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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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最終話

 不思議な闇だった。

 不可解な黒だった。

 それが辺り一面――――第五十学区六番訓練場を埋め尽くしていた。

 満身創痍の少女を。

 肥大に膨張した狂人を。

 死に際の良人から中心に拡がる、純朴な闇が包み込む。

 それは穏やかな黒だった。

 魔眼に侵され暴走した深夜から、全方位に放たれる閃光が、無情で無為に無碍な黒により飲み込まれる。

 起きた現象は、無の拡散。

 決死の良人から拡がる無が無差別に辺り一面を侵食していく。

 消えないものはない。

 残るものはない。

 ただ一人を除いて。


 ――――私、ただ一人を除いて、闇が場内の全てを無に返す。


「また――――また、私を置いていくの?」


 真っ先に飲み込まれた、そもそも黒い闇の発生源である良人に向かって、私は語り掛ける。

 

「また、私を一人にするの? 嫌だよ……答えてよ……言ってよ、死なないって。死にたくないって、まだまだ生きてやるって! ねえ!? 絶対に最後まで生きて生きて幸せになってやるって、いつか保健室で言ったでしょ!? あんなに誇らしそうに言ってたよね! なのにあなたの人生こんなもので終わっていいの? 好きな子守って死ぬって、別にぜんっぜんかっこよくないからね!? だっさださよ!! ……ねえ、こんな最終回、悔しくないの? 私は悔しい、私は寂しい、私は嫌だ! 聞け!! この甲斐性なし!!!」


 暖かい闇が、私の頭を撫でる。


 名残惜しそうに。


「……無理だよ……もう、無理なの……一人はもう耐えられない――――ねえ。ねえ良人。そのまま……そのまま連れて行ってよ。私も一緒に」


 撫でる闇を掴もうとするけれど、両手は空を切るばかり。


『――――。――――』


 返事は声としての形を成していなかった。

 だけれど言いたいことは伝わった。


「美唯ちゃんがいる? 柚喜がいる? ……馬鹿じゃないの。私は良人に居てほしいのに」


 意識が遠のいていく。

 暖かい闇の感覚も、次第に弱まっていく。

 こんなの納得出来ない。

 ここで何も出来なかったら、私は何のためにこれまで頑張ってきたのかわからない。


 それに――――、


 それに、ここで良人がどこかに行ってしまったら、二度と会えないような気がして――――、

 いくら時間を越え、世界を繰り返そうと、二度と良人には会えないような気がして――――、

 それはもはや確信に近い。

 良人は死のうとしているんじゃない。

 消えようとしているんだ。

 この世界から、永遠に。

 私の能力でも及ばない、無になろうとしている。


「許さない」


 それだけは絶対に許さない。

 半殺しにしてでも世界に留まらせてやる。


「煉獄に叩き落としてでも世界に留まらせてやる。地獄に叩き落としてでも世界に留まらせてやる」


 だから消えないで。


「過去でも未来でも、煉獄でも地獄でも天国でも私が着いて行ってやる。私は良人のことを好きになった日から、永遠にストーカーになるって決めたの」


 どこまででも着いていく。

 潔さなんか知らない。

 未練たらたらよ。

 未練こじらせまくりの駄目女。


「もしあなたが消えたら、私、この世界滅ぼすよ?」


 八つ当たりで。


「いいの? 大好きな美唯ちゃんも死んじゃうよ? 八つ裂きよ? 全世界の人間――――いや、全世界を人質に取ってやる」


 本気だ。


「私は本気よ――――」


 聞け。


「私は本気だっ!!!」


 聞け!


「そう。良人がいなくなった世界なんて私がぶち壊してやるから。殺して。殺して! 殺して殺して殺して!! 殺し尽くしてやる!!! 生き地獄じゃ生ぬるい。全てを無に帰すわ。消して。消して! 消して消して消して!! 消し尽くしてやる!!! ――――え? 私のせいじゃないよ。良人のせいだもん。知らないよ、勝手に私のせいにしないでよ。あなたが私を放置するからいけないの。全て全て、全て良人のせいにしてやるんだから!!」


 だから。


「……いなくならないでよ」


 死なないでよ。


「そんなの嫌だよ」


 嫌だ。


「消えないで」


 ずっと。


「一緒にいて下さい」


 お願いします。


「良人」




『――――悪い。じゃあな、葉。いつまでも、どこまででも好きだ』


 



◆◇◆◇





 どうか神様――――、


 もう一度、良人と会えますように。





◆◇◆◇



 ここは病院。

 白い壁に白い天井、白いベットとおまけに消毒液の匂いときたら、私は保健室か病院以外の場所は知らない。

 そして私は重症。なにせ全身が死ぬほど痛い、保健室の設備なんかでは手の施しようがないほどに。

 だからここは病院だと推察出来る。


「んー」


 超気だるい。眠い。夢の続きを見たいのに、なぜこんな時間に目が覚めてしまったのか。

 

 ――――ん?


 病院?

 ここは病院?

