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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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五話

 今日の授業は惨憺たる結果に終わった。

 校庭は抉られ、測定器は吹き飛び、ついでに教師の背広も吹き飛び、授業は中断された。被害総額がどれだけのものなのか、考えたくもない。

 その後、火雷は二時間目以降の授業を全て欠席し、六時間目まで自習が続いた。

 俺達十五組に、代替の教師は存在しない。“負け組み”の十五組は全ての授業を、一、二、三年、それぞれの学年につき一人の教師に任されているのだ。それはもう過酷な重動労だと言う。既にスケジュールに隙間すらない二、三年の十五組担任を借りることは不可能というわけである。

 こう言っては悪いが、事の犯人である行地はというと、生徒指導室、生徒会、風紀委員会室、職員室、保健室、研究棟、火雷の説教部屋などなどをたらい回しにされた挙句、一週間の自宅謹慎という処罰が下された。

 実に気の毒な話だが、『七日連休だって、特別ゴールデンウィークだって、っしゃああああああ!!』などと叫んでいたので心配は無用というものだろう。

 土日の都合も合わせれば九連休だということに気付いていないところが、なんとも行地だ。

 あれが本心から来る喜びなのか、空元気から来るものなのか定かではないが。

 事の直後、クラスメイト達が行地を見る目は、わけの分からないモノを見るそれで、わけの分からないモノほど怖いモノはなく。

 実は、俺、異無(ことなし) 良人(りょうと)は、若干クラスで浮いていたりする。行地とは違って。

 だからこそ、ちゃんとクラスに馴染めつつあった悪友が、少し、少し気がかりだ。

 九日後、行地は三週間足らずしか過ごしていないクラスの中で、また元のように、孤立しないでやっていけるのか……。

「……」

 こんな心配するなんざ俺らしくもない、な。

 俺は俺の思っているよりは俺らしくないやつなのかも知れない。

 ちなみに測定の続きは、また明日やることになった。それに関しては、やはり憂鬱だな。

 能力測定。能力者。その言葉に、良い思い出がない。

 だってそもそも……俺は無能力者だから……。


「なあにをチンタラ歩いてるですか!」

「あぶねっ」


 頭をひょいと下げる。

 次の瞬間、俺の頭があった場所をピンク色の何かが通り過ぎる。

 そのままの勢いで前方に落ちたそれは、ファンシーな絵柄のプリントアウトされたリュックサックだった。見た目に反し、中にはギュウギュウに物が詰められていて、実に凶器である。

「あり、はずしたです。これはちょっと驚きです」

 振り返ると、そこには大男が小学生を肩車している姿があった。……親子? という言葉が脳裏によぎるも、すぐに違うと理解する。

 巨漢の篤木(あつぎ) 圧土(あづち)が、チビの彦星(ひこぼし) 香苗(かなえ)を肩車しているのだ。

「なんだ、親子か」

 俺の口から出た言葉は、結局最初の回答だった。

「誰が親子ですか! 失礼なやつです!」

 篤木の上からワーワーわめき散らすサマは、誰がどう見てもガキである。

「へえ、挨拶代わりにこんなもん投げつけるのは失礼の内には入らないのか?」

 言うと同時にピンクのリュックを投げ返してやる。

「ふんっ」

 彦星を狙ったつもりだったが、リュックは咄嗟にジャンプした篤木の顔面に直撃した。そのままリュックを顔面に留め、器用に、まるでオットセイか何かのように顔面を駆使し、彦星に渡してやる。

 ……シュールだ。

「篤木……それでいいのかお前」

「主に全力で仕えるのがワシの喜びじゃ」

 あまりの部下っぷりに軽く引く。部下というか家来か?

