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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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最狂の超能力者・六話

 四年生に進級した。

 同時に俺は十五組に墜落した。

 不登校のままだから、まだ一度もクラスに顔は出していないのだけども。だからクラスメイトも皆、俺の存在なんか知らないと思う。


 で、ついでに兄の深夜も十五組に墜落した。


 原因は、長年のオーバーワークによる異能力の著しい低下。脳中枢を酷使し過ぎたとかどうとか。

 正直嬉しかった。いい気味だと思った、思ってしまった、そこでまたいつものように俺を襲う自己嫌悪。でも仕方ないだろう、あの天よりも上に居た兄が、なんか気が付いたら俺の横に並んでいたのだから。

 まあ、それは勘違いだったんだけど。

 兄は俺なんかの横に並んでなどいなかった。兄は十五組に堕ちても兄だった。


 ある日のこと。

 不登校で自室に引き篭もっていた俺が、一ヶ月ぶりに家のリビングへ向かおうとした時のこと。扉の向こうから何やら話し声が聞こえてくる。俺は息を潜め、耳をそばだてる。

 聞こえてきたのは兄と両親、三人の声だった。ああ、父親から絶縁まがいのこと言われるんだろうな、と漠然とした予測を立てる。だって父は天才である兄を愛していたのだ、今の兄に父から愛される資格は無い。

 だけれどそれは根本的に間違っていた。


 父は兄に言う

「すまなかった。私がお前に無理な教育をしたばかりに」


 兄は父に言う。

「いいんだよ、父さん。父さんのおかげで僕は今の僕であれるんだから。恨みなんかない」


 母は兄に言う。

「でも大丈夫? あなた十五組でもやっていけるか、私は心配で……」


 兄は母に言う。

「心配いらないって。僕は母さんの子だよ?」


 父と母は兄に言う。

「ふふ、私の子は口が上手いわね」

「私の息子でもある」


 気持ち悪かった。

 あそこに居るのは誰だ? 父と母? 嘘を付くな、あの二人が弱者となった兄にあんな優しい言葉を言えるわけがない。

 父も母も、……とても、冷たい、人間で……――――父も母も、能力のある息子しか認めない、冷たい人間で――――……その前提がそもそも間違い、だった? だから、十五組に堕ちた兄に対してもそんなに優しく出来るの?

 そう言えば父は口数が少なく、声を聞くこと自体そんなに無かったが、俺以外の人間に対して嫌悪な言葉を発しているところはほとんど見たことがない。

 じゃあ何、俺に対してのあの態度は何だったの? あれは俺にだけ向けられる冷徹さだった? 能力の優劣とか関係なく? 優秀だから兄に優しかったんじゃなくて、俺に対してだけ冷たかったの?

 胸が熱くなった。

 なぜか涙が出た。

 扉を開け、リビングに出る。

 自然と言葉が出る。


「……俺って、そんなにいらない子だった?」


「深月」


 兄が複雑そうな表情でこちらを見る。


 父が重苦しい声で言う。


「なんだ、――――まだこの家に居たのか」


 駆け出す。

 家を飛び出る。

 追って来る者は居なかった。

 一週間後、俺は学園所属の警察に見付かり、みじめに家に帰される。

 涙はもう、枯れていた。

 


◆◇◆◇


 これは、兄と両親の談笑を盗み聞きし、更に執事モドキの一二三 五六からいくらかの情報を得て、そこから推測した兄の学校生活なのだが――――ちなみに兄とはずっと前に離別しているため、ろくに会話など出来ない――――やつ、白令 深夜は四年の初めクラスメイト達からいじめを受けていたらしい。当たり前だ。あのうざったく奢り高ぶった一組生徒が、突然自分達が住むゴミ溜めに落ちてきたのだ、格好の的だったろう。いや、いじめられてる女生徒を庇ったからそのとばっちりを受けた、なんていう崇高な原因もあるらしいのだけれど。さすが兄、堕ちても相変わらずその善性は全盛のままか。

 だけれどそのいじめ、すぐに無くなったらしい。最初それを聞いた時、俺は耳を疑った。そんなことがある筈がない、兄は十五組に堕ちたんだ、かつての余裕ある兄ではなくなったのだ、いじめられてしかるべきだろう、と、いくら疑念を抱いても真実は変わらない。兄は、その人の良さと頭脳を駆使し、自分へのいじめを止めさせた上に、どころか例の少女をもいじめから助け出したらしい。

 俺は悟った。

 ああ、そうだったのか、兄の本当に凄いところは天才的な異能力では無かったのだ、と。兄は、余裕があるから人を助けられる偽善者だったのではなく、余裕が無くても誰かを助けられる本物の善人だったのだ。

 それを悟った時、俺のバラバラに壊れていた精神は更に小さな欠片へと砕けた。いつでも間違ってるのは俺で、何でも正しいのは兄なのだ。

 悔しかった。あれは正真正銘、どこまでも本物のヒーローだったのだ。俺がいつも憧れ、成りたかった、誰もが認めてくれる、そんなヒーロー。

 ああ、俺はあいつに能力で劣っていたどころではなく、そもそも根本的に、生まれ付いての人格からして既に劣っていたらしい。分かっていた、そこが劣っているのも分かってたけれど、でもここまでの開きがあるとは思わなかったんだ。じゃあ、俺って何なんだろうか……生まれてきた意味が分からない。両親だっていつも言ってる。お前は私の息子ではない、と。なら生むんじゃねえよ。

