王太子とお茶会3
前回からきっちり1週間後、アルフレッドとの2回目のお茶会の為に、王宮に来ている。
前回は美しい庭園でのお茶会だったが、今日はあいにくの分厚い曇り空のせいか、王宮のとある部屋に案内された。
さすが王宮。部屋の中の調度品はどれも高級そうで、気後れしてしまう。
今日のアルフレッドもキラキラ王子様だが、相変わらず化粧で隠しきれない隈がうっすら見えている。
挨拶の後に、私はさっそく本題に入った。
「殿下、こちらをご覧いただけますか?」
数枚の紙の束をアルフレッドに渡す。
「これは……『眠る前にやっていいこと悪いこと』?」
「はい。先日、殿下が眠れなくて困っているとおっしゃっていましたので、作ってみました」
私は前世でも資料作りは得意だったのだ。
12歳の子供にも読みやすいように気をつけて作った。
「まず、1枚目のページをご覧下さい。そこには医療の本にも記載されておりました内容を、やっていいことと悪いことに分けて、まとめさせていただきました」
「……」
アルフレッドは困惑した顔で、無言で資料を見つめている。
「1枚目の最後に、この内容が載っていた本のタイトルも併せて記載しておきましたので、もし、不安がございましたらご確認下さい」
「……」
やはりアルフレッドは無言のままだが、私は気にせずに続ける。
「では、2枚目をご覧下さい。こちらは民間療法によるものを記載させていただきました」
(まあ、嘘だけど)
実は、私も前世で社会人になってすぐの頃に、不眠に悩まされた時期があった。
たぶん、新しい環境によるストレスが原因だったのだとは思う。
ベッドに入ってもなかなか寝付けなくて、そのせいで日中は眠くて集中できない……。困った私はインターネットで不眠に関する情報を読み漁り、いろいろ試したのだ。
その前世での情報を、出典元を明かすことはできないので、『民間療法』として記載した。
「殿下は眠る前にホットミルクを飲まれるとおっしゃっていましたが、眠る直前よりも、眠る1時間程前に飲まれたほうがよろしいそうです」
「……そうなのか」
「はい。あとはハーブティーもよろしいそうですよ。おすすめの茶葉も記載してあります」
「……そうか」
少し興味を持ったのか、アルフレッドが資料をぱらぱらと捲りだす。
と、あるページで手が止まった。
「これは……絵……?」
そうつぶやきながら、またまた困惑した顔で資料を凝視している。
「はい。それは私が眠る前に行っている、オリジナルの体操の説明です」
(これも嘘だけど)
これは私が前世で眠る前によく行っていた、不眠に効くストレッチで、これをすると肩凝りにも効果があるので、不眠が治った後もほぼ毎日やっていた。
もちろんこれも、インターネットから拾った情報で、私が考案したものではないが、私のオリジナルということにさせてもらった。
「この絵は……人……?」
「はい。最初は文章のみで説明をしようとしたのですが、わかりにくいかと思いまして……。絵も付け加えてみました」
「もしや、この絵はバーンスタイン嬢が?」
「はい。ただ、私は絵があまり得意ではありませんので、実際の人体を描こうとしますと、関節がこう、不自然な絵になってしまいまして。いろいろ試した結果、そのような絵になりました」
棒人間のイラストに落ち着いたのだ。
「そ、そうか」
なぜかアルフレッドの肩が震えている。
「やはり、わかりにくかったでしょうか?それでしたら、実際に私が実演して説明することもできますので!」
慌てて付け加えると
「いや、大丈夫。わかりやすい」
俯き、手で口元を押さえ、肩を震わせながらアルフレッドは答えた。
よかった。
私の下手なイラストでも伝わったようだ。
アルフレッドの不眠の原因は私にはわからないが、不眠の辛さは理解できる。
原因を取り除くのが1番だろうが、そこまで踏み込むことは悪役令嬢の私にはできないから、せめて少しでも楽になってくれれば……。
いくら断罪してくるかもしれない相手でも、今はまだ12歳の子供だ。
苦しんでいる子供を見るのはやはり、辛い。
(あ!そうそう)
「殿下の不眠のことは誰にも話しておりませんのでご安心下さい。この資料も読み終わった後に処分して下さってかまいません」
私は守秘義務をきちんと守ることも伝える。
「いや、この資料は大切に取っておくよ。この絵を見ないと体操ができないからね」
アルフレッドは楽しそうに答えた。