 なぜ? だってさっきまで、私は六番訓練場で深夜と殺しあってて、でも殺されそうになって、そこで〇〇が助けに来てくれて、でもでも〇〇も歯が立たなくて――――、


 そこから、どう、なったん、だっけ?


「だめ。考えたくない」


 そう、〇〇が深夜を倒すために。私を守るために――――、


「それ以上考えちゃだめ。……だめ!」


 ――――消えた。


「――――――――――――――――――――――っァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 決壊した。

 なんか暴れたと思う。

 その拍子にナースコールしたらしい。

 看護士が数人、慌てて駆けつけてきた。

 怪しい軍服を身に纏った者までいる。

 科学者っぽいのも少し遅れて参上。

 何この人ら。凄い物騒なこと言ってる。解剖がどうたら……って……解剖?


 押さえつけられ、何か首に打たれる。

 鎮静剤?

 待て。

 待って。

 解剖がどうたらって何?

 まずい。

 この、

 まま、

 眠ると、まずい、のに……。


 あ、

 だめっ、

 これ、

 すごい、


 眠い。


 ちょっと、待っ……て、


「『時計錠(クロックロック)』」


 数分の時を巻戻す。


◆◇◆◇


 ここは病院。

 白い壁に白い天井、白いベットとおまけに消毒液の匂いときたら、私は保健室か病院以外の場所は知らない。

 そして以下略――――、だからここは病院。


「……」


 落ち着こう。

 落ち着いて思考しよう。

 私はどうなったんだっけ?

 確か深夜との死闘の後、ここに居るのだ。

 どうして? 私は殺されかけたのに、どうしてここにいるの? どうやって生き残ったの?

 それは誰かが助けてくれたから。私の代わりに、誰かが深夜を倒してくれたから。

 うん。

「だから誰が?」

 決まっている、〇〇だ。


 ……〇〇?


 〇〇って誰? というか何?


 記憶がおかしい。

 過去の記憶を漁ってみると、そのところどころにモザイクが掛かっていて見えない。

 モザイクの正体は何? モザイクの正体は誰? こいつが〇〇?

 でも私は〇〇なんて知らない。記憶のどこにも無いのだから。記憶のどこにも無くなっているのだから。


 そもそも――――、


 そもそも私は何で過去を巡ってたんだっけ?

 そこから既に、全然思い出せない。

 〇〇のため?

 〇〇って誰?

 そんなやつ、私の思い出には存在しない。

 あれ? でもどうして?

 〇〇は私にとって、とても大事な人だったはずなのに。


 全然、心が痛くない。

 虚しさも悲しさも、何一つ無い。

 

 じゃあさっきのは何だろう?

 どうしてさっき、私はとち狂ったのだろう?

 それで数分、現在まで時を巻戻すはめになったのに、その理由が全くわからない。

 混乱している記憶を無理に思い出そうとしたから、かな。多分そうだ。でなければ説明がつかない。

 別に〇〇が恋しくて叫んだわけじゃない。


 だって私、〇〇なんてやつ知らないんだから。


 ただあるのは、自分のアイデンティティを失ったような、そんな感覚。

 でも気持ち悪くはないし、嫌でもない。

 むしろスッキリしている。

 重圧から逃れられたような。

 ああ、じゃあ、あれかな。

 〇〇は私にとって、大事な人ではなかったんだ。

 私の人生に深く関わっていた人間なんだろうけれど、でも別に好きでもなんでもなく、むしろ嫌いな人間だったんだと思う。

 だからこんなに、胸の内がスッキリしているんだ。

 だからこんなに気持ちがいいんだ。得心。


 じゃあね〇〇。


 私、あなたのこと、



 とてもとても、



 とってもどうでもいいわ。



◆◇◆◇


 とある女の子が、自分のために好きな男の子を助けようとして。

 とある男の子が、自分のために好きな女の子を助けようとして。


 それでも最後は、互いに離れ離れになってしまう。


 男の子は消え去ってしまい、

 そして女の子は、男の子のことなど忘れてしまう。


 これはそれだけの話。


 それ以上でも以下でもない。


 落ち着いた落ちも無い。


 だって最初から落ちている。


 下らない、実に下らない話。


 え?


 続き?


 ないよ。


 だからこれは、それだけの話なのだ。


 多分この世界は、これからも続いていくのだろうけれど。


 異能力者が誰かのために戦い、散り、魔物やらなんやらが秤量跋扈して、各地を征服したりなんなり、まあ、それはご想像に任せます。


 世界の存続とかなんとか、そんなこととは全く無関係に、この物語りはここで終わり。


 これ以上は永遠に語られることなく、人々の記憶からは失われていくのでしょう。


 だって主人公は消え去って。


 ヒロインは役目を失ったのだから。


 ハッピーエンドでもビターエンドでもバットエンドですらない、ロマンチックのロの字もない、ただの終わり。


 どうでもいい物語りがどうでもよく終わっただけ。


 短期打ち切り連載漫画の方がよっぽど面白い。



 最強の無能力者、完。



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