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ユクルートリア②

ルファードが言う通り、アーエクックの町は大陸鉄道でおよそ二日、駅があるにもかかわらずそれほど大きく反映しているわけでもなく、かと言って寂れているわけでもなく、まぁ大人しく平穏に人生を過ごしたいのならこんな町がいいかな、と言うような小さな町だった。

レンガの屋根がきれいに並ぶ町並みは美しく、道は石で舗装されており、ところどころに緑あふれる公園が点在している。

町行く人は老人が多く、道沿いに展開されている店々は全体的にのんびりとしていて、町全体の時間がゆっくり流れているような印象だ。

「それはね、この町は学園を引退した人がよく移り住んでくるからよ。

みんな権力とか、情報とか、道への探究とか、そういうのに疲れちゃったって人がね。

だからほら、お店もよく見ると、一昔前に流行ったような魔法具がいっぱいならんでいるでしょ?」

とは宿のおばちゃんの話である。

なるほど、確かによく見ると、一世代か二世代前の魔法具がちらほらと。

年齢が偏っているのもそのためか。

「そう言えば‥‥ユクルートリアっていう魔法使いのアトリエを探しているんだけど、知らないですか?」

「アトリエね〜。

この町、無駄にアトリエ多いから。

ここのおじいちゃんたちね、引退してもアトリエを名乗っていた方が安心するんだって。

まったく、完全に引退したサラリーマンよね」

「こういう地名は‥‥」

「さぁ?

 この近くなの?」

これは探すのに骨が折れそうだ。

ルファードの渡してくれた紙切れには、町の名前と大まかな地名が記載されていた。

地名まで記載されていれば探すのにそう苦労はしないと思っていたのだけれど、どうやらこの町に記載の地名はないのだという。

結局地道に探すしかないわけなのだけれど、それすらもこの町では困難を極める。

通常アトリエを探すとなると魔法具を取り扱う店を回るのが一般的だ。

学園の外でアトリエを構える魔法使いはたいてい、魔法具を作成してはそれを取り扱う店に卸し小金を稼ぐから、そのルートを辿ればいいだけなのだ。

けれどもこの町は元魔法使い(本人たちは“元”のつもりはないのだろうけれど)が集まる町で、アトリエも魔法具を取り扱う店も異様に多い。

まぁ、だからこそユクルーもこの町にアトリエを構えていたのかもしれない。

これだけ、自称魔法使いとアトリエが多ければ、そこまで目立つこともない。

目立ってしまい学園に目をつけられることを、野良の魔法使いは非常に嫌がる。

今回のユクルーのように勧誘されたり、研究の内容によっては成果を没収されたり(没収されるような研究を行っている方が悪いのだけれど‥‥さすがに学園だって害のない研究まで没収しようとはしないし、する暇もない)、そうでなくても余計なアドバイスやら善意の押し付けやら、面倒ごとが多いのだ。

まるで宗教の勧誘のようだと笑う人間がいたけれど、まさしくそれなのだ。

‥‥まぁ果たしてユクルーがその辺を考慮していたかどうかは怪しいけれど。

なにせ結構な頻度であちこち飛び回っているはずだし。

ただこのアトリエ一つ一つを調べていくとなると、一人では相当な時間がかかるだろう。

“‥‥そして彼らは、意外と足が早い‥‥”

ルファードの言葉を思い出すと、どうしても焦りが出てしまう。

そのような中、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「ミウどの、こんなところでどうしたのですかな」

小太りの、行商人のような格好をした髭おやじ、ミウがわざわざこんなところまで来てユクルーを探す羽目になってしまった元凶、元学園教師現魔法具の怪しい商人、フルストだ。

