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その王国の名産品

作者:

 サッカロン王国の王太子であるビート・サッカロン第一王子の誕生日パーティーが行われている王城のホールはきらびやかに飾り付けられ、多くの貴族が詰めかけて談笑、あるいは探り合いを行っている。

 そんなそれぞれ思い思いの行動をしていた貴族たちが皆水を打ったように静まり返って同じ方向を見る。今日の主役と言えば当然ビート王子であるが、もう一人このパーティーに欠かすことのできない人物が現れたからだ。

 ビートの婚約者であるキャラメリゼ公爵家令嬢、キャンディス・キャラメリゼだ。

 透き通るように滑らかな青みがかった銀髪に人形のような顔立ち、瞳は若葉に湛えられた朝露のように潤む鮮やかな緑色。サッカロン王国の守護精霊である水乙女に因んだであろうブルーのマーメイドドレスをまとったその姿は、例え自らの美しさを認めぬ者を殺し尽くすとされる伝承の怪物でさえ彼女が最も似合っているということを認めるだろう。澄湖が人の形をとって現れたとすら思えた。

 しかしその隣で彼女をエスコートしているのは彼女の婚約者であるビートではない。キャンディスが湖と例えられるなら、さながら深い海の如き紺碧の髪を靡かせてキャンディスの手を取っていたのは、彼女の実の兄であるキャラメリゼ公爵家令息、ラスク・キャラメリゼだった。

 

 本来であれば婚約者であるビートにエスコートされるはずのキャンディスは顔を曇らせて目を伏せ、ラスクはそんなキャンディスを貴族たちの目から庇うように立つ。

 一体何があったのかと貴族たちが疑問を持ちながらも、しかし直接何があったのか訊くのは憚られる。祝賀とは思えぬ沈黙がしばし続いた。

 そして、その沈黙を破ったのは、当然ながら渦中の最も中心にいると言ってもいい人物だった。


「キャンディス」


「……! ビート殿下……」


 威風堂々。キャラメリゼ公爵家が湖と海ならば、彼はさながら太陽か大空であろう。端麗な顔つきのラスクとは打って変わって精悍な顔つき、シャンデリアの光を受けて煌めく金色の髪、射抜くような紅い瞳。

 彼こそがビート・サッカロンその人である。

 左右に宰相の子息シャーバート・グラスリー侯爵令息と、騎士団長の子息エクレール・オ・カカワトル辺境伯令息を控えさせ、責めるような目線をキャンディスに送る。

 何より、彼の隣には別の女性の姿があった。

 ムース・ホイップ子爵令嬢。キャンディスの清らかな美しさとは少し違った、華やかな可愛らしさをもつ令嬢だった。そんな彼女も、爵位が上であるキャンディスへ厳しい目線を送る。


「キャンディス、私は今とても失望している」


「っ……!」


 ビートの声音に籠もる落胆は本物だ。お互いが別の人物と共に会場入りした、本日の主役たる婚約者同士。

 その間に一体どんな軋轢があってこんな重苦しい空気を作っているのか。周りの貴族が様子を窺うのも仕方がない。それ次第でこれからの身の振り方を変えねばならないのだから。


「私はこれまで何度も君に注意をしてきたはずだ。しかし、私の想いは届いていなかった……残念だよ」


「違うのです! 私は、私は殿下を想って……」


「それでもだ。あまりにも、酷い仕打ちじゃあないか」


 ビートの声に含まれた怒りと悲しみにキャンディスも声を詰まらせる。

 そして遂に、ビートは感情のままにキャンディスへ問責の句を吐き出した。


「何故! 私にエスコートされてくれないのだキャンディス!!」


 ビートのあまりにも悲痛な叫びに噴き出したのはエクレールだけだった。彼はゲラだ。すぐにシャーバートの鋭い肘打ちがエクレールの鳩尾に突き刺さり、彼はその場に崩れ落ちる。

 会場の空気は冷えていた。氷の魔術はシャーバートの得意とするものだが、真犯人は当然炎の魔術を得意とするビートだ。しかしそんなこと気にもせずビートは激情のままに訴え続ける。空気が読めないのはビートの数少ない欠点だった。 


