ユクルートリア①
第三話 ユクルートリア
もはや残骸といえど、片翼の悪魔を収集できたことはナイトウォーカーとしても相当の快挙であった。
人間界における脅威を排除できたことが何よりだけれど、歴史的、魔法学的研究資料としての価値もまた極めて高い。
しかも単に片翼の悪魔だけではなく、これもまた大部分が見る影も無くなってしまったものの、リレアロア山岳の魔法陣とそれを含む戦略的拠点の発見もまた非常に意義があり、下手すれば妖精大戦の歴史に新たな一ページが加わる可能性すらもあるという。
ただそれと同時に、新たな問題もまた浮かび上がっていた。
片翼の悪魔を葬るほどの力を持った野良の魔法使いの存在、つまりユクルートリアのことだ。
学園は基本的に、野良の魔法使いの存在を認めていない。
そもそも魔法学園の存在の意義が、魔法使いの管理運営なのである。
これには歴史的な背景がある。
今からおよそ五百年ほど前、まだ今の王都が存在せず大陸全土が帝国の支配下にあった頃、野良の魔法使いによって大陸を支配されかけたことがあるのだ。
最終的にその野良の魔法使いは退けられたものの、それ以降大陸の為政者からの魔法使いへの当たりは厳しくなり、帝国発足以前より魔法使いの育成を掲げていた魔法学園は、魔法使いを束ねる専門機関として、大陸に散らばる魔法使いの管理を余儀なくされたのである。
もちろん当時に比べれば、今はだいぶ取締りはゆるくなっている
そうでなければ、そもそもユクルートリアのような魔法使いが堂々とトレジャーハンターなどやれているわけがない。
ただ今回の場合、インパクトがあまりにも大きすぎた。
片翼の悪魔という伝説級の魔物を倒してしまうほどの使い手が学園に管理されず、野良で好き勝手に行動している。
しかもその人物が積極的に妖精の遺産に関わることを生業としているとなれば、その存在を危険視するのも仕方がないだろう。
通常なら、そんなことはミウが報告しなければ済むことではある。
そもそもナイトウォーカーとは、学園のエージェントと言えば聞こえがいいけれど、結局は本来学園のスタッフがやるべき任務‥‥妖精の遺産回収という危険な仕事を外部の人間に委託しているに過ぎないのだから、妖精の遺産回収の経緯について、事細かに報告する必要など全くないのだ。
けれども片翼の悪魔の件に関しては、第三者がそこにいた。
元学園の教師フルストだ。
どうやら片翼の悪魔によって得られる利益の一部を主張しているらしく、それにあたり、ミウが片翼の悪魔を入手した経緯についての詳細を学園に報告したらしいのだ。
‥‥たいして役に立ってないはずなのに、「自分の助力のおかげで入手できた」と相当盛って報告していたらしい。
かくしてユクルートリアの尋常ならざる魔法の力は学園の運営本部へと知られることとなり、学園も動かないわけにはいかなくなったのである。
「まぁ管理だ運営だというのは建前でしてね、結局のところ学園としては一人でも多くの強力な魔法使いを欲しているのですよ」
先ほど突然ミウの部屋に、魔法学園運営本部のルファードという男がやってきた。
彼は主に妖精の遺産関連の担当をしているため、ミウも学園の内外でもしょっちゅう顔を合わせる。
けれどこのように向こうからわざわざ訪ねてくるのは初めてだ。
学園からの依頼は通常、魔法によるエアーメールのやり取りで行われる。
エアーメールとは魔法式の刻まれた特別な紙で、これに宛先を書き折りたたむと、折りたたんだ人間を送り主として勝手に宛先まで飛んでいくのだ。
