勉強会3
4人での勉強会が始まる。
レイラとノアは急な参加なので、まずは私が動かねば。
「アーサー君、とりあえずテスト範囲をまとめてきたから、どうぞ」
そう言って1冊のノートをアーサーに渡す。
「凄い!これイリスちゃんが作って来てくれたの?」
アーサーがノートをパラパラと捲りながら、感激したような声を上げる。
「昨日1日じゃさすがに全部の教科は無理だったので、私が得意な教科だけですけど」
「イリス様は算術が得意なのですね」
「うん。他の教科よりはまだマシなくらいだけど」
レイラもノートを覗き込んでいる。
私には前世の記憶があるので、前世で1度学んだ教科は比較的成績が良い。
しかし、この世界には前世には無かった魔法があるので、魔法薬学や魔法理論学などは理解するのが難しい。
「なかなか上手くまとめてるな」
まさかのノアにも褒められた。
ドSの人に褒められるなんて、なんだか意外で嬉しい。
とりあえずこのノートを元にアーサーに勉強を教えることになった。
「ねぇ、ここよくわかんない」
「ここはですね……」
「うー、もう無理。お腹すいた」
「おい、教えてもらってるんだからちゃんと聞け」
「だって〜」
「はいはい。わたくしがカフェで何か買ってまいりますわ」
「やったぁ!」
「その代わり、わたくしが戻るまでにそのページは終わらせておいて下さいね」
「わかった!」
「では、続きを説明しますね」
アーサーは思った以上に手のかかる子だった。
それを叱咤し、宥め、励ましながら教えていく。
ノアは怒りながらも、アーサーにきちんと勉強を教えてくれていた。
しかも教え方が上手い。
私はだらだらと説明してしまいがちなのに対して、ノアは的確にポイントを押さえた説明をする。
ノアの説明を聞いていると私も勉強になる。
そしてレイラは、すぐに集中力とやる気をなくすアーサーを宥めすかす係になっていた。
アーサーの扱いが上手い。
ほぼ餌付けのようになっていたが、アーサーは喜んでレイラに懐いていた。
3人で協力しながら、毎日放課後は自主学習スペースでアーサーに勉強を教える日々を過ごした。
◇◇◇◇◇◇
そして、テスト勉強期間の最終日。
なんとか座学全教科のテスト範囲を教えきった。
「みんな、本当にありがとう!俺、明日はやれる気がする」
「気がするじゃなくて、ちゃんとやれ」
「これ、明日の試験の練習プリントです。家に帰ってから時間があればやって下さいね」
「イリスちゃん、これも作ってくれたの?ほんとイリスちゃん優しい!」
「はいはい。ちょっと近いですわよ。イリス様から離れて下さいませ」
「レイラちゃんもいつもお菓子美味しかった!これからも毎日食べたい」
「テストが終わったらまたお持ちしますわ」
「やったぁ!」
わいわいと話しながら、机の上を片付けていると、コンコンコンッと扉を軽く叩く音がした。
グループ学習スペースは扉が開放されているので、扉の方に顔を向けると、アルフレッドがジェラルドと共に立っていた。
「やあ、イリス。勉強会はもう終わったの?」
「は、はい。アルフレッド様どうされたのですか?」
私は突然のアルフレッドの登場に驚いてしまう。
アーサーとノアも驚いた顔をしている。
なぜかレイラは居心地悪そうに目を逸らしていた。
「私も今日はたまたま学園で試験勉強をしていたんだ。それで、イリスの勉強会の話を思い出してね。顔を見に来たんだ」
「そうだったんですね」
「ヴェセリー嬢と…イワノフ君とフェルナンデス君だったね?試験勉強お疲れ様。明日からの本番も頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
レイラの声に合わせて、アーサーとノアも頭を下げる。
「それにしても羨ましいな。私もイリスと同い年だったら、君達みたいに放課後一緒に勉強できるのに」
そんなことを皆の前で言われて、恥ずかしくなる。
「え?イリスちゃんと王太子殿下って…?」
「おまえ、知らなかったのか?バーンスタイン嬢はアルフレッド王太子殿下の婚約者だ」
「えー!そうなの?」
「アーサー様も婚約披露パーティに出席されていたではありませんか」
レイラの呆れた声に、私も心の中で同意する。
そう、以前王宮で私とアルフレッドが初めて開催した婚約披露パーティに、アーサーとノアも出席していた。
私はもちろんこの2人に気付いたので、主催者として挨拶をした後は全力で関わらないようにしていたけど。
「あ!あの王宮でのパーティ!そっかあ、あれがイリスちゃんだったのか。俺、初めての王宮で、広い庭園とか豪華な料理とか…そういうのしか覚えてなかった」
「いえ、パーティを楽しんでもらえたなら良かったです」
申し訳なさそうに言う彼を見て、アーサーらしいなと思い笑ってしまう。
すると、いつの間にか私の横に近付いていたアルフレッドが、ぐっと私の肩を抱き寄せる。
「じゃあ改めて、イリスは私の大切な婚約者なんだ。イワノフ君もフェルナンデス君も、クラスメイトとしてこれからも適切な距離で仲良く頼むよ」
「はい!」
「…はい」
アーサーは元気よく返事をしていたが、ノアはなぜか顔色が少し悪かった。
「じゃあイリス、勉強会も終わったなら一緒に帰ろう」
「え?でも……」
「私はもう試験勉強は終わったから。イリスを送る時間はあるから大丈夫だよ」
そう言いながら、アルフレッドは私の肩を抱き寄せたまま歩き出してしまう。
いつの間にかジェラルドが私の鞄を持っていた。
私は慌てて皆に挨拶をし、アルフレッドに連れられて自主学習スペースを後にする。
馬車乗り場に着くと、ジェラルドによってバーンスタイン家の馬車は帰らされてしまっていた。
私は諦めて、アルフレッドと共に馬車に乗った。
◇◇◇◇◇◇
(近い、近い、近い…)
いつもなら向かい合わせで座るはずなのに、なぜか今日は横並びで座らされた。
先ほどの肩を抱き寄せられた時も、突然のことでドキドキしたが、今はもう心臓が飛び出そうだ。
「ごめんね。ちょっと疲れてるみたいで…寄りかからせてね」
「は、はい」
アルフレッドの体が密着している左側が、やたらと熱く感じる。
そして、さらさらとした金の髪が私の頬に触れる。
異性とこんなに密着したことのない私は、もう完全にキャパオーバーだ。
全力で前だけ見つめて、背筋を伸ばし動かずにいると、しばらくして隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。
ちらりと左側を見ると、瞳を閉じたアルフレッドの顔を間近で見てしまう。
長い睫毛に、男性なのにきめ細やかな肌、形の良い薄い唇…。
私は見てはいけないものを見てしまった気がして、慌ててまた顔を前に向けた。
(疲れてるのね…)
珍しく甘えるようなことをするぐらい疲れているのだろう。
(でも、こんなふうに甘えられるのも悪くないかもしれない…)
イリスはもう一度、左側を見てアルフレッドが眠っているのを確認する。
ほんの少しだけ、前を向いたまま左側に頭を傾けてアルフレッドに寄り添い、目を閉じた。