「私は! 君という最高の婚約者の隣にいたいのだ!! その顔を一番近くで眺めたいのだ!! なのに何故実の兄にエスコートを頼む!? 前は父親、その前は弟だっただろう!?」


 ちなみに話に上がったキャンディスの弟、プチフール・キャラメリゼは当時5歳である。


「いや、誰かにエスコートされるならまだいいんだ。安全は保たれ……いや5歳児はどうかと思うが……しかしその前は君、1人でこっそり忍び込んで会場入りしただろう! 王宮だぞ!? 何人の騎士が守っていたと思っているんだ!! 君は暗殺者か何かか!? あれから騎士団の鍛錬量が倍になったんだぞ!!」


「殿下! 俺はそのくらいのほうがむしろちょうど良かったです!」


「黙れ馬鹿」


 復活したエクレールが話の腰を折り、シャーバートがエクレールの足の小指を折った。どうせすぐ治る。


「百歩譲って私はいい! だが侍女にまで心配をかけるな! ホイップ子爵令嬢は君を探して3時間彷徨っていたんだぞ! せめて声くらいかけておけ!」


 ムースはキャンディスの元へ奉公しにきた子爵家の三女でありキャンディスとの仲は良好だった。ちなみにムースがキャンディスを探していた時間は15分程度で残りは普通に迷っていた。彼女は重度の方向音痴である。


「し、しかし殿下! 私は恥ずかしいのです! 太陽の如き殿下のお隣に私程度が寄り添うなど……私は姿を見せず仕事をこなし、私などより美しい娘を側妃とした方がよいのではないかと……」


「謙遜も過ぎれば嫌味というが水が毒になる程過ぎるんじゃない!!」


 水中毒の症状が出始めるのは平均6リットル程度を一気飲みした辺りからである。例えがわかりづらいのはビートの数少ない欠点だった。


「嫌味でも謙遜でもありません! 民からまるで排泄物のようと噂されるような女が国母など……」


「待て。君を糞扱いした愚か者がいるのか。名を教えろ今すぐ火炙りにしてやる」


 ビートの感情が悲しみから怒りに大きく傾き、周囲の気温が5℃上昇した。キャンディスの事となると感情のタガが外れるのはビートの数少ない欠点だった。

 シャーバートが素早くビートに得意とする氷魔術『紅蓮氷牢(アバシリ)』を使用して氷の中へ閉じ込める。数秒後に氷を溶かして現れたビートは落ち着いていた。グラスリー侯爵家が王家の手綱と呼ばれる由縁であり、サッカロン王国の守護精霊が住まう聖湖は初代国王の怒りを鎮めるために初代グラスリー侯爵家当主が生み出した魔術の氷が初代国王の魔術によって溶けたものだと言われている。

 閑話休題。


「待て待てキャンディス。例え盲人であっても君を汚物に喩えまい。君の聞き間違いだろう」


「し、しかし……王宮でも城下でも、噂する声が聞こえてくるのです……その……」


 キャンディスは顔を赤く染め、その先を口に出すことを躊躇う。しかしビートの圧に負け、遂になんと言われたかを一言一句違えず告げる。


「ま、まるで……ぅんちね、と……」


 沈黙に響く鈍い音。笑いそうになったエクレールの鳩尾にシャーバートの膝が極まった音だ。

 そして再び長い沈黙。ビートは思わず頭を抱えてその場に蹲り、周りの貴族はそんなビートに憐憫の視線を向ける。微妙に不敬だが咎める者はいなかった。

 そして、ビートは今日一番声を振り絞って叫んだ。


「……水乙女(ウンディーネ)だそれは!!」


 ビートのツッコミ、もとい叫びによる笑いの衝撃で心臓の鼓動が止まりエクレールは絶命したが、しばらくすればオ・カカワトル家の得意とする雷魔術で復活するだろうからと誰も気に留めなかった。


「というかラスク! 貴様知っていたな!? 何故訂正しない!?」


「だってキャンディスをエスコートしたかったんだもん」


「もんじゃないいい大人が!!」


「あと1年もすれば嫁に行くんだからそのあと好きなだけ可愛がればいいだろう! 俺などこんな機会でないと頼られもしないんだぞ!」


「それはお前がキャンディスの髪の毛を集めていることを知られたからだろう!」


 ラスクに向いていた令嬢たちの視線の温度が下がる。ラスクの婚約者であるタルトタタン・コンポート伯爵令嬢は諦めたような遠い目をしていた。シスコンに目を瞑れば、もとい目を潰せば優良物件だからだ。


