辺境で引きこもっていた魔王だが、やはり人類は罪深いので滅ぼすしかない
「貴様が魔王べルフェルムか! これまでの罪を償う時が来たと知れ!」
部屋にドカドカと駆け込んで来て、フル装備で戦闘態勢を取る四人組。
「……うわぉ!?」
年の瀬のいい時間なので、魔王城の自室で食事の準備をしていたんだけど。
そしたら、突然、知らない四人組がやってきて扉がドカンと蹴破られたのが今。
びっくりしたなあもう、びっくりし過ぎで心臓飛び出るかと思った。
いや魔王だから、心臓がどうにかなった程度じゃ死なないけどさ。
それにここ、魔王城の自室なんだけど、いったいどこから来たのか。
しかも今……年末の夜ですよ?
いつも思うのだけど、わざわざ人間が徒歩でこんな僻地にやってくるとか、意味がわからない。
だいたい、普通は魔王城なんて人間の地図だとほぼ最果てですよ。
いかにもな雰囲気の山奥だったはずだし、そんな簡単に来れるトコでもない。
もちろん、魔族は街を作ってるわけでもないから、城下街とかもない。
なんなら一番近い村とか、人間の足で一週間くらいかかるレベル。
どう考えても、来るだけでもだいぶ不便じゃなかろうか。
そもそも、年末のこんなタイミングで来られても困る……邪魔だし、食事準備中だし。
仰々しいマスクも服も脱いで、やっと準備が終わって、これから鍋ってところなのに。
こちとら一人鍋なんで、いきなり人が増えたって材料なんか用意してないよ!?
だいたい私、部屋着じゃん……どうすんだこれ。
まあ、人間にも都合とか色々あるだろうから、邪魔にならない分には城内駆け回ってるくらいは許すけども。
いきなり人数増えたって、てきとーに野菜をざくざく切るだけでも結構めんどくさいのよ? 世の主婦や一人暮らし、共働きのやつらに謝れ。
それを、なにも材料すら持ってこないまま、鍋パーティに無断飛び入り参加とか許せなくない?
せめて野菜かなんかでいいから持って来て欲しい、もしくは土産なり酒なり持ってくるのが筋ではなかろうかしら。
少なくとも、私の知っている鍋とはそういうものなので、魔王らしく即決でお帰り決定。
「あー、うん……いま忙しいので帰ってくれる? また今度ねー。年始は三日までは休みだからよろしく」
「な……っ!?」
手をひらひらさせて、あっちへ行けとジェスチャーで示す。
むこうは困惑してるようだが、困惑したいのはこっちだ。
いくら魔王であっても、そんなノックもなく来た不躾極まりない連中に構ってやる義理はない。
仕事納めは昨日だし、四天王やみんなにも休暇やってるわけで。
私以外は誰もいない城に来られても、おもてなしどころじゃない。
とくに、これから鍋始めようって時に来るとか、マジで最悪。
まるで、風呂に入ろうと服を脱いだ時に呼び出しを食らうくらいには、タイミング悪いことこの上ない。
とりあえず、それでもこの年末に城からたたき出すのもなんなので、慈悲の心を見せよう。
「あー、別にあいてる部屋に泊まっていってもいいけど、ごはんはそっちで用意してね、それじゃ」
うん、この状況でいきなりぷっつん切れなかった私は褒められていいと思う。
きっと、いま割とすごい微妙な顔してる気がするけど。
だって鍋ですよ鍋。
今日は寒いし、出来上がりもちょうどいい感じだし、いい酒も用意したし。
雪景色の魔王城で、ぬくぬくしながらこたつに入って、いまフタ取ったばっかりですよ……一番盛り上がる瞬間だと言ってもいい。
なのに、これじゃ風情が台無しじゃない?
