勇者の呟き
誰それ?
な人が出てきた場合は、人物設定一覧の方も見て頂ければ幸いであります。
【王国暦123年6月9日 6:39】
レイジ・オダは勇者である。
だが、彼を勇者と呼ぶ者は少ない。勇者らしい働きをしたことがないからだ。
オダは、今、グリテン王国の南端、ポートマットの街に住んでいる。この街に来ることになった経緯は、説明するとそれこそ丸一日はかかりそうで――――。一言で言えば、彼は、元の世界の記憶が曖昧なまま、この世界に召喚されて、何度殺されても生き返り、ここにいる。
おかしい、一言でまとまってしまった。
「所詮、俺の人生なんてこんなものさ……」
オダは自嘲する。
何のために召喚などされて、何のために生きているのか。
理由の一つはオダの中で確定しているものの、どうにもそれだけでは生きている理由として足りない気がしている。
「オダ? 準備はできていて?」
「はい、姫様」
姫――――オーガスタ姫と一緒に、日課である朝の散歩に出掛ける。
この時間はオダにとって至福の時間だ。他に呼び様はないのだが、姫、と呼ぶと、オーガスタ姫は、その細長い体躯を億劫そうに動かして、僅かに忌避感を表す。
オーガスタ姫は現王であるスチュワート――――グリテン王国国王の実子だから、王女には違いない。なのに、王都ではなく周辺都市であるポートマットにいる。つまり――――オーガスタ姫は、王位継承権を放棄したのだ。
オダは、それをはっきりとは聞いていなかったが、護衛が自分一人だけの王位継承者なんて、殺してくれと言っているようなもの。あり得ない話なのだから、もはやオーガスタには女王などになる気はないのだろう。それでなくとも王子が三人だか四人だかいて、それぞれが次期王位を争っている。政治的な後ろ楯のないオーガスタが、今更継承権を叫んでも一笑に付されるだけ。
「暑いわ」
「はい、姫様」
オダは、オーガスタの後について、相槌を打った。本当は前にいた方が護衛の立ち位置としては望ましいのだが、主人と従者、という立場になっているため、背後に付いていくしかない。
しかし、オダはオーガスタの華奢な後ろ姿を見て、役得だなぁ、などと不謹慎なことを主人に対して思う。オーガスタは折れそうなほどに細く――――実際に時々折れていたりもするが――――存在自体が儚い。
細い体に薄い尻。
唸りたくなるのを抑えて、周囲に目を光らせる振りをしながら、尻をチラ見する。
オダは尻フェチだった。
しかし、その反面では草食系のオダは、大きな尻に敷かれるのは好みではなく、小さな尻こそ至高だと信じて疑わない。そして金髪で髪が長く、睫毛が長くてもみ上げがカールしていれば最高だ。ついでに謎っぽいことを言ってるならもっと良い。
「ここのところ晴れの日が多くて……ちょっと辛いわ」
「はい、姫様」
「王都も海からは遠くないのに、何か気候が違うのかしらね?」
「小さい親方……黒魔女殿の話によれば、王都では暖房に泥炭を使う人が多いからだと聞きました」
煤が原因でスモッグになっているから、晴れていても曇って感じるのが王都だ。
「まあっ。夏でもそれは影響のある話なの?」
オーガスタはゆっくりと歩んでいた足を止めて、油の切れた鉄人形のように、ギギギ……と後を振り向く。
「いえ、夏は海流の関係で、ロンデニオンの辺りの海は、冷たい海と暖かい海がぶつかるようになるそうです」
「海に暖かいものと冷たいものがあるのね」
「はい、姫様。お風呂と同じで――――暖かいものの方が上に行き、冷たいものは下に行きます。海がそうなれば、その上の空気にも同じことがおきます。暖かいものを急に冷やすことになるので――――水滴になります。それが大規模になると雨雲になります。粒が大きくなって落ちてくるものが雨です」
こんな説明で良かっただろうか。合っているだろうか。ああ、理科の勉強くらいちゃんとしておけば良かった。そうしたら、この世界でもっと役立つ助言が、この姫に出来ただろうに。オダは内心の悔恨を隠して、慈愛の表情をオーガスタに向けた。
「まあ……オダは物知りね」
オーガスタは深く理解していなかったが、そうは思われたくなかったのか、上辺だけの褒め言葉を送る。
「とんでもないです。姫のお役に立ちたい一心で……」
「黒……魔女さんに訊いたとか?」
「まあ、そんなところです。そのお弟子さんも詳しいんですよ」
オダはあっさりネタをばらす。
「ああ、サリーさんね。あの娘も可憐ね」
「そうですね」
細い体躯に小さい尻、女性の好みの話で言えば、サリーという少女も、オダのストライクゾーンに入るだろう。サリーはポートマットで一番儲かっているだろう商会であるトーマス商店に勤める魔術師であり錬金術師であり魔道具技師だ。
かの『黒魔女』の一番弟子とも言われているし、師匠を凌ぐのではないかという天賦の才を持っているとの噂だ。
