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異世界でオムライス  作者: マーブル
異世界でフィッシュ&チップス
13/18

姫様とレモンの香り


【王国暦124年3月15日 10:11】


「外堀を埋められているような気がする、だなんて領主様は言ってたわ。それでも同居は承認してくれたみたいね」

「はぁ」

 ドロシーから、明日以降、領主の館別宅で寝泊まりするように、と告げられたオダは、状況を飲み込めていないようだった。領主(アイザイア)が言う外堀、というのは、オダとオーガスタが結ばれて、結果として義兄に成り上がってしまうのでは――――という不安を吐露したものだ。


「まあ、あれよ。ガザ・クレーンは隣に人がいると集中できないタイプかもしれないわね。そういうの、わからなくはないわ」

「はぁ」

 ガザ夫婦に嫌われている感触などなかったオダには青天の霹靂というもの。夫婦の作業に集中できない、その原因が自分にあると言われたわけで……。

 理解できる、と断言したドロシーに訊いてみたい気もしたが、オダは踏みとどまった。


 ドロシーの物言いは、オダ曰くの『小さい親方』、つまり『黒魔女』よりも強引だな、とオダは感じていた。独善的なのは二人に共通するものだったが。

 ただ、明らかによかれと思ってやってくれている――――のがわかるので、オダにとっては不快ではなかった。


 オダとコルン、そしてアチャンタが、トーマス商店迷宮支店に呼び出されたのは今朝のこと。

 コルンとアチャンタは店の仕込みをした後に到着した。

 ドロシーからの呼び出しは、二人からすれば上司からの呼び出しだ。だからカチコチに緊張していて、一人落ち着いていたのはオダだけだった。


「三人で作ったというサンドイッチは持参しているのね?」

「はっ、はいっ、試作品の蝋紙も持参しておりますっ」

「それはこちらでも預かっているわ。そろそろ……味見役がくるはず……」

 そう言いつつ、ドロシーは迷宮支店の内部を見渡した。


 この迷宮支店は店、というよりは工場の直売所で、内部は殺風景なこと、この上ない。大釜が幾つも並び、そこで作業をしている従業員が忙しく働いていた。

 巨大な魔法陣が発動している様は、魔力を感じられる者にとっては重圧にも等しく感じられるだろう。

 コルンとアチャンタは、その点には鈍感だった。

 オダは多少は王都騎士団で鍛えていたし、魔力感知については全く鈍感というわけではなく、攻撃的な魔法陣ではない、と理解していたため、平静でいられるのだった。


「店長、お待たせしました。お連れしましたよ」

 ひょこっと現れたのは、『子供店長』ことレックス、物作り系男子に大人気のサリー、細身店員ことジゼルと……。

「あっ……」

 コルンが思わず声をあげた。いつぞやか馬車乗り場で会った、クールな視線のシスターも一緒だったからだ。


「こちらは聖教会のシスター・カミラ。教会の製造レシピで、トーマス商店が紙の製造委託を受けているのよ」

「カミラです」

 凍てつくような視線で、カミラはオダたちを射た。オダはブルッと震えただけだったが、コルンとアチャンタは、眠っていた何かを撃ち抜かれたかのようで、目にハートマークが浮かんでいた。


「シスター・カミラ。例のものは?」

「持参しました。しかし、あれは……」

「いいんです。比較検討したいだけですから」

 ドロシーが手を差し出すと、カミラは何枚かの紙束を渡した。


「失敗作には違いないのに、ここで陽の目を見るっていうのは面白いですね」

 普段は恥ずかしがって喋らない……という噂のサリーが何事か頷きながら、その紙束を評する。

「サリーのやることは何だって間違ってないよ」

 ポッチャリ少年、レックスがサリーを称えて全肯定した。

「……………………」

 そのレックスをジッと見ているのがジゼルだった。

 試食にこの三人が選抜されたのは、アーサ宅の住人で、批評慣れしているということ。特にジゼルは、レックスか、食が絡むと人格が変わる。


 いきなり少年少女の修羅場が出現して、コルンとアチャンタは不安気にオダに振り向く。オダは、サリーたちと紙束とを交互に見ていた。

「ドロシーさん、その紙は……?」

「耐水・耐油紙よ」


「えっ!?」


 コルンが夜鍋して作った蝋紙に匹敵するものが、すでに存在することに、オダは驚いた。

「と、言いたいところなんだけどね、未完成品なのよ。コルン、アンタが解決策を持ってきてくれた、というわけ。サリー、説明をお願い」


「あ、はい。元々は溶かした紙の原料を引き延ばすローラー圧の調整に失敗して、薄くしすぎたことに起因します。繊維が潰れて密になり、耐水、耐油性を獲得したんですよ。ところが今度は薄すぎて、破れやすかったんです。コルンさんが蝋を塗る、という発想を持ち込んでくれたお陰で、薄くて破れにくい紙が完成しました」

 サリーは言いながら、自分の『道具箱』から一枚の薄い紙を取り出した。ペラペラで透けて見えるほど薄いのに紙の角が立っている。かといって硬いわけでもない。一見して不思議な紙だった。


「うっ……」

 ズキッと頭が痛み、オダは顔を顰める。しかし、あの紙は……どこかで……見たことがある……。ああ……ハンバーガーを包む……紙だ……!


