義弟3
シオンは吐いてはなさそうだが、熱が高いのだろう、汗をかいて寝苦しそうに何度も寝返りをうっていた。
私はシオンのベッドの側に落ちていた、半乾きのタオルを拾うと、サイドテーブルに置いてある水の入った洗面器に浸けてから絞る。
(ほんとに放ったらかし!高熱出した子供が自分でタオル絞って拭けるわけないでしょ!)
水はぬるくなっているから、冷たいタオルじゃないけど、汗を拭くだけでもマシだろう。
私は汗に濡れたシオンの顔や首筋を、タオルで優しく拭き取る。
「っ!……イリス?」
シオンがぼんやりと目を開ける。
「起こしちゃってごめんね。大丈夫?」
「どうしてここに?」
「熱出して1人で寝てるって聞いたから……」
「君にうつさないようにって言われてるだろ?」
声が掠れて苦しそうだ。
「汗拭いたらちょっと水飲んだほうがいいよ」
私はサイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を入れる。
「ああ、そうか……君は風邪にうつりに来たんだろ?」
「は?」
「そしたら、この大事な時期の君に、風邪をうつした僕がお義父様に怒られるもんね」
なぜか笑いながらシオンは言う。
……思考回路がひねくれ過ぎている。
「そんなわけないでしょ。ほら、ちゃんとうつらないように対策もしてきたし」
そう言って簡易マスクを指差す。
「……ほんとに僕が心配だから来てくれたの?」
「だからそう言ってるじゃない」
シオンの熱で潤んだ瞳がじっと見つめる。
もしかして、シオンは自分のポジションを守りたいのだろうか。
イリスは実子だけど、自分は血の繋がりのない養子ということが不安なのかもしれない。
いつかイリスに後継者の座を奪われるんじゃないかと考えているのかも。
(だからあんなに、父との話や魔力のことでマウントとってきたのね)
「ねえ、ほんとに何も思い出さないの?」
「うん。シオンのこともだけど、お父様のことも何も」
「お父様が自分の父親ってことは理解はしてるのよ?でも実際に会ってみてもなんとも思わないのよね。残念な人だなーくらいしか」
シオンが黙ったまま俯く。
「だから、後継者とかそういうのも私は興味ないのよ。魔力の強さなんて、生まれ持ったものはどうにもできないし」
そして私はシオンを安心させるために伝える。
「むしろ、家族から離れて後継者教育を頑張ってるシオンを応援したいと思ってるよ。私に力になれることがあったらなんでも言って。義理だけど姉なんだから」
シオンの潤んだ瞳からポロポロと涙が零れる。
(やっぱりまだ10歳だもんね。寂しいよね)
イリスの境遇を可哀想だとは思ってたけど、よくよく考えると、シオンだって可哀想だ。
まだまだ親に甘えたい年頃なのに、家族と離されて、あんな残念な父と親子として過ごさないといけない。
きっと寂しさと、養子という立場の不安とで、いっぱいいっぱいだったんだろう。
(病気でしんどい時は誰でも気弱になるしね)
私は泣いているシオンの背中をさすっていた。
でもこの時の私は、シオンが泣いている本当の理由にちっとも気付いていなかった。