進化の瞳 ~その瞳に映る美しき魔物~
どうぞ読んで下さい。
「気持ち悪い…」
僕はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
周りにいる人が酷くぶれて見える。
「気持ち悪い…」
一緒に遊んでいた友達の体もおかしくなっていく
「大丈夫!?リヴィくん」
ああ、ダメだ。心配してくれているのだろうけど今はダメだ。得体の知れない化け物に心配されても落ち着くはずもない。
僕は耐えられなくなって逃げ出した。
――― ―――――― ―――
逃げ出したのはいいがどこに行っても状況は変わらなかった。
いや、むしろ酷くなっていってる。
動物、虫、植物でさえもぐちゃぐちゃした継ぎ接ぎのように見える。
体が大きくなったり小さくなったりするその姿を見ていると頭がおかしくなってしまいそうだ。
気が動転して走り回ったせいで、自分が今どこにいるのかも分からなくなってしまった。
辺りを見回すとどうやら森の中に迷い込んでしまったようだ。
森の中に入ると子供は恐ろしい魔物に食べられてしまうから絶対に入るなと教えられたので少し怖くなった。
けど…生きているもの全てが化け物に見えてしまっているなら恐れる必要もないのではないのではないだろうか?
自分の目がどうなってしまったのか分からないが、この先も見える景色がこのままだというのなら別に魔物に食べられてしまってもいいのではないだろうか?
そう考え、森の奥の方へと歩みを進めた。
そこで出会ったのだ。僕の運命ともいえるその人に。
――― ―――――― ―――
あの日、呪いともいえるようなスキルに目覚めてから8年、15歳になった俺リヴィ・カーリヌイは王都にある学園に通っていた。
この学園は家柄が良い者や頭脳の優れた者が通うことを許されたいわゆるエリート校というやつだが、ここに在籍している者の中には例外がいる。
それは俺のような特殊なスキルに目覚めた者達である。
学園が特殊なスキルを持つ者を通わせる理由は至極簡単で研究のためである。
この世界に生まれてきた者には例外なくスキルが発現する。
例えば、「剣適正」。剣の使い方を、スキルを持っていない人よりも上手く扱えるようになるというものや「魔術適正:火」のような魔術を使えるようになるスキルも存在する。
10才までにはスキルが発現するということが分かっていることから、10才になった者達を教会に集めて行うスキル鑑定式で自分がどんなスキルを持っているかを詳細に知ることが出来るのだ。
そこで学園は制御が難しいスキルや、持っている者が少ないスキルを持っている人を積極的にスカウトしているのだ。
俺の持っているスキルは3つ。
「魔術適性:水」、「回避」、「進化の瞳」だ。
「魔術適性:水」は水の魔法が使えるようになるスキルで。「回避」は攻撃を避けやすくなるスキルだ。だが問題は最後のスキル。
──「進化の瞳」。
これこそが、俺がこの学園に通うようになった理由。忌まわしきスキルである。
このスキルは言ってしまえば、生物の進化先を見ることが出来るというものだ。
魔物が進化するということは常識だ。
魔物は魔素を大量に取り込むことによって進化する。
魔素は場所によって濃度が違うが、そこら中に漂っている。
魔物は空気に溶け込んだ魔素を吸収したり、他の魔物を捕食することで魔素を身体に染みこませ、自身の身体を最良の形になるよう作り替えていく。
ゴブリンならば進化するとゴブリンアーチャーやゴブリンプリースト、果てはゴブリンキングのような強大な魔物にまで進化することもあるのだ。
魔物の進化は何通りもあり、学者でさえも把握出来ていないらしい。
「進化の瞳」は魔物の進化先の全てを見る事ができる。
いや魔物だけではない。この世の生物の進化の可能性、その全てを見る事が出来るのだ。
このスキルを研究したがってる学者は、これから現われるかもしれない魔物の姿形を把握出来ることは確実だと、このスキルの性能は未知数なので将来的には魔物を任意の姿に進化させる方法が見つかるかもしれないとも言っていた。
だが、未だに俺はこのスキルを使いこなせていない。
俺の瞳は常時スキルを発動したままだし、一度に見る事が出来る進化先を絞ることも出来ない。
つまり、俺の視界には生物の進化先が複数重なって見えている状態、ぐちゃぐちゃの気持ち悪い物体だらけになっているんだ。。
そのせいで、まともな生き物をスキルに目覚めたあの日以来、見ることが…1人を除いて出来ていない。
「みゅー!」
