表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/51

悪役令嬢1

その後、体育祭は一度中断をしたが、残りの種目が別会場で決勝戦のみだったことで、一応は最後まで執り行われた。


魔術戦決勝の会場に居た生徒達は、アルフレッドのように魔力塊の欠片に当たった人も数名居たが、ニーナの治療の甲斐もあり、すぐに回復した。


そして、事件の発端になってしまったノアとシオンだが、彼らの魔力が予想以上に高かったことによる不幸な事故ということで、お咎めはなかった。

それよりも、試合会場の安全面や、試合のルール(使用魔法の制限がなかったこと)などに問題があったとして、主催である学園側の責任になった。


どうやら、ノアとシオンの責任にならないように、被害者であるアルフレッドが動いてくれたようだった。

それでもノアとシオンは自分達のせいで怪我人が出てしまったことを深く反省しており、私やアルフレッド、他の怪我をした生徒達にも真摯に謝罪していた。


そんな風に事態は収束を迎えたが、体育祭以降、ニーナ・チェルニーは「王太子殿下を怪我から救った光の乙女」として一躍有名になった。

彼女の周りには人が集まり、皆が彼女を讃えていた。


そして私は、咄嗟の出来事に何も出来なかった自分に落ち込んでいた。


(まさかあんなイベントがあるなんて……)


きっと、学年も違って、競技にも出場していないアルフレッドとヒロインが出会う為のイベントだったのだろう。


(だからって、あんな大怪我を……。すぐ治せるからって、だからって……酷すぎる)


てっきり体育祭イベントなんて、活躍した攻略対象者にタオルを渡すとか、競技の練習で交流するとか、そんな可愛らしいものだと思っていた。

アルフレッドにはあの後何度も、庇ってくれたお礼と、怪我をさせてしまったことを謝ったが、アルフレッドは「イリスに怪我がなくて良かった」と言って優しく微笑むばかりだった。


また私の周りの誰かが怪我をするような出来事が起こるかもしれない。

ヒロインと違って、私はぬるい攻撃魔法しか使えない。


(もしもの時に備えて、今から応急処置のやり方を学んでおこう)


そんなことばかり考えていた私は、周りの状況が少しずつ変化していたことに気付かないでいた。


◇◇◇◇◇◇


体育祭から1ヶ月が経った。

ここ最近、こちらを見ながらコソコソと何かを話している生徒を見かけることが増えた。

まだコソコソとしているのはマシなほうで、酷い時にはこちらにわざと聞こえるように話している生徒もいる。


内容は、年末に開かれる王太子主催のパーティに光の乙女が招待されたこと。

そして、そのパーティで着るドレスを、王太子が光の乙女にプレゼントするらしい。ということ。


王太子が光の乙女にドレスをプレゼントするということは、エスコートも王太子がするのでは?

じゃあ普段エスコートしている婚約者のイリスはどうするのか?

噂が噂を呼び、好奇心に満ちた視線にさらされる。


もちろん、皆が皆そんな様子ではない。

レイラや、ミレーヌやサラ達など親しい人達は普段通りだ。


(あー、モヤモヤする)


その噂に関しては、私にだって言い分や反論がある。

しかし、面と向かって言われた訳ではないので、私が自分の主張を伝える機会がない。

どうしようもないので、何か言われていてもスルーしていた。



今日は公務のためアルフレッドは学園を欠席していたので、昼食は久しぶりに1人で食べることになった。

天気が良かったので中庭で食べようとしたが、ここ最近は噂のせいで他の生徒からの視線が痛い。

なので、人気(ひとけ)の少ない裏庭でぼっちご飯をすることにした。


外でのんびりと昼食を終えてリフレッシュした私は自分のクラスへ戻る。

教室の扉を開けて入った途端に、クラスメイト達が一斉にこちらを見た。


(えっ?何?)


クラスメイト達の反応に驚いていると、教室の中央からこちらへ2人の女生徒が怒りに満ちた顔でやって来た。


「バーンスタイン嬢!これに心当たりはございませんか?」


そう言うと、破れてボロボロになった魔法薬学の教科書を見せられる。


教科書を持っているのはキアラ・ワウテレス男爵令嬢。

元々彼女の家は商家だったが、彼女の祖父がとても商才のある人物で、その功績を認められて男爵位を叙勲した新興貴族だ。

そしてもう1人はカミーユ・カステロ男爵令嬢。

こちらは生粋の貴族。

どちらも、ニーナと仲の良いクラスメイトだ。


「昼食から戻ったらニーナさんの教科書がこんなことになってました!バーンスタイン嬢は昼休みはどちらに行かれてましたか?」


(う、疑われてる!)


明らかに私が疑われている。


「王太子殿下は本日は欠席されているそうですね。殿下と昼食でなければ、どちらに?」


(しまった……)


人目を避けて、裏庭でぼっちご飯をしたことが裏目に出てしまった。

アリバイがない。

もちろん、私はニーナの教科書を破いたりしていない。

体育祭の時に丁重にお礼を伝えてからは、やはり関わらないようにしている。


ニーナは涙を溜めた瞳で、こちらを見ている。

とりあえず、誤解を解かなければ……。


「あ、あの……」


「あれ?みんなどしたのー?」


私が喋ろうとした時、呑気な声でアーサーが教室に入って来た。


「え!それ教科書?なんでそんなボロボロなの?」

「バーンスタイン嬢にやられたんです」

「えーっ!?」


ちょっと、勝手に犯人にしないで!