「もちろん、蝋をそのまま塗っているわけじゃありません。料理程度の温度では溶けないように工夫もしましたし、口に入れても安全です。魔物さんたちに、実際に食べてもらいましたから」

 サリーは得意気に説明を続けている。オダは頭痛を我慢しながら聞いていた。サリーの言い方は『黒魔女』のそれに似ていて……。ドロシーといい、不在にも拘わらず、影響を残しまくっているのに気付いて、思わず苦笑してしまう。

 笑ったことで少しだけ、頭痛が緩和されたようで、楽になったような気がした。


「技術的なことはサリーに任せるわ。完成させてくれてありがとう。トーマス商店としては、この紙を食品の包装紙として売り込みたいわけ。まずはコルン、アチャンタ。アンタたちのところで使ってもらうわよ」

「あっ、はいっ」

「はいっ」

 自分たちが提案、提示、試作したような手工芸品ではなく、すでにサリーは試作品を発展させて、しかも工業製品として完成させていた。そのことに無力感も覚えるコルンだったが、もとより不満を言える立場ではない。


「シスター・カミラ。その薄紙も正式に採用させていただきます。()()の方はそろそろですか?」

「そうですね。サリーさんがローラーの調整をしてくれたことですし……」

 コルンが戸惑っている間にも、話はどんどん進んでいく。


 オダは困惑するコルンを見つめる。アチャンタは何も言えないでいる。功績を誇りたいわけではない。しかし、あまりにも自分たち三人が軽んじられてはいないか――――。

 ここは自分が何か言うべきではないか。

 いやしかし、先ほど領主の館別宅――――姫様と同じ屋根の下に――――に住むように言われた。これが褒美なのだろうか。

 それ自体は嬉しくないわけがない。

 だがしかし――――。


「じゃあ、その特許使用料は、コルンにも分けるようにします。いいですか、シスター・カミラ? いいわね? サリー?」

「はい、異存ありません」

「問題ないです、店長」

「えっ?」

「当然じゃない。アンタの試作品と発想がなければサリーが包装用紙を完成させることはなかったわ。もちろん、割合はそれほど多くないわよ? まあ、月額にすれば少々羽目を外して遊べる程度の額にはなると思うわ」

 まるでオダの心を読んだかのように、ドロシーはコルンに金銭を払う話に移行した。それにしても…………遊べる額? 遊べるって……? オダが顔に疑問符を浮かべていると、レックスから補足があった。


「新製品が出来て、それを作るのに特殊な技術が必要な場合、それを生み出した人には権利を主張してもらうことにしてるんですよ。姉さん……『黒魔女』が新商品を次々に生み出すものですから、トーマスさんが、頼むから受け取ってくれ、って、作った制度なんです。客観的に見て、コルンさんも該当すると思いますよ?」

「そうねぇ、工業製品なら適用しやすいわね。試食はまだだけど、アンタたちの新作メニューだって、時と場合によれば適用することになると思うわ」

「ドロシー姉さん、早く食べてみたいです」

 細身のジゼルが、ググゥ、とお腹を鳴らしたので、緊張(ドロシー)に支配されていた場が一気に弛緩した。


「では、試食させてもらうわ。貴方たち三人の力作を」

 ドロシーが苦笑しながら、コルンたちに手を差し出した。

 そこでやっと、コルン、アチャンタ、オダは破顔した。

「はい、どうぞお試し下さい、我々の新作を!」



【王国暦124年3月15日 11:04】


「パンの風味がいいです。噛むと小麦の香りが……。鶏肉のフライも肉汁が溢れて滋味です。野菜の食感、トマトの旨味、それを……」

 急に饒舌になったジゼルを補足したのは、寡黙なサリーの一言だった。

「マヨネーズ……」

「マヨネーズが全てをまとめています。これって作るのが手間なんですよね」

 サリーをさらに補足したのはレックスだった。

「私は口が貧しいので……美味しいとしか……」

 シスター・カミラは清貧っぽい感想を、憂いの表情で漏らした。


「全体としては上品で淡白だけど、バランスは取れてると思うわ。こういうシンプルなサンドイッチは好きね」

 穏やかにドロシーは感想を述べた。好意的なコメントに見えた。


「でも」

 その一言で場は再び凍り付いた。


「まだ、味が足りないわ」

「味が、足りない……?」

 ここに来てドロシーに指摘されたのは――――。


「誰に向けて食べてもらうのか。その視点が欠けていると思うわ。商品が先にあって、誰に売ろう、じゃないのよ。ニーズが先にあって、そこで生まれたものだからこそ、必要で、売れる商品になるの。『不死者のパン屋』は必要だから生まれて、受け入れられているの。『軽食堂』は必要だからメニューを絞ってきたの。本質的に商品作りは、必要性という王道から逸脱しちゃいけないのよ」

