表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
65/65

たった一度きりの幸せな帰路

 困った。

 病棟から出られない。

 何か特殊な力で能力が使えない、というわけではないけれど、なぜか『時計錠(クロックロック)』の力がかなり弱まっている。数分単位でしか時間を戻せないし、一度使えばしばらく使用できない、時間を止める方の力に至っては五秒程度しかもたないし、こちらも一度発動すればしばらく待たなければならない。

 まあ、元々規格外な能力だっただけに、現状がショボく感じるけれど、一応これでも使いものにならないわけではないし、その辺の異能力と比べてもかなり有用な能力なのだけれど。

 だけれど、かなり有用程度の能力でこの病院から脱出するのは難しい。

 どういうわけか、私は第二学区特別隔離病棟に収容されてしまったようなのだ。

 第二学区特別隔離病棟。

 暴徒と化した強能力者や超能力者を収容するための設備。一応、脳外科のスペシャリストが集まる病棟なのだそうだけど、実際は凶悪な犯罪者を監禁するための独房施設と言っていい。ようは少年院の超大げさバージョン。

 ちなみに、強力で特殊な異能力を持った生徒が数多く集まる関係で、裏では人体実験が横行しているとのこと。先程のナースコールで、看護士達に混じってどさくさに現れた研究員らしき輩の目的は、おそらく私を実験体として解剖なりなんなりすることだろう。なにせ私の『時計錠(クロックロック)』は全く未知の異能力なのだ。時を操るなんて神紛いの能力を、学園がほしがらないわけがない。意識が回復したと分かったら、すぐさまモルモットとしていいようにされるだろう。だから、私の意識が回復したとバレていない、今が脱出のチャンスだ。一応、見付かっても『時計錠(クロックロック)』で巻戻せばいいのだけれど、能力が弱体化している現状、なるべくそれは避けたい。避けたい、のだけど、既に五回ほど同じ時間を繰り返している。医者どもが駆けつけ、拘束されそうになり、数分の時を巻戻し、そのたび私の脳に疲労が溜まっていく。このまま現状を打破出来なければ、やがて私は力尽き、学園の思うままにされてしまう。

 さて。

 あと数分もしない内に、私の意識が回復したことがバレ、前回や前々回のように医者やら研究員やらが駆けつけてくるはず。それまでに脱出の目処を立てたいわけだけど。

 その前に一度、この混乱している記憶をどうにかしなければならない。

 おかしいのだ。どんどん過去の記憶が薄れていっている。この病室内で数分を巻戻す二、三回目辺りまでは、現在に至るまでの経緯をどうにか覚えていたのだけれど……その記憶も刻一刻と薄れていっている。

 確か私は誰かと戦っていて、……それで、あれ? ええと、なんとか倒して? それから気を失い、目が覚めたらここに居た。

 何か違うような気がする。でも合っている気もする。こうしている今も記憶は薄れる。

 そして更に問題なのが、自分の生い立ちをもう、ほとんど思い出せなくなっていること。それも巻戻し二、三回目の時まではなんとなく覚えていたのだけど、今となっては見る影も無い。ただ一つはっきりしているのは、私は過去、何かのために、幾度も時を巡り続けていたという、あやふやな記憶だけ。

 薄れていくのはストーリー記憶だけで、知識などはちゃんとしているし、それに病院で目が覚めてからの記憶には何の支障もないから、なんとか生活はしていけると思うのだけど、しかしまずはここから脱出しなければ話しにならない。

