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異世界でオムライス  作者: マーブル
異世界でフィッシュ&チップス
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凡人オダの帰還と、白金魔女のオムライス

※オダの活躍……(というかやっぱり死んだだけ)は思いっきり省略しました!(^_-)



【王国暦124年11月19日 10:15】


 オダがポートマットに帰ってきた。

 勇者ではなく、凡人として。


「おお、オダ殿、息災ですな」

「おお、コルン殿、調子が良さそうですな」

 ポートマット迷宮の広場で二人は出会うと、いつもの挨拶を交わした。


 コルンは、オダが不在だったのは、王都に出張としか聞いておらず、死亡後に復活した――――などという切羽詰まった事態だったことは知らない。

 オダ自身も多くは語らず、表情も変わらなかったこともあり、全てが平常運転に見えた。少なくとも、表面上は。


「また主人が色々と開発をしてきましてな」

「ああ、いただきましたよ」

 真っ黒いソースに染まった麺は、初めてなのに初めてじゃない気がする、懐かしいと感じる味だった。

「それだけではなく、サリー様が新製品を開発しましてなぁ……」

「ほうほう」

 なんでも揚げ物ではなくて、具を包んで焼いたものだという。ということは、アチャンタを見ないのは、かなり追い込まれているということなのだろう。オダはチラリ、と『不死者のパン屋(ナマステ)』を見る。


「オダ殿が不在の間にブームになってましてなぁ」

「さすがは『黒魔女』の弟子、というところですか」

 実際のところ、()()西迷宮関係者であれば、迷宮管理人と交流があり、元の世界の情報も入手できるのだろう。


 火の精霊(イフリート)討伐の前後、『黒魔女』(ちいさいおやかた)は、『使徒』の関係者であることを臭わせていたし、あのネイハム……聖教のとんでもない大物だった……司教を脅してもいた。

 ネイハム司教は『黒魔女』こそが『ラーヴァ』である、と婉曲に示していた。実際問題として、その可能性は限りなく高いのだろう。

 つまり『使徒』の要請によって、勇者たる自分を排除した当人であると。


 しかし、そうすると、『使徒』によって選ばれて、オダがこの世界にやってきた――――としていたネイハムの言には矛盾がある。『使徒』が呼んでおいて『使徒』が排除するように命じたことになるからだ。

 オダを良からぬ謀に引き込むためにネイハムが嘘を吐いていたのなら、それを救ってくれたのは『ラーヴァ』かもしれない『黒魔女』だ。

 そうなると、首を刎ねたのも、自分を救ってくれたのでは――――などと飛躍した考えも真実に思えてくる。


 勇者として召喚され、勇者として戦う。

 誰のために?

 召喚した人物……マッコーキンデールのため?

 ダグラス宰相? それとも『使徒』のために?

 自分が勇者として戦うことは、本当に誰のために、だったのだろうか?

 誰かに都合良く使われる戦力として呼ばれたのだろうか?

 それを阻止してくれたのなら、『ラーヴァ』の行いこそが世界のためであり、自分のためだったのではないか。


『黒魔女』が善性の存在だとは言い切れない。

 それでも、自暴自棄になったオダを救ったのも『黒魔女』だ。

 オダを再召喚して、オーガスタの前に戻してくれたのも『黒魔女』だ。

 彼女にも思惑はあるだろうが、これだけ自分のために骨を折ってくれている。

 何故だろうか?


 そこでオダはふと考える。

 同郷だからではないか、と。

 となると、元の世界の知識を持つという王都西迷宮の管理人は、やはり『黒魔女』ということになる。女王(エミー)を匿っていたのも王都西迷宮だと聞いているし、その想像は遠くない。