「…………」

「このサンドイッチは、誰に向けて売るためのもの?」

「迷宮都市に集まる……冒険者……が主な購買層、です……」

「ということは、もっと大胆にいっていいのよ。雑なサンドイッチの方が受けるはずよ?」


「たとえば、もっと甘いとか辛いとか、顎が外れそうになるくらい大きいとか? ですか?」

 萎縮しているコルンとアチャンタを代弁する形で、オダがドロシーに対峙する。このままでは自分たちの成果が無にされかねないと感じたのだ。

 いま、この巨大なプレッシャーを与えてくる(ドロシー)と対峙し、正答を得るべく戦えるのは、自分一人なのだ。

「端的に言えばそうね。それが購入層を考えた商品作りであるなら、それが正解よ」


 オダは鈍い頭で必死に考えた。

 冒険者にウケのいい味……。

 甘いとか辛いとか酸っぱいとか……。

 ズキズキ、と頭が痛む……。


「!!!!」

 しかし、何かが一つに繋がったような気がした。

 香りが記憶と共に蘇る。酸っぱい、柑橘の香りが――――。

 そうだ! あの夜に姫様から頂いた―――――。


 オダは自分の『道具箱』から、常備している醤油と、姫様から貰った、レモンのジャムを取り出した。


 なんだなんだ、と周囲が訝しげに見守る中、オダは鶏肉のフライに醤油をぶっかけた。そして、激甘で激酸っぱいレモンのジャムをスプーンで一掬いしてフライに載せ、レタスとトマトを重ね、マヨネーズにはドライハーブをさらに混ぜ込み、ついでにとばかりに胡椒をぱらりと振り掛け、パンで挟み、コルンが作った蝋紙の真ん中に置くと……………。


「…………」

 紙の手前を奥に丸め、左手でサンドイッチを掴んだまま手首を返し、ひっくり返して筒状にする。

 右手でサンドイッチの丸みに合わせて紙を撫でつけ、保持して、今度は左側を撫でつける――――。

 と、あっという間に包装が済んだ。

「同志オダ、今の技は…………?」

 勇者が生前にいたという他の世界に伝わる技ではないか。誰しもがそう思った。

 オダはトランス状態のまま、ドロシーにサンドイッチを手渡した。有無を言わさぬ雰囲気があった。


「いただくわ」

 ドロシーは受け取ると、包んだばかりの紙を剥がした。手が汚れない、というよりは汚い手に食品が触れない、画期的な包装方法だった。

 そしてドロシーの口元に皆が注視する。


「んっ………………。甘辛しょっぱ酸っぱい……。胡椒がピリリと……後からハーブが追いかけて、マヨネーズが全てをまとめる……食感は素晴らしいわ」

「はっ……」

 トランス状態から醒めたオダが、ドロシーに正対していたことに気付いて驚き、一歩下がる。

「付け焼き刃の感じはあるけれど。病み付きになる味だわ」

「ということは、ドロシー姉さん?」

 サリーが心配そうに訊いた。

「合格よ。予め食材を用意していれば簡単に作れそうだし、バリエーションも可能性があるわ」


「おお…………」

 コルンとアチャンタは、窮地からの逆転劇に歓喜の吐息を漏らした。

 対外的な実績はともかく、彼ら二人にとって、勇者オダは同志で、やはり勇者なのだと再認識したところだ。



【王国暦124年3月15日 12:36】


 改良型サンドイッチ……仮に『レモンチキンサンド』と命名された……は、改良前のものよりも食いつきが段違いだった。


「むむむむう……!」

「本当だ、甘辛しょっぱ酸っぱいピリリとまろやか……」

「これくらいのインパクトがないと、話題にならない、ってことなんですか」

「私は口が貧しいので、何でも美味しいです」

 シスター・カミラの感想は置いておくとして、ジゼル、サリー、レックスからの評価は概ね良好だった。


 当のオダはといえば、オーガスタの失敗したジャムが役立ったことに複雑な表情を浮かべていた。よく言えば怪我の功名ではあるのだが……。

「オダさん、あのジャムって、姫様の作ったやつですよね?」

 邪気の一切無いサリーの一言で、ネタバレをしたオダは開き直った。

「そうです! 姫様の美味しいジャムが決め手になったのです!」

 美味しいかどうかは自分でも疑念の残る発言だったが、オダはもうオーガスタを褒め称えることにした。

「おお、さすが姫様ですな!」

「さしずめ、同志オダは王子様ですな!」

 コルンとアチャンタが提灯を持って、オダは盛大に照れた。


 なお、他の面子が、顔の前で手を振って、ないない、と即座に否定したのは、一秒後のことである。





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