ただし紙なため、当然ながら雨の日は使えないし、届くまでにも時間がかかる。
一応遠くとリアルタイムで通信できる魔法具もあるのだけれど、魔法式が複雑な上に、喋る人と声を飛ばす人、そして声を受け取る人と使用にあたり最低三名必要なものだから、この大陸全土を見ても、ほんの一部の偉い人しか使えない。
そして、雨が続いている中緊急の用件となるとわざわざ連絡員がくる場合もあるけれど、窓の外を見れば朝の気持ちい光が差し込んでいて、それはもう仕事も何もかも忘れて外に飛び出したいくらいのいい天気なものだから、なおさら本部スタッフがこんなところに来る理由がない。
まあ実際には天気がよかろうと悪かろうと昼過ぎまで寝ているのだけれど。
特に最近はお財布に余裕もあるものだから、もちろんいつもの如く昼までゴロゴロしている予定だった。
けれどもそんな時に突然の来訪者。
ミウは強制的に起こされることとなり、少し不機嫌なのだ。
「で、おれに何をしろと_」
「ユクルートリアさんをナイトウォーカーにお迎えしたいので、そのリクルートをお願いしたいのです」
「無理だろ」
立ち上がり、ポットでお湯を沸かす。
最近買った高性能のポットで、ほとんど一瞬でお湯が沸く。
「あいつ、そういう組織に属するみたいなの、すごい嫌がるから」
実は過去に何度か、ユクルーをナイトウォーカーに誘ったことがある。
学園の外で働くエージェントは常に人手不足だ。
学園出身の人間はなかなか学園の外に出たがらないし、学園の外の人間はそもそも魔法使い以外、あまり学園本部とは関わりたがらない。
そして魔法使いは、だいたいはすでに学園に籍を置いている。
そのためうまく学園の外部の人間をリクルートして、もちろんその人物が採用に足る優秀な人物であればの話だけれども、エージェントとして採用されれば決して少なくない額のインセンティブが運営本部から支払われるのだ。
けれどもユクルーの答えはいつも一緒だった。
「あまりああいう大きな組織って、好きじゃないのよね」
確かに、彼女は学園のような組織にはまるような人間ではないように思う。
もともと割と自由な仕事形態のナイトウォーカーですら、やれ報告書だとか、申請だとか、上司との兼ね合いだとか、あるいは突然来訪してくる運営本部のスタッフだとか、面倒なことがたくさんあるのだ。
割と半年経たずに問題を起こして辞めてしまうのが目に見えている。
だから、そこまで強く勧誘はできなかった。
そんな話をしながらミウはインスタントのコーヒーを二杯煎れて、一つをルファードに差し出した。
「どうも」
まだまだ寝ていたいところを途中で起こされたため不機嫌ではあるけれども、実のところミウはこの男がそれほど嫌いではない。
うまくは言えないのだけれどなんというか、運営本部のスタッフの中ではまともな交渉ができる男なのだ。
対して逆はというと、以前レットリレアロア地方で会ったハイエナ、フルストと言えばわかりやすいかもしれない。
決して真正面からの交渉はしない‥‥それはもしかしたら政治の世界では当然のことなのかもしれないけれど、自分が優位な立ち位置からでなければ絶対に相対しようとしないのだ。
こちらが差し出すだけ差し出して、自分は最後までカードを見せてこないというか。
その点ルファードは、仕事の話をする際に必ず同じ土俵まで降りてくる、もしくはこちらを同じ土俵まで上げてくる。
本来魔法使いのスカウトの依頼など、エアーメールで十分なのだから。
「何か問題でも?」
「そうですね‥‥あ、クッキー食べます?
