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リメイニング・ライフ  作者: 中山恵一
1/4

バブリーズ


中村が大学を卒業して最初に会社へ入社したのは

まだ高度成長期の名残りの残る昭和50年代後半頃だった


会社に入社した日、仕事に関して先輩から説明される


「うちの会社の仕事は 映像技術者派遣っていう仕事で

 有名な大企業の設備を貸してもらって作業するんで

 このビルは仕事の契約内容の打ち合わせと

 映像技術者の面接用にだけ使ってます

 

 新卒の人間を採用するようになったのも

 実を言えば今年からで採用するのは君が初めてです


 今までは番組製作とかの会社とかCM製作会社とかで

 経験のある人を中途採用するだけだったので

 大企業みたく新入社員研修とかも一切ありません


 いきなりで悪いんだけど、明日から現場に行って

 先輩と一緒に仕事をして現場で仕事を覚えて貰います


 現場とかいうと土木作業とかを連想するかもしれませんが

 それに近い部分も少しはあります


 大企業とかだと分業されていて担当の仕事が決まってますが

 小さい会社なので完全分業化は されていません

 なので今、現場で担当がいない作業をする事になります


 現場の先輩が作業項目・手順について

 指示してくれると思いますので、わからない事があったら

 積極的に質問して作業するようにして下さい。」


そして昭和バブル時期で広告宣伝費がバラ巻かれる中

映像製作現場をたらい回しにされる日々が始まった。


・・・・


入社したばかりの中村が行かされたのはCM制作会社

CM撮影現場の管理職、曰く


「素人丸出しな新人に撮影現場は無理だろうよ」


という鶴の一声で編集作業の手伝いをする事に決まった

最初に配属になった部署のリーダーが朝礼で挨拶


「予算が足りないから、前回に撮影したアウトテイクの中から

 寄せ集めで一本、月曜日の120時までに作るぞぉ」


という言葉を朝一の掛け声に編集作業開始

リーダーが内輪の一番若い人に声をかける


「御前が新人さんの面倒を見ながら仕事しろ」


編集作業をする人々の専門用語が飛び交うが

その単語自体の説明は無い


内輪では当たり前な常識な事や

専門用語の意味までイチイチ聞かれて

面倒を見る事になった人は面倒くさそうにしていたが

指示は一応してくれて、それに従って作業


あれが気にくわない、これが気にくわないと

ゴネる管理職の言い分を盛り込んで

何度も再編集する先輩方の作業見学に近い


ヘソを曲げて ”やっぱ次から他に頼む事にする”

などとクライアントが言い出さないように

ひたすら決定権を持っている偉い人の

機嫌取りをする営業さんの話術が聞こえてくる



編集作業をしている内輪では

誰かが悪い評判を言われるような事をしたら

その場で公開処刑のように全員の前でボロカスに言われる


”御客様ー この無能な馬鹿が余計な事をしまして

 まことに申し訳ございません

 全て この馬鹿者の責任なので

 クビにして現場から排除しますんでぇ


 御前、もう、いいから帰れ”


その日も、そんな事を言われて

現場から見せしめのようにミスした人が消されていた。


そんな見せしめ突然クビが当たり前だったので

現場はピリピリ、神経性胃炎や、それが酷くなっての胃潰瘍

十二指腸潰瘍だので倒れて病院行きになる人が出るのが

季節の風物詩のように語られているらしく世間話に出て来る 


なんとか見せしめにならないように言われないように

余計な事は言わずに仕事のできる人の先輩に指示された

単純確認作業だけをする内に時間は過ぎた。


・・・・


昭和61年の秋頃、世間は円高不況ニュース一色

それは映像製作業界ピラミッドにも影響を及ぼした


高度成長期から大量生産して量産品を国内販売

ついでに海外出荷して儲かっていた

右肩上がりに成長してきた優良大企業


そんな業界ピラミッドの頂点に君臨する大企業や

その関連企業で大々的にリストラが実施された


そして頂点企業から叩き出された人間が

業界ピラミッドの少し下の会社へ転職

それを上から下へと繰り返される内に


中村が在籍していた業界ピラミッドの

下の方に位置する中小企業でも

それまで会社には存在しなかった人種が入社してきた


そして、それらの人々の歓迎会


海外営業・海外広告などで儲かっていた大企業で

素晴らしい職務経歴を持つ評判の良い人が

中村の近くの席になり誰かが質問した。


「前いた会社って有名大企業だったのに何故こんな会社に?」


それに対して新しく来た人が語る。


「前いた会社は確かに業界で名の知られた大企業ですよね


 でも実際の所、私が在籍していた部署とかは

 社内外注って状態だったんですよ


 今まで海外販売で利益を挙げてきたのが

 円高不況で一気に100億円近い赤字が出て

 希望退職者を募集したり

 外注を切りまくったりしてのリストラが始まって


 真っ先に切られたのが広告宣伝部にいた自分みたいな

 会社の主幹業務からは外れた所にいる人間だったんですよ

 その広告宣伝部にいた頃の縁で

 こちらで働かせていただく事になったわけです


 ただ同じ広告宣伝部にいた人々と一緒に

 自分達で独立して会社を立ち上げる予定なので

 その会社の経営陣が登記とか設立準備が整えるまで

 期間限定1年だけ契約社員という事での在席です


 社長とかにも その話はしてあります

 短い間になるとは思いますが宜しくお願いします。


 この広告・映像製作業界で働く限り

 同じ会社に所属する関係では無くなっても

 どこかで会う事もあるでしょうから。」


・・・


そして昭和バブル絶頂期、会社に金が入ってくるようになった


税金対策で国内近場旅行だった社員旅行が海外旅行になり


汚い居酒屋で安酒を飲む忘年会だったのが

縁の無かった豪華有名店で忘年会をするようになった


とはいえ会社に金は入ってくるようになったが

中村とかが貰える給料は景気の良くなかった頃から変わらず


「どうせ、平日は昼も夜も無く仕事で

 食事は派遣先の社食やコンビニ弁当で

 金土の夜は飲み会とかの人づきあいだろ


 なら、どうせ、アパートなんて

 仮眠所 兼 荷物置き場なんだから

 風呂なしトイレ共同の家賃が安い所で、いいんだよ

 そうすれば金が、かからないだろ?