こっちはフタ持ったままなんだけど。
湯気がモワッと上がって、ぐつぐつ煮立っている鍋を目の前にしていながら、このいたたまれない微妙な空気と時間をどうしてくれるんですか。かなしみ。
それに、だ。今日は特別に、いつもよりワンランク上の海鮮を用意してある。
わざわざ大ぶりの魚貝類を漁港から買い込んで、伝統的な発酵調味料まで揃えたんですよ。
年越しは知り合いの誕生日なので、今年はゆったり遠隔魔法で話し込みつつ、だらだら話しながら鍋つついて飲もうと約束していたのに。
しかも、ちゃんと締めの太麺まで事前に用意してある。
魔王ともなれば当然、世界のみならず鍋においても支配者に決まっている。そのあたりも抜かりはない。
様々な具材から染み出した出汁が満たされ渾然一体となったそれを、小麦粉の麺でまとめていただく……自らの所有する小さな宇宙を育て、そのエキスを余すことなく味わうという、誰もが夢見る食卓の世界征服だ。
魔王であるならば、いや魔王でなくてもそれを逃すわけにはいかない。
そんな見果てぬ世界統一の夢の真っ最中なので、早く帰ってくれないかなーと思いながら眺めていると、グループの代表者らしき男が、いきなりブチ切れだした。
「ふざけるな! 俺たちは魔王討伐のためにココまで来た、悪逆非道なお前とも正々堂々と戦うためにだ……だが、はぐらかすなら問答無用で容赦しないぞ?」
「いや、はぐらかすもなにも……」
びしっ、と音が聞こえてきそうなほど、無駄に見栄えのいい剣をこっちに構えてくる。
げんなりする私。
なんだこの、先頭のいかにもなんか勇者らしいヤツ。
人の話聞こうよ……人じゃなくて魔王だけどさ。
だいたい、食事の直前に人の部屋入ってきてドアを蹴り開けたくせに、いまさら正々堂々もなにもないと思う。
そこまでちゃんと人と会う気なら、しっかりアポイントは取ってほしい。
いくらなんでも、めったに会わないやつに正々堂々とか言うのであれば、普通はせめて、事前連絡くらい入れるべきじゃない?
昔に受けた、取材とかなんとかいうやつみたいにめんどくさい。
泣きそう。
「ああもう、見てよ、鍋よ鍋! ふざけるなといいたいのはこっちだっての! いい感じにグツグツ煮えてるでしょ! それにどう見たって、年末だからいつもよりちょっと良さげで、今日はなんかいいもの食べるんだなーって感じの鍋じゃん!」
魔王と言えど、普段からこんな食事をしているわけでもない。
王侯貴族だからといって、別に年がら年中好き勝手贅沢をしているわけでもないので。
私はつつましい魔王である……たぶん。
だいたい、押し入り強盗などにかけてやるべき情けなどないと言うのに、こうやって良心的に対応しているのは、だいぶ優しいのでは?
いい加減、彼らはこの慈愛の心に感謝すべきではないだろうか。
……だというのに。
「くそ……この魔王め、こんなヤツのために俺たち人間がどれだけ苦労してると思ってるのか! やはり魔族、諸悪の根源はいまココで断つ! くらえ、極星一閃……覇王神撃斬!!」
「この者に力を与えたまえ、聖霊御光!」
「その一撃を絶対なるものへ、四精相乗!」
「天を堕とす呪いとなれ、魔皇破凰呪!」
「……ぎゃああああああああっ!?」
聖なる光を発してそうな感じのまばゆい剣技で、すげえ超絶殲滅ビームっぽい感じの一撃が放たれる。
それは、あたり一面を一瞬にして薙ぎ払う、究極神速とも言える最終奥義の一つ。
魔王城を真っ二つに裂き、あまりの衝撃で周囲が帯電するほどの大技。
それに加えて、重ねられた聖属性、四大精霊、魔属性による最上級のバフによるブースト。
……あああこのバカ連中!
部屋の中でいきなりそんなの使ったら、いったいどうなるかわかりそうなもんじゃん!
そんなことされたら、物質は、斬られたことにすら気が付かないままに、その存在を消滅させてしまう……。
「どうだ……コレが俺たちの全力の一撃だ!」
「………………あ……ぁ」
……鍋が。
「それでも、この程度で、伝説の魔王が死ぬとは思っていない。だが……」
「………………べ」
……私の鍋が。
「……は?」
「………………………………なべ」
「なに? そんな鍋なんて、今はどうだって……」
「うわあああああああなべえええええええええええ!!!」
泣いた。マジ泣きした。血の涙を流した。
私のこととか、それはマジでどうでもいい。
そんなことより鍋……どう考えても鍋。
ええ、とてもすごく鍋だし鍋で鍋なんですよおおおおお!!!
うあああああああ!!!!
