体育祭2
午後の部が始まった。
午前は種目も出場者も多いせいでかなり忙しかったが、決勝は見る時間がとれそうだ。
まずは、魔術戦の決勝に出場するノアの応援の為に競技場に向かう。
さすがに決勝戦ということもあり、観覧席は生徒がいっぱいで熱気に満ちている。
私は実行委員用の観覧席エリアに着くと、フィールドを見下ろした。
1年生の魔術戦決勝はノア対シオンで行われる。
ノアは水属性で、シオンに負けず劣らずの強さだ。
この乙女ゲームの攻略対象者の魔力属性は、分かりやすくバラバラに設定されていた。
アルフレッドは風、ノアは水、アーサーは火、ウィリアムは土だ。
そしてこの4人の攻略対象者以外に、隠し攻略対象者が1人存在しているらしい。
━━私はそれがシオンではないか、と考えている。
この学園には私とシオンの他に、闇属性の魔力を持つ生徒が2年生に1人いるが、女性だ。
そして光属性はヒロインのみ。
稀に存在する、多属性や無属性の生徒が居るという話は聞いたことがなかった。
だから、4人の攻略対象者の属性と被らないシオンが、隠し攻略対象者ではないか……。
(それにあの容姿に魔力の強さは、充分に攻略対象者のスペック……)
フィールドにノアと共に現れたシオンを見つめながらそんなことを思う。
◇◇◇◇◇◇
「イリス!君もここに来たんだね」
「アルフレッド様!」
いつ試合が始まるのかとドキドキしながら待っていると、そこにアルフレッドとジェラルドが現れた。
アルフレッドは私の隣の席に座り、ジェラルドは私達とは少し離れた右斜め後ろの席に座る。
「いよいよ決勝だね。フェルナンデス君とシオン君、どちらの応援?」
少しいたずらっぽい笑みでアルフレッドが聞いてくる。
「同じクラスの仲間としてはノア様を応援するべきなんですが……。やはり家族としてシオンにも勝ってもらいたいんです」
「そうだね。どちらを応援するか悩むね」
そんなことを話していると、試合開始を知らせるブザー音が響き渡った。
フィールドの中央で向かい合ったノアとシオンは互いに握手をしてから、離れて距離を取り、再び向かい合う。
まずはノアが自分の周りに水の防御壁を展開する。
対してシオンは何もせずに、余裕の態度でその様子を見つめている。
そして、先に仕掛けたのはノアだった。
魔力で作られた水が鞭のようになり、凄い勢いでシオンに襲いかかる。
しかし、シオンはそれを躱すと、今度は自らの両手に魔力を纏わせて水の鞭を直接掴んだ。
そのまま力任せに引っ張ると、水の鞭はブチブチと千切れてしまう。
(す、凄い!)
ノアはやっぱりドSだから鞭なのかな?
なんてふざけた考えが一瞬で吹き飛んでしまった。
風と水の魔力属性は攻守共にバランスが良いとされる。
対する闇は防御魔法がほぼ使えない。
ちなみに、土は防御に特化していて、火は闇程ではないが4属性の中では1番攻撃力が高い。
ノアはシオンからの攻撃魔法を水の防御壁で防いでいる。
対してシオンは防御壁を作らずに、ノアからの攻撃魔法には攻撃魔法をぶつけることで防いでいた。
可愛らしい顔に似合わず、なかなか荒々しい戦い方だった。
ノアの攻撃魔法はことごとくシオンの闇魔法によって撃ち抜かれていく。
すると、ノアの攻撃魔法が水から氷へと変化した。今度は氷の刃がシオンの攻撃魔法を貫く。
まさに一進一退の攻防戦だった。
小さく舌打ちをしたシオンは、後ろに下がると、一気に数十個の拳サイズの魔力の塊を放出した。
魔力塊が一斉にノアに向かって数十発撃ち込まれる。
ノアは氷の刃を消して、防御壁を強化して攻撃に耐えている。
その間にシオンは上空に魔力の塊を作りだす。
それはどんどんと膨れ上がりかなりの大きさになった。
(これは……)
シオンは一気に勝負をつけるつもりなのか、作り上げた巨大な魔力塊をノアに向かって叩きつける。
その直前、数十発の魔力塊を防ぎきったノアは、防御壁を解除すると何本もの氷の槍を作り出し、シオンが放った巨大な魔力塊に向けて投げつけた。
強大な魔力と魔力がぶつかり合う。
その力は拮抗し……やがて、━━弾けた。
「あっ……」
危ない!と思った瞬間、弾けた魔力塊の欠片が四方八方に飛び散る。
そしてそれは観客席に居た私達に向かって飛んできた。
(ぶつかる!)