 そうこうしている内に、廊下から多数の足音が聞こえてくる。

 しまった、もうそんな時間か。

 脱出のチャンスは一度きり。

 扉が開いた瞬間が勝負。

 五回も相手の動作の“観察と分析”を繰り返したのだから、その動きはほぼ完璧に予想出来る。伊達に時を繰り返していたわけじゃないのだ。

 ベットのシーツを右手に、花瓶を砕いて作った長く鋭い破片を左手に、身構える。ここにあるものはこれしかないのだから仕方ない。


 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、

 カッ。


 扉が開き、入ってくる数名の職員。

 看護士が二人、外科医が一人、軍服を着たボディーガードが二人、研究員が二人、合計七人。

 私は即座にシーツで相手全員の視界を覆い、反応される前に花瓶の破片で作ったナイフをシーツ越しに突き入れる。敵の配置も急所の位置もタイミングも全て把握済み。

 ドスッ。

 頚動脈を切断。

「ぎゃあ、ぁああああ……」

 首を押さえながら、ボディーガードの一人が絶叫。噴出する血液が白いシーツを汚す。

「な、――――」

 言い終える前に破片を、突き入れた姿勢のまま横凪に振るう。

「――――なん、だ、? ぐァっ、アア、ァあっ!?」

 断末魔を上げる二人目の犠牲者。勿論、狙ったのはもう一人のボディーガード。この二人を真っ先に鎮圧しなければ話しにならないからだ。何せここは天下の第二学区特別隔離病棟、そのボディーガードの腕前も並みのものではない。そしてやはり、その判断は正しかった。ボディーガードは首から大量の血液を噴出させながらも職員達を守るために立ち上がる。まともに戦っていれば、こちらが負かされていたかもしれないほどのプロ意識。

 瀕死状態で尚、念粒子を練り、異能力を発動しようとする。その間、一秒にも満たない。めちゃくちゃ高速な発動時間。おそらくA級以上の高レベル能力者。

 だけれど私の前では、高速も、光速ですらも通用しない。

 時を止める。

 弱体化しているとは言え、事前に敵の動きはほとんど完璧に分析済みなのだから、五秒も止められれば制圧は容易。

 時を止めること一秒目。

 手前のボディーガード二人にタックルをかまし、後ろの職員も巻き込み、諸共転倒させる。タックルと同時に、右手前のボディーガードの両目を花瓶の破片で裂く。これで一人は無力化。転倒したまま、首の出血ですぐに死ぬだろう。次に、職員達が床に倒れるよりも早く、右手前のボディーガードが持つ刀剣を上段蹴りで蹴り落とす。これでこいつも無効化。一人目と同じく、床でもがいている内に死ぬはず。

 二秒目。

 教職員達が床に倒れる。

 ついでに私も職員達の上に倒れる。当たり前だ。タックルした直後に、破片ナイフを振り払うのと上段蹴りをほぼ同時に行ったのだから、かなり無理のある、というか間抜けと言ってもいい体制だった。

 で、職員の上に倒れるついでに、その内の一人、外科医の首を刺す。三人目排除。

 三秒目。

 寝返りを打つ様に、倒れた体制のまま思い切り身体を捻り、隣で倒れている研究員の首を刺す。四人目排除。

 四秒目。

 研究員の首から破片ナイフを抜くと同時に立ち上がる。

 五秒目。

 もう一人の研究員の首を刺す。五人目排除。

 能力の限界を超えたため、時の流れが戻る。

 同時に、血塗れになった五人の絶叫。といっても、首を切ったのだから、その発声量は大したものではなく、せいぜい話し声程度のもの。幸い廊下に他の人間は居ないようで、まだ病棟側には気付かれていない。

「え? な、何が起き――――」

 真っ赤なシーツに視界を奪われ、混乱の内にある看護士の首を深く刺す。声帯に届くほど。

「ッ!? カ、はッ」

 六人目排除。

 ようやく事態に気付いた最後の看護士が目を丸くしいる。叫ばれる前に首を一突き。

 七人目排除。

 征圧完了。

 放っておけば間もなく死ぬだろうけど、念のため、全員に即死の止めを刺しておく。例のボディーガード二人は念入りに殺す。

 全員を絶命させるまでほんの数秒。自分の手際の良さに寒気がする。人を何の感慨も無く刺し殺した自分に恐怖を抱く。

 私は以前、どういう人間だったのか?

 今では更に記憶が薄れ、ほんの僅かな曖昧な事柄しか思い出せないけど、ひどく惨忍で冷酷な人間だったということは分かった。多分、というか間違いなく悪人だったと思う。それも連続殺人犯も引くぐらいの殺人鬼。

 こんな人間が生きていていいのかどうかは疑問だけれど、疑問以前に、まだ生きたいという願望が、欲望が、まだ胸の内に、確かにある。なら生きてみよう。だってこのまま、この隔離病棟で人生を終えるのはあまりにもあんまりだ。そんなもの生きているとは呼べない。

