攻防3
「殿下、制圧完了致しました」
「ああ、よくやった」
真っ黒な服に、フードを被り口元も覆った男性が、馬車の外からアルフレッドに告げる。
「それと、対象者ですが、光の魔力を使っています」
「どういうことだ?」
アルフレッドの訝しげな声に、馬車の中でアルフレッドに抱きかかえられたままの私が声をあげる。
「あ、あの、彼は無属性で、人から魔力属性を貰うスキルを持っています」
「無属性?」
「はい。それで今はチェルニーさんから貰った光属性の魔力が使えます」
「そんなことが……」
アルフレッドも黒ずくめの男性も驚いている。
ふと、黒ずくめの男性を見て、なんとなく既視感を覚える。
「……もしかして御者の方ですか?」
「よく気付いたね」
そう、いつもアルフレッドが学園の通学に使っている馬車の御者の男性だ。
私の送り迎えの際もいつも顔を合わせている。
「彼は王家直属の部隊の副隊長でね」
「ジェスと申します。バーンスタイン嬢、救出が遅くなり大変申し訳ありません」
「いえ。助けに来てくださり、ありがとうございます」
まさかあの御者の男性が、そんな実力者だったなんて……。
リアムを押さえつけたあの闇の魔力塊も彼がやったのだろうか。
「話が途中だったね。イリス、怪我はない?」
「はい。アルフレッド様も助けに来てくださってありがとうございます」
「いや、いいんだ。君が無事で本当に良かった」
アルフレッドの言葉に、やっと助かったという実感が湧いてくる。
「はい。あの、本当にもう駄目だと……このまま、もうあなたに会えないかと……」
緊張の糸が切れたのか、私の目からはボロボロと涙がとめどなく溢れてくる。
そんな私をアルフレッドはきつく抱きしめる。
「ごめん、イリス。怖い目に遭わせて、もっと早くに助けてあげられなくて、本当にごめん」
「ふっ……うっ……ううっ」
私はアルフレッドの胸に顔を押し当てて、思いきり泣いた。
◇◇◇◇◇◇
泣き続ける私をアルフレッドは黙って抱きしめてくれていた。
しばらく泣き続け、ようやく落ち着いた私はアルフレッドの胸から顔を上げる。
「すみません。こんな、泣いてしまって……」
「いいんだ」
アルフレッドは優しく笑って、私の頭を撫でてくれた。
その時、コンコンコンッと馬車の扉をノックする音がした。
「殿下、あの者はどうなさいますか?」
「今から行くよ」
アルフレッドは立ち上がる。
「イリスはここに居て」
「いえ、私も行きます」
「……わかった」
アルフレッドは少し困った顔をしたが、何も言わずに
私と馬車から降りる。
もう辺りはすっかり暗くなっており、馬車に付けられた魔道具のランプの灯りだけが煌々と輝いている。
リアムは闇の魔力からは解放され、縄のようなものでしっかりと両手足を縛られ、地面に座らされていた。
私を後ろに下がらせて、アルフレッドはリアムの前に立つ。
アルフレッドを見上げたリアムは憎々しげに顔を歪める。
「今更なんで邪魔するの?」
「……」
「あともう少しだったのに……」
「何がもう少しだ?」
「もう少しで彼女は僕のものだったんだ!お前は別に彼女じゃなくてもいいんだろ?僕とイリスさんが結ばれたっていいじゃないか!」
リアムの言葉にアルフレッドは静かに告げる。
「何を勘違いしているのかは知らないが、イリスは私の婚約者だ。貴様と結ばれることなどない」
アルフレッドに言い切られたリアムは、今度は私のほうに視線を向ける。
「イリスさんも僕のほうがいいよね?僕ならずっと君を愛してあげる。首輪もとても似合ってたよ。ねえ、イリスさんは……ぐあっ!」
リアムが言い終える前に、アルフレッドが無言で蹴りを入れた。
「聞くに耐えんな」
アルフレッドの声が氷点下にまで下がる。
こんなアルフレッドを見たのは初めてだった。
「殿下、気持ちはわかりますが、あなたがとどめを刺すと問題になります」
どこからともなく現れたジェラルドが、アルフレッドを制する。
しかし、アルフレッドの怒りは収まらないようで、纏う空気は変わらない。
「殿下、バーンスタイン嬢も見ていらっしゃいます」
その言葉に、ようやくアルフレッドの空気が和らいだ。
その瞬間を逃さないように、ジェラルドはテキパキと指示を出し、アルフレッドの視界に入らないようリアムをもう1つの馬車の中に押し込んだ。
◇◇◇◇◇◇
私とアルフレッドは再び馬車に乗り、王都へ向かう。
「あの、よく私の居場所がわかりましたね?」
私は助かったことの喜びと安堵で頭がいっぱいになっていたが、時間が経ち冷静になると、気になることが出てきた。
どうしてアルフレッド達は私とリアムの居場所を知ることができたのか?