 相変わらずヘンチクリンな凸凹コンビだ。

「で、お前はお前で何やってんだ?」

 デコボコンビの影に隠れるように、こちらを窺っているソイツに声を掛けてやる。

「はわわわわ」

「はわわじゃねえ」

 妹のそっくりさん、奈々乃 美羽(ななの みう)だ。

 俺が気になったのは、なぜ奈々乃がこいつらと一緒にいるのかということ。

 確か奈々乃は一年十五組の中でも一際目立たない生徒で、いつも隅で一人で本を読んでいるようなやつだ。名前を忘れるぐらい目立たない。

 仲の良い友人がいるのか自体が疑問なのに、どうして全く接点のなさそうなデコボコンビといるのか。

「いえ、あのその、ちょっと……」

 人と会話することすら慣れていないのか、ちらちらと助けを求めるように彦星を見る奈々乃。

 仕方ないですという風に、

「少し話しがあったから同行してもらってるです」

 話、か。彦星が奈々乃に話、か。

「……カツアゲ?」

「ちげえです!」

「よっ、と」

 飛んで来るリュック。避ける俺。地面に落ちるリュック。落ちたリュックを投げ返す俺。顔面で受け止める篤木。主の元に帰還するリュック。

 なんか変なサイクルが出来上がってしまっていた。

「そういうことばっかしてっから疑われんだよ」

「だとしても失礼な発言だと思うですが……」

 それにしても、同じ敬語口調なのに、やはり似ても似つかない二人だな。彦星と奈々乃。

「言動はともかく、なかなか良い反射神経です」

「どうも」

「……少し見込みありかもです」

「見込み?」

「いや、こっちの話です」

 なんだその気になる言い方。わざとか、わざとなのか。

「そんで俺に何か用か?」

「用がないと話し掛けちゃダメなんですか? 無能力者さんの後ろ向きな背中が見えたから声掛けてみただけです」

 後ろ向きでない背中などあるのだろうか。前向きな背中を想像してみる。……うえ、首が逆だ。

 いや、この場合の後ろ向きは心的意味での後ろ向きなんだろうが。というか一つ嫌なキーワードが聞こえた。

「無能力者、ねえ」

 露骨に嫌な風に言ってやる。

「あり、気に障りましたか?」

「……」

 俺は篤木の上の彦星を鋭く睨む。わざと、怒っているという雰囲気を醸す。

 近くにいた生徒がこちらを見たのだろう、怯えた風に、そそくさと早歩きで去って行ってしまう。

 だが彦星は、特に動じることもなく呆れた風に、

「便利な眼力です。それが鎖国の秘訣ですか?」

 なかなかどうして厄介なチビだ。

「はあ」

 溜息を一つつき、肩を下げ、別に怒ってないのジェスチャー。

「こうでもしないと石が飛んでくるんだ。哀れな化け物の知恵だよ」

 もちろん比喩だ。

 昔から、やられる前にやらなければならなかった。そんな境遇に居た。

 でもやりたくない。ならどうすればいい? 近づけなければいい。

「難儀なものです」

「難儀なものだ」

「誰でも得体の知れないものは怖いです。“怖い”と“脅威”は別物ですが、それらの区別がつかないのもまた事実。脅威のありそうなものはとりあえず叩いておきたいものです」

 その通りだ。

 だが“得体の知れない者”からしたら迷惑なものである。

 俺は“無能力者”だ。

 この言葉が示す意味は、即ち“人間以外の何か”ということ。

 通常の人間は、いや、どんな生物でも、どれだけ素質がなくても、どれだけ落ちこぼれでも、必ず多少の念粒子は練ることが出来る。

 知能の低い動物では無理かも知れないが、それは知能がないから無理だという話で、体の構造上、念粒子を練ることが出来る。絶対に出来る。生物科学上、そうなっているのだ。論文だって発表されている。

 だが俺には出来ない。

 何故だか出来ない。

 一度、なんたら研究所で調べてもらったことがある。

 その結果、俺の身体には“内気”が一切流れていないのだそうだ。

 火雷の授業でも言っていたが、念粒子は“内気”と“外気”を混合することによって生成される。“内気”は、全ての有機物に流れているもので、流れていなければならないもので、だが俺には流れていない。

 有り得ない存在なのだ、“俺”は。

 “内気”が流れていない。それは“血”が流れていないようなもの。

 そんな人間が、いや人間を模った何かが、気持ち悪がられないわけがない。

 そんな俺は、負け組みの中の負け組み、特別指導クラスの十五組でさえ距離を置かれている人間だ。

 いやまあ、行地とかいうアホもいるが、あいつは昔からアホだからな、きっと生物の構造とか理解出来ていないんだきっと。そういうことにしておく。

「香苗は、人形が喋ればそれはそれでステキなことだと思うんです」

「不気味じゃないか?」

「人形に人権はないです。つまりやりたい放題、命令したい放題ということです」

 そっちの意味かよ。

「篤木は人形扱いなんだな……」

 彦星は応えない。代わりに篤木が誇らしげな顔をするだけで。

 それでいいのか篤木。

「あ、そういえばです」

 思い出した風に、

「ナッチー、先程の話ですが、後で電話ででも話し合うです」

 俺をチラと窺い、奈々乃に目配せする彦星。人に聞かれては困る話だろうか?

