、ゆっくり話し合おうね」
扉が開かれ、イリスは促されるままアルフレッドと共に部屋の中へと入って行く。
王宮の奥深く深くに用意されたイリスの部屋、その扉は大きな音を立て、固く閉ざされた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
あと1話で完結です。
明日14時頃に投稿予定です。
よろしくお願いします。