 そういえば、ずっと昔、誰かが言っていた気がする。

 どこで誰がいつ言ったのかは、記憶が薄れてしまって思い出せない。

 だけれどその内容だけは、今でも鮮明に思い出せる。


『俺は足掻いて足掻いて自分を最後まで貫き通した上で幸せに生きたい!!』


 確かこの言葉の前にも、とんでもなく馬鹿な御託と、おそろしく阿呆な前置きがあった気がする。

 思わず腹を抱えてしまうような。

 そんな理想を語る、滑稽で粗雑な誰かが居た。ような気がする。


 感傷に浸っている場合じゃない。早く次の行動に移らなければいけない。

 外科医の腕時計を拝借し、自らの右腕に巻き付ける。常に時間が分からないと何かと不便だからだ。時刻を確認すると、零時過ぎ。深夜で本当に良かった。昼だったら誰かに見られていた可能性がかなり高い。人が来る前に、さっさと死体を隠さなければ。

 ちなみに私は、今外科医から盗んだ腕時計とは別に、左腕に白い腕時計をしているけれど、指針が止まっているので腕時計としての役割を果たさない。だからこれは、『時計錠(クロックロック)』発動の基盤となるアイテムであって実用的なものではない。病院に搬送される際に没収されたのだろうけれど、無駄だ。これは私の能力により生み出され概念が実体化しているだけのものだから、消滅させることも具現化させることも自在なのである。

 さておき。

 急いで、私が使っていた病室に死体を無造作に入れる。次に、床の血液が凝固する前に出来るだけ拭き取る。モップはロッカーに入っていた。どんな怪しい施設にも掃除用具はあるのだと少し関心。

 すぐ拭き取りきれずに凝固してしまった血痕には手を焼く。征圧よりもこっちの作業の方がよっぽど大変だった。掃除に費やした時間は数分。我ながらかなり手際の良い後片付けだったけど、この間に誰も来なかったことは本当に幸運としか言いようがない。いつ警備員に見付かるかとハラハラしていたのだけど。

 続いて、病室の中に放っておいた死体をまとめて部屋の隅に置き、一応の処理として布団を被せておく。多数の死体を引き摺ったため部屋の床は大変なことになっているけど、これ以上手間を掛けても仕方がない。私の目的は死体隠蔽じゃなくて脱出なのである。

 鍵やカードキーは全て頂いたけど、服は血塗れで拝借出来ないため、病棟内の人間に見付かるとまずい。そもそも私も血塗れだし。

 首を刺す以外にも、ただ昏倒させて征圧出来ればベストだったのだけど、ボディーガードが居たためそれは叶わなかった、手加減していればこっちの命が危なかったのだ。最善を尽くしても、抹殺が現状の精一杯。

  まあ、これでしばらく死体は見付からないと思う。それよりも、職員達の動きが途絶えたことにより、不審に思っている人間がいるかも知れない。早く動こう。

 まず廊下を突っ切り、格子状になった扉のロックをカードキーで開ける。開けたところで、更にロックされた鋼鉄の扉がすぐ先にもある。二重になってるのか。なかなか手間が掛かっている。

 今度は指紋照合になっていた。こんなこともあろうかと、念のため外科医と研究員、それぞれの指と目玉も拝借しておいて良かった。……自分の惨忍さに嫌気が差す。私どんだけグロ耐性あるのよ。こんな女の子嫌だ。

 で、鋼鉄の扉を開けた先には、監視員が頬杖をしたままこちらを見ていた。

 目が合う。

 私は血塗れ。


「メエェエエエッデエエエエエエ!!」


 なにその叫び。

 人が来る前に数分の時を巻戻す。


◆◇◆◇


「さあ、コンティニューよ」

 気合を入れ直し、鋼鉄扉の指紋照合ロックを解除。人が一人通れるぐらい開いた瞬間に、時を止める。

 そして猛ダッシュ!

 廊下の曲がり角まで約五十メートル。

 私の五十メートル走のタイムは6,5秒。女子としては猛烈な速さだという自覚はあるけれど、でも能力で時を止められる発動限界時間は五秒しかない。

 だけれど先程の経験からして、監視員は扉の方向に頬杖を付いていた。つまり、監視員の目の前さえ気付かれずに通り過ぎることが出来れば、五秒内に五十メートルを走りきらなくてもなんとかなる。

