初めてのお友達2
「ねえ、シオン君!あっちにジュースもあったよ。一緒に取りに行こうよ」
「シオン君!こっちに座って!」
「シオン君はどのお菓子が好き?取って来てあげよっか?」
「え〜っ!私がもう選んで来たんだから!ねえ、シオン君どれ食べる?」
シオン、シオン、シオン……。
シオン人気が凄まじい。
シオンの周りには同年代の令嬢達がわらわらと集まっている。
貴族の令嬢として私に挨拶はしてくれたが、その後は私には目もくれず、皆シオンに夢中である。
「みんなありがとう。でも、ごめんね。今日は義姉さんと来てるから……」
「「えーっ!!」」
不満気な声と共に、令嬢達が一斉に私をちらりと見る。
(こ、これはいたたまれない)
「シオン、私のことは気にしなくて大丈夫よ。まだお腹も空いてないから、庭を散策してくるわ」
「えっ!でも義姉さんっ」
「シオンは皆さんのお相手をしてあげて」
シオンの返事を待たずに私は庭に向かって早足で歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇
ピータース伯爵家の庭園は、植木が動物の形にカットされていたり、木製のブランコが置いてあったりと、子供が喜ぶような工夫が至る所にされていた。
(シオンは大人にも子供にも凄い人気ね)
あれほどの美少年で、愛想もよく、話しやすい。
女性人気が高いのも頷ける。
(きっとコミュニケーション能力が高いのね。羨ましいわ)
あれ?私が側に居なくても、全く問題無いのでは?
そんなことを考えながら、私は興味深く、庭園を見て回っていた。
庭園の奥まった所にガゼボが見える。
これも子供達が喜ぶように、カラフルな色に塗られ、子供用の低いベンチが置かれている。
少し休憩しようと、ガゼボに向かっていると、声が聞こえた。
「そんなだから王太子殿下の婚約者に選ばれねぇんだよ!」
嘲るような男の子の声だった。
いきなりの王太子殿下というフレーズに私は硬直する。
「殿下だって、可愛げがない女は嫌だろ?」
「もっと男を立てるとかさ?そういうのが無いからダメだったんだよ」
どうやら男の子が誰かに話しているようだ。
だけど相手の声は全く聞こえない。
「なあ、なんとか言ったら?」
その後も、はっきりとは聞こえなかったが、男の子はあれこれ言っていたようで……、しかし相手が何も言わないのに痺れをきらしたのか、ぶつぶつ文句を言いながらどこかへ行ってしまった。
(なんだったの……。ケンカ?)
私は再びガゼボに向かって歩き出すと、ベンチに1人の女の子が俯きながら座っていた。
この子がさっきのケンカの相手だろうか?
なんとなく気まずくなって、やっぱり戻ろうかと思ったその時、女の子がぱっと顔を上げ、こちらを見た。
目が合ってしまった……。私は覚悟を決める。
「お休み中に申し訳ありません。お邪魔してしまいましたか?」
「……あなたは?」
「私はイリス・バーンスタインと申します。今日初めてお茶会に参加しまして……」
私が名乗った途端に、女の子の顔がみるみる怒りに膨れ上がる。
「……そう。わたくしは、レイラ・ヴェセリーと申しますわ」
歳はイリスと同じくらいだろうか、緩やかなウェーブがかかった見事な金色の髪に、赤茶色の大きな瞳、とても華やかな顔立ちをしている。
そんな彼女になぜか睨まれている。
(ヴェセリー……どっかで聞いたな……)
「あら、さすがですわね。他の婚約者候補のことなど気にも留めてらっしゃらないのね」
「あっ!」
私の思案する様子を見て、さらに怒らせてしまったようだ。
しかし、彼女の発言で私は思い出した。
(そうだ!他の婚約者候補にヴェセリー公爵家って名前があった!)
「申し訳ありません」
「謝罪はいりませんわ。あなたは、わたくしなど取るに足らない相手だと思っていたのでしょ?」
「いえ、そんなことはありません。たしか……同じ年齢でしたよね?」
なんとか彼女の情報を捻り出し、そんなことないよ。覚えているよ。とアピールをする。
「ええ、そうですわ。同じ年齢に同じ公爵家……条件は同じでしたのに……」
彼女の声がどんどん震えていく。
「あなたが選ばれて、わたくしは選ばれなかった……」
先ほどまで怒りに満ちていたはずの彼女の大きな瞳に、どんどん涙が溜まっていく。
「わたくしだって…が、頑張りましたのに…可愛げなんて…そんなこと言われたって…」
ついに彼女の瞳から涙がポロポロと零れ落ちる。
(えー、泣かせちゃった…)
「えーっと、可愛げですか?」
「だって、可愛げがないから……気位が高くて偉そうだから……だからわたくしは選ばれなかったって……」
「誰かに言われたんですか?」
「カーターが……みんなもそう言ってるって」
「カーターって、さっき怒鳴ってた男の子のことですか?」
彼女はコクリと頷く。
私は泣いてる彼女に近付き、隣に座った。
「カーター君?とは、お友達なんですか?」
「……小さい頃からよくお茶会で会ってて……一緒に遊んだりしてましたの……でも最近は嫌なことばかり言うから……」
「嫌なこと?さっきみたいなことですか?」
「ええ、私が王太子殿下とお見合いをするって話をしたら、お前なんかが選ばれるはずないって……」
私は黙って彼女の話を聞く。
「それで言い合いになって……それから会うたびに、お前には無理だとか、王太子妃なんて向いてないとか……」
彼女は掌をぎゅっと握り締める。
「わたくしだって頑張ってるって……カーターにちゃんと言いましたのに……。そのうち、わたくしの性格が、わ、悪いからダメだとか……高飛車だとか……金色の髪が派手だとか……酷いことばかり言うようになって……」
言われたことを思い出したのか、また声が震えて、涙が零れ落ちる。
「それでも、気にしないようにしてましたの……。でも、ほんとに選ばれなかったから……。今日はカーターに会いたくなかったのに、見つかって……ほら、やっぱり選ばれなかったって言われて……」
それで、さっきまで絡まれていたようだ。
「今度からは高望みするなって……。お前みたいな性格の悪い女は、少し家格が低いぐらいの相手のほうがいいって……」
(ん?)
「あの、カーター君はどこの家門のご子息ですか?」
「ハサノフ伯爵家の次男よ」
「……そうですか」
公爵家より少し家格が低いな。
私は話の続きを促す。
「それでカーターが、わたくしの性格がよくないから、王太子殿下の婚約者に選ばれなかったって、みんなも言ってるって……。こんなに評判が悪いと、もう他の誰にも選んでもらえないって……。俺ぐらいしかもう貰い手がないぞって言われて……」
「………」
「俺ならお前の性格が悪くても我慢してやるって……」
「………」
「わたくし悔しくて、でも、何も言い返せなくて……」
(カーター……)
意図せずカーターの気持ちに気付いてしまった私は遠い目になる。
「わたくしは女だから、家の役に立つには政略結婚しかないのに。それなのに、誰にも選んでもらえなかったら……お父様とお母様をきっとがっかりさせてしまうわ」
彼女はまた悲しげに俯いてしまった。