「おはよう。アリア。」
可愛い声で俺に挨拶をしてくれたこの娘はアリア。
どこまでも吸い込まれてしまいそうになる空色の瞳、1本1本が光輝いて見える白銀の髪、
見惚れてしまいそうな美しいその顔。
この女の子だけを俺はまともに見る事が出来るのだ。
「みゅー、みゅみゅみゅー!」
「ああ、そうだな。そろそろ一緒に学校へ行こう。」
何故アリアだけまともに見えるのか分からないが、そんなのは関係ない。
俺はアリアを守るだけだ。
――― ―――――― ―――
「いい加減、そんな気持ち悪い魔物を学園に連れてくるなと言っているだろう!」
「学園には俺の従魔として登録しているんだ。連れてきてはいけない理由はないだろう。」
「そんな醜悪な魔物を視界にいれたくなどないのだ!」
学園に来た俺はいつも通りのやりとりにうんざりしていた。
こいつらはアリアのことを醜悪で一時も目にいれてなどいたくない魔物だというのだ。
アリアのことが魔物だということは俺も理解している。
だが、魔物だろうとなんだろうと俺にとってアリアは家族だ。そんな些細な事など気にしない。
「学園もよくあんな気持ちの悪い魔物を従魔として学園に連れてくることを許可してるよね。」
「噂だとあの魔物…エーヌルアっていう名前の魔物の生態を把握出来るチャンスだからって簡単に許可がでたらしいよ?」
「でも本当に気持ち悪いよ。どくどく脈打ってるだけでも嫌なのにあの魔物の目を見ているだけで…イライラしてくる。」
そう、教室の隅でこそこそ話している奴らの言うとおりアリアの種族の名前としてはエーヌルアというらしい。
エーヌルアの生態が分からないのは、希少な魔物でどこにいるかも分からないからという訳ではないらしい。
むしろ、冒険者ならば結構な頻度で遭遇するメジャーな魔物らしいのだ。
そんなメジャーな魔物のエーヌルアの生態がなぜ全く解明されていないのか。
それは、見つかるエーヌルアが尽く死んでいるかららしい。
なので、生きている姿のエーヌルアというだけで学術的な価値があるという話だ。
俺は運がよかったのだろう。アリアが死ぬ前に出会うことが出来たから。アリアと出会うことが出来なかったら俺は気が狂っていただろうから。
「みゅみゅ?」
「あぁ、アリアは今日も可愛いなぁ」
「そんなものが可愛いわけねぇだろ!ふざけんなっ!」
「はいはい。うるさいよー。ホームルーム始まるからねー。静かにしてねー。」
ああだこうだと難癖をつけてくる奴の話を聞き流しているうちにホームルームの時間になっていたようだ。
「ちっ、いつかその魔物ぶっ殺してやるからな。」
「そんなことは絶対にさせないよ」
悪態をついて自分の席に戻るクラスメイトの言葉に小さく呟いた。
もし、そんなことをしようものなら…相応の仕返しをしてあげないとな。
「はい。今日はみんなが待ちに待った実地訓練ですよー。内容は昨日話した通りです。
一人につき魔物を2体狩ってきてもらいまーす。あ、ちゃんと魔物の討伐証明部位を持って帰ってくるんですよー?そうしないと評価できませんからねー?」
ホームルームの後、俺達のクラス全員は森に来ていた。
実地訓練はスキルをある程度使えるように学園内で訓練を半年行った後に定例的に行う行事である。
「じゃあ、みなさーん。各自好きにパーティーを組んで森に入ってくださいねー。この森はそこまで危険な魔物はいないはずですが、危ないと思った時には先ほど渡した発煙筒を使用してくださいねー。すぐに駆けつけますからー。」
クラスメイト達は仲の良い奴らで固まって森の中に入っていく。
俺と組もうとしようとする奴はいないようなので、アリアと二人だけで森の中に入っていく。
「アクアスラッシュ」
事前の準備で調べていたので分かっていたが、この森にはゴブリン、スライムなどの俗に言う弱小モンスターしかいないようだ。
力の強い魔物になるほど魔術に対する耐性が強くなるため一撃で倒すことは出来ないが、
ここにいる魔物達はなんなく倒すことが出来た。
「みゅーみゅみゅー。」
「あぁ、そうだな。魔物を3体倒すことが出来たから集合場所に戻ろう。」
「…ファイアーボール」
「っ!?回避っ。」
後ろから飛んできた魔術をアリアを抱えて咄嗟にスキルで回避する。
おかしい。調べた限りだとこの森には魔術を使える魔物はいないはず。
そう思って後ろから近づいてくる姿を確認すると、そこにいたのは5人のクラスメイト達だった。
「ちっ。避けやがったか。」
「なんのつもりだ。魔術を人間に向けて撃つことは犯罪だぞ。分かってやっているのか?」
