密談(sideレイラ)
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回はイリスが入学する少し前のお話です。
※今回はレイラ視点のお話になります。
魔法学園への入学まであと数ヶ月という頃、わたくし、レイラ・ヴェセリーは父の執務室に呼ばれていた。
「アルフレッド王太子殿下が、ですか?」
「ああ、レイラに折り入って頼みたいことがあるらしい」
そう言って、父はわたくしに一通の手紙を渡す。
わたくし宛のその手紙の封蝋は、確かに王族が使用するものだった。
今日王宮に出向いていた父は、アルフレッド殿下から直接この手紙を受け取ったそうだ。
父に許可を取り、その場で手紙を開封すると、日時と迎えの馬車を行かせる旨、そして殿下の署名だけが書かれていた。
アルフレッド殿下がわたくしに一体何の用があるというのか…。
父に尋ねてみたが、「殿下に直接聞いておいで。そして、どうするかはレイラが自分で決めていい」と、詳しいことは教えてくれなかった。
レイラの父は、末っ子で唯一の娘であるレイラに甘い。
兄2人にもよく言われている。
アルフレッド殿下とのお見合いで、レイラが婚約者に選ばれなかった時も
「長い間、大変だったろう」
「かわいい娘がこんなに早く婚約してしまったら、寂しくなってしまうよ」
そう言って、責めることも怒ることもしなかった。
レイラは余計に、役に立てなかったことを落ち込んだ。
娘である自分が、家門の役に立てるのは政略結婚しかないのに…。
そんな時、ピータース伯爵夫人のお茶会でイリスと偶然出会った。
アルフレッド殿下の婚約者に選ばれたイリス。
選ばれなかったことをカーターに詰られていたわたくしは、初対面の彼女に八つ当たりをした挙げ句、泣いてしまった。
そんなわたくしに寄り添い、話を聞いて励まし、立ち直る手伝いまでしてくれた。
わたくしは思いきって、イリスに友達になりたいと伝え、彼女もそれに笑顔で応えてくれた。
その後は、王太子妃教育で多忙になってしまったイリスはお茶会に出席しなくなり、なかなか会うことができなくなってしまう。
このままイリスと疎遠になってしまうのでは、と不安になったわたくしは彼女に手紙を書いた。
びっしりと文字が書かれた、沢山の便箋が入った返信の手紙がすぐに届いて、わたくしはイリスと手紙で交流するようになる。
そして、それが今も続いている。
学園に通うようになればイリスと会う機会がもっと増えるだろう。
わたくしは入学する日を楽しみにしていた。
◇◇◇◇◇◇
わたくしは、迎えに来たジェラルド・モーガンという黒髪黒目の男に、王宮のとある一室へと案内された。
そして今、テーブルを挟んで向かい合う形でアルフレッド殿下と顔を合わせている。
部屋の隅には、ジェラルドが立ったまま控えている。
こんなふうに顔を合わせるのはお見合い以来だ。
「ヴェセリー嬢久しぶりだね」
そう言って、にこやかに微笑むこの美しい王太子がレイラは少し苦手だった。
もちろん、お見合いで断られた相手としての若干の気まずさも理由の1つだが、お見合いをしていた頃から、笑顔を浮かべているはずなのに、何を考えているのかよくわからないところが少し怖かった。
「ええ、イリス様と共に主催されたパーティ以来でございますわね」
「君とイリスは良い友人関係を築いているみたいだね」
「はい。イリス様はお忙しいようでして、お茶会でお会いできませんので手紙で交流をさせていただいております」
「そんな君に頼みたいことがあるんだ」
「なんでございましょう」
何を言われるのか…。
緊張で身体に力が入る。
「君はイリス以外にも友人が多く、社交にとても長けている。その力をイリスを守るために使ってくれないか?」
「……社交界でのイリス様の味方を作れと?」
「ああ、話が早くて助かるよ。イリスはあまり社交が得意ではなくてね。男性の私が女性の社交のフォローまでするのはなかなか難しくてね」
これから入学する魔法学園は、数多の貴族の令息・令嬢が通うのだ。