 とはいえ猛ダッシュ。

 四秒過ぎたところで急ブレーキを掛け、足音が立たない程度の速度で前進。事前にスリッパは脱ぎ、裸足だから足音は立ち難い。ただ足裏が痛い。

 五秒経ち、時の流れが戻る。

 監視員が、誰も通っていないはずなのに開いた扉を見て首を傾げる。なんとかこっちを向かれる前に曲がり角まで辿り着く。

 疾走したこともあり、胸の動悸が激しい。

 呼吸を整えつつ、廊下の先にあった階段を下りる。どうやらここは三階らしい。すぐ一階に着く。途中警備員に見付かりかけたけど、咄嗟に昏倒させ、ついでに服を強奪して変装。オマケで拳銃も付いてきた。

 難なく一階ホールを通り抜け、正面から堂々と出る。

 しばらく病棟の土地になっていて、歩くこと数分、巨大な門に突き当たる。門番に適当な事情を説明するも失敗。盛大に怪しまれたので、時を止め、後ろに回りこみ拳銃で脅す。快く門を開けてくれた。お礼として首を絞め眠らせてあげる。

「意外とちょろかったわね」

 夜の街道を歩く私は、ちょっとした怪盗気分。どっちかというと脱獄囚なのだけどね。

「これからどうしようかな」

 問題はそこ。

 行く宛が無いし、目的も無い。

 生きる宛も無いし、意味も無い。

 過去の記憶は既に、完璧と言っていいほどに薄れ、消えてしまっている。何かの病気だろうか、病院に行った方がいいのかもしれない、と思う自分の滑稽さに気付き苦笑。

 私は時を繰り返してきた者。

 それだけは覚えている。それだけしか思い出せない。

 何か思い出さなければと思えば思うほど記憶は薄れていく。

 まるで、私が自分の記憶に介入しようとするのを、何か見えない力が阻止するかのように。

 なぜ私の記憶は薄れていくの? 仮にその見えない力があるとして、なぜそれは私の過去を無かったことにしようとするの?

 ここで一つの推論。

 私は過去、何か大きなことに関わっていた。その際に、“知ってはいけない何か”を知った? いや違うわ、これはあくまでも仮定だけれど、私の人生は、“存在しないはずの何か”と深い関係があった? ならば“存在しない筈の何か”とは何? それは元から存在してはいけない何かだった? いやそれも違う。“それ”は“存在してはいけない何か”へと“成った”のだ、おそらく、私が病院に搬送される前の戦闘で。でなければ、元々“存在してはいけない何か”を知覚することは出来ないのだから、私の記憶と矛盾することになる。だから病院に搬送されてから記憶が徐々に薄れていった?

 あくまで根拠の無い推論。

 他にも、根拠の無い推論なら色々思いつくけれど、今のところはこれが一番近いような気がする。だけれどやっぱり推論は推論。何か証拠になるようなものがほしい。私の過去の記憶に関わる、確実な証拠。

 誰か私のことを知っている人間がいればいいのだけど。

 ……居るかな?

 なんか私、友達少なそうだし。自分でいうのもなんだけど。

「どうせ彼氏もいなかったんだろう、な、?」


 あれ?


 世界が回った。

 地面が横にある。

 違う。

 私が倒れたんだ。

 起きないと。

「いたっ」

 頭にヒビが入ったような感覚。

「いた……ぃ、」

 痛い。

 何か……痛い……何これ……いた、いたい、いたいたいいたいいたい……、


「う、ぁ、ああ、あああっあ――――」


 意識に亀裂が走った。

 景色が割れる。

 バラバラと。


◆◇◆◇


“願いは叶えたよ。少し遅れたけど”


 願、い?


“おいおい、君が願ったんじゃないか”


 なに、それ。


“もう一度、〇〇と会えますようにって。君が願ったんだ”


 そんなの、私、知らない。


“知らないんじゃなくて忘れているんだよ”


 っ。


“やれやれ、あれだけ執着していたのに、あっさり忘れるなんて。薄情だねえ”


 でも、私、


“言い訳はいいよ。というかどうでもいいよ”


 どうでもよくなんか……、


“じゃ、代償払ってね、代償”


 代、償?


“うん。願いを叶えたんだから、貰うものは貰うよ。僕はあくまでも神だから”


 神が代償を求めるの?


“うん。僕は悪魔でも神だから、魂までは取らないけど”


 でも私、願いのことなんか知らない。


“それこそ知ったこっちゃない。願っちゃったものは願っちゃったし、叶えちゃったものは叶えちゃったんだから、ちゃんと契約に則って代償を貰い受ける。んー、まあ、願いを叶えるのは、僕からのサービスのようなものなんだけど。本当はそんなこと抜きに、問答無用で代償をぶん取ってもいいんだよ”


 代償、って何?


