悪役令嬢2
その日の放課後、私は助けてもらったお礼を言いに、レイラのクラスへ向かった。
「お気になさらないで下さい。しばらくしたら噂も落ち着くと思いますわ」
レイラの言葉通り、私への好奇の視線は少しずつ減っていき、年末には噂は完全に消えてしまったようだ。
そして、教科書ボロボロ事件がきっかけになったのか、あんなにニーナと仲の良かったキアラとカミーユは、ニーナと距離を置くようになっていった。
そして年末の王太子主催のパーティが始まる。
王宮でパーティ、そこに初めて参加するヒロイン……導き出される答えは、ヒロインが嫌がらせでドレスを駄目にされてしまうイベントだ。
(教科書ボロボロ事件は危うく犯人にされるところだったから、今回はさすがに自衛したい)
そう考えた私は、よくある嫌がらせのパターン……斬り裂かれてしまった用と、飲み物をこぼされてしまう用、計2着のニーナの替えのドレスを『プラジェール』に頼み込み用意してもらった。
私は準備万端でパーティを迎えた。
(あれ?)
パーティが始まり、もうすぐ終盤に差し掛かる。
しかし、特にヒロインのドレスに異常はみられない。
贈ったドレスに身を包んだニーナは、さすがヒロインといった可愛らしさだった。
私とアルフレッドに挨拶をした後にはドレスのお礼を言われ、その後は特に接触することもなく、パーティを楽しんでいる様子だった。
いろいろな貴族の子息や令嬢に自分から声をかけていて、なかなか社交的なようだ。
私も主催者として、挨拶やダンスやらで忙しいので、ずっとニーナを見張っている訳にはいかなかったが、それにしても何も起きない。
(あっ!)
ニーナがシオンに声をかけている。
(うわぁ!画になるわ〜)
ドレスアップしたニーナとシオンが並んで立つと、可愛いの相乗効果が凄い。
学園ではクラスが違うからか、この組み合わせは初めて見た。
(シオンは隠れ攻略対象者かもしれないもんね。いや、この画なら確定じゃない?)
結局、私が用意した2着のドレスの出番はなく、パーティは何事もなく無事に終わり、拍子抜けしてしまった。
◇◇◇◇◇◇
そして年が明け、3学期に入った。
学園はにわかに卒業を意識した雰囲気に包まれる。
現在3年生のアルフレッドはあと数ヶ月で卒業だ。
3学期に入ってから、放課後は生徒会の引き継ぎ業務のための居残りが増えた。
別々に下校しても良かったのだが、アルフレッドに、「一緒に下校出来るのも残りわずかだから、生徒会業務が終わるまで待ってて欲しい」と頼まれた。
(そろそろ向かっても大丈夫かな)
生徒会の業務が終わるであろう時間まで、放課後はいつも時間を潰している。
学園のカフェだったり、図書館だったりいろいろだ。
今日は教室で、ミレーヌとサラがお喋りに付き合ってくれた。
私は1人のんびりと歩いて生徒会室へと向かう。
生徒会室は3年生の教室棟にあるため、中庭を通り抜けて行く。
すると、背後から走って来る足音が聞こえた。
思わず振り向くと、目の前にピンクの髪が飛び込んでくる。
そして私の目の前で、無言でスライディングをした。
「ひえゃっ!」
突然のニーナのスライディングに私は驚き過ぎて変な声が出た。
(何?大丈夫?これ、私が当たったせいじゃないよね?)
