攻防1
ガタガタと揺れる振動を身体に感じて、私は目を開けた。
なんだか頭がぼんやりとして、気分も悪い。
「あれ?もう起きちゃった?」
ゆっくりと体を起こし、声のするほうに顔を向ける。
「思ったより薬の効きが悪かったなぁ。もう少し眠っててほしかったけど、まあ仕方ないか」
馬車の中、向かいの席にはリアムが座っていた。
(なんで委員長が?)
少しずつ頭がはっきりとしてくる。
(そうだ、チェルニーさんが熱を出して……)
狭い馬車の中、どう見てもニーナの姿は見当たらない。
「あの、チェルニーさんは?」
「ああ、彼女なら裏門に置いて来たよ」
「置いて来た?」
「うん。もうニーナさんに用はないから」
(一体何を言ってるの?)
「チェルニーさんは熱が出てたと思うんですけど」
「ああ、あれね。病気とかじゃないから大丈夫。まあ、僕のせいではあるんだけどね」
リアムはあっさりと言った。
私は彼の言っている意味がよくわからない。
「えっと、委員長のせいでチェルニーさんは熱が出たんですか?」
「そうだよ」
「どうしてそんなことに?」
「知りたい?」
リアムはにっこりと楽しそうに笑った。
なんだか、その笑顔がいつもの彼より幼く感じる。
「知りたい、です」
私が答えた瞬間、リアムが私に向けて右手をかざす。
光り輝く鎖が現れ、私の両手と両足に巻き付き、きつく縛りあげられた。
「なっ!」
これは光属性の魔法だ。
「どうして?」
リアムは土属性の魔力のはずだ。
学園の実技の授業で何度も見たことがあるから、間違いない。
「あははっ、びっくりした?」
まるでイタズラに成功した子供のように、リアムは無邪気に笑う。
私の両手、両足に巻き付いた光の鎖はびくともしない。
「どういうことですか!」
驚きと、恐怖で思わず大きな声が出る。
「見ての通りだよ。僕は今、光属性なんだ」
「でも、授業では土属性でしたよね?」
「うん」
「まさか……多属性ですか?」
2つ以上の属性を持つという、極めて珍しい属性だ。
学園の生徒に多属性持ちが居るとは聞いたことがなかったが……。
「違うよ。多属性いいよね!僕も憧れてるんだけどさ。残念ながら僕のスキルは上書きしちゃうんだよね」
「スキル……。まさか、無属性?」
「せいかーい!」
『スキル』は無属性のみが持つ特別な能力だ。
その能力は人によって様々で、その者のみが使えるオリジナルの能力だと言われている。
「学園に無属性が居るなんて、聞いたことないです」
「だって言ってないからね」
「どうして?」
「僕が無属性だとバレちゃうと意味がないからだよ」
なんだかさっきから、思わせぶりな言い方ばかりで、会話が噛み合わない。
このままじゃ埒が明かない。
私は思いきって聞いてみることにした。
「あの、委員長の言ってる意味がわからなくて……。委員長のスキルって何なんですか?チェルニーさんはどうして委員長のせいで熱を出したんですか?」
「あははっ、直球だね。ごめんごめん、ちゃんとイリスさんにわかるように説明するよ」
リアムはとても楽しそうだ。
私は縛られて動けないままで、ちっとも楽しくない。
「まず、僕の『スキル』は人から魔力属性を『貰う』んだ」
「属性を、貰う?」
「そう。僕はもともと無属性で何の属性もなかった。でも、スキルのおかげで人から属性を貰って、その属性になれた」
「えっと、じゃあ今の光属性は……」
「ニーナさんから貰ったんだよ」
そんなスキルがあるなんて。
それじゃあどんな属性にもなり放題だ。
「それで、属性を貰った後はなぜか相手が高熱を出してしまうんだよね」
「だからチェルニーさんの熱は委員長のせいなんですね」
「そう。たぶん急に魔力が一気に無くなるから、その影響で身体に負担がかかって熱が出るんじゃないかな?まあ、僕にはその辺りはよくわからないんだけど」
「急に魔力がなくなる……」
私はふと、アルフレッドから以前聞いた話を思い出していた。
「魔力枯渇症……」
「なにそれ?」
「あの、6年くらい前にエイワード王国で見つかったんです。子供だけがかかる病気で、高熱の後に魔力が大幅に減ってしまうって」
「ああ!そんな病名が付いたの?それは知らなかったな」
(まさか、それって……)
「それも、委員長ですか?」
「たぶんね。僕がこのスキルに目覚めた時、ちょうど夏季休暇で家族とエイワード王国に旅行に行ってたんだ。僕のスキルがどんな能力なのかちょっと実験してたら、けっこうな騒ぎになっちゃってさ」
「実験……」
「自分に与えられた能力がどんなものか知りたくならない?さすがに、大人からは貰えそうにないからね。別荘の近くの村の子供で試したんだよ」
リアムは全く悪びれることなく言う。