“鍵”


 鍵?


“君の中にある鍵だ。わざわざ種から育てて発芽させたんだよ。それが今の君の中にある”


 そんなもの持ってない。


“持ってる。持ってるはずだ。君は誰よりも特別なものを”


 特別なもの?


“規格外の何かさ”


 規格、外の……何か。

 『時計錠(クロックロック)』。


“そう、それ。それが種を発芽させた者の――――覚醒した者の、力だ。それは使えば使うほど、発芽した種は育ち、やがて鍵となる。君はよくやってくれた。永劫のような時を越え、能力を使用し続けることで、見事鍵を手に入れたんだ”


 それを渡すと、私はどうなるの?


“なくなる”


 ……。


“なくなるって言ったんだ”


 ……。


“そりゃそうだよ。君は鍵の付属品だからね。キーホルダーのホルダーでしかない。本体である鍵を無くしてしまえば、君はなくなってしまう”


 死ぬ、の?


“死ぬだけならよかったんだけどねえ。違うんだ。なくなるっていうのは、そういうことじゃない。存在が、なくなるんだよ”


 なく、なる。


“そ。嫌?”


 よくは、ない。


“よくはない、ね。あー……でもまだ、一応契約破棄できないこともないんだよ”


 契約破棄?


“うん。どうしてもって言うなら、だけどね。契約を破棄し、僕に鍵を渡さなくてもいい。そうすれば君は消えずに済む。だけど、せっかく叶えた願いも破棄される”


 願いが、破棄。


“といっても、君は願いのこと覚えてないんだし、破棄してもどうってことないんだろうけど。……あ、余計なこと言っちゃったな。これじゃ僕、鍵手に入れられないじゃん。あーあ、失敗失敗。――――くすくすくす”


 ううん。


“ううん?”


 いいよ。


“つまり?”


 いいって言ってるの。

 鍵、あげる。


“……破棄しないの? 今ならまだ間に合うよ? 僕に鍵渡したら、願いは叶っても君はなくなるんだよ? よくわからない願いのために、なくなってもいいの? ぶっちゃけ意味無いと思うよ”


 しつこい。


“……そう。まあ本人がいいっていうなら、僕は構わないけど。じゃあ契約は成立だ”


 

 それに、


“それに?”


 あんな都合の良い能力が存在しちゃだめ。


“ふむ”


 出来なかったら出来なかったで、出来ないまま過ぎていく。

 不幸なら不幸で、不幸なまま過ぎていく。

 大切な人が死んだら死んだで、死んだまま過ぎていく。

 それが当たり前の現実。

 覆すことなんか出来ない。

 戻すことなんか出来ない。

 もし、そんなことが出来てしまったら――――時なんか戻せてしまったら――――いくらでもやり直せてしまったら……大切な人は、大切な人ではなくなってしまうから。大切な時は、大切ではなくなってしまうから。

 わかったの。


 簡単に取り戻せる命に重みはない。


 だから同じ時を繰り返してはだめ。

 過去を振り返ることはあっても、決して踵を返してはいけない。

 戻れなくなってしまうから。

 いつまでも過去に執着すると、未来には進めなくなってしまう。

 もう起きたことに縛られて、全ての可能性の芽を潰してしまうのは損でしょ?

 奇麗事だけど。

 私は綺麗好きだから。

 汚い人間は、綺麗なものに憧れるんだ。


“ふうん。君の記憶は無くなったはずなんだけどね。面白いこともある”


 そうね。

 何も思い出せない。

 全然。

 誰と会いたいと願ったのかも思い出せない。

 薄情者。


“じゃあ、本人に会って聞いてみるといいよ。薄情かどうか”



◆◇◆◇


「久し振りです、現さん」


「君かい。ええと、今の名前は一二三 五六でいいんだっけ?」


「それはともかく、……どうして契約破棄出来るなんて阿呆な嘘吐いたんですか?」


「契約を破棄したいって言ったら、願いは叶えずに鍵も奪ってた。なんにしろ鍵は手に入るんだから、ちょっと遊んでみたんだよ。でも以外だ、まさか破棄しないとは」


「さすがいい性格してますね。見習いたくはないですけど」


「ありがとう」


「それともう一ついいですか?」


「なんだい?」


「どうして彼女を――――ったんですか?」


「ああ……さてどうしてだろうね? 強いて言うなら、僕はバッドエンドが好きじゃない」


◆◇◆◇


「ん?」


 ここは……ああ、学校の屋上か。

 弁当食って、そのまま寝ちまったんだっけか。たまに食べると美味いよな、屋外での食事って。

 それにしても綺麗な夕日だ。

 夕日? っつうことはだ、俺もしかして、五、六時間目サボった?