「キャンディス!」


「っ! は、はい!」


「私には君しかいない! 君が国母に相応しくないと言うならば私は王の座を弟に譲ろう!」


「そんな! 殿下は国を治めるために血の滲むような努力を……」


「国の未来より愛する者の幸福を願う私こそ王に相応しくない! 君が伴侶となってくれるからこそ、私はこの国を治めることに心血を注げるのだ!」


「殿下……」


「キャンディス……昔のように、名前で呼んでくれないか!」


「っ! ビート様!」


 勝手に大団円する未来の国王夫妻。泣きながら拍手を贈るラスク。復活する馬鹿(エクレール)

 貴族たちはそれを見届けて、シャーバートの案内に従い王宮の裏庭へ行く。

 そこに広がっていたのは一面の甜菜畑。貴族たちはその甜菜畑に思い思いにサッカロン王国の秘伝魔術を放つ。


「あああああああのバカ王子ぃぃぃ!! 見せつけやがってええええええ!!」


「流石に国の守護精霊とウンコを聞き間違えるなよおおおもうかわいいなああああああああああああああ!!」


「もう1年待たず結婚しちまえよおおおおおおお!!」


 貴族たちの叫びとともに放たれた水の魔術は雨のように甜菜畑へ降り注ぐ。これによって、甜菜から作られる砂糖がより甘く、スッキリとしていながら濃厚になるのだ。

 周囲の国々で9割シェアを誇り、砂糖だけで永世中立国を勝ち取ったサッカロン王国の名産品である砂糖は、代々こうして王家の愛と貴族たちの魂によって作られている。

登場人物

キャンディス・キャラメリゼ

キャラメリゼ公爵家令嬢。超絶美少女な15歳。

容姿端麗頭脳明晰人望激アツな皆のアイドルだが卑屈。

耳垢が詰まり気味。


ビート・サッカロン

サッカロン王国第一王子。王太子。ワイルド系イケメンの17歳。

直情気味だが文武両道で誠実そうに見えて腹の探り合いもできる万能王子。数少ない欠点は些細な欠点が多いこと。


ラスク・キャラメリゼ

キャラメリゼ公爵家令息。次期当主。線の細い耽美系イケメンな17歳。

シスコンを除けばガチで優良物件。髪の毛採集は3徹明けにトチ狂っていたため反省はしている。


プチフール・キャラメリゼ

キャラメリゼ公爵家令息。5歳。

ぷにぷにでふわふわ。お姉さんのファンが多い。


シャーバート・グラスリー

グラスリー侯爵家令息。次期宰相。鬼畜眼鏡風味のイケメンな19歳。

冷静沈着で容赦なし躊躇なし。


エクレール・オ・カカワトル

オ・カカワトル辺境伯家令息。実力主義なので次期騎士団長かどうかは実はわからないが順当に行けば次期騎士団長。大柄イケメンな14歳。馬鹿。

ビートがオオカミならエクレールはライオン。

得意な魔術は雷を使った心拍蘇生(自動発動)。


ムース・ホイップ

ホイップ子爵家令嬢。森ガール系侍女。15歳。

キャラメリゼとは辛辣なツッコミができる仲で主従以上の信頼がある。

睨んでたのは心配してたからとかじゃなくて歩き続けて足が痛かったから。方向音痴なので自業自得でもある。



正直ウンディーネのくだりが書きたかっただけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 砂糖吐きそう [気になる点] ここの国民、慢性的な胸焼けが国民病だったりしませんか? [一言] 永世中立国を取得できた背景って、砂糖だけじゃないんじゃ……。 具体的には、こいつらが振り撒…
[一言] 私は思ったんだ。 この国の名産品は、「砂糖が作られる光景」ではないのか、と。 ……あ、「品」じゃねぇか。
[一言] あ〜うんこれはすんごく甘いおさとうができますね(遠い目)
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