「イリスちゃんがやったの?」

「ち、違います!やってないです」


私はアーサーに向けて首を横にフルフルと振りながら訴える。


「イリスちゃん、やってないって言ってるよ?」

「そんなはずありません!きっとニーナさんに嫉妬してこんなことをしたんです!」

「嫉妬?」

「はい!ニーナさんが王太子殿下に選ばれたことに嫉妬して、こんな嫌がらせを……」

「選ばれた?殿下の婚約者はイリスちゃんだよ?」

「でも、今度の王太子殿下主催のパーティでは、殿下はバーンスタイン嬢ではなく、ニーナさんにドレスを贈られるのですよ?」


キアラはなぜか勝ち誇ったように言う。


「いえ、だからそれは……」


「あら、皆様とっても楽しそうなお話をされてますのね」


私が反論しようとした時、優雅な声でなぜかレイラが教室に入って来た。

皆、驚いた顔でレイラを見ている。


「アーサー様、クッキーの袋をお忘れでしたわよ」

「あ!ほんとだ!」


レイラは小さな紙袋をアーサーに渡す。


「持って来てくれたんだ!レイラちゃんありがとう」


まだ餌付けされてたのか……。

アーサーは嬉しそうに紙袋を受け取っている。


「さて、ワウテレス嬢と、カステロ嬢でしたわね?なぜ、殿下がチェルニー嬢にドレスを贈られる、なんて話になるのかしら?」

「そ、それは、殿下がニーナさんを気に入られたから……。それでパーティに招待されて、ドレスも……」


レイラの迫力に負けたのか、しどろもどろになりながら答えている。


「あら?わたくしが聞いた話と違いますわね。殿下が怪我の治療のお礼がしたいと伝えたら、『王宮のパーティに行ってみたい』と、『でもパーティに着ていくドレスがない』とチェルニー嬢からおっしゃったと聞きましたわよ?」


レイラの言葉に周りはざわめいた。

ニーナの顔が少し青ざめている。


「それに、チェルニー嬢にドレスを贈られるのは殿下ではございませんわ」

「え?」


キアラとカミーユは揃って怪訝な顔をする。


「イリス様!」

「は、はいっ?」


急に呼ばれてびっくりした。


「チェルニー嬢に贈られるドレスはどちらのものをご用意されているのですか?」

「えっと、『プラジェール』のドレスを準備しています」


『プラジェール』の名前に、周りも驚いた反応をしめす。

『プラジェール』は王都でトップクラスの人気ドレスショップだ。

バーンスタイン公爵家御用達のお店でもあるため、今回は無理を言ってお願いした。


「パーティまであまり時間がありませんので、既製品にはなりますが……。近いうちに『プラジェール』のスタッフがチェルニー嬢の邸宅にお伺いする予定です」

「な、なぜ、バーンスタイン嬢が……?」


カミーユの声が震えている。


「それは当たり前のことですわ。チェルニー嬢が出席なさるパーティは王太子殿下とイリス様、お2人が主催されるのですから」


そう、王宮で開かれるアルフレッド主催のパーティは、実際は2人で主催している。

最初に主催した婚約披露パーティはアルフレッドに任せきりだったが、今では王太子妃教育の一環として、私もパーティの準備に携わっている。

いずれ王太子妃になった時に、他国の使節団を歓迎したり、王宮での夜会やパーティを開く時に必要になるからだ。


今まで2人で主催していたパーティには、全ての貴族を呼ぶわけにはいかず、ほぼ高位貴族の令息・令嬢しか招待していなかった。

もちろん下位貴族を全く招待しなかったわけではない。

アルフレッドが縁を結びたいと思った家門は、招待している。


残念ながら、ワウテレス男爵家の今の当主はあまり商才がないらしく、商会は以前程の勢いはない。

カステロ男爵家は領地経営が上手くいっていない。

どちらの家門も招待をしたことがなかったので、彼女達は知らなかったようだ。


「王太子殿下がドレスを贈られるのはイリス様だけですわ。皆様、おわかりいただけましたか?」


そう言ってレイラは教室をぐるりと見回す。

すると1人の女生徒がすっと前に出て来た。


「ええ、王太子殿下は自ら体を張ってバーンスタイン嬢を守られたのです。それほどにお2人の絆は固いのでしょう」


その後も何人かの女生徒が、レイラに同調する。


「で、でも、バーンスタイン嬢がお昼休みにどちらにいらしたのか、まだ聞いていません!」


キアラが必死に言い募る。


「バーンスタイン嬢なら1人裏庭で昼食を食べていたのを見かけたぞ」


今、教室に戻って来たらしいノアがさらりと告げる。


「え?」


あれ?なんでノアが知ってるんだろう?

私の視線に気付いたノアが続けて言う。


「俺も裏庭でよく昼食を食べてるんだ。今日は珍しく先客が居たから驚いた」


いや、見かけたなら声かけてくれればいいのに。


「これでイリス様の疑いは晴れましたわね」


レイラは両手を合わせて、にっこりと微笑む。


「さて、ではこの騒ぎを起こした責任は誰がどう取られるのかしら?」


キアラとカミーユの顔色は真っ青になっている。


「ワウテレス嬢とカステロ嬢、光の乙女に夢を見るのも結構ですが、もう少しご自分たちの立場や現実をしっかり見られたほうがよろしいですわ。そうでなければ……家門に迷惑がかかってしまいますわよ?」


(凄い!)


私は何もしていないのに、解決してしまった。


「レイラちゃんかっこいい……」


真っ赤な顔でレイラを見つめながら、トゥンクしているアーサーの意見に激しく同意する。


レイラは授業が始まるから、と言って颯爽と自分のクラスに帰って行った。

皆も自分達の席に戻る。

そんな中、ニーナが凄い目で私を睨んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 通しでここまで読みましたがおもしろいです。 殿下のために書いた棒人間の解説のくだりは殿下の心情も合わせて素敵なシーンでした。 [一言] 真面目女子が行き当たりばったりでどう障害を乗り越え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