 いやいや、まずいだろそれは。そろそろ本気で火雷のやつに殺されかねない。

 ううむ、最近気が緩んでいかんな。目覚ましに行地の頬でも叩きに行こう……つってもまだ校舎に残ってるどうかわからない。というかさすがに帰っただろう。

「あ、おはろー。こんなとこにいたの良人。昔っから好きだねえ、屋上」

「おはろー、頬」

「うん。当然のように僕を頬だけの生物みたいに見ないで」

「そうか、すまんすまん、行地だって生き物だもんな。ちゃんと尊重しないとだよな」

「何だよその引っ掛かる言い方。まるで僕が人間じゃないみたいじゃないか」

「人間だったのか!?」

「人間だよ!?」

「ほめちょぽニコフじゃなくて!?」

「ほめちょ……え? ほめちょ、何?」

「ほめちょぽトポス」

「変わった!」

 盛大にリアクションを返して来る律儀な悪友。

 ふむ。やはりこいつとの会話は飽きない。

「さあて、帰ろうぜ。日も暮れてるし……つうかお前、日が暮れるまで俺のこと探してたのか?」

「え、いや……そりゃあ、ね」

「そんなに俺のことが好きか! この男色家め!」

「……」

「うわあ、何顔赤くしてんだ気持ちわりいっ!?」

「別に良人のことなんか、嫌いじゃないんだからね!」

「やめろ! べったべたなツンデレ台詞やめろ! いや待て……よく聞いてみるとツンデレじゃない!」

「ねえ良人。もしも、僕が女の子だったとして、良人のことが好きだって言ったら、その時はどうする?」

「何の話をしてるんだお前は……」

「そうだね。死ねばいいと思うよ」

「生きる!」

「うるさい」

 ため息を吐き、とてとてと階段の方へ歩いて行ってしまう。

 変なやつだ。ちなみに、顔を赤らめた行地に対して俺も顔を赤らめてしまったことは内緒の話である。たまになんだが、あいつの性別が分からなくなるんだよ。妙に可愛い面してるからな。……眼科に行った方がいいのかもしれない。

 さて、どうせ行地のことだ、どっかその辺で足を止めて待っていることだろう。仕方ないから行ってやろう。

 と、その前に。

「お前は何をやってんだ……」

 物陰に潜み、こちらを窺っていた女子――――奈々乃 水羽に声を掛ける。

 びくっ、と隠れてしまう。

「バレバレだぞ」

 なので行って、首根っこを掴み引っ張り出す。猫みたいだ。

「はわわわわ」

「はわわじゃねえ」

 何故か久し振りのやり取りのような気がする。

「で、お前さっきから何こそこそしてんだよ」

「え、えとえと、そのっ!」

 決意を固めたように、

「ここは屋上ですっ」

「知ってる」

「しかも放課後ですっ」

「知ってる」

「そしてなんと私は帰宅部なんですっ!」

「知ってる」

 あー、つまりあれだ。行地式翻訳機で解読するならば、こいつはこう言っている。

“一緒に帰りましょう”