 

 なんてったって、やりたい映像関係の仕事が

 できているんだから、いいじゃないかぁ、なぁ!?」


とか


「世の中、金じゃない。

 仕事をしている内輪の信用を得られるかどうかだ!」


などという内輪の掛け声で昇給願望の声は掻き消され


 いくらの金が払われる現場での仕事ができるか


という要素だけで給料やボーナスの金額は決定していき


 江戸時代の農村では身の程をわきまえて

 文句を言わずに地道にマジメに働いて

 農村で村八分にされないように

 村の上役に嫌われないように

 村の子供組で一緒の人間と人づきあいをするのが当然

 江戸時代の農村に生きた百姓の生き方は素晴らしい

 みんな、この村で一緒に生きよう。


というような常識が植えつけられていた。


・・・・


昭和バブル絶頂期頃、現場に新しく来るのは

ある程度の年齢になったら親の会社とかを

引き継ぐんだろうな といった感じの

中小企業オーナー社長とか、オーナー店長とかの

ボンボン御嬢様だらけ


 若いころは苦労させ失敗してみるか

 あんまり優良大企業とかに入ったら

 居心地が良くて同族会社に戻ってこなくなるだろうから


という金持ちな親が腹づもりが丸見えな人々だった


 ひょっとしたら この中から将来 

 優良クライアントが発生するかもしれない


という気の長い思惑でのコネ入社とかが

業界ピラミッド頂点の大企業で実施されていたのが

ピラミッドの下まで浸透したという事もあったのだろう

会社というか同業者団体全体が皆そうしていた


同じようなボンボンや御嬢様同志の夜遊びや

内輪での色恋沙汰とかも活発になって


仕事の合間に漂う世間話も


 ボンボン御嬢様大学の内輪の遊びを

 職場にも持ち込んで一緒に遊ぼう


というような事をするための世間話。


同年代の高卒体育会系の叩き上げ親方が

そんなボンボン御嬢様大学サークル感覚が理解できるはずもなく


ものの見事に、バブリーボンボン御嬢様グループと 

体育会系の叩き上げグループとに別れてグループが形成された


バブリーボンボン御嬢様グループは

土曜日に親睦会だの勉強会だのいう名目で集まりができ

そこで ボンボンと御嬢様が色恋沙汰も仕事の内と人つきあい

映像技術者として行っている作業現場は同じではなく

一緒に仕事をするわけでも無いので仕事の話自体は誰も言わない

土曜日の朝に会ってから 夜、飲み会が終わって解散まで

ずーっと、最新流行のディスコ話やら

飲み会に呼び出した大学後輩とか大学内噂話。



一方、体育会系 叩き上げグループは

独身寮のアパートの一室で毎週、鬱憤晴らし宴会


(そのアパートも会社がバブルで儲かった年の税金対策に

 独身寮名目で買ったアパートなのだが)


体育会系ノリのバカ騒ぎが金曜の夜から

日曜昼まで繰り広げられた


暑っ苦しく仕事論やら会社論やらを語る人々


”いつか なんとか かんとかを やっている内輪で

 偉大な存在に なるんだあああ”


というような子供じみた夢を語って終わるのがパターンだった


そして、たまーにカタカナ自由業で独立して

個人事務所で働いて派遣先からの金が

全部、自分の収入になっている会社OBがゲストで来る


その日、来たOBは語った


「個人事務所でやるようになってから何がいいかって言ったら

 人間的に相性の合う人間とだけ関わって

 一緒に仕事してられるのがイイ

 やっぱ人間的に相性が合わない人間と

 無理して一緒に仕事してもロクな事に、ならない


 二度と一緒に仕事したくないと思ったら

 思いっきり手抜きするか内輪の影響力強いのに喧嘩売って

 二度と一緒に仕事する事が無いようにしている


 先々しょうもない足の引っ張り合いや泥試合をするよりマシ」


そのOBと現場で一緒になったのが口を挟む


「それは先輩の腕が認められているから可能な事で

 俺らみたいな見習いに毛の生えたような

 数人で作業分担して全員分担分を合わせて一人前みたいな

 グループ作業しかできない俺等は真似できねえっすよ


 どんな昔ながらの

 ”私は嫌な奴だから馴れ馴れしく近寄ってくるな”

 って感じ丸出しな態度をとる嫌な奴でも


 自分が若い頃に無茶を言われたから自分が親方になった今

 同じように無茶を言うようになった親方でも


 基本的に相性が合わなくて

 いるのに気づいただけで嫌気がする人間とでも

 会社に指示されたら仕事だから関わらないと


 そう思いこまないといけない自分からしたら

 自分で仕事や仕事を一緒にする人間を選べるなんて

 真似ができる先輩が羨ましいすよ」


どちらかというと体育会系の内輪に混ざっていた中村は

そんな雑談を聞きながら漠然と想っていた。


”こんな同じ事の繰り返しが

 結婚するまでは続いていくんだろうなあ”


と平均年齢が25歳くらいで

管理職を除くと20代の人間しかいない事を

何故なのか不思議だとも思わずに日々を過ごしていた。


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