スライディングしたせいで、ニーナの制服が土まみれだ。
「だ、大丈夫ですか?」
とりあえず助け起こそうと、ニーナに手を差し伸べると、私の手が触れる直前に、ガバッと上半身を起こし座り込んだままでニーナが悲鳴をあげた。
「きゃあああ!」
いや、怖い。
一体何なのか……。
ニーナの突然の奇行に付いて行けず、私は固まる。
すると、
「どうかされましたか?」
3年生の教室棟の通路から5人の女生徒がこちらへ向かって来る。
制服のリボンの色からすると、3年生のようだ。
そのうちの1人がニーナに手を貸して立ち上がらせる。
(ちょっと待って、この状況は……)
これは、第三者の目から見れば、私がニーナを転ばせた様に見えるんじゃ……。
嫌な汗が背中に吹き出す。
何か言わなければと、女生徒達の方を見ると、見知った顔と目が合った。
ストレートの美しい水色の長い髪に、深い海のような青い瞳、肌の色は真っ白で、深窓の令嬢といった雰囲気を持つ。
『ソフィア・カーライル公爵令嬢』
彼女は『知の家門』と呼ばれるカーライル公爵家の令嬢だ。
カーライル公爵家は、これまで多くの才子・才媛を輩出しており、現在宰相の地位に就いているのもカーライル公爵だ。
そして、宰相の娘であるソフィアは、アルフレッドの婚約者候補のうちの1人だった。
でも、私が婚約者に選ばれたので、候補から外れることになった。
この方とは、王宮でのパーティで挨拶をしたことはあるが、特に親しく会話をしたことはない。
もしかしたら、以前のレイラのように、私に悪感情を抱いている可能性も大いにある。
(詰んだ……。もう泣きたい)
「イリス様、酷いです!」
ニーナが大きな瞳から大粒の涙を零しながら訴える。
先に泣かれた。
ニーナの早業に驚いて、私の涙は出る前に止まってしまう。
もう何を言えばいいのか、どうすれば良いのか、パニックになった私は固まってしまったままだ。
ソフィアはニーナの方に顔を向ける。
「あなたはたしか……?」
「私はニーナ・チェルニーと申します」
「やはり、光の乙女ですね?」
「はい!」
「私はソフィア・カーライルです。お怪我は大丈夫ですか?」
「はい。少し擦りむいたくらいで……。それより、私……こ、怖かったです」
ニーナは涙を零し、震えながら訴える。
「何があったのですか?」
「イリス様に中庭に呼び出されて……。お会いした途端に、私のことを生意気だとおっしゃって、急に突き飛ばされたんです」
ニーナは私の方をちらりと見た後、震える自分自身の体を両手で抱きしめながら、切々と語る。
もう絶句だ。
演技が上手すぎて敵いそうもない。
ソフィアは「そうですか」と答えた後に、今度は私の方に顔を向けた。
反射的にビクリと体が跳ねる。
「バーンスタイン嬢、お久しぶりですね」
「は、はい」
口の中がカラカラで掠れた声が出た。
「チェルニー嬢はこのようにおっしゃっていますが、バーンスタイン嬢が彼女を突き飛ばしたのでしょうか?」
「いえ、いいえ。私は突き飛ばしたりしていませ……」
「そんな!イリス様ひどいです!嘘つかないで下さい!」
私が言い終わる前に、ニーナがカットインしてくる。
そんなニーナをスルーして、ソフィアは続ける。
「中庭に彼女を呼び出されたのですか?」
「いいえ。あの、生徒会室に向かうところでして……」
「ああ!アルフレッド殿下は生徒会室で引き継ぎ業務をされてましたね」
「はい。それで、生徒会室で待ち合わせをしていましたので……」
しどろもどろになりながらも懸命に伝える。
ニーナからの視線が痛い。
そして、おや?と思う。まさかこちらの言い分を聞いてくれるとは思わなかったからだ。
「なるほど。お2人の証言は正反対ですね。しかし、私にはどちらが正しいのか判断をすることができないのです。私はチェルニー嬢が突き飛ばされたところも、バーンスタイン嬢が突き飛ばしていないところも、どちらも見ておりませんので」
そう言うと、ソフィアは他の4人の女生徒にも見たかどうかの確認をし、4人共が見ていないと証言をすると、にっこりと微笑んだ。
「つまり、これはお2人の問題ですので、私達には関係ありませんね」
ソフィアはそう言い切った。
予想外の展開に、私もニーナもぽかんとする。
その後、ニーナは自分で怪我を治療し、汚れた制服を着替えるために2人の女生徒に付き添われて医務室へ向かった。
現場を見ていないと言い切った2人の女生徒の前では、医務室の先生にも私に突き飛ばされたと証言するのは難しいだろう。
(な、なんとか助かった……)
緊張していた身体の力が抜ける。
(これは、カーライル様が助けてくれたのよね?)
見ていないので関係ない。と言っていたが、あの現場だけ見れば、私の状況は不利だったはず。
(なんで助けてくれたんだろ?)
ほとんど会話もしたことがないし、私に悪感情を持っていてもおかしくない……。
疑問は残るが、助けてくれたのは事実だ。
「あの、カーライル様、ありがとうございました」
「いいえ。私はただ事実を口にしただけですから」
そしてこちらを真っ直ぐに見つめる。
「でも、バーンスタイン嬢はなぜ私があなたの味方をしたのか、不思議に思っておいででしょう?」
「は、はい」
「いつもあなたにはお世話になっていますから」
(え?カーライル様をお世話したことなんてないけど……)
「こう言えばわかるかしら?アルフレッド殿下とジェラルド様とのお話をいつも提供して下さるお礼よ」
いたずらっぽく笑いながらソフィアは言う。
(も、もしかして……)
――実は、これは私達の先輩からの希望でして……。名前は明かせませんが、とある高貴な身分の方で、私達も大変お世話になっているんです。
あの夏季休暇前のミレーヌの言葉を思い出す。
(アルフレッド様とジェラルド様のカップリング推しの先輩って……)
衝撃の事実に私はまたしても固まってしまった。