 で、兄はいじめをやめさせ、その上で少女を助け、今やクラスの人気者らしい。女子にもモテて男子からの信頼も厚いと聞いている。なんだその完璧超人は。人との繋がりが薄かった一組にいた頃より、むしろより人間的に完璧だ。

 腹が煮えくり返るかと思った。だって見てみろ。兄は劣級に堕ちても一躍スター、なのに俺は同じクラスでも、誰からも存在を忘れられている不登校。しかも身体に障害を負い、異能力も使えない上、精神も破綻している。友達も居ない、家族にも見捨てられている。こんな自身に価値が見出せない。

 俺は死んだようにぼーっと日々を過ごしていた。

 頼れるものは何一つ無い。

 兄? 嫌だ、あんなのに頼りたくない。それが唯一、空っぽになった俺に残った最後の意地だった。

 あんなやつ、死ねばいい。


 時は過ぎ、四年の後期前半。

 秋。

 半年振りに外気に触れた肌が鳥のように逆立つ。季節にしてはかなり寒い。

 目的地?

 知らない。強いて言うなら知らないところだ。

 目的?

 知らない。強いて言うなら知らないことだ。

 すれ違う人々が訝しげな目を向ける。きっと俺の格好がおかしいのだろう。

 髪は伸ばしっぱなしで手入れが全く行き届いていない。両目は落ち窪んでいて、暗闇にばかり篭っていたせいか爛々と不気味。頬は痩せこけ、肌は病的に青白く、不健康にガサついている。

 きっと妖怪じみたなりをしていたことだろう。俺だってそんなやつを見掛けたら変な目で見る。だけれどこの時の俺は、精神的にかなり薄弱だったため、そんなことは気にならなかった。

 知らないところへ向かって知らないことをしに足を動かした。

 きっかけ?

 追い出されたんだよ、家を。誰にだったかは覚えていない。母だったか父だったか、それとも別人か。

 ここのところよく脳が仕事をサボるのだ、何を見てもしても考えても記憶に残らない。俺は頭がおかしいのだ。でもそんなことどうだっていいだろう、誰も俺のことなんかどうでもいいのだ。そんなどうでもいい俺がどうでもいい俺を気に掛ける必要もない。

 どうでもいい俺はどうでもいい内に死ねばいいのである。なんて割り切ることは、未熟に過ぎる俺には出来なかったのだろう。

 俺が足を向けた先は、学校の体育館裏だった。

 何故かって?

 居ると思ったんだ。

 そこに、あの少女が。

 あの子なら、こんなどうでもいい俺を気に掛けてくれるかも知れないと思って。

 でも居なかった。

 休み時間、毎日ここで縮こまっていた少女は、跡形も無く消えていた。

 いや違うのだろう。わかってる。あの子は消えたのではなく飛び立ったのだ。何か希望を見つけ、俺なんかとは違う、まっとな道を歩み始めたのだ。

 どうしようもない虚しさが胸に去来した。

 あの子は俺と同じで、いつまでも暗闇から抜け出せない人間なのだと、そう思ってたんだけどな。

 思い違いだったらしい。想い違いだったらしい。

 いつも屋上から眺めていて、いつも上から見下していて、自分と同じ弱い者を見下し、安心していて、それでも俺は、あの子とは友達になれると思ったのだけれど。慰めあいでなくとも、傷の舐めあいでも良かった。互いに互いを蔑み、互いに互いを見下し、互いに互いを嘲笑う、そんな惰性でも、何でも良かったから、俺はもっとあの子と話しておけば良かった。何でもいいから、どんな惰性的な関係でも繋がりが欲しかった。

 だけれど後悔は先に立たない。後悔はいつも俺の背中について回る。

 つまりさ。

 好きだったんだと思う、あの子のことを。

 それは身勝手な想いだけれど。ろくな会話もしたことがなく、ただ毎日見ている内に、少し過ぎた情が移っただけなのだけれど。

 好いていた。だから話したかった、声が聞きたかった、喜ばせてみたかった、笑顔を見てみたかった。ん、笑顔は見たことあるんだっけ、三年の後期後半に、あれはとても魅力的だった。

 そして、助けてあげたかったのだ。身勝手に、勝手気ままに。

 でも当時の俺にそんな勇気はなく、結局眺めること以上の行動には踏み出せなかった。

 泣こうと思う。

 けれど涙は出ない。

 虚しさだけが心を満たす。

 何も満たされない心が虚しさだけを育む。


 帰ろう……。


 どこに?

 どこか帰れないところにだ。

 踵を返す。そこでチラと見えてしまった。何気なく見上げてみた屋上。


 そこで、あの黒髪の少女が、笑顔で兄と弁当を食べていた。


 兄って誰だっけ。

 ああ、白令 深夜か。

 そんなやつも居たね。



「死ねばいいのに」



 心の底からそう思った。


◆◇◆◇


 だからと言うわけではないのだろうけれど、


 四年生の後期後半のことだ。



 兄が死んだ。



 本当に。


「――――は?」


◆◇◆◇



 お気に入り登録数が増える度、物凄い報われた気分になります。いや本当に有難う御座います、めっちゃ嬉しいです。それは今も昔も変わりません。いくらお気に入り登録数が増えても感想が一切来ないこともずっと変わりません。なぜなんでしょうか、私が後書きで暴走するのがいけないんでしょうか。

 では、また会えることを祈って。

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