 王都西迷宮の管理人と『ラーヴァ』も同一人物ではないか、と騎士団長(パスカル)からも聞いていた。

 何のことはない、三者は同一人物なのだ。

 だからトマトを欲したし、ケチャップを作り出したのだ。


 腑に落ちるとはこのことか。

 今度会った時には、それとなく訊いてみよう。もし不快な顔をされなかったら、それは信頼されているという証拠だから。

 オダはそう心に決めた。


 もし、想像が当たっていたとしても、もはや『ラーヴァ』はオダにとって敵性の人物ではない。いかに自分の首を落としたとはいえ、恩人に違いないのだ。

 悪意を持てという方が無理というものだ。


「ははは、サリー様も最近は主人に似て、開発しては投げっぱなしにしていきますがな」

「ははは、そういうところは似なくてもいいでしょうに」

 オダも笑った。

 コルンは笑顔のまま、ジッとオダの顔を見つめた。

「? なんでしょう?」

「オダ殿は何かこう……自然体になりましたなぁ」

「はっ?」

「先日、姫様も拝見しましたが、同じように何か……険が取れたとでもいいますか、悲壮感のようなものが消えたような気がするのですよ」

 コルンのボキャブラリはそれほど豊富というわけではなかったので、考えつつ、言葉を紡いでいた。

「生き急いでいたとでも?」

「それは、私共の主人のことでしょう。同志オダと姫様は違いますよ。ちゃんと生きていなかった――――。失礼ながら、そう思えるのですよ」

 オダから見ればコルンは年長ではある。人生経験に於いて多少の差はあるだろう。それなりに苦労をしてきたコルンのオダ評を、オダは反発の感情ではなく、納得して頷いた。

「そうかもしれません」

 オダは潔く認めて、苦笑した。

 さすがはトーマス商店の店舗を任される人材、よく人間を見ている、と感心するほどだ。

「同志オダ……」

「ちゃんと前を向いて、姫様と共に歩む覚悟を決めたのですよ。勇者などではなく、ただのオダとして」

 オダの言葉を聞いて、コルンは涙を溜めた。

「同志オダ……。本当の意味で大人の階段を昇ったのですね」

「ははは、素人童貞はもう、過去のことですよ……」

 オダは誇らしげに、どうでもいい卒業報告をした。

 コルンは眩しそうにオダを見た。そして、決意を固めるのだった。


「ふふふ……。同志オダ。『癒しの会』は本日をもって解散としましょう」

「えっ、同志アチャンタの許しもなく、ですか?」

「彼は……………パンと結婚してしまったのです…………」

 ただでさえ多忙だったところにレモチキ、加えてサリーの新製品(ギョージー)が追い打ちをかけているだけなのだが、オダは、アチャンタが二次発酵中のパンに腰を突っ込んでいる不埒な映像を想像して、同情の眼差しを寄せた。


「いえいえ、同情することはありません。彼は彼なりに幸せを掴んだのです」

「そうですか…………」

 他人の性的嗜好には口を出すまい。それが『癒しの会』の暗黙の了解というものだ。

「私もこれから教会に行ってきます」

「ええっ?」

 クールシスターといつの間に仲が進展したのだろうか。オダが不思議そうな顔をしていると、コルンはすぐにネタばらしをする。


「いやいや、ただ単に心を清めて頂くだけですよ。まずはプラトニックなお友達から始めなければなりませんな」

 まだ友達以下じゃないか……。しかし、いい年齢の男が恋する瞳を輝かせているのは、何とも生命力、生気に溢れているではないか。オダも、眩しそうにコルンの顔を見て微笑んだ。


「なるほど、我々の活動は、ソロになっても永遠に続くのですな」

「そうですとも。癒され道に終わりはありますまい」

 何だか崇高な感じがしたので、うんうん、と二人は頷き合った。

「我々の」

「癒されは」

「これからだ!」

「これからですな!」

 あはは、と二人は肩を叩き合った。



【王国暦124年11月19日 10:20】


「あれー?」

 ホテル・トーマスのレストランは、迷宮広場が一望できる位置にある。

 サリーはレストランの店内から、オダとコルンが肩を叩き合っているのを遠目に目撃した。


 あれが男同士の友情というヤツだろう。

 女同士にも友情はあるはずだが、サリーには同性の友人が少ない。だからよくわからないでいる。


「ううーん」

 友情の存在を証明するにはどうしたらいいだろうか。

 同好の士、同類、という意味ではジゼルが候補になるが……。


「うーん」

 少しの時間考えて、ジゼルは友人ではない、と結論づけた。

 同僚ではあるが、サリーから大事なものを奪おうとしている――――強敵(ライバル)だ。


「うん」

 ジゼルはレックスを奪おうとしている。その事実に直面してなお、サリーは自分に生まれた感情に名前をつけられないでいた。

 時間が経過して、モヤモヤした思いがまとまっていき……やがてそれが嫉妬と呼ばれる感情だと気付いた時、サリーはやっと、自分が何を欲しているのかを自覚した。


「うー」

 レックスは、靡かないサリーだからこそ執心している――――。

 サリーはその点に気付いていた。

 素直にレックスに応えてしまえば、彼は興味をなくしてしまうのではないか。

 そう思い至ったサリーは、素っ気ない素振りを続けることにした。


「あ……」

 そうそう、姉さん(くろまじょ)が言ってたっけ。クーデレ? ツンデレ? 時々、ご褒美のようにデレるからこそ、興味が継続するのだと。果たして、そんな微妙な感情のコントロールが自分にできるだろうか?


「うん……」

 やるしかない。心の機微を捉えて、レックスを惹き付け続けるのだ。

 やるぞぉ! 私にだって! やろうと思えばできるんだから!


「あの……。ご注文のオムライスでございます……」

「あっ?」

 困惑の表情を浮かべているウェイターが、オムライスを持って立っていた。

 サリーが百面相を繰り返していたので声を掛けるに掛けられなかったのだ。

 慇懃にオムライスをテーブルに置いたウェイターは、それ以上は突っ込まずに、静かに立ち去った。奇異な仕草をする常連客、という認識が従業員の間にあったからかもしれない。


「むう……」

 そうだ、オムライスのように。

 包み込むように。


「ぬーり……ぬーり……」

 サリーはオムライスに掛かっていたケチャップを塗り広げた。


「ふふっ」

 包囲して染め上げる……。

 ああ、私の恋はオムライス!


「はふはふ」

 カッカッ、とスプーンでオムライスを掬い、口へ運ぶ。

 ああ、火傷しそうっ!


『白金の魔女』ことサリー・オギルビー、本名サリー・テルミーは、ニヤニヤと笑いながら、オムライスと格闘を続けるのだった。



 なお、レックスを中心にした、サリー、ジゼルの関係が明確に進展するのは、およそ十五年後のことである――――。



異世界でオムライス 了





 明確な主人公がいない本作ではありましたが、如何でしたでしょうか。

 足かけ二年ほどかかってしまいましたが、何とか一区切りであります。

 思ったよりもキャラクターたちが饒舌で、特にサリーはまだ語りたいことがあったようです。

 十五年後辺り(アーサお婆ちゃんが亡くなった辺り)に何が起こるのか、それは読者の皆様の想像にお任せするとして――――。

 またの機会にお会いできれば幸いであります。




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