攻防2
「貰うって……」
「僕がイリスさんのことを愛してあげるよ」
リアムから熱っぽい視線がそそがれる。
「わ、私はアルフレッド様の婚約者です」
「あははっ、大丈夫だよ。殿下には君の代わりなんていくらでもいるんだから」
ぐさりとリアムの言葉が突き刺さる。
「でも、まだ婚約破棄もしていませんから」
なんとか言葉を絞り出す。
「破棄なんて必要ないんじゃない?他の男のものになった君を、わざわざ殿下が取り戻して側に置くとは思えないけどなぁ」
「それは……」
(そうかもしれないけど)
「それに君は殿下に疎まれてるんだろ?じゃあ君が僕のものになれば、殿下だって喜ぶよ」
「……」
言い返せないのが辛い。
リアムが立ち上がり私に近付くと、私の長い髪を一房取りそこにそっと口付けを落とす。
「大丈夫。君だって僕のものになれば、殿下のことなんてすぐに忘れるから」
背中をゾワゾワした感覚が襲う。
(嫌だ)
リアムに触れられることが受け入れられない。
その時、馬車が少しずつ速度を落とし始めた。
リアムは私から離れて窓の外を確認する。
私はリアムが離れてくれたことにほっとした。
「一旦馬車を乗り換えるよ」
そう言うと、リアムは私の足に巻き付けていた光の鎖を消した。
「本当はゆっくり宿に泊まらせてあげたいんだけどね。時間がないから、しばらくは馬車を乗り継いで行くことになる」
「どこに向かってるんですか?」
「国境まで行くんだ」
「国境……まさか、この国を出るつもりですか?」
「王太子の婚約者を連れ出したんだ、このままこの国に居るのはさすがに危険だからね」
国境まで馬車でいくら急いでも数日はかかる。
(王都から離れれば離れるほど逃げにくくなる。なるべく早く逃げ出さないと)
私は左足にぐっと力を込めた。
◇◇◇◇◇◇
馬車が完全に止まる。
扉を開けて馬車から降りると、辺りには森が広がっている。
どうやら森の中を抜ける広い街道のようだ。
リアムは私が逃げないように、私の両手に巻き付いた光の鎖の端を持ちながら、乗り換える馬車へと向かう。
リアムが御者に声を掛け、馬車の扉を開けようと私に背を向けた。
その瞬間、私は左足首のアンクレットに魔力を流す。
そう、入学祝いにアルフレッドから護身用にと贈られた魔道具だ。
私の周りに防御結界が張られ、リアムが掴んでいた光の鎖が切断される。
そして私の両手が解放された。
(今だ!)
私はリアムに向けて、至近距離で闇の魔力塊を叩きつける。
「ぐうっ!」
リアムはまともに攻撃を喰らい、そのまま吹っ飛んで馬車の扉に身体を打ち付けた。
いくら私の魔力は威力が弱いとはいえ、至近距離ならそこそこ効果はあるはず。
私はそのままリアムに背を向けて、森の中へ逃げ込む。
私は森の中をひたすら走って逃げる。
魔道具の防御結界は数分しか持たない。
あとはもう自分の力でなんとか逃げ切るしかない。
「ハァ……ハァ……」
すぐに息が上がる。
リアムに嗅がされた薬の影響なのか、思ったより身体が動かない。
私は走ることを諦めて、近くの木に身を寄せてしゃがみ込む。
(どうしよう……)
もうとっくに防御結界は消えてしまった。
辺りはどんどんと暗くなってくる。
このまま動かずにここに隠れているべきか、それとも移動して逃げるべきか……。
しばらくそのままで呼吸を整える。
(よし、完全に暗くなる前に少しでも移動しよう)
私はそう決断すると、立ち上がりまた歩き出した。
と、私の足首に何かが巻き付く。
「捕まえた」
背後から聞こえた声と共に足元から光の鎖が這い上がり、私の上半身に巻き付こうとする。
私は、振り向くと慌てて魔力塊を作り出す。
しかし、魔力塊を放つ前に光の鎖が上半身に巻き付き、身動きを取れなくされてしまう。
「ただでさえ時間がないのに、逃げ出したら駄目じゃないか」
そう言いながらリアムがゆっくりと近付いて来る。
上半身に巻き付いた光の鎖がぎちぎちと身体を締め上げてくる。
「くっ……」
痛みに声が漏れる。
そして私は痛みに耐えきれずその場にしゃがみ込む。
「さっきは痛かったなぁ。イリスさんがこんなに反抗的だなんて思わなかった」
自分の魔力で回復したのか、リアムには私の攻撃によるダメージは見られなかった。
リアムは目の前に来ると、私の首にそっと触れた。
すると、光の鎖が首にも巻き付く。
「あははっ、こうすると首輪みたいだね。似合ってるよ」
リアムが嬉しそうに目を細める。
そして首に巻かれた鎖を引っ張りあげ、私を立ち上がらせた。
(――怖い)
背中には汗が噴き出し、身体が小刻みに震える。
泣きたくなんてないのに、涙が迫り上がってくる。
「ごめんごめん。怖がらせちゃった?でも……怯えた顔もいいね」
彼の口元が笑みの形を作る。
リアムの口調は以前と変わらず優しいはずなのに、私の身体の震えは止まらない。
そしてリアムは私の首に巻かれた鎖を引っ張りながら歩き出す。
「さあ、早く馬車に戻ろう。馬車に戻ったら、君が僕のものだってわからせないとね」
(もう駄目、もう逃げられない)
私は絶望的な気持ちで、リアムに引き摺られるようにしながら、彼の後について行くしかなかった。
しばらく歩かされると、馬車のある元居た街道に出た。
今度こそ私を逃さないように、リアムは私を自分の前に立たせてから馬車の扉を開けた。
すると、馬車の中から手が伸びて、私の両腕を掴むと馬車の中に引き摺り込まれる。
(え?)
「やれ!」
その声が聞こえるやいなや、私のすぐ後ろに居たリアムの叫び声が聞こえた。
「うわぁぁぁ!」
闇の魔力の塊がリアムの全身を覆い、押さえつけている。
「イリス!大丈夫か?」
そして馬車の中、私はアルフレッドの腕の中に抱きかかえられていた。