 超回りくどい上に分かり難い。

「そうだな。好きにしろ」

「好き!? 好きと言いましたか!? はわわわわ」

 アホの子がいる。

「言い方が悪かった。一緒に帰ろう。これでいいんだな?」

「い、いいんでせうか?」

「いいんでせう」

 逆に何が駄目なのか。

「私はとても気分が良いです。なぜなら、良人さんと一緒に帰宅が出来るからだと、私は思います」

「落ち着け奈々乃、会話のノリがぎこち無い英会話みたいになってる」

「しまりました」

「しまったと言いたいんだな」

 今日も奈々乃語は絶好調。


 ぶぶぶぶぶ、


 突然の振動に軽くビビる。

 携帯だ。携帯電話だ。長年、美唯に勧められ続け、この前ようやく購入したものだ。メアドはまだ行地と美唯のしかない。

 ちなみに奈々乃は携帯を持ってないらしいから、メアド以前の問題である。ふ、時代遅れなやつめ。その言葉は数日前の俺にもダメージを与えるのだが。

 さて、誰からかなー、まあ予想は付くんだがなー、二人しかいないし。

 送信者の欄を確認してみると、そこには案の定、『愛・ラブ・美唯』と表示されていた。……なんだよ、引くなよ。何だっていいだろ、相手が分かれば。

 本文。

『電話して』

 それだけ。

 それだけのメールが百通近く送られてきている。

「超こええ!」

 ちなみに電話の方も百回近く掛けられていた。電話が繋がらないからメールで責めてきたのだろう。

「奈々乃、ちょっと電話するから先行ってていいぞ。多分、行地がどっかその辺にいるから一緒に待っててくれ」

「え、あ、はいっ。では待ってますね」

 屋上から出て行く奈々乃を尻目に、俺は慌てて美唯に電話を掛ける。コール音一発で繋がってしまった。

「すみませんごめんなさい許してくださいもう二度としませんちゃんとすぐに連絡取るようにしますお兄ちゃんのこと嫌いになっちゃだめ」

 咄嗟に出てきた自分の言葉に、我ながら情けなくなる。

 こんな兄でいいのか俺。

 いいのである。

『あれ、兄貴、どうしたの電話なんか掛けてきて。そんなに私の声が聞きたかったの?』

「超白々しいな!」

『あっははは、駄目だよ兄貴、私言ったじゃん、学校終わったらすぐ電話してって。絶対に電話してって。心配しちゃうよ、兄貴すぐ変なことに巻き込まれるんだから』

「すまん、ちょっと手が離せなかったんだ」

 寝てただけなんだけどな。

『嘘。寝てただけでしょ』

「なぜ知ってる!?」

『なに、本当に寝てただけなの!?』

 カマかけかよ!

『道理で盗聴器から兄貴の声がしないと思ったら!』

「待て。ちょっと待ってくれ美唯。盗聴器って言った? 今お前、盗聴器って言った?」

『言ってない。携帯に盗聴器仕掛けたなんてことは言ってない』

「確かにそこまで詳しくは言ってねえよ! 後で取り外すからな」

『だめだよ!』

「だめくない」

『死んじゃうよ!』

「死ぬのか!?」

『だって盗聴器が外れたら爆発するんだよ? その改造携帯』

「何てことしてんだ!」

『あ、それと、兄貴が誰かにメール送ったら、その内容が全部私の携帯にも届く、なんて魔改造はしてないから安心していいよ。安心して色んな人にメール送りまくるといいよ』

「俺のプライバシーが!」

『それにしても兄貴、行地さんに送ったあのメール何? 超引く』

「……見たのか? 見ちまったのか俺と行地のカオスメールを! 大丈夫か、目は腐らなかったか?」

『洗ったから大丈夫だと思う』

「ちゃんと石鹸で洗ったか?」

『ただの水だよ! さすがに石鹸で目を洗う根性は無いよ!』

「なら俺が帰ったら洗ってやる。両目とも念入りにな」

『う、うん、ドキドキするねっ』

「しねえよ、冗談だよ、そこ突っこむとこだよ」

『え? どこが突っ込むところって言った?』

「あ? そこって言ったんだよ」

『あそこ? あそこが突っ込むところ? それともあそこは突っ込むところ?』

「やめろ。別にそうでもないのに、なぜか下ネタに聞こえる会話はやめろ」

『それは兄貴のあそこ? そ、それとも私のあそこ? 誰のあそこに誰のあそこを突っ込むって?』

「やめてくれ! それ以上言うとお前を十八禁処理しないといけなくなる! 」

〇〇(ピー)〇〇(ピー)〇〇(ピー)、みたいなー』

「ぐああ、遅かった、既に十八禁処理されちまってる!」

『それを言ったらこの物語、全文〇〇(ピー)と助詞だけでも成り立つよね』

「何の話をしてるんだ……」

『あっはは、それじゃあそろそろ切るよ。ちゃんとお家に帰るんだよ? 寄り道したらぶっ殺すんだからね?』

 なぜだろうか、冗談に聞こえない。

「わかった、わかったから、ちゃんと帰るからぶっ殺さんでくれ」

『うん。じゃね』

「おう」

 ふう。

 かなり無駄話しちまった。いや、与太話か? どちらでもいいが、早く行かないと。行地と奈々乃を待たせてる。

 それにしても、

 何か、

 何か、釈然としない。

 俺はなぜこんなところに居るのか。

 変だ。

 だって俺、さっきまで、さっきまで、……んん?

