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第1話 レザーカバー

 

 船旅ってのはオツなもんだ。こうやって甲板の上にいると誰だってそう感じるはず。


 鼻先に触れた潮風しおかぜの香り。遥か頭上では海鳥たちが太陽とたわむれるように飛んでいる。


 視界の後方へグングンと流れていく、青く透きとおった海と空は爽快の一言。


 だけど、少しザワついた気持ちにもなるのはナゼだろう?


「ナゼだろうって(あん)ちゃん、そりゃあ……」


 潮風にやられまくったようなダミ声で話しかけられた俺は、ゆっくりとそちらへと顔を向けた。


「そりゃあ兄ちゃん”素っ裸”だからそのぶん爽快だろうし、こんだけ海風に当てられたら敏感なあたりがザワつくのはしょうがねぇ話しだわな?」


 そのダミ声に相応しい感じの厳ついオッサンと、それと似たような数人のオッサンたちが俺を取り囲むように立っていた。


「………なるほど」


 半円状に包囲網を敷くオッサンたちを刺激しないよう、全裸の俺は慎重に言葉を選ぶ。


「なるほどって……言われなきゃ気づかんことか?」

モノ(・・)が粗末すぎてズボンの中でも外でもあんまり感覚が変わらないんじゃねぇか?」

「あり得るな。レザーカバーも付いてるし」


 好き勝手に喋くるオッサンども…………それにしてもヒドい言われようである。


 言い訳させてもらうと粗末に見えるのは厳ついオッさん達に囲まれて萎縮してしまっているからだし、それに……


「ちん○んにレザーカバーがあるから人とナニかが違ったり困ったなんてコト生まれて一度もないですから!」


 ついピシャリとした口調になってしまう俺。


「……だからってそんな堂々と見せるモンでもないだろうが」

「それが理由で下向いて生きるつもりはないんでね。俺はポジティブの皮を被った包茎なんすよ」

「いやそれ、皮にポジティブって名前付けただけじゃねぇか」


 ……うるさいなぁ、もう。

 思わず変な事まで喋ってしまったが、そんなことは些細な問題である。


 目下のところ、この場にいる全員と早急に意識を合せておかないといけないことは別にあった。


「なるほど、と言ったのはそういう意味じゃないんすわ」


 俺はオッサン達と認識違いをしているであろう部分を埋めるために、仕切り直す気持ちで言葉を続けた。


「ほう?」

「さっきのは、俺のことちゃんと見えてるんだー、って意味での『なるほど』ってことですから」

「……ほーう?」


 この反応は信じてないやつだ。

 人種が違くても(・・・・・・・)こういう部分は何となく伝わってくるから人間ってのはよく出来てるよね。


 俺は厳ついオッサンの頭に付いた『フサフサの犬耳』や『ふりふり揺れる尻尾』を見ながらそう思った。よく見りゃ他にも犬耳や猫耳が付いてるオッサンどもがチラホラ。


「信じられないかもしれないけど、最初ココは夢の中だと思ったんすよオレ。でもなんか夢にしてはリアルだなぁなんて思ったから幽体離脱とかそっちのスピリチュアル的なやつだとか考えなおしてたところでして。ほら、スピリチュアルなアレだったら俺の姿は見えるはず無いし、素ッ裸でいることも何となく納得できるというか?」


 説明能力の低さが自分でも嫌になるけど、とにかく身に起こったことを素直に話していく。


「だから話しかけられたとき、これはスピリチュアル系の話でもなかったんだな、『なるほど』って意味での『なるほど』だったというワケっすよ」

「なるほどな……」

「分かってくれました?」


 雰囲気で分かると言っちゃう感じの人であってくれ!


「いや、分かる訳ねーだろ…………おい、マール!ホントにコイツ翻訳の魔法掛かってるのか?」


 俺の願いも虚しく無慈悲にそう告げた犬耳オッサン改め船長が部下っぽいオッサンを訝しんだ表情で見やる。


「へい船長、たぶんでありやすが。ただ最初から掛かってたというか、手答えがあったような無かったような不思議な感触でやんして」

「ったくよぉ、だからこんなスピ……スピルチョ……スペルマチウョダイみたいな意味不明な単語が聞こえて来るのか? おい、兄ちゃんこっちの話は通じてるんだよな?」


 間違ってもスペルマホニャララなんて言ってないけど、それを蒸し返すと話をややこしくするだけだろう。俺は船長と違って雰囲気を読むタイプなので話を進めることにした。


「ハイ船長、通じてます!」

「じゃあもちっと分かりやすく、端的に話してくんねぇか? 兄ちゃんが今ここで、俺の船に素っ裸でいる理由をよぉ?」


 字面にするとそうでもないが、声のトーンと顔の迫力から適当なこと言ったらタダじゃ済ませないぜって感じが伝わってくる。


(密航者とか疑われてるんだよな、これ。でも分かりやすく、端的にって言われても……)


 背中を伝ってくる汗。嘘をつく気もサラサラ無いがこれには頭を抱えてしまう。なぜなら……


 俺自身がいま、なんで、どうやって、此処ここにいるのか理由がサッパリ分からないからだ。


 普段通り仕事を終え、安アパートに戻ってベッドに転がったところまでは覚えている。

 そうして気づいたらこの船の甲板に素っ裸で立っていたのだ。


「どうした、素直に吐いてみろよ、兄ちゃん?」


 ゴボウみたいな指をボッキボキ鳴らしながら急かしてくる船長。周囲の船員オッサンたちも密航者を海に放り投げるくらい屁とも思わないような人相で(偏見)、ジリジリと包囲網を狭めてくる。


 どどど、どうしよう?

 頭を必死に働かせる俺。


 説明したくても出来ないこの状況に対して、有効な言葉はなんだ? 考えろ、小さな頃はやればできると言われてきたじゃないか。

 あれ? もしかするとスペルマホニャララは俺を助けるための船長からの秘密の暗号だったりするのか? だとしても絶対にゴメンだ。いやゴメンってなんで俺が謝るんだよ? なーんちゃって。この場合のゴメンは違う意味だから。


(あぁ、ちくしょうアホなこと考えて時間を浪費してる場合じゃないのに!!)


 数秒黙り込んで考えてみたものの、ご覧の通りロクなアイデアは出てこない。


 苦し紛れに視線を空へ向けてみると、白昼の月が2つも浮かんでいて違和感が半端じゃない。


(明るい時間帯なのに月が2つも見える……なんかこういう現象ってあったっけ? いや、今どきこんなのあったらSNSとかTVで一回くらいは見てるよなぁ……)


 仕方ない、ここは一か八かになるが『切り札』に頼るくらいしか俺に出来そうなことはないようだ。


「正直なところ本当に俺もこの状況の意味は分かってないんすけど……一つだけコレかなって思い当たる(せつ)があるんで、怒らずに聞いて貰えます?」

「説? 勿体ぶるんじゃねぇよ、とにかく言ってみろ」


 怒らないって約束しないと言わない!

 ……なんてノリ、無理だよなぁ。


 腹を括った俺は、出来得る限りの真剣な表情を船長に向けて切り札を切るのであった。



「どうやら俺、異世界から来たっぽいですわ」


「…………」

「…………」


 もし本当に沈黙が金になるのならこの瞬間、俺は大金持ちになってただろう。


 しかし金の雨は降ることなく、代わりに額をヒクつかせた船長の怒声が俺に降りかかるのであった。


「コイツを船倉に閉じ込めておけ!」


 ……ですよねぇ。


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