「どれくらいの魔力量まで貰えるのかを知りたくて、魔力量の多そうな貴族の子供でも試したら、さすがにバレちゃったけど」
「そんな……」
魔力枯渇症は魔力量の7〜8割を失うとアルフレッドは言っていた。
リアムの実験のせいで、その子供達の人生は大きく変わってしまったはずだ。
「じゃあ、チェルニーさんの魔力量も……」
「うーん。彼女は元々の魔力量が多かったと思うから、初級魔法ぐらいなら今でも使えると思うけど」
「その奪った魔力って、元の持ち主に返せないんですか?」
「無理じゃない?だって僕のスキルは『貰う』だけだから。『返す』スキルも、『与える』スキルも持ってないし。あと、奪ってないよ。貰ったんだよ」
まるで他人事のようにリアムは言う。
それに、奪うと貰う、何が違うのだろう。
「僕だって『奪う』スキルだったら楽だったのに」
「どう違うんですか?」
「僕のスキルは、相手からの許可が必要なんだ」
「許可、ですか?」
「そう。僕がその魔力属性が欲しいことを告げて、相手が許可すればその属性が貰える。子供の頃はなんとかなったけど、さすがにこの年齢だと、「ちょーだい?」「いいよ」とはならなくてさ」
けっこう面倒なんだと、リアムはわざとらしく溜息をつく。
「じゃあ、チェルニーさんは許可をしたんですか?」
自分の希少な光の魔力を、リアムに与えることを、ニーナは許可なんてするのだろうか?
「まあね。ちょっと薬を使ってね」
「薬?」
「さっき君にも使ったやつ。密閉された空間でその薬を焚くと、意識が朦朧とするんだ」
「そんなの許可したことにならないじゃないですか!」
「だって、そうでもしないと無理なんだから、仕方ないよ」
「酷いですよ!」
そんなの結局は無理矢理に許可させられたようなものだ。
「そんなに怒らないでよ。光属性なんてかなりのレアだろ?僕だって学園に来て初めて見たくらいだ。どうせならレアな属性が欲しかったんだよ」
「まさか、それが理由ですか?」
「君だって、もし属性を変えられるならレアなやつがいいって思わない?」
なんだかリアムと話していると頭がクラクラする。
本能のままというか、まるで何が悪いのかわかっていない幼い子供と話しているようだ。
馬車は一定の速度で止まることなく走り続ける。
窓から差し込む光で、夕方だということはわかる。
でも外を見ても覚えのある景色はなく、今どの辺りを走っているのかまではわからない。
「あの、チェルニーさんから光属性を奪った理由はわかりました」
「だから貰ったんだって」
私にすれば、奪ったのと変わらない。
リアムの言葉はスルーして続ける。
「それで、私はどうして委員長と一緒の馬車に乗っているんですか?どこに向かってるんです?」
そう、それが一番わからない。
このまま学園に居れば、ニーナの魔力が減ったことも、リアムが光属性の魔力を使えることもすぐにバレてしまう。
普通ならすぐに逃げ出すべきだろう。
それなのに、私を連れて行く意味がわからない。
どう考えてもリアム1人で逃げたほうが早い。
「もしかして、私の属性も欲しいんですか?」
「あははっ、イリスさんは面白いね。さっきも言ったんだけど、僕のスキルは上書きされてしまうんだ。以前使ってた土属性は、光属性を貰ったことで上書きされて消えてしまった。僕が貰って使える属性は1つだけなんだよ」
そういう意味の上書きだったのか……。
「闇属性も珍しいけど光属性ほどじゃないし、それとイリスさんの魔力量はイマイチだろ?もし闇属性を狙うなら、君の義弟さんの魔力を貰うよ」
何気に失礼なことを言われる。
「それに、イリスさんの魔力が欲しいなら、わざわざ僕のスキルを教えたりしないよ」
(確かに……)
さっきからリアムは私の質問にペラペラとなんでも答えてくれている。
まるで自分の能力を説明するのが楽しくて仕方ないような、自慢話をしているような……。
「じゃあ、なんのために私を連れて来たんですか?」
「君のことが好きだからだよ」
「は?」
(好き?委員長が私を?)
「あの……本当にそれが理由ですか?」
「入学式の時、初めて君を見かけて、こんなに綺麗な女の子が居るんだって、本当に驚いたんだ」
「……」
「しかも、アルフレッド殿下の婚約者で、あんなにも大切にされてて……。あの完璧な殿下が寵愛するなんて、どれほど素敵な女の子なんだろうって、もう君のことが欲しくて欲しくてたまらなくて……」
(それは、好き……なの?)
「でも、なかなか周りのガードが固くて困ってたんだ。君のほうから殿下と離れてくれて助かったよ」
彼に見つめられ、私は背中に嫌な汗をかく。
「近くで見ると本当に綺麗だ……」
彼の眼鏡の奥、榛色の瞳からドロリとした欲望が覗く。
「イリスさんのことは僕が貰ってあげる」