そう思っても、体は動かない。
私は咄嗟に目を瞑り、体を縮こませる。
しかし、来るはずだった衝撃が一向に来ない…。
そっと目を開けると、私はアルフレッドに抱き締められていた。
「えっ……あ……」
「イリス、大丈夫?怪我はない?」
「は、はい」
アルフレッドの顔を見上げると、眉間に皺を寄せて顔を歪ませている。
「アルフレッド様!」
ジェラルドの悲壮な声が響く。
「……遅い」
「すぐに医務室へ参りましょう」
(いむしつ?)
ジェラルドの言葉が上手く頭に入らない。
恐る恐る、ジェラルドの視線の先にあるアルフレッドの背中に目をやる。
右肩から背中にかけて服が黒く焦げ、破れた服の隙間から見える肌は赤黒く焼け爛れていた。
「あ……あ……」
あまりのことに言葉が出ない。
「大丈夫だ。それより先に、生徒の安全と被害状況の確認だ」
「しかし!」
「いいから、行け!」
アルフレッドの強い口調に、ジェラルドは一瞬迷いを浮かべたが、結局は一礼して指示に従う。
私はただアルフレッドにしがみつくことしかできない。
どうしてこんなことになったのか、アルフレッドが死んだらどうしよう。
どんどんと瞳から涙が溢れてくる。
「大丈夫だよ、イリス。泣かないで」
「アルフレッド様!アルフレッド様が……」
(そうだ!医務室。私が医務室に連れて行って……)
「王太子殿下!大丈夫ですか?」
そこに、息を弾ませた、ふわふわのピンクの髪に大きなエメラルドグリーンの瞳の少女が現れた。
「君は?」
アルフレッドが怪訝な表情をする。
「あの、私はニーナ・チェルニーと申します。私は光属性で、癒やしの魔法が使えます!」
そう言うと、ニーナはアルフレッドの元に駆け寄る。
「殿下、失礼致します」
ニーナはアルフレッドの背中に両手をかざす。
光の粒がかざした両手に集まり、やがてそれがアルフレッドの怪我の部分を覆っていく。
しばらくすると、光の粒が消え、アルフレッドの焼け爛れていた肌がすっかり元通りになっていた。
「殿下、終わりました」
「凄いな……痛みがなくなった」
「良かったです」
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、私に出来ることをしたまでです」
アルフレッドに見つめられたニーナは、はにかんだ笑顔で答える。
「良ければ、君の力を貸してもらえないか?他にも怪我人がいるかもしれない」
「はい!私で良ければ!」
ヒロインとアルフレッドのやり取りを私はぼんやりと眺めることしかできない。
(そうか……これがイベント……)
それでも、アルフレッドの怪我が治って本当に良かったと、私は安堵した。
◇◇◇◇◇◇
イリスを庇って怪我をしたアルフレッド、その怪我を治す為に現れたニーナ。
その一連の出来事を、少し離れた観客席からレイラが険しい表情で見つめていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
やっとヒロインを登場させることができました。
※あまりのことに声が出ない。→あまりのことに言葉が出ない。
変更しました。すみません。




