隣の彼女
「あっついねー」
怠い彼女。
「そうだね」
怠い私。
彼女はパタパタと続けて仰ぐ。彼女の前髪がなびく。後ろで束ねられた長い髪。首周りの風通しが良くなってもなお、暑そうだ。第一ボタンを外して、机にうつ伏せている。自分も席に座る。まだ肩が痛い。めんどくさがり屋の代償である。うつ伏せたままの彼女は頭だけ向けてくる。髪が流れる。
「今日の一限なに?」
「知らない」
「マジ、楽なのがいいな」
「同感」
彼女も私と同じ、めんどくさがり屋なのだろう。けど、彼女は私と違い合理的なめんどくさがり屋だ。彼女は教科書を全部、鞄の中に詰め込んでは来ないだろう。彼女の場合、他のクラスに足りない教科書を借りに行く。重たい鞄を持ってくるなんて、めんどうくさい事はしない。
私は他のクラスに借りに行くなんてめんどうな事はしない。
「竹田はね、何が一番楽?」
「現代文かな。一番嫌なのは体育」
「ふーん、現代文ね。朝から文章読みたくないな」
しかめ面の彼女。手をひらひらさせて、現代文を拒否する。
「何がいい?」
「数学」
「数学、好きだったけ」
彼女はこれまた、手をひらひらさせる。
「もう、諦めてるから。頭に入らなくてもいいかなって」
すごく消極的な理由だった。彼女はその言葉を最後に、机の上に溶けた。
チャイムが鳴る。ガラガラと扉が開けられ、担任の先生が入室。額からは、汗が滲み出ている。
出席を取っていく。今日も、だいたいの人間が遅刻せずに登校している。勉学を励みに来ましたみたいな熱心な生徒は少ないと思う、おおよその生徒は惰性でここにいる。親に学校に行きなさいと言われたから、学校に行く事が普通だから、何も考えずに毎日学校に来ている生徒などなど。さまざまである。暑い。
出席を取っていた先生が、ある生徒を促す。
「高崎、制服はしっかりと着なさい。暑いのはわかるけど」
「はい」
隣の彼女は、返事してボタンを止める。
出席を取り終えた先生は続けて言う。
「一限は体育なので、遅れないように」
なんの冗談だ。そう思っていると、先生が教壇から、教室から、廊下から去っていた。周りの人間は体操服を持って、更衣室へと向かい始める。私も後に続く。彼女の方をちらっと見ると、彼女は机の上によりいっそう溶けていた。