 んー、寝すぎたせいか記憶が混乱している。

 別に何も不思議なことはないのに。

 こんなにも俺の日常は平和なのに。

 むしろそれが不自然だ。

 俺は、俺は、

 ここに居てはいけない存在、だったような。

 何かと戦っていて、それで最期を迎えて……消えて、しまったのに……なぜかここに、いる?

 なんだそりゃ。これが噂に名高い中二病というやつか?

 そうだ、そんなわけがないだろう。

 俺はさっきまで昼寝をしていたのだ。そんでもって五、六時限をすっぽかしてしまった、それだけだ。

 ……本当に大丈夫か俺の記憶。

 少し昨日のことを振り返ってみよう。

 ええと、確か昨日は、第五十学区の五番訓練場で、行地と奈々乃と一緒に大掃除してて、……ぎりぎり仕事を終えて、無事に帰宅。でもって家で飯食って、美唯といちゃいちゃして、寝て。普通に普通ないつも通り過ごして今日に至るわけだ。

 別におかしな点はない。

 でも違和感がある。

 大事なものを――――大事な人を失ってしまったような。

 大きな意味を持つ非日常を失い、代わりに小さくて幸せな日常を与えらたかのような。

 そうだ。それだ。

 今まで送っていた世界が突然途絶えて、代わりに別の少し違う世界に飛ばされてしまったような感覚だ。

 どうだろうか。

 それは俺が飛ばされたのか、それとも世界が変わったのか。

 まあ、よくわからん。

 よくわからんけど、後者のような気がする。違うか、後者ならいいなと、そう思っただけだ。特に他意は無いが。

 なんでもいいや。

 中二病こじらせるのもほどほどにして、さっさと帰ろう。

 俺は屋上の階段へ向かって、歩を進める。

 その先にはありきたりな未来があるのか、

 それともどうにもならない過去があるのか、

 もしかしたら何も無いのか、

 わからないけど。

 とりあえず足を動かそう。

 どこかへ向かって。

 いずれどこかへ着くのだから。

 そのどこかが、楽しいものであると願って。


「良人」


 後ろから声を掛けられる。

 ……誰も居なかったはずなんだけどな。


 ――――やっぱり、そこにいたのか。


「葉」


「一緒に帰ろ」


「ああ」


「ねえ」


「ん?」


「好き」


「お互い様だな」



 なんだか気恥ずかしくて。

 最後まで視線は交わらないままだった。


 けれど、それでも――――、



 完結です。正真正銘、完結です。

 全ての読者様方に、最大級の感謝を。なんかいつも感謝してばかりですが、いや本当に有難う御座いました。あなた方の視線が無ければ、私は確実に蒸発していずこかへ消え去っていたことでしょう。

 いやあの、まさかここまで漕ぎ着けるとは思っていなかったので……最初は、どうせ五万文字程度書いたところで力尽きるんだろうな、みたいな漠然とした予感があったのですが。いや驚愕しました。三十三万文字ですって。四百文字原稿用紙換算で八百枚以上ですよ。やろうと思えばやれるもんですね。いや、どこぞの大賞に出そうとしていたものだから、ページ数が多すぎるのは問題なんですけど。しばらくしたら推敲して、受賞用に書き直します。まず半分省いて、妙なところやいらん設定は書き換えて、またそれを推敲して……いやはや、ちょっとこれからの工程を想像したくないです。

 さて。これでようやく、私も初めて長編小説を完結させることが出来たわけです。物書きとして一気に躍進、のはず! していなかったぶち殺すぞ私、この野郎。

 リメイク版は、さて、ちょっとどうでしょう。かなり先になると思います。

 いやあ、それにしても満足。ええと、去年の九月後半から始まったから……八ヶ月半ぐらいですか、執筆期間。うわ、長……。途中、何回放置したんだと突っ込みたくなります。こんな体たらくで、私は将来やってけるのでしょうか……いや頑張ります、はい。

 うーん、このままいつまでも語っていられそうなんですけれど、あれですね、あんまり私のどうでもいい話しをダラダラ読まされるのもつまらないですよね、さすがにそろそろ消えることにします。

 では、またどこかで会いましょう。


 絶対また会いましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