初恋。
1981年7月
「あっつい。」
「エアコンがあるだけ、まだマシだと思えよ。」
私は席でノックダウンしていた。
前の席で元臣は、定番のあんぱんと牛乳を食している。
「でもさー、どっちにしても設定温度低いじゃない。」
「それより!お前部活どうするんだよ。」
「まだ考え中でーす。」
なんて、他愛も無い話が盛り上がっていた頃だった。
「あ、居た居た。元臣ぃー!」
教室の前で手招きをして居たのは、先輩らしき男子。窓側の席だったのでよく見えなかったが、なんとなくそう感じた。
「ちょっと行ってくる。」
「はいはいファイト。」
元臣が席を離れた数秒後。
髪を三つ編みにした、大人しげな子がやって来た。
「あ、えっと.....横峰 亜香里さんだっけ。」
「うん。覚えてたんだ。」
「そりゃ、クラスメイトだし。」
ははっと笑えば、その子の頬も自然と緩んだ。
「率直に聞きます。」
「ん?どうかしたの?」
自分のオレンジジュースを鞄から取り出し、ストローで飲んでいたのが悪運だった。
「緒形君のこと、好きなんですか?」
耳元でヒソッとささやかれた瞬間、肺が圧縮した。
「ゴホッゴホッ!!」
盛大に咳き込む私の背中を、焦りながらさする彼女。
「んなわけないじゃん!
何を聞くかと思ったら!」
普通の人はここで『いや、絶対好きでしょ。』となるが私は例外だ。
弟くらいにしか見てとれない。
「あ、もしかして横峰さん。
元臣のこと好きなの?」
口角を上げながら私が言うと、分かりやすく耳まで真っ赤にしながら俯いた。
すると背後から、お待たせ〜という声。
横峰さんは飛び上がったと思うと自分の席に戻った。
「さっきの横峰さん?お前と話してるだなんて珍しいな。」
カラ笑いで誤魔化した。
自覚が無さ過ぎて笑いますよ元臣さん。
ふと、元臣の背後に誰かいることに気づいた。
「元臣?背後の人って.....」
誰?という言葉は出てこなかった。
目に映った人があまりにも輝いていて。
黒髪のあまり癖がない短い髪。
切れ長の目。
白い肌。
どこの少女漫画から飛び出して来たんだと聞きたいくらいの美男子。
「あ!何してんすか先輩!」
「ありゃ、バレたか。ちょっと君ー。なんで言っちゃうのさー。」
声で、さっき元臣を呼んでた人だと気づく。ふてくされた顔のその人に、私の胸は高まった。
「須賀 真莉です。よろしくお願いします。」
無意識に口走っていたのが自分の名前だった。
「俺は2年の水原 当麻。もしかして元臣の幼馴染って子?」
キーンコーンカーンコーン。
「あ、予鈴だ。移動教室だからじゃあな!」
颯爽と先輩は教室から去っていった。
「元臣。」
先輩がいなくなったにもかかわらず、私はずっと教室のドアを見ていた。
「あ?何?」
ぶっきらぼうな返事にも今は腹が立たない。
「私、サッカー部のマネージャーになる。」
「え!?ずっと嫌だって言ってたのに!?」
そう。マネージャーでも体力は使う。
中学では文化部だったし、元臣から誘われても嫌の一点張りだったのだ。
「私、先輩に一目惚れしちゃった。」
「........え?」
呆けた声が聞こえる。
今日、好きな人ができました。