黒魔女は冒険者ではあるものの、そのトーマス商店の従業員でもあるから、グリテン王国で一番二番の魔術師が揃って勤めていることになる。
「トーマスさんのところは、皆、可憐ですよ」
「そうかしら? そうかもしれないわ」
ついでに言えば、このトーマス商店は、採用基準が美女であることなんじゃないか、と疑いたくなるほどに綺麗どころが多い。男性にもその傾向はあるものの、女性ほど顕著ではない。
ポツポツと会話をしながら、オーガスタとオダは朝露に濡れる庭園をゆっくり歩く。
ここは――――庭園、と言ってはいるが、『迷宮』の内外に作られた植物園であり、つまり『迷宮』の一部だ。
ポートマットの西側には『迷宮』と呼ばれる魔物の巣があり、魔物の死骸からは、その魂の残滓が形になったと言われる『魔核』など、有用な素材が得られるため、誘蛾灯に導かれるように人々が集まってくる。
「発電所みたいなもんか」
オダが独り言を言うと、それを聞いていたオーガスタが、
「パワープラント? 力のある植物?」
とギョロ目で訊いてきた。
オダは、元の世界からこの世界に召喚された時に、翻訳スキルのようなものを覚えていた。基本的には意訳をしてくれるものの、名詞に関しては、このように直訳されることがある。
「何かを植えて育てるという意味では、迷宮も植物のようなものです」
「オダはなかなか詩的なことを言うのね」
驚いたわ、感心したわ、顔に似合わず……と、オーガスタの目が言っていた。
それが読み取れたオダは苦笑いをした。オーガスタの中で、オダは未だ野蛮人の扱いなのだと。オダとしては反論をしたいところでもあるが、王族として、貴族として育てられたオーガスタの振る舞いに比べれば洗練されていないのは確か。
オダは自分が召喚された存在である、という自覚はある。が、前世の記憶はかなりあやふやで、特定の知識はあれど、記憶を伴うような知識は抜けていたりする。だから、系統立てて知識を披露できないでいる。そのため、知識チートを活用した異世界ヒャッホーは、オダにはできない。
同様に、何故、痩せた女性が好みなのか――――も、オダは自分では説明できない。本能のようなものだと理解しているが、オーガスタの薄い尻を見る度に、性的欲求と共に釈然としないものを覚えるのだ。
「オダ?」
「はい、姫様」
内なる欲求を必死に隠しつつ、無表情を装ってオダは返答する。オーガスタの方も、それを知ってか知らずか、追及することはない。
「オレガノの花が咲いているわ」
「オレガノ……小さくて紫……」
ここに来てからは植物の名前も必死に覚えた。オレガノは生食してもイマイチ、ピンと来なかったが、乾燥させて香りを嗅ぐと、オダにとっては理由も不明ながら懐かしいと感じたハーブの一つだ。
香りで何かを思い出しかける……。
のだが、それ以上は霞がかかったように思い出せなくなる。
「オダ、葉っぱと花をいくつか採ってちょうだい。花はポプリにするわ」
「はい、姫様」
「葉っぱは……サリーさんにでも差し上げようかしら」
「はい、姫様」
葉っぱは、話の流れで出たサリーに渡すことになった。彼女自身も料理をするし、住んでいる家には料理の達人がいる。これまでに何度か渡していたから、今回もきっと有効に活用してくれるだろう。
サリーはいつも忙しそうにしていて、街で出会う時は大抵早歩きをしている。それでいて無口なのだから、言語機能に回す余裕がないんじゃないか、とオダは邪推をする。見ている分には可愛いし面白いのだが、何を考えているのかわからないし、内面を知って、それでもサリーを好きになる男というのは、相当の奇人変人だろうと思う。
奇人といえば、この貴人もそうだ。一日中、植物と戯れている。薬物中毒になった過去があり、元々精神的に強靱ではない姫のリハビリテーションとして、植物を育てることを勧めたのは、これも『黒魔女』である。
こうなってくると、自分も含めて、あの小さな魔術師の掌の上で操作されてるのではないか――――という疑念も湧いてくる。
しかし現実には上手く回っているし、城の中で呆けて、半ば死人のようだった姫が、日課として散歩をするようになった。それだけでも喜ぶべきことではないか。
そこでもう一歩、姫に歩みを進めて貰えれば…………。これは外に目を向ける契機になるんじゃないか。そう思ってオダはオーガスタ姫に向き直る。
「姫様、ご自分で渡されては如何でしょう?」
「オダ……」
姫との距離感は近すぎてはいけない。諫言にもタイミングというものがある。
「魔道具管理ではサリー殿にはいつも世話になっていますし、知らない仲じゃありませんし。交遊を深める意味でも。如何ですか?」
「考えておくわ」
やる気がねえな、この姫様……と、オダは、試みが失敗したことを悟った。
【王国暦123年6月9日 13:13】
