最狂の超能力者・五話
三年生に進級した。
特にこれといった感慨は無い。
何か思うところがあったとして、それを分かち合うほど親しい人間もいない。
あるのは、日々増加し続けるばかりの承認欲求と、それを満たすのに足る能力を手に入れるための向上心。ひたすらに身を学園の人体実験に捧げ続ける、淀んだ向上心。
そうすれば、もしかしたら、俺の能力は何らかの成功により飛躍的に上昇し、両親からも認めてもらえるのではないかと、細い糸に淡い意図を託し続ける。だけれど結果は毎回、“適合失敗”。過ごした日の数と同じだけ適合は失敗する。いや違う、魔眼適合実験、通称“換装実験”は一日中に数回繰り返されるから、失敗の数もそれに比例するのか。
二年に進級した頃から、現在、三年の春に至るまでの実験は、ずっと“換装実験”のみとなっている。それは、担当医、異無 美唯の“轢かれて下さい”の言葉を受けてから今に至るまでのずっとだ。
実験内容はこう。
俺の右目に埋め込まれている魔眼――――数年前、我々島と呼ばれる奇異な鍛冶職人によって取り替えてもらった、『魔期眼』に適合する義肢を模索すること。
簡潔に言うと、俺の右腕を補っている義肢を、魔眼と適合したものが見付かるまで取り替え続けるのだ。一日の実験で三回から五回は取り替える。通常、一度付ければ、半生のパートナーとして寝食を共にしなければならないはずの“義肢”を、である。
麻酔? 無いよ。あったら意味が無い。義肢を取り外す時、または取り付ける時には必ず気を失うほどの痛みが伴う。だけれど、『魔期眼』に適合する義肢を取り付ける時に限っては、その痛みが無いのだという。麻酔など打ってしまっては、その判断が付かなくなるのだ。
毎日それだけの痛みに耐えられるのか? 無理だよ。正常な精神では。だから俺の精神は正常じゃなくなっている。それもそうだ、二年もの間、頭のおかしくなるような痛みを受け続けたのだから。途中、何度精神が崩壊したか分からない。その度に学園の謎技術よって自我を強制的に取り戻させられている。
大丈夫だ心配する必要は無い、ちょっと最近、気がとち狂い始めただけだから。大したことはない。俺は至って冷静だ。冷静なだけでまともな思考が出来なくなってきているのだけれど、まあいいんじゃない? 俺は何でもいいんだよ。目的を果たせれば。力を付ければ誰かが認めてくれる、いいだろう、分かり易くて。そのために必要なんだ、人体実験が。『魔期眼』の力を引き出すことが。
俺にはその仕組みはよく分からないけれど、この魔眼は、俺の異能力の性質と義肢の性質が適合した時に限り、膨大な力を発揮するらしい。それは、“念粒子”の何倍もの出力と、同時に凶悪な性質を持つエネルギーである“魔力”を膨大に引き出することが出来る力だと言う。異無 美唯の見解を信じるならばだけど。
“魔力”。
その言葉が意味するところを、実はよく知らない。“念粒子の成れの果て”や、“魔界を満たす力”などと呼ばれているらしいけれど、まあ、そんなことはどうだっていい。それを手に入れることで、能力が飛躍的に上昇するのなら何だっていい。
何だっていいから俺を認めてください。
◆◇◆◇
三年の後期後半。
異無 美唯から待ち望んでいた言葉を受ける。
「義肢が適合しました」
「最高だぜ」
そして次の日、異無 美唯から待ち望むべくもない言葉を受ける。
「残念ながら貴方の脳は壊れました」
「最低だぜ」
最高に最低だった。
どうやら実験は成功したらしいのだが、肝心の俺の脳が限界に達したらしい――――もう、まともに能力を発動することが出来なくなったとのこと。
更に同時に、魔眼の方も意味を成さなくなった。魔眼は異能力と密接に関わっているからで、異能力を操れない身体では魔眼は機能しないとのこと。魔眼は特殊なアイテムなので、誰かに移植することも出来ないし、つまり俺はお払い箱だ。魔眼の力を持たない俺に、学園は価値を見出さない。
それらが意味するところは?
