悪役令嬢3
「イリス!良かった。遅かったから心配してたんだよ」
「遅くなってしまい申し訳ありません」
形の良い眉を寄せ、浮かない顔をしたアルフレッドが駆け寄って来た。
生徒会室に着く前に、廊下からアルフレッドとジェラルドが現れて驚いた。
思ったよりも待たせてしまったらしい。
「ここに来るまでに何かあったの?」
「えーっと、その、ちょっとトラブルがありまして……」
ヒロインが急にスライディングしてきたんです。
「トラブル?」
「いえ、大したことじゃないんです。ちょっと誤解がありまして……。でも、カーライル様が偶然通りかかって助けていただきました」
「カーライル嬢が?」
アルフレッドが訝しげな表情をする。
私とソフィアが大して親しくないことをアルフレッドも知っているからだろう。
「はい。それで、今日初めてカーライル様とお話ししたのですが、とても気さくで良い方でした」
「……そう」
「今度、カーライル様が主催する、趣味のサロンにも招待していただけることになりまして」
「えっ?」
アルフレッドが驚いた声をあげた。
珍しく、ジェラルドも驚いた顔をしている。
「どうかされましたか?」
「いや、カーライル嬢が主催するサロンはかなり高尚な趣味の集まりらしくて……」
(高尚な趣味……まあ、たしかに)
「どんなに参加したくとも、カーライル嬢が選ばれた者しか招待されないことで有名なんだ」
(選ばれた者……同志だけの集まりって楽しいよね)
「それで、君が招待されたことに少し驚いてしまってね」
「そうなんですね」
「芸術性に長けた者しか選ばれないと聞いていたから……。ほら、君の絵は、ほら、あれだから」
「……」
「私はイリスの絵は凄く好きなんだけどね」
「……」
フォローしないで。
「あの、私は作品を鑑賞する側として招待されましたので、大丈夫です」
「そうなんだ。それなら安心だね」
「……はい」
なんだか複雑な気持ちになったが、サロンで皆の推しカップルへの想いを込めたイラストや、小説を見せてもらえるのはとても楽しみだ。
生徒会の業務はとっくに終わっていたので、私はいつものようにアルフレッドとジェラルドと共に馬車の乗り場へ向かった。
いつもの当たり前のことが、どれほど大切な時間だったのか……。
この後、私は思い知らされることになる。
◇◇◇◇◇◇
今日の放課後も、私は引き継ぎ業務をしているアルフレッドとの待ち合わせのために生徒会室へ向かっていた。
前回のニーナ襲撃のこともあるので、なるべく人通りの多い場所を選んで生徒会室へ向かう。
「あっ!レイラ!」
レイラを見つけた私は大きく手を振る。
と、レイラの横にはアーサーも居た。
「イリス様!今から殿下の所へ向かわれるのですか?」
「うん。レイラとアーサー君は?一緒にどこか行くの?」
「今から王都にある、俺おすすめのカフェに行くんだ」
アーサーが嬉しそうに笑いながら言う。
「あの、わたくしがいつもお菓子を渡しているお礼に、連れて行ってもらうんです」
慌てて説明をするレイラの顔が、照れているのかほんのり赤い。
アーサーはずっと嬉しそうにニコニコしている。
「そうなんだ。楽しんで来てね」
私は2人と別れ、再び生徒会室へと向かって歩き出した。
(あの2人って、そうだったんだ……)
レイラとアーサーの前では平静を装っていたが、内心は動揺しまくっていた。
(まさかレイラとアーサー君が……いや、お似合いだけど)
そこで、ふと気付いた。
攻略対象者であるアーサーがレイラと結ばれるなら、ニーナはアーサールートではない。
じゃあ誰のルートなんだろう?
以前は担任のウィリアム先生と仲良さげな様子だったので、ウィリアムルートなのかと思ったが、最近はそんな雰囲気も感じない。
ノアとも交流している様子は見られなかった。
まさか、誰のルートでもない?
そんなことあるのだろうか……。
考えながら歩いていたので早足になり、思ったより早くに生徒会室へ着いてしまいそうだ。
歩いている廊下の先の生徒会室から、男子生徒が1人出て来た。
その男子生徒とすれ違う際、お互い軽く会釈をする。
そして生徒会室の扉の前に立ち、ノックをしようとしたその時、
「殿下、ニーナ・チェルニーはどうされるのですか?」
ジェラルドの声が中から聞こえてきた。
どうやら先ほどの男子生徒が、扉をきちんと閉め切らずに出て来てしまったようだ。
突然のニーナの名前に、思わずそのまま聞き耳を立てる。
「そうだね。もういっそのこと、彼女をどこかに閉じ込めてしまいたいよ」
アルフレッドのその言葉に、私はノックをしようとしたその手を止め、後退りする。
そしてそのまま方向転換し、そっと生徒会室の前から逃げ出した。
◇◇◇◇◇◇
(どうしよう、どうしよう……)
心臓がやけにバクバクと音を立て、私は焦りと混乱で、ただ前だけを見ながら早足で歩いている。
アルフレッドの言葉が頭から離れない。
私は今更ながら思い出していた。
アルフレッドは攻略対象者で、彼は腹黒でヤンデレだと説明書には書かれていたことを。
でもアルフレッドは私に対してヤンデレな態度を取ったことなんてなかった。
(それはそうだ、だって私は悪役令嬢。ヒロインじゃない)
彼がヤンデレになるのは愛するヒロインにだけ。
彼が閉じ込めてしまいたいと思うのは、それほどヒロインを愛しているから。
(じゃあ私は?)
今まで彼と過ごした時間は?
彼が私に向けて言ってくれた言葉は?
どこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう。
(いつから?やっぱり体育祭から?)
全く気付かなかった。
ああ、そうか、腹黒だったな……。
表向きの婚約者である私には気付かれないように、ヒロインを愛することなんてきっと彼には簡単なんだ。
絶望感が私を襲う。
こんな状態のまま、呑気にアルフレッドと一緒に帰ることなんてできない。
(とりあえず、体調が悪くなったことにして、シオンと一緒にバーンスタイン家の馬車に乗せてもらって帰ろう)
そして、馬車の中でシオンに話を聞いてもらおう。
私は早足のまま、シオンのクラスへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
私はシオンのクラスへと急ぐ。
(もうシオン帰っちゃったかな?)
シオンのクラスの教室からは話し声が聞こえる。
まだ誰か残っているようだ。
そっと廊下側の窓から教室を覗くと、そこには楽しげに話をするニーナとシオンの姿があった。
(え?ニーナとシオン?どうして?)
ニーナはアルフレッドルートではなかった?
それじゃあ、さっきのアルフレッドの言葉は?
(もしかして、アルフレッド様の片思いとか?)
ニーナとシオンが両想いで、だからもういっそのことニーナを自分のものにするために閉じ込めてしまいたい……。
そういうことなのだろうか。
とりあえず、ニーナとシオンの邪魔をするわけにはいかないので、私は声を掛けずにその場を離れた。
トボトボと1人で歩き続ける。
やはり、隠し攻略対象者はシオンだった。
ニーナとシオンが両想いなら、シオンはきっとニーナの味方で、イリスの敵になってしまうのかもしれない。
(これから、どうしよう)
レイラはアーサーとデート中だろうし、それにこんなこと誰にも相談できない。
気が付くと私は裏庭にまで来てしまっていた。
とりあえずどこかに座ろうと、ベンチを探す。
「あれ?イリスさん。こんなところでどうしたの?」
そこには、本を片手にベンチに座る、チュートリアル委員長が居た。