庭の手入れを終えて、昼過ぎになると、オーガスタは妹のヴェロニカのところへ戻った。
この姉妹は、庭園や、その直下にあるガラス張り天井の植物園の管理を一日置きにしている。毎日やらないのは、姫様の体力が無いからで、その解消策として朝の散歩が日課になった――――というわけだ。
姉妹揃って枯れ木のような細さはオダにとって眼福だ。
ヴェロニカにも従者がいて、これは驚くべきことにメイドが護衛を担当する。このメイドはポートマットで最大手のチーム『シーホース』所属の冒険者だ。『シーホース』は領主であるノーマン伯爵の子飼いで、市政にも深く関わっている。
ヴェロニカが『シーホース』に守られているのは、彼女が領主の婚約者だから。
姉妹の体型は似たようなもの、だがノーマン伯爵はオーガスタではなく、ヴェロニカを選んだ。そこに同志の香りを感じ取ったオダは、オーガスタを選ばなかったことで、伯爵にはさらに好感を持っている。
もっとも、頻繁に会う間柄ではないし、伯爵は多忙でもある。だから向こうがオダをどう思っているのかはよくわからないのだが。
姉妹とオダがいる建物も『庭園』の一部でもあり――――つまり迷宮の一部でもある。
過去、単独で迷宮を攻略しようと試みたこともあるオダからすれば、堅牢な防御、特殊な魔法などが使える施設に住んでいるのは安心できる要素でもある。
姉妹はこの『領主別宅』に住んでいて、オダは庭園脇にある小屋に、専属庭師夫婦と一緒に住んでいる。従者としては正しい扱いなので文句はないが、庭師夫婦は仲良しなので、夜になると独り身が辛い。
かといって、意中の人は高嶺の花のまま。いかに王位継承権を放棄したとしても、現王の娘である事実は変わらない。姫に比肩する立場にならなければ、きっと、この恋は実らない。
こうして午後、オーガスタがヴェロニカのところへ戻ると、つまり住居に戻るわけで、オダは手が空くようになる。夕方には一度オーガスタのところへ顔を出し、その後は庭師の小屋に戻り、夜の嬌声に耳を塞ぐ……。
この、空き時間に何をするか、その使い方は重要だ。オーガスタに自分を認めて貰うにはどうすればいいのか。剣技には少々の覚えがある。そして、オダは『不死』スキルの持ち主だ。近所に迷宮という魔物の巣がある……。
となれば、冒険者として迷宮に入り、魔核を採取して売る……。これが、オダの空き時間の使い方だった。
本職はオーガスタの従者であり、姫と共に植物の世話が優先される。庭師の真似事も覚えなければならず、迷宮に入れるのは二日に一度の三~四刻ほど。その短時間である程度の数を狩り、剣の練度を維持し、小遣いも稼がなければならない。
少しずつでも前に進みたい。オダはこれでも必死だった。
「では姫様、街に行って参ります」
だから、オダは真面目な顔で、オーガスタに行き先を告げる。
「あら。いつものお店へ?」
「はい」
ニッコリ笑う。オダは、自分が公衆浴場に併設されている軽食堂で売っている、雑な食べ物を食べに行く、と言っている。オーガスタもそう信じているはずだ。
「ふうん、ねえヴェロニカ。オダが好んでいる食べ物って、食べたことあるの?」
「いいえお姉様。どんな食べ物ですの?」
「なんでも油っこい食べ物で―――――」
軽食堂が貶められたところで、姫様二人の気まぐれが炸裂した。
「オダ。わたくしもそれを食べてみたいわ」
姉妹がハモって、雑な食べ物をご所望された。
野卑な食べ物だから絶対に口に合わない、と拒否もできず、貴重な狩りの時間を取られる虚無感に襲われながらも、オダは努めて冷静に対応した。
「畏まりました。ただいま買って参ります」
オーガスタ姫の望みを叶えるのが役目なのだから、これでいいのだ、とオダは自分を納得させた。
【王国暦123年6月9日 14:12】
採取しておいたオレガノを袋に入れ、オダは街へと向かった。先に軽食堂へ行き、四人分のフィッシュ&チップスを購入し、トーマス商店迷宮支店に足を向けたところで呼び止められた。
「おや、オダさん、こんにちは」
振り向くと、今出てきたばかりの軽食堂……脇に事務所があるのは知っていたが、そこから小男が出てきた。
「おや、コルンさん。お出かけですか?」
オダも手を挙げて挨拶する。このコルンは奴隷の立場でありながら、あの『黒魔女』に仕事を任されている。立派な立場だ、とオダは軽く羨望の眼差しで見る。
「ええ、まあ、アレに行こうかと」
コルンは恥ずかしそうに言った。そうか、アレか。アレもいいなぁ。
「ほう、アレですか」
思わずに下品な笑みを向けた。
コルンと別れると、オダは後を追って娼館街に行こうかと一瞬考えたものの、先にお使いを済ませることにした。
なお、娼館街が休業していたため、オダがコルンに愚痴を聞かされるのは、これから二日後のことである。