妻が作ってくれたので」
その辺の椅子にかけて、ルファードがコーヒーをすすりつつ、クッキーの缶を取り出す。
せっかくだからといただいて、ポリポリしている間にルファードが話し始める。
「ユクルートリアさんの魔法の力はいつ頃からご存知でした?」
はて。
彼女との付き合いは二年程度、ミウがナイトウォーカーとして登録した翌年ころからだ。
はじめて会った時は妖精の召喚魔法陣の調査の時だったか‥‥ユクルーが勝手に魔法陣を起動させてしまい魔物が現れた時には、どんな状況でもどんな逆境でも本当に自分のペースを崩さない、すごいトレジャーハンターだと思った。
ただし、その評価は次に出会った際に逆転する。
妖精の遺産‥‥通称おもちゃを、それこそおもちゃのように好き勝手に起動させ、それによってトラブルを起こしたり使い物にならなくしたりしてしまうのだ。
あとから、彼女がこう呼ばれていることを知る。
自分勝手なトラブルメーカーで‥‥トレジャークラッシャーなのだと。
魔法の力については‥‥はじめはそんな異名と共に噂で知ったのだ。
実際に目の当たりにしたのはそれから一年しないうちだったかと思うが。
「一年前、ということですね。
だとしたらちょうどこの一年間、スカウトするかどうか吟味していたわけですね。
ナイトウォーカーとして適切かどうか。
そして彼女は今、あなたのメガネにかなったのです」
「は?」
「この一年間、公式にはあなたがユクルートリアさんをナイトウォーカーに誘ったという記録はありませんから、そういうことにできます。
そういうことにする必要があるのですよ、記録上ね」
テーブルに肘をついてカップを置き、懐から折りたたんだ紙切れを取り出す。
すぐには広げずに、折りたたんだまま弄びつつ。
「学園のいくつかの研究室がユクルートリアさんに非常に興味を示しています。
でもそれはスタッフとしてではなく、研究対象としてですが。
本部としては、エージェントとして管理するか、研究材料として保管されるのか、どちらだろうと構わないという意向です。
王都に対して言い訳が立てばいいのですからね。
そして彼らは、意外と足が早い」
「狙われているってこと?
魔法の力が強いから?」
「単純に魔法の力だけではないようですが‥‥彼らが何を考えているかについて、本部では詳しく把握していません。
何度も言いますが、問題なのは運営本部が、ユクルートリアさん本人に対してはさして興味がないということです。
王都に対して、あるいは領内の民衆に対して面目が立てばいいとね。
彼女の安全は保証されない」
ルファードの方を見ると、ルファードも真剣な顔でこちらを見ている。
しばしの間見つめあって、ミウはふと目を逸らす。
「あいつの居所を知らない。
学園にも常宿があるらしいけれど、それがどこかおれには分からない。
そもそも商売敵だし」
「やはり見捨てようとはならないのですね」
「は?」
「この話を聞いて、あなたは無視することもできるのに、それをしない。
あなたが言うように商売敵なのにね。
おもしろいなぁ。
おっと、怒らないでください‥‥やっぱり無視するとか言うのはなしですよ。
ぼくがここにきた意味がなくなる」
弄んでいた紙切れをこちらに差し出す。
「これは?」
「ユクルートリアさんは今学園にはいません。
学園内なら探査の魔法でいくらでも見つけられるのですが、ここしばらくは学園に戻ってきていないようです。
それはユクルートリアさんを探す上での手がかりですよ」
開くと、住所が書かれている。
アーエクック‥‥?
「鉄道で二日程度のところにある小さな町です。
ユクルートリアさんのアトリエがあるらしいですよ」
アトリエとは、魔法使いの研究所のようなものだ。
ということはユクルーも何かしら魔法使いらしく研究をしていたと言うことなのか。
意外だ。
研究なんてこれっぽっちも似合わない。
「お願いしていいですね?
本部の意向はともかく、ぼくはまだ彼女に死なれたくはないんですよ。
なるべく早くそこへ向かって、まずはうんと言わせてください。
そうすれば、あとはこちらでなんとかできますから。
あ、今の段階でぼくが動いていることは秘密でお願いしますね。
ぼくは今、妻と一緒にデートしていることになっているのですよ」
探知対策のアリバイ作りにも余念がないらしい。
しかしあんなやつが同僚になったら、むしろナイトウォーカーや学園の評判は地に落ちそうなものだけど、一体なぜそこまでユクルーにこだわるのか。
けれどもまぁ、ユクルーのアトリエを見に行くのは確かに面白そうだ。
日記とかあったら絶対に見てやる。
ポエム帳とかな。
ニヤリとしているところを見られたのか、ルファードが釘を刺してくる。
「あまりプライバシーを荒らさないようにお願いしますね。
あとで住所を教えたぼくが彼女に責められてしまう」
知ったことか。