密談(sideジェラルド)
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
※今回はジェラルド視点の話になります。
前回『悪役令嬢1』の数日前の話になります。
よろしくお願いします。
学園を出発した豪華な馬車がいつものようにバーンスタイン邸の前に停まる。
馬車の扉が開き、中から降りてきた少女が、御者台から降りた俺に挨拶をするため近付いて来る。
長い黒髪に紫の瞳をしたその美しい少女に、短く返事を返すと、俺はさっさと馬車の中に乗り込んだ。
俺の名前はジェラルド・モーガン。
そして、向かいに座る金髪碧眼の麗しき青年が、俺が従者候補として仕えている、アルフレッド王太子殿下だ。
元々はたまたま一緒の学園で、たまたま同じクラスになっただけの関係だったのだが、俺の何を気に入ったのか、ある日突然「私と友人になってほしいんだ」と、アルフレッドに言われた。
その時の笑顔が胡散臭かったので丁重にお断りしたところ、なぜか「じゃあ、従者でいいよ」と言われた。
意味がわからなかった。
なんとか説得をして従者ではなく、従者候補にしてもらったが、今のところ俺以外の従者候補は現れていない。
あと、俺はイリスのことが気に入らないから無愛想な態度なわけではない。
王太子の婚約者という立場にもかかわらず、驕ることもなく、真面目で誠実な人柄には好感を抱いているくらいだ。
しかし、彼女と親しくすると、我が主の機嫌を損ねることはわかりきっている。
イリスと入れ替わりに馬車の中に入った俺はさっそくアルフレッドに報告をする。
「ヴェセリー嬢から手紙を預かっています」
「確認して」
俺はアルフレッドの前で手紙を開封し、読み始める。
「例の噂を流している、光の乙女を支持する主な生徒の一覧ですね。やはり、ほとんどが下位貴族や新興貴族です」
約1ヶ月前の体育祭で、アルフレッドはイリスを庇って大怪我を負った。
そこに現れたニーナ・チェルニーという光属性の女生徒が、アルフレッドの傷を治療したことで、彼女は光の乙女と呼ばれ一躍有名になった。
このニーナ・チェルニー男爵令嬢は、チェルニー男爵が平民のメイドに産ませた婚外子だ。
彼女は母親と共に市井で平民として暮らしていたが、光属性の魔力を発現したことにより、チェルニー男爵に引き取られた。
そんな境遇の彼女が、王太子を怪我から救ったことで、一部の生徒が光の乙女を持ち上げる動きを見せ始めた。
どの時代でも、不遇な扱いを受けていたヒロインが、特別な能力を得て身分の高い者に見初められ、やがて結ばれるストーリーは人気だ。
特に、下位貴族や新興貴族の生徒達は、高位貴族への憧れや嫉妬といった気持ちを光の乙女を応援することで昇華させようとしているのだろう。
そのような生徒達が、『王太子が光の乙女を気に入っている』といった内容の噂を流し始めた。
「それで?」
「ヴェセリー嬢はすでにその噂に対抗するように、高位貴族の生徒達には、殿下がバーンスタイン嬢を身体を張って守ったことを強調して伝えているようです」
「さすが、ヴェセリー嬢は頼もしいね」
「どうされますか?」
「このままヴェセリー嬢に任せるよ」
レイラが目撃した話では、体育祭でアルフレッドが怪我を負った時、ニーナは他の怪我をしている生徒には目もくれず、一目散にアルフレッドのもとへ向かったらしい。
そのことから、ニーナ自身が下心を持ってアルフレッドに近付いたと考えている。
しかし、俺自身はニーナに下心があったとしても、アルフレッドを助けてくれたことだけは感謝していた。
(本来ならば、あの場で俺が殿下とバーンスタイン嬢を庇うべきだった。せめて防御壁だけでも間に合わせていれば……)
未だに後悔してもしきれない。
「それにしても光の乙女には困ったものだね」
「殿下の怪我を治療してくれたことだけは感謝していますが……」
「ジェラルドはまだあの時のことを気にしてるの?」
正直なところ、侍従失格だとクビになることすら覚悟していた。
「私は全く気にしていないと言ってるだろ?」
「しかし……」
「それより、あの時のイリスは本当に可愛かった」
「……」
「私のためにあんなに涙を流してくれるなんて」
「……」
恍惚とした表情でアルフレッドはつぶやく。
アルフレッドは怪我を負ったことよりも、イリスが泣くほど自分を心配してくれたことのほうが重要らしい。
「光の乙女がすぐに治療なんてしなければ、しばらくは王宮でイリスに付きっきりで看病してもらえたかもしれないのに」
「……殿下」
「ふふっ、冗談だよ」
いや、本気だろ。
真面目で責任感の強いイリスなら、自分を庇って怪我をしたアルフレッドに付きっきりで看病ぐらいするだろう。
アルフレッドの度を越したイリスへの執着。
イリス本人は気付いていないようだし、俺もわざわざ教えるつもりもないが、知らないうちに囲い込まれてしまっている彼女には時々同情してしまう。
「それに今回のことでフェルナンデス君とシオン君には貸しを作ることができたからね」
事故とはいえ、アルフレッドや他の生徒達に怪我を負わせたノアとシオンが処罰を受けないように、アルフレッドが動いた。
「フェルナンデス君はともかく、シオン君は何を考えているのか、未だに読めないからね……」
イリスの義弟で、血の繋がりのないシオンをアルフレッドはずっと警戒している。
(いや、たぶん羨ましいんだろな……)
イリスとシオンの邸宅での様子を報告書で知る度に、アルフレッドの機嫌は悪くなる。
俺には仲の良いただの義姉弟にしか見えないが、アルフレッドは違うようだ。
その後、ヴェセリー嬢の書いた生徒の一覧にアルフレッドも目を通す。
「噂の対応はヴェセリー嬢に任せるとして、イリスに直接仕掛ける者が現れるかもしれないな……」
「そうですね」
「その時は…その者にはそれ相応の責任を取ってもらおう」
「どうなさいますか?」
「まあ、軽く家を締め上げるくらいはさせてもらうさ。ヴェセリー嬢にもそのように伝えてくれ」
「かしこまりました」
イリスのことになるとアルフレッドは容赦がない。
そんな馬鹿が現れないことを願うばかりだ。
一通り報告が終わると、後は延々とアルフレッドからイリスの話を聞かされる。
「それで、最近のイリスは応急処置のやり方を学んでいるそうだ」
「はあ……」
「自分には怪我を癒やす魔力がないからって、私のために……健気だろ?」
「先ほどバーンスタイン嬢に、『ジェラルド様が怪我をなさることがあれば、今度は私も力になります』と言われましたが?」
「へぇ……」
アルフレッドの声が氷点下に下がる。
「お前はもう少し私を持ち上げようとは思わないのか?」
「きちんと事実と現状を把握することのほうが重要でしょう」
婚約者の居ない俺が、惚気話を聞いてやってるだけ有り難いと思ってほしい。
「はぁ……。イリスが私以外に応急処置するなんて…考えたくもないよ」
「……」
イリスに応急処置をされるようなことがあれば、アルフレッドにとどめを刺されかねない。
もう少し魔力の鍛錬時間を増やそうと心に決めた。
明日は更新をお休みさせていただきます。
すみません。
次回は明後日更新予定です。




