密談(sideジェラルド)2
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
※今回はジェラルド視点の話になります。
そろそろ深夜12時を迎える。
俺は急ぎ、アルフレッドの執務室へと向かっていた。
それにしても、今日の事件は肝が冷えた。
様子のおかしいイリスを心配したアルフレッドに命じられ、学園ではテスト勉強期間中ずっと、俺がイリスを、シオンが光の乙女をそれとなく見張っていた。
登下校は、普段から御者に扮したジェスや、他の『影』がイリスに気付かれないよう護衛にあたっていたが、まさか生徒であるリアムが直接イリスを連れ去るとは思わなかった。
間に合って本当に良かった。
ちなみにシオンは、王太子妃の座を狙うニーナを諦めさせるために、少し前から、ニーナを誘惑してイリスから目を逸らさせるようハニートラップのようなことまでさせられている。
シオンは死んだ魚のような目で任務に当たっていた。
恨むなら体育祭でアルフレッドに借りを作ってしまった自分自身を恨んで欲しい。
リアムに連れ去られたイリスを無事に救出した後、そのまま馬車でバーンスタイン邸ではなく王宮に向かった。
イリスに王宮の侍医の診察を受けてもらうためだ。
救出後のイリスの様子から問題は無いと思われたが、王太子の婚約者として万が一のことがあってはならない。
嫌な話だが、薬で眠らされている間に……、という可能性もあるからだ。
診察の結果、体のどこにも問題はなく、魔力の鎖による怪我も数日もすれば跡も残らないとのことだった。
さすがに心身共に疲れているであろうイリスは、そのまま王宮のゲストルームに泊まり、翌朝まで静養してもらうことになった。
そして俺は王宮に着いてからも、報告や確認などに追われ、こんな時間まで働いている。
◇◇◇◇◇◇
アルフレッドの執務室の扉をノックし、許可を得て部屋に入った。
「ジェラルドお疲れ様。どうだった?」
「陛下に『俺の安眠を返せ』と言われました」
イリスの証言により、リアム・バーナードが6年前のエイワード王国で発生した魔力枯渇症の原因だと判明した。
その事実により、イリスの連れ去り事件が一気に外交問題へと発展してしまった。
寝る直前に報告を受けた陛下は、遅い時間にも関わらず、一部の外交責任者を呼び出して今も話し合いをしている。
「まさか6年前のエイワード王国の事件が引っ張り出されることになるとは思わなかったよ」
「俺も驚きました」
「あの男は本当にろくでもないな」
忌々しげにアルフレッドが呟く。
「それにしても殿下、今後はあんな危険なマネはおやめ下さい」
「何のことだい」
とぼけるな。
イリスをリアムから引き離すために、アルフレッド自らが馬車の中で待機した件だ。
「何のために『影』を連れて行ったんですか」
副隊長のジェス以外にも数名の『影』が同行していた。
本来ならば、危険を伴うであろう場所に、王太子であるアルフレッドを待機させるなど有り得ない。
しかし、アルフレッドが自分がやると、強引に押し切ったのだ。
「イリスは私の婚約者だからね。私が彼女を助けたいと思っただけだよ」
「……」
どうせ、助けるためとはいえ、自分以外の誰かがイリスに触れるのが嫌だっただけだろ。
本当にイリスのことになると心が狭くなる男だ。
「これからは控えて下さい」
「……わかったよ」
小言はこれくらいにして、学園でこの事件について話が漏れないよう、細かい打ち合わせをしていく。
「ああ、そうだ。明日すぐに魔道具開発部門に連絡を取ってほしい。新たな追跡魔法付きのアクセサリーの製作を頼みたいんだ」
「殿下……またですか?」
一体、これで何個目になるんだ……。
アルフレッドは、イリスの居場所を特定出来たのは、入学祝いに贈ったアンクレット型魔道具のおかげだと説明したようだが、それは半分本当で半分嘘だ。
イリスは気付いていないが、バーンスタイン邸に潜入している『影』によって、イリスの制服のボタンや鞄の中など、あらゆるところに常時発動型の追跡魔法付き魔道具が仕込まれている。
「今回はイリスに説明をして納得済みだよ。私が頼んだら着けることを了承してくれたんだ」
アルフレッドが嬉しそうに言う。
「どうせバーンスタイン嬢の安全のためとか言って、言いくるめたんじゃないんですか?」
「……」
無言で目を逸らすな。
「今度の魔道具はイリスの希望も取り入れたデザインにしたいんだ」
目に見えてこの王太子は浮かれている。
どうやら今日の事件でイリスと両想いになれたらしい。
避けられていた時はこの世の終わりのような落ち込み具合だったくせに。
「まあ、バーンスタイン嬢の誤解も解けて良かったじゃないですか」
「うん。まさかあんな会話で誤解されるなんて思わなかったけどね。どうして『閉じ込めてしまいたい』が好意を表す言葉になるんだろう?」
俺とアルフレッドがニーナについて話しているのを、偶然イリスが聞いてしまったことが原因らしい。
『閉じ込めてしまいたい』という言葉で、アルフレッドがニーナを想っていると勘違いしたとか。
「それは対象によって言葉の意味合いが変わるので、バーンスタイン嬢も勘違いしたのかもしれませんね」
「……?」
「殿下の気持ちを知っている俺が『光の乙女を閉じ込めてしまいたい』と聞けば、ああ邪魔だからどこかに幽閉したいんだなって思います。『バーンスタイン嬢を閉じ込めてしまいたい』と聞けば、ああ誰の目にも触れさせたくないほど好きなんだなと思います」
「なるほど」
アルフレッドは形の良い顎に片手を添えて、考え込むような顔をしている。
「たしかに、イリスを誰の目にも触れさせたくない、閉じ込めてしまいたい……という気持ちはよくわかるね。そうか、閉じ込めてしまえばいいのか……」
「……」
何やら不穏な言葉が聞こえた気がする。
もしかしたら俺は余計な事を言ってしまったのかもしれない。
「ところで、光の乙女の処分はどうなさいますか?」
慌てて俺は話題を変えた。
「そうだね。まだ熱は下がらないの?」
「はい。魔力枯渇症と同じ症状なら2〜3日は熱が続くかと思われます」
「では熱が下がり次第、処分を下すよ。下手にイリスを逆恨みされても困るし、そろそろ彼女にはご退場願おう」
「わかりました」
部屋の時計を見ると、時刻は深夜1時を過ぎてしまっている。
明日は学年末テストだというのに、テスト勉強期間中はずっとイリスを見張っていたために、試験対策は全くできていない。
「明日の試験は散々な結果になりそうです」
「ふふっ、ジェラルドの卒業後の就職先はすでに決まっているんだから、試験結果なんて気にする必要はないよ」
「……」
俺の了承もなく、俺の就職先はこの王太子の側に決まっているらしい。
「あと、ジェスが今回の学園での君の動きを見て、諜報活動もこなせるように鍛えたいと言っていたよ」
「……」
俺は一体なにを目指しているんだと、思わず遠い目になってしまう。
モーガン伯爵家は長男である兄が後を継ぐので、学園ではそこそこの就職先と、できればかわいい婚約者が見つかればいいなと思ってたはずなのに……。
人生はままならないものだと、密かに溜息をついた。
次回はやっとニーナ視点の話になります。
よければお付き合い下さい。