2.ぴちぴちゾンビ、初登校!
「うおおおおおお! 急がないと、ち・こ・くっだぁぁぁぁぁ!」
せっかくなら町の景色を楽しみながら歩きたかったけど、そうも言っていられません。
登校初日は早めに来るように言われていたの、忘れてた!
「うおお……今日ばかりはゾンビのこの身が恨めしい……」
そう、私ゾンビだから走るの遅いんです……え? 元々運痴なだけじゃないかって?
痛いところ突くなー……運動は好きなんですよ? でも、結果が付いてこないんです。
「見えた、盛具高校!」
校門に人影が見える、男の人と女の人……多分先生だ。
私が遅いから出てきちゃったのね……あ、こっち見た……手を振った!
私は校門に向け手を振りながら、最後の全力疾走を……遅いけどがんばった。
「すみませーん! 遅れましたぁー……」
「いいえ、ギリギリセーフよ……鹿羽存美さんね?」
「はい、鹿羽です!」
「私は小森早苗、あなたの担任よ。そしてこちらは校長の飯妻先生」
小森先生も飯妻先生もにっこりと笑う。良かった、いい人そうだ。
私は二人の後について校舎に向かう。朝練の生徒しかいない校庭はとても広く感じた。
「それじゃあ、ホームルームの時間になったら呼びに来るから、それまではここでくつろいでいてね?」
小森先生は私を応接室に招き入れると、そう言い残して職員室に消えた。
私は応接室のソファーにちょこんと腰掛ける。はっきり言って落ち着かない。
もじもじ、そわそわ。壁に掛けられた写真や賞状、ガラス棚のトロフィーなんかを眺めながら、背中をくねくねと揺らせていると、目の前にティーカップがコトンと置かれる。
見上げると、ティーポットを持った校長先生が温和な笑みを湛えていた。
「紅茶は私の趣味でね……あまり上手ではありませんが、良かったら召し上がって下さい」
「あ、いえ、そんな……有り難うございます」
慌てふためく私を見て、校長先生はにっこりと笑った。
温かい紅茶を口に含むと、なんだかゆったりとした気分になる。
「新しい出会いに緊張するのは誰にでもある事です。しかしあまり臆病になってもいけません。リラックスして、家族に挨拶するような気持ちで臨むと良いですよ?」
「……はい!」
さすが校長先生、私の心配などお見通しだ。というか、私の方が顔に出ていたんだろうなー。
「お待たせ鹿羽さん、クラスに案内するわ」
小森先生の言葉を聞いて私は勢いよくソファーから立ち上がり、そのまま硬直する。
いよいよ始まるんだ、私の新生活……高校デビューが!
「緊張してる?」
廊下を歩く小森先生が、振り返らずに問いかける。
「はい……でも大丈夫です、お爺ちゃんの助言もありますし」
「へえ、どんな助言?」
私は昨夜のお爺ちゃんの言葉を改めて思い返した。
『存美、相手を軽く見るな、相手に軽く見られるな』
お爺ちゃんの言葉を伝えると、先生はくすっと笑った。
「素敵なお爺様ね、間違いじゃないわ。じゃあ先生からも一言」
先生は、そう言って真顔になる。
「初めの自己紹介ですべてが決まるから、精一杯明るく元気にやりなさい。暗くて気の弱い、大人しい子だと思われると、何かと厄介だからね」
「厄介……ですか」
「この学校の生徒は大人しい方だけど、全部がいい子って訳じゃないの。たちの悪い子に付け入られると、後々厄介って事」
「私の入るクラスにも、たちの悪い人が?」
「まあ……ね」
先生が溜息をつく。そんな、先生⁉ ああ、いよいよ緊張してきた……。
「じゃ、先生が呼んだら入って来てね?」
先生のウィンクは妙に可愛い。いやいや今は自分の事だ、明るく元気に、明るく元気に……。
「いいわよ、入って来て!」
「は、はい!」
ガラガラ……ビシャン!
開いた引き戸が壁に当たって大きな音を立てる。
妙に空気が張り詰めた教室の先頭を、教壇に向かってギクシャクと歩く……右手と右足を同時に出しながら。
先生が、私の名前を黒板に大きく書く。
「はい、自己紹介!」
先生の笑顔。私は頷くと、胸いっぱいに息を吸い込む。
『最初からありのままの自分を見せて、分かってもらうんじゃ……』
お爺ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。
そうだ、私は、私は……。
「皆さん初めまして! 私、鹿羽存美……ゾンビです!! よろしくお願いします!!!」
精一杯の大声で叫ぶと、ばっと頭を下げる。
教室がざわつき始めました。や、やっぱり、いきなりゾンビは不味かったでしょうか?
恐る恐る、ゆっくりと頭を上げると……。
パチ……パチ……パチ……パチパチ、パチパチ、パチパチパチ!!!
私は、拍手喝采に包まれました!
やった、受け入れられた、高校デビュー成功! ……なのかな?
私の胸は吐き出した空気の何倍も、嬉しさで膨れ上がったのです!
(第二話、完)