「知るか。俺はそこの気持ち悪い魔物を殺すために魔術を使ったんだ。」
人の飼っている魔物も殺すと罪に問われる。この学園に在籍できるだけの者ならば知らないはずもないだろう。
「魔物…殺す。」
「絶対に倒す。」
「ぐちゃぐちゃにしてやる。」
最初にファイアーボールを撃ってきたクラスメイト以外の4人も続けて魔術を放ってきた。
しかし、どこか様子がおかしい。溢れんばかりの殺意を感じるというのもそうだが、全員の目がどこかうつろだ。
「殺さなきゃ…潰さなきゃ…」
「さっさと潰れてしまえ…」
連続で魔術を使われるせいで俺の回避も間に合わなくなってきた。
アリアを抱えての回避は体力を消費していく。
そうやって逃げていくと崖に追い込まれてしまった。
「おいつめた…」
「次は当てる…」
5人に囲まれてしまっては逃げ場が無い。万事休すだ…。
「おとなしく死んでしまえ!!」
アリアに覆い被さって魔術を受ける。
クラスメイトの使う魔術は初級の魔術なので、まだ耐えられるが長くは持たない。
俺の体はボロボロになっていった。
こうなったら仕方ない。賭けになるが崖から飛び降りて逃げるしかないか…。
「みゅみゅっ!」
「アリアっ!ダメだ!」
俺の腕から抜け出したアリアが俺の目の前に降りて、俺を守るように両手を広げた。
いつも一緒に暮らしているから分かる。アリアはとても虚弱だ。
少し転んだだけでも大けがを負ってしまうぐらいに耐久力がない。
アリアが魔術を一撃でもくらってしまうと死んでしまうだろう。
俺のことはかばわなくて良い。自分のことを守ってくれ。
「あぁ、化け物が近づいてきたぞ。」
「魔術が当てやすくなったな…。殺そう…。」
だめだ…。ダメだ。駄目だっ!このままではアリアが死んでしまう。
何か、助かる方法はないか。そうだ。先生から貰った発煙筒を使うのはどうだ?
駄目だ、先生が来るまでの間にアリアが殺されてしまう。
それに、クラスメイトの様子もどこかおかしいんだ。もし、先生がすぐに来てくれたとしても、助けに来てくれた先生までおかしくなってしまう可能性もある。
どうすれば、どうすれば、どうすれば。
魔術を受けすぎた体は思うように動いてくれない。目の前のアリアを凝視しているだけで何も出来ない。
目の前でアリアが殺されてしまう。アリアが!俺のアリアがっ!
くそっ…動けよっ!アリアを守るんだ。体がボロボロでもアリアを守るための力を振り絞れ!
「おいおいリーヴィよー。もう体は動かねぇの?安心しな。お前がその化け物をかばわねぇ限り、お前に魔術は当てねぇよ。おい、みんな!さっさとこの魔物をぶっ殺そうぜ!」
「あぁ」
「そうだね」
「殺そう」
「やめろっ!アリアには手を出すなっ!やめてくれっ!」
アリア。アリア、アリア。あぁ、やめてくれ。俺からアリアを奪わないでくれ。
体が熱くなる。頭がのぼせそうだ。目に熱が籠もる。
「「ファイアーボール」」
「アクアスラッシュ」
「「ウィンドカッター」」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!」
5人の魔術がアリアに殺到する。
アリアの体は魔術には耐えられない。
アリアは死んでしまった。俺の愛する人はこの世からいなくなってしまったのだ。
涙が止まらない。目の前が見ることが出来ない。
「なんだっ!姿が変わったぞ!」
「なんで、魔術は当たったはずでしょう!?なんで傷一つついていないのよっ!」
なんだか様子がおかしい。顔を上げるとそこにはいつもと変わらない姿のアリアがで立っていた。しかも魔術を受けたはずなのに無傷で。
「あれ…いたくない?」
「っ!?アリア!喋れるようになったのか!?」
みゅ~としか喋れなかったアリアが言葉を喋った。
今が危機的状況だということを忘れてしまうような衝撃的な出来事だ。
「りう゛ぃ?うん!なんだかちからがあふれてるの!」
「すごいぞ!アリア。やったな!」
よかった…。アリアが喋れたのもそうだが、生きていてくれたのが本当にうれしい。
「さっきまであんな気持ち悪い魔物の姿だったのに…。何故、女の姿に変わっているんだ…。」
「でも、なんだろう…。おかしいな?化け物の姿じゃないのに…。殺さなきゃいけない気がする…。」
「…?。はやく殺さなきゃ…?。」
クラスメイト達の様子はまだおかしいままだ。
より一層目がうつろになっていって、ゾンビのような動きで近づいてきている。
一体クラスメイト達はどうしてしまったんだ?