学園での交流が、そのまま今後の社交界での自分の立ち位置や、派閥に影響を及ぼすのは想像に難くない。
「イリス様なら社交界でもそつなくこなされるように思いますが…。得意、不得意ではなく、あまり社交の場に出られませんので、経験が足りないだけでは、と……」
「ふふっ、そうだね。だけど私がイリスをあまり社交の場に出したくないんだよ」
ふと、以前から疑問に感じていたことを思い出した。
「あの、失礼ながら…。イリス様はお茶会と王太子妃教育の日程がいつも偶然重なってしまうと言っておられましたが、殿下がその件に関与しているのではありませんか?」
アルフレッド殿下はその完璧な微笑を一切崩さないまま、何も言わない。
つまりは、そういうことなのだろう。
「イリスを社交の場に出せば、私の見ていないところで変な虫がたくさん寄って来そうだし。それに、笑顔の裏で足を引っ張り合うような世界で、彼女にあまり傷付いてほしくないんだ」
(わたくしは傷付いてもいいのね)
心の声が表情に出てしまっていたのだろうか。
アルフレッド殿下は愉快そうに笑っている。
「もちろん、引き受けてくれるならきちんと対価を払うよ」
「対価…ですか?」
「そう例えば、君が望む相手との縁談とかね?」
「……」
「ああ、私はイリス以外と婚姻を結ぶつもりはないから、私の側妃以外でよろしくね」
美しい微笑を浮かべながら、アルフレッド殿下は言い切る。
「失礼ながら殿下、わたくしは自分の相手は自分で見つけますわ」
「そう。それなら……ヴェセリー公爵家の今後の繁栄とかはどう?」
ピクリ、とレイラの肩が揺れる。
「こっちの対価のほうがヴェセリー嬢はやる気が出るみたいだね」
そう言って、アルフレッド殿下はわたくしの目を真っ直ぐに見つめる。
つまり、自分が国王に即位した際は、ヴェセリー公爵家を引き立てるという意味だ。
逆を言えば……もしわたくしが断われば、裏切れば、ヴェセリー公爵家の衰退を意味する。
こんなもの脅迫以外の何物でもない。
「イリス様はわたくしの大切な友人です。そんな条件を出さずとも、友人として助けてほしいと言っていただければ、わたくしは喜んで協力いたしますわ」
怒りで声が震える。
「私は君がイリスを大切な友人だと思っていること。公爵令嬢として高い矜持を持つ君が、友人を貶めるような真似はしないこともわかっている」
「……」
「だけどね、私はイリス以外の『何も見返りを求めない善意』は信用できないんだよ。君は何も悪くない。私の問題だよ」
表情も変えず、平坦な声でアルフレッドは告げる。
レイラは軽く息を吐き、冷静さを取り戻すように努める。
「父は、このことを知っているのでしょうか」
「ああ、ヴェセリー公爵には『ヴェセリー嬢に頼みたいことがあるから会わせてほしい。見返りはヴェセリー嬢の意中の相手との縁談だ』と伝えてある」
(だからお父様はわたくしが決めていいとおっしゃったのね)
「娘を溺愛するヴェセリー公爵に、家門の行く末を条件に協力を申し出るなんて言ったら、ヴェセリー嬢に会わせてすら貰えないだろうからね」
嫌な男だ。
こんな男の婚約者になっていたらと思うとゾッとする。
「かしこまりました。このお話、引き受けさせて頂きます」
「ありがとう。ヴェセリー嬢ならそう言ってくれると思っていたよ」
白々しい!
断らせるつもりなんて微塵も無かったくせに。
何食わぬ、整いすぎた笑顔が逆に腹立たしい。
「このことはイリスには内緒にしておいてね。彼女が知ったら、自分のせいで友人に負担をかけていると落ち込むだろうから」
(この男は本当にイリス様のことしか考えていないのね)
何年も前とはいえ、婚約者に選ばれなかったことに傷付いていたのが馬鹿らしく思える。
そして、こんな男に執着されている友人に同情せずにいられない。
全ての感情を呑み込み、レイラはアルフレッドに頭を下げて告げる。
「殿下の仰せのままに……」
誤字報告ありがとうございます。
友人を同情せずに→友人に同情せずに
修正致しました。すみません。
※ヴェセリー家→ヴェセリー公爵家 に変更致しました。