体育祭1
夏季休暇はほぼ毎日王宮に通い、王太子妃教育を受けて、アルフレッドとお茶をする日々を過ごした。
二学期になり、すぐに体育祭の準備が始まる。
体育祭は学年ごとに、クラス対抗で行われる。
この学園の体育祭は、前世のように徒競走やリレーなどの競技もあるが、剣術や魔術を競うもののほうが多い。
正直なところ、私はどれも苦手だった。
魔力の小さな塊を作り、それを複数の的に当てるという射撃のような競技があるのだが。
シオンがやると、一気に複数の魔力の塊を作り出し、凄いスピードで正確に全ての的を撃ち抜いていた。
私がやると、魔力の塊はゆっくりふらふらと飛んでいき、的にペシッと当たって消えた。
同じ闇属性の魔力なのに差が酷い。
(コントロールは悪くないんだけど、威力がなぁ……)
闇属性は全ての属性の中でも、攻撃力特化型だと言われている。
それなのに、なぜか私の魔力は威力が低い。
たぶん魔力量の問題なのだろう。
(体育祭の競技はどれが無難なのか……)
考えながら、授業が終わった私は馬車乗り場へと向かっていた。
体育祭はきっとゲームに関するイベントが起こる可能性が高い。
ヒロインとは同じクラスなので、味方同士で争うことにはならないと思いながらも、なるべく関わりたくはなかった。
目立たずに、ヒロインとも関わらずに体育祭を乗り切りたい。
◇◇◇◇◇◇
「体育祭実行委員ですか?」
「そう。それなら競技には出場せずに、ずっと裏方だよ」
帰りの馬車の中、アルフレッドに体育祭のことを聞いてみた。
すると、競技に出場したくないなら、体育祭実行委員になれば良いと提案された。
「各クラスから男女それぞれ1人ずつ選出されるから、それに立候補してみたらどうかな?」
「なるほど」
「私も毎年、実行委員をしていたよ」
「そうなんですか?」
意外だった。
アルフレッドは風属性の魔力を持っていて、魔力量も多い。
そして、王太子として幼い頃から剣術の訓練も受けており、その腕前はかなりのものだと聞いていたからだ。
「学園では皆と同じ生徒とはいえ、私は王族だからね。私が競技に出場すると、対戦相手が困ってしまうんだよ」
「それは……そうですね」
たしかに王太子が対戦相手だと、わざと負けたり、怪我をさせないように手加減したりと、対戦相手が気を遣ってしまいそうだ。
そんなことにならないように、最初から裏方に回っているという。
「じゃあ今年も実行委員ですか?」
「いや、今年は生徒会として裏方に徹するよ」
「生徒会も体育祭のお手伝いをするんですか?大変なんですね」
「うん。でも、今年はイリスが実行委員になってくれたら裏方でも一緒に過ごせるから、楽しみだな」
「そ、そうですか」
恥ずかしい。
「じゃあ、実行委員に立候補してみます」
私が小さな声でそう言うと、アルフレッドは嬉しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇
体育祭実行委員は、体育祭当日だけでなく、それまでの準備にも駆り出されて忙しいらしく、全く人気がなかった。
なので、立候補は私ともう1人で、あっさり決まった。
「クラス委員長もやってるのに、実行委員もやるんですね」
「体育祭の実行委員は人気ないみたいだからね、誰かがやらないといけないし」
もう1人の実行委員はリアム・バーナード。
入学式の日にも、前世のゲームでもお世話になった、チュートリアル委員長だ。
どうやら彼は、委員になるのが好きみたいだ。
放課後、私達は体育祭の実行委員会に出席するために、喋りながら廊下を歩いている。
「い……バーナード様は」
「あははっ。『委員長』って呼んでくれていいよ。他の皆も呼んでるし」
そう、リアムはクラスであだ名のように『委員長』と呼ばれている。
「僕も名前で呼んでいいかな?これから実行委員同士、仲良くしていきたいし」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、イリスさん。えっと、夏季休暇はどこか遊びに行った?」
リアムは少し照れくさそうに、私の名前を呼ぶ。
「いえ、夏季休暇は王太子妃教育が忙しくて、ずっと王都でした。委員長はどこか行かれましたか?」
「僕は久しぶりに領地に帰ったよ。片道だけで馬車で1週間だから、旅行みたいなもんだったね」
「そんなに遠いんですね」
「領地から王都に行くより、エイワード王国に行くほうがよっぽど近いからね」
バーナード辺境伯領は王都からは遠く離れており、隣国のエイワード王国との国境に位置している。
「委員長はエイワード王国には行かれたことはあるんですか?」
「子供の頃は、毎年夏季休暇はエイワード王国に旅行に行ってたよ。でも、兄さん達が学園に入学してからは、行かなくなっちゃってさ」
「そうなんですね。私はまだ外国に行ったことがないので羨ましいです」
「僕は逆に、学園に入学するまで王都に来たことがなかったよ」
そんな話をしながら歩いていると、委員会が行われる教室に着いた。
中に入り、クラスが書かれた席にリアムと共に着席する。
しばらくするとアルフレッドや他の生徒会の役員もやって来て、体育祭の準備についての説明や役割分担が行われた。
「イリス、お疲れ様。じゃあ一緒に帰ろうか」
「はい。アルフレッド様もお疲れ様でした」
委員会が終わると、すぐにアルフレッドが声をかけてきた。
「委員長もお疲れ様でした。また明日」
「うん。また明日ね」
私はリアムに挨拶をして席を立つ。
「委員長?」
「あ、彼はリアム・バーナード君です。私のクラスのクラス委員長なんです。それで委員長って呼んでまして」
「そうなんだ。面白い呼び名だね」
「はじめましてリアム・バーナードです。イリスさんと同じクラスで、今年の体育祭実行委員になりました。よろしくお願いします」
「……ああ、よろしく。大変だろうけど、体育祭開催に向けて共に頑張ろう」
「はい」
そう言った後、アルフレッドはなぜか私を引き寄せた。
「それと、イリスは昔から1人で頑張り過ぎてしまうところがあるから、心配なんだ」
アルフレッドは右手で私の頭を優しく撫でる。
「だから、無理し過ぎないようにちゃんと私やバーナード君を頼るんだよ」
「わ、わかりました」
突然のスキンシップに戸惑ってしまう。
「バーナード君もイリスをよろしく頼むよ」
「は、はい」
にっこりと微笑んだアルフレッドは、私と同じように戸惑っているリアムを残して、教室の扉へと向かう。
私も慌てて後を追いかける。
そんな私達をリアムは呆気にとられたように見つめていた。
◇◇◇◇◇◇
体育祭までの1ヶ月は準備に追われてなかなか大変だった。
そして体育祭当日も、実行委員はそれぞれ持ち場として指定された競技場の、得点の集計や競技ごとの準備・片付けに追われている。
自分のクラスの応援をする暇もない。
走り回っている間にあっという間に午前の部が終わってしまった。
私はリアムと共に、実行委員の待機教室で休憩を取る。
「うちのクラスが今のところトップだったよ」
「それは凄いですね!」
「あとは、午後の部の決勝でどれだけ点が取れるかだね」
団体競技は予選・決勝全て終わり、残すところはクラス代表による個人競技の決勝だけだった。
うちのクラスからは、剣術の決勝にアーサー、魔術の決勝にはノアが残っている。
さすが、攻略対象者だ。
もしかしたら、ヒロインとのイベントが何か起こるかもしれない。
(イベントに巻き込まれないように離れたところで応援しよう)
しかしこの後、しっかり巻き込まれてヒロインと関わりを持ってしまうことをこの時の私は知らなかった。