 ちなみに、彦星は相手のことを妙なあだ名で呼ぶ。“ナッチー”とは奈々乃のことだろう。確か篤木の場合は“ツッチー”だった気がする。

 というか居たのか奈々乃。失礼ながら存在を忘れていた。

「はい、すみません……」

 慌て、申し訳無さそうに謝る奈々乃。意味もなく申し訳なさそうな表情のやつだ。

 二人の話が何なのか少し気になるが、まあいいか。あんまり人の事情に首を突っ込むものではない。その首をそのまま持っていかれてしまうことだって、世の中にはままあるのだから。

 ……。

 それからしばらく、俺、彦星、篤木、奈々乃は無言で帰り道を歩く。いや彦星は歩いてないが。

 うーん、気まずい。

 大体、なんで俺がこいつらと帰らねばならないのか。篤木と彦星とは、別段仲が良いわけではない。クラスでちょくちょく言葉を交わす程度だ。奈々乃に至っては、今朝会話したのが初めてだ。

 そもそも悲しいかな、俺はクラスで浮いてるわけで、一緒に帰る友達と呼べる友達なんて行地ぐらいしかいない。

 なんか成り行き的に一緒に歩いているが、というか家の方向が同じだから分かれるわけにもいかないのだが、こうも無言が続くとやるせない。

 仕方ない、俺が話題を切り出してやるか。気になっていたこともあるし。

「なあ、奈々乃」

 なるべく、なるべく自然な感じで、話し掛ける。

「な、なんでせうか?」

 めちゃくちゃ不自然に返されてしまった。

 一体何が彼女をこんなにも急かしているのか、テンパっているのが一目で分かる。

「す、すみません間違えましたっ。なんでしょうか、ですね」

 いやどうでもいいが……。

 気を取り直し、聞きたかったことを聞いてみる。


「なんでお前は俺の妹なんだ?」


「「「……………………」」」


 どうやら俺もテンパっていたらしい。あっはっは、やべ。


「異無殿、お、お主そのような目で奈々乃殿を見ておったのか……」

 まず篤木がドン引きする。


「さすが無能力者なだけあるです。奈々乃さんを脳内で妹化して弄んでいたんですか。怖いです。そんなだから友達がアホしかいないのです。あ、キショイからこっち見るなです」

 次に彦星が毒を吐く。


「妹? ですか? 私が? 異無さんの? は、はわわわわ」

 はわわじゃねえ。


 まずい、非常にまずい。

 これはまずい。思わず口が滑っちまった。

 本当は、『何でお前の顔は俺の妹に似ているんだ』的なことを言おうと思っただけなんだ。いや、その発言もどうかと思うが……。

 くそう、話題の切り出しなんて慣れないことするんじゃなかった!

 とにかく、一刻も早く弁解しなければ。

「あ、あのだな。今のは違うんだ。そんな目で見ないでくれ。ちょっと慣れないことしてテンパっただけというか、口が滑ったというか、いい間違えというか、前言撤回というか、なんつうか、あのそのごにょごにょ----」

「……」

「おい? 無視すんなこらちくしょう」

「ちょっと……」

「あ?」


「ちょっと黙ってほしいです」


「は?」

「いいから黙るです!」


 聞く耳無しってやつか?

 いくらなんでも、そこまでの扱いを受けるようなことじゃないだろ。


 あまりの待遇に眉をひそめるが、だがしかし、俺もすぐに異変に気付く。

 篤木も、奈々乃までもが、真剣そのものの顔で、何かに集中している。

 彦星は目を瞑り、固まる。

 どうやら能力を発動しているようだ。こいつの能力が何かは知らんが。この集中ぶりは、能力測定時にも見たそれである。

 何がなんだか全く分からないが、俺も三人に倣い、辺りに気を配る。

 数秒の緊張状態が続く。

 二十秒程経っただろうか。

 彦星が、緊張を破るかのように、


「来ます」


 呟く。

 何がだ? 何が来る? 彦星は何を感知した? どこからソレは来る?

 右を見る。何も来ない。

 左を見る。何も来ない。

 前を見る。何も来ない。

 後ろを見る。何も来ない。


 キーン、と音がする。

 彦星はこれを察知したのだろう。

 音が近付いてくる。音が近付くということは、音を発するソレが近付くということ。

 だが、辺りを見回す限り、ソレは一向に見えない。


 じゃあどこから来る?

 答えは一つ。


 上かっ!!


 瞬時に直上を見上げ、臨戦体制に入る。

 鞄の中から、自衛用に持っていた携帯竹刀を取り出す。伸縮式で、通常の竹刀よりも軽くしなやか、丈夫で扱いやすいミラクルな携帯竹刀だ。定価もミラクル的に高かった。

 天に向けた目を凝らす。


 何も来ない……。



「下ですよっ!!」



 彦星の叫び声が聞こえた。


 同時に、地面が割れる音も聞こえた。


 ついでに奈々乃の悲鳴も聞こえ、篤木が地面を踏み鳴らす音も聞こえた。


 けたたましい、化け物の鳴き声が聞こえた。


 やっべえなあ。


◆◇◆◇

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