「このような隠居ばかりが集まる町で、あなたのような元気な子どもに会うとは、珍しいこともあったものですな」

「ここには権力や探究から遠のいた、素直でおっとりした老人の町だって聞いたぜ。

お前には不釣り合いなんじゃねーか?」

「なあに、人は皆生涯現役ですよ」

「生涯権力にまみれてんじゃねーか」

「生涯権力を持てないようなフリーターに言われても、僻みにしか聞こえませんよ」

なんとも元気なじじいである。

「この町は知り合いも多いものでして、よく顔を出すのですよ。

昔の同僚とか、先輩とかね。

わたしが各地で集めた珍しいものを彼らに自慢するのが、今のわたしの一番の楽しみなのですよ。

この町の魔法具を扱う店やアトリエはだいたい知り合いですからね」

確かに、元学園の教師となればこの辺に知り合いも多いだろう。

待てよ。

「この地名を知らないか?」

「人探しですかな?」

例の紙切れを見せると、フルストは「ははあ」と声を上げる。

「なるほど、これはこの町の人間には難しいでしょう」

「知っているのか?」

フルストはニヤリとした。

「そうですね、今度は何を対価として払ってもらいましょうか。

前回はあっさりとミウどののガールフレンドに取られてしまいましたからな」

「ガールフレンドじゃねえ」

「いやあ、甘酸っぱい。

そういうの、わたしたち年寄りには眩しすぎますよ」

「単にお前が黒いだけだろ」

言い返すも、フルストは無視してこちらをじっと見つめる。

「どうでしょう、対価として、あなたたち二人の人生をいただくというのは?」

「は?」

「わたしならその場所はすぐに分かります。

ただし、教える代わりに、あなたは今後あのお嬢さんをパートナーにすることはできなくなる‥‥仕事でも、プライベートでもね」

「なんだそれ‥‥」

ミウが睨むと、フルストは満足そうに笑う。

本当にいやらしいじじいだ。

虫酸が走る。

「いやぁ、単にあのお嬢ちゃんが嫌いなだけですよ。

わたしは自分の仕事を邪魔されるのが何よりも許せないのです。

だから、嫌がらせをしたいのですよ」

「じゃあいいぜ」

フルストが目を丸くする。

「早く教えろよ、この場所」

「本当にいいのですかな?」

「おれもね、」

ミウはニヤリとした。

「お前に嫌がらせしたくなったのさ‥‥お前の思い通りにはならねえよ」

一瞬の間を置いて。

フルストが爆笑した。

それはもう豪快に。

平穏な通りの空気が一気に変わる。

道行く人々が皆びくっとして、物珍しげにじろじろこちらを振り向いては去っていく。

やり返したミウが思わず後退りするほどに。

「いやぁミウどの、さすがです。

もっと真剣に悩むかと思いましたが、まさかそう返してくるとは」

相当ツボに入ったのか、まだ笑う。

「いいですね、本当にいいですね、そういう元気さというか、久しぶりにこんなに笑わせていただきましたよ。

若さゆえなのか、悩みを突き抜けている‥‥羨ましいほどです」

目に浮かんだ涙を拭いながら、フルストはまだなお笑いが治らない様子だ。

何がそんなに面白かったんだ?

眉間にシワを寄せたまま、ミウは立ち尽くす。

「いいでしょう、この場所について教えます。

この地名はこの町の中にはありません。

ここからさらに、北に五百キロといったところにあるテナという山です。

向こうの通りにある車の貸し出し所へ行けば、詳しい地図がもらえるでしょう」

紙切れをミウに返し、丁寧に教えてくれる。

「ああ、どうも」

思わず素直に答えて、ふと感じた疑問をぶつける。

「なんで町の人間はみんなこの地名が分からなかったんだ?

そんなに辺鄙なところなのか?」

フルストは目を細める。

「ここの人間のほとんどがですね、外から来た者ばかりだからですよ。

ここは移民の町なのです。

この辺りの古い地名など、誰も知りはしないですし、興味もないのです」

「なるほど‥‥」

くっくっく、とフルストが不気味に笑う。

嫌なものを感じて、ミウは踵を返した。

「ああ、そうそう!」

立ち去ろうとする背中に、フルストが声をかける。

「わたしはね、あなたの人生なんて取れないですよ!」

 振り返ると、フルストは皮肉げに笑っている。

「あんなあやふやな交渉など、契約とは言えません。

 契約魔法というのはね、他人の所有物を取り上げるものではないのですよ。

あくまでも自分のものである正統性を相手に認めさせる、ただそれだけのものなのです」

「そうかい」

 聞こえているかどうかはわからないけれど、ミウはそう呟いてその場を後にした。


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