うん……そんなわけで。
私の慟哭で、暗く淀んだドス黒い瘴気を発しながら、たぶん、もう目も赤く光っちゃったりなんかしてるんじゃないかしら、っていう自覚がある。
なくなった鍋の代わりに、石の床を沸騰したタールのように濃紺の湯気を上げて周囲を闇で煮立たせ、血の涙を流しながら、首をぎぎぎと傾けつつ振り返る。
うん……怒りって、いろいろ振り切ってガチギレすると、体は熱いのに、変に冷静になるよね。
さすがに、私の異常な雰囲気を感じ取ったのか、連中が顔色を変えて押し黙る。
でも、こいつらわかってない、わかってなさすぎでしょう。
いくら、神域の究極奥義とかなんとか言ったところで、所詮は人間基準だもの。
この程度、存在からして概念定義も密度も角度も違うんだし、私の服の裾ですら、これっぽっちも揺らせないんですけどさ。
それでもね……
【人間の文化由来の鍋は、消滅するんですよ!!!】
お前らが滅ぼしたのは、鍋じゃない!
人間の積み上げた文化の結晶なんですよ!
許せるか許せないかで言ったら、許せないどころの騒ぎじゃないんですよ!!
「…………い……よね?」
「……は?」
「いいよね?」
ぐぎぎ、と、音がしそうな様子でにらみつけてやる。
にらむというより、怨嗟が強すぎるせいで、呪いになってそうな気もするけども。
人間が古来より研鑽を積み上げて、ただの煮炊きをこの形にするまで、いったいどれだけの年月と労力がかかってると思ってんですか。
そんな、人類の叡智の集大成を破壊したんですよ。
言うなれば、人間は自分で世界樹を破壊したも同然。
だから。
存在の概念からして物質比重がメインで存在証明そのものが薄いこいつらにも、それがわかるよう、なにをしたのかハッキリと魔王らしさを理解させてやるべき。
呪われ腐り果て、重い暗闇の中からずるすると這い出し、足元からじわじわとのしかかるような。
淡々と熱と生命を奪い取り、底なし沼に引きずり込むだけの、無慈悲で冷たく濁った泥のような。
そんな、糸をひいて粘りつき、にちゃあとしてぬめり気のある、肌からじわじわと内蔵の奥底まで黒く浸していくような、不定形でぐじゅぐじゅと淀み沈んだままの、鬱屈したなにか。
燃える氷のような、綺麗な汚濁のような、腐ったみずみずしさで、矛盾しながら絡み合って融合する。
認識していながら、ちゃんと把握も理解も出来ないモノ。
そんな【魔王】の存在を。
「……鍋が、この鍋が、どれだけ大事か……本当にわかってる?」
「…………っ!!」
目などというわかりやすい感覚器官に頼らずとも、存在からなにが染み出しているのがわかるように「ねとり」と蠢めいて見せてやる。
連中は、なにが起きているのかもわからないまま、がたがた震えることで精一杯。
もはや立っていることさえ叶わず、まともに身動きすら取れない。
当然だ。
魔王とは本来、そもそも人間に捉えられるような概念ではないものなのに。
普段はそれをちゃんと理解出来るよう、わざわざ調整してあげてるだけなのだから。
拒絶することも出来ず、まるでわからないのに、存在そのものの不規則さや膨大さだけがおぼろげに把握できてしまう。わからないという事実だけ突きつけられる。
というのは、それだけで、気持ち悪いに決まっている。
人間どもはその断片だけ捕まえて「魔物」「深淵」「瘴気」だの散々に言っているだけだ。
……だが知ったことか。
「罪深い人間なんて……滅ぼしても、いいよね?」
地獄の奥底から滲みだす、錆色の油のようなものが浮いている、どろどろしたタールまみれの毒液のような、そんなとびっきりの笑顔で微笑んだ。
返事はなかった。
……これだよなあ。
人間って、自分がやるときは好き勝手言うくせに、される側になると、とたんにダンマリだ。
魔王を一方的な理由で滅ぼしに来てるんだから、人間だって一方的な理由で滅ぼされたっていいはずでしょう。
自分が嫌がることは他人にもするなって教わらなかったのかしら。
それに、食べ物の恨みは恐ろしい、って人間の伝承にもあると思うんだけどなあ。
そんなわけで、ついうっかり、腕の一振りで人間を滅亡させた。
これで32回だ……あれ、31回だっけ?
まあいいや32回で。
きれいさっぱり。
うーん……さすがに鍋も作り直したいし、巻き戻してセーブポイントから続きを始めようかな。