「りう゛い、あんしんして?りう゛いはわたしがまもるよ。」
そう言ったアリアは5人の近くに歩いていって、手を翳した。
すると、5人から何かが抜けていき、アリアの手に吸い寄せられていった。
吸い取り切ったのだろうか?アリアが手を下すと全員その場に倒れてしまった。
「りう゛い!おわった!」
「アリア。その力は一体なんなんだい?」
「うーん?わかんない。なんだかできそうだなぁっておもったらできたの。」
魔物は進化をすると、特殊な能力を使う事が出来るようになるらしい。
ということは、アリアは進化したのだろうか?
進化したタイミングは魔術を受けた時なのだろうが、どうして突然進化なんてしたのだろうか?
「えへへー。りう゛い。りう゛い~。」
まぁ、そんな細かいことはどうでもいいか。
大事なのは、アリアが喋ることが出来るようになったこと、二人で生き残れたことだけだ。
アリアが甘えてくる姿に悶えた俺はいろいろなことがどうでもよくなった。
その後、クラスメイトの様子がおかしくなったのが、アリアの持つ能力なのではないかと考えた俺は、アリアに力を調節できるかどうかを試してもらった。
アリアの持つオーラのようなものが少し和らいだ気がするので成功したのだろう。
集合場所に移動しても他の人がアリアを襲うことは起きなかった。
アリアを襲った5人は俺に魔術を使ったということで罪に問われたが、何故か実習中の記憶が途中から途切れているようだった。
スキルを用いて真偽を確かめたが、嘘をついてはいないようだった。
学園側としても、そんな状態の生徒を重く罰することはしたくなかったのだろう。
軽い処罰だけで済んだようだ。
学園としては、それよりも今まで生態が分からなかったエーヌルアという魔物の能力が人を惑わすようなものであったことについて問題視をしていたが、アリアが俺の言う事にはおとなしく従っていることで研究欲の方が強くなったのだろう。
アリアを殺そうなどという動きは起こらなかった。
「りう゛い。」
「アリア」
こうして、俺はアリアと平和に学園生活を過ごしていったのだった。
魔物ファイル
S級魔物:エーヌルア
球状のゼリーに覆われた姿をしており、どくどくと脈うつ胎児のような姿をしている。
比較的よくみられる魔物ではあるものの、見つかる姿は全て死体で生きた姿を確認出来たものは少ない。
その理由はこの魔物が殺意を相手に抱かせ正気を失わせる固有のスキルを持っているからである、このスキルの効果は人間だけではなく魔物にも影響を及ぼす。
このスキルは生まれた時から持っているが、制御することは出来ずに危険を感じると発動してしまう。その結果、正気を失った者を引き寄せるだけ引き寄せて殺されてしまう。
エーヌルアを殺すとスキルの影響が消えるので、正気が戻る。これにより生きたエーヌルアに出会えた者も正気を取り戻した時には死体になっているということが起こるのである。
幼体のエーヌルアは非常に弱く、成体になるまで生き残ることは非常に稀である。
しかし、成体になるとそれまでの弱さとは比較にならないほど頑丈になり、生半可な魔術では傷一つつけることは出来なくなる。
成体は人間の女性のような姿をしているが、その力は非常に危険で、正気を失って無防備になった者から生命力を奪う。
成体になったエーヌルアの能力はドラゴンよりも強いといわれている。
――― ―――――― ―――
スキル図鑑
進化の瞳
このスキルは魔物や人間の進化を見ることが出来るスキルである。
スキルを成長させることで、魔物の進化に必要な方法も分かるようになる。
進化のパターンを見るだけではなく、力強く念じることで魔物の進化を促す効果もあるのではないかともいわれている。
進化のパターンが一つしかない強力な魔物ならば、複数の姿が重ならないのでアリアは主人公には少女の姿にしか見えない。
主人公がアリアのスキルの影響を受けなかった理由は二人が愛し合っているからです。