「ああ、最近のイリスの様子がおかしかったからね。ちょっとジェラルドとシオン君に君のことを気に掛けてもらっていたんだ。そうしたら、光の乙女を裏門に放置したリアムが、君だけを馬車に乗せて連れ去ったと報告が来て、慌てて馬で追いかけたんだよ」
「なるほど」
「ただ、リアムは用意周到だったから、追いかけるのに少し手間取ってね。でも、君が魔道具を使ってくれたことで正確な位置を特定できたんだ」
魔道具とはあのアンクレットのことだろう。
「あの魔道具は位置も特定できるのですか?」
「うん。魔力を流すと防御結界が張られると同時に、追跡魔法も発動するんだ」
そうだったのか。
「防御結界は数分しか持たないけど、追跡魔法はそのまま長時間効果が続くんだ。言ってなかった?」
「はい。初めて聞きました」
「説明をし忘れてたみたいだ。ごめんね」
「いえ……」
GPS……。
「追跡魔法を付けられるの嫌だった?」
アルフレッドが申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「いえ、その技術に驚いただけで、追跡魔法のおかげで私も助かったわけですし、大丈夫です」
「良かった」
彼は安心したように笑う。
「その、今回のような事もあったから、イリスが嫌じゃなければ、これからも追跡魔法付きの魔道具を身に着けていてほしい」
たしかに、王太子の婚約者として、これからも狙われることがないとは言い切れない。
「わかりました」
「本当に?じゃあさっそくうちの魔道具開発部門に作らせるよ。イリスに似合いそうなデザインも考えなきゃね」
アルフレッドが楽しそうに笑う。
しばらく、どんなデザインにするかといった話をしていると、アルフレッドが真剣な顔になった。
「私も君に聞きたいことがあったんだ。どうして最近、私のことを避けていたの?」
アルフレッドに真っ直ぐ見つめられる。
(ちゃんと言わなきゃ)
「それは、アルフレッド様が、本当はチェルニーさんのことを想っていらっしゃると聞いて……。それなら、私から身を引いたほうがいいのではないかと、そう思ったんです」
「……」
「でも、やっぱり、アルフレッド様と話し合いもせずに勝手に身を引くなんて、それこそ自分勝手な行いだと気付いて……」
私もアルフレッドを真っ直ぐに見つめ返す。
「アルフレッド様はチェルニーさんを愛してらっしゃいますか?」
アルフレッドは少し寂しげに微笑む。
「私が愛しているのはイリスだけだよ。君が信じてくれなかったとしても、君が私を好きじゃなくても、私にはイリスだけなんだ」
「本当に?」
「ああ」
「では、チェルニーさんのことを『閉じ込めてしまいたい』とおっしゃったのは?」
「え?」
アルフレッドがきょとんとした顔をする。
ちょっとかわいい。
「テスト勉強期間の前日に、たまたま生徒会室の扉が少し開いていまして、アルフレッド様とジェラルド様の会話が聞こえてきたんです」
アルフレッドは黙ったまま、思い出そうと懸命に考えている。
「たしかに言ったかもしれない……が、正直あまり覚えていない。それぐらい些末な会話だったと思う」
アルフレッドは考え込んだまま答える。
「あの時は、チェルニー嬢がイリスの周りをうろちょろしていて邪魔だったから、視界に映したくもないとは思っていた」
「そ、そういう意味でしたか……」
「逆に、それで私がチェルニー嬢に好意を持っていると思われたのが心外だよ」
どうやら私はゲームの設定に囚われ過ぎて、相手のことが見えなくなってしまっていたらしい。
(ちゃんと会って話せば、こんなに簡単にわかることなのにね)
「勝手に誤解をして、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」
「いや、誤解だとわかってくれたなら良かった」
「それと、これからも婚約者としてよろしくお願い致します」
「えっ?その、もちろん私は嬉しいが、イリスはそれでいいの?」
「はい。今回のことで、思い知りました。私はこれからもアルフレッド様の側にいたいです」
断罪よりも、嫌われて婚約破棄されることのほうが怖かった。
リアムに捕まって、もうアルフレッドに会えなくなることが何より悲しかった。
それが私の偽りの無い気持ちだ。
「アルフレッド様、私もあなたを愛しています」
恥ずかしくて、小さな声になってしまったけど、ちゃんと伝えた。
「イリス……。嬉しい、本当に嬉しいよ」
アルフレッドは感極まったように、何度も嬉しいと言ってイリスを抱きしめた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回はジェラルド視点のジェラルドとアルフレッドの話になります。
あと数話で完結予定です。
よろしくお願い致します。
※副団長→副隊長に訂正しました。すみません。