「十五組への転級ですね」
やはり冷淡な一言で、俺の人生にピリオドは打たれた。
十五組。四年生の春から、俺は劣悪者どもが集まるゴミ溜めに、正しくゴミ溜めに、捨てられるらしい。
「あっはっはっはっは――――はあ……――――とんだ茶番だァ」
それから俺は、三年の後期後半を丸々サボった。
不登校になったとも言う。
だけれどまあ、一日だけ、例外として登校した日があった。
といっても、鞄も持たず、しかも昼休みに登校した上、そもそも出席を取っていないのだから登校とはいえないのだが。だからまあ、最高に最低な事実を突きつけられたあの日から、三年生である内に学校を訪れた、唯一の日。
その日俺は、ただふらふらと漂っていた。なぜ漂っていたのかは定かではない。多分、頭がおかしかったんだと思う。
そして漂流した先に居たのは、黒髪がとても美しい少女だった。
あの黒髪の少女が孤独にうずくまる、体育館裏。なぜかそこに吸い寄せられるように足を運んでいた。というか、わざわざ昼休みに漂って来たことといい、そこ以外に目的地は無かったんだろうけど。
まずは疑問。
「おれどうしてこんなとこいんだっけ……。あー……あれだ……地球が丸いからだっけ――――いや月が丸いんだっけ? ……ああ、どっちも青いか……いや青いのは片方だけだっけ……いや丸いのが片方だけだっけ」
我ながら頭がイってる。
だけれど少女が視界に入り、ようやく理性を取り戻す。数日失っていた理性を、なんとか取り繕うことが出来た。
「――――っと。……ああそうか、そうだった。君に会いたくて来たんだっけ」
声を掛けることで、ようやく俺の存在に気付いたのか、ビクッと震える少女。小さい体躯をいっそう縮こませながら言う。
「だ、……れ?」
小さな声。だけれど透き通っていた。
いつも屋上で妄想していたのと同じ、いやそれを遥かに上回る綺麗な声だった。
「俺? 俺は、さあ、何だろう。誰なんだろう。こっちが聞きたい」
その意味不明な返答に、どうやら少女は言いようの無い何かを感じたのか、ぎゅっと押し黙る。微かに震えている。
数分の膠着状態。
やがて、
「あなたは、いじめる人?」
そう、聞いてくる。やはり顔は伏せたまま。
「わからない。現状ではいじめられる側の人、だけれど状況が状況ならいじめる側に回っていてもおかしくない人間だからな、俺」
「じゃあ、わたしを、いじめる?」
「いじめてほしいのなら」
「ひぅ」
「……冗談だよ。あのさ君、もしかしていつもそうなの?」
「……」
無言の肯定。
ああ、これはいじめられるタイプだろうな、と他人事のように思う。実際他人事だ。
「……わたし、よわむしだから」
消え入りそうに呟く。
へえ、ふうん。こんなものか。
あれだけ毎日屋上から眺めていた少女だが、実際に話してみれば、こんなものか。全然面白くもなんともないし、むしろ今まで少女に対して感じていた特別な感情は消え失せていた。
特別な感情は無くなっていた。
代わりに出てきたのは、ありきたりな同類意識だった。
ん、それも違うか。同類意識でも無い。本能が告げるのだ、この子とお前は全く別の人種だと。だからこれは、同類に対する仲間意識ではなく、“同レベル”の人間に対する仲間意識だ。種類は違えど居る階層は同じ。互いにヘタレ的な絶対値が同じ。それが俺と少女の唯一最大の共通点だった。
なので言ってやる。自分にいくら言って聞かせても駄目だった言葉。
「いじめられる理由、教えてやろうか?」
「……」
無言は肯定として受け取ることにする。
「自分のことしか考えてないからだよ」
「そんな、こと……」
「そんなことある。君は他人のことなんか眼中にない。でも他人が自分をどう見るのかには興味津々。誰も認めようともしない癖に、自分のことは認めてほしいんだ。図々しい」
「――――っ」
色々な意味で自己嫌悪。だってこれは、全て見当違いの戯言なのだから。だって俺は人間が当たり前のように持っている性質を、一側面的に語っているに過ぎないのだ。この少女に限った話ではないし、決して図々しくもない。
つまりこれは、次の言葉のための布石でしかない。
「だから多分、俺は君のことを認めてやれると思うんだ」
違う。
認めて欲しいのは俺だ。俺が誰かに認められたいのだ。認めてやると適当なことを言い、俺が少女に認められようとしているのだ。
答えは無い。
失敗だったかな。
ここでも俺は、友達一人作ることすらまともに出来ないのか……。
急にいたたまれなくなってしまい、踵を返す。
だけれど体育館裏から出ようと、したその時、微かに聞こえた。
「あなたみたいな人となら、……いつか、友達になれるかもね」
ちょっとだけ顔を上げ、微笑んだかのように見えたその顔に、不覚にもときめいてしまっていた。
これが俗に言う初恋というやつかも知れない。
ああ、俺の壊れかけの精神はそろそろ末期だ。
◆◇◆◇
多分、あと3話ぐらい続きます、この過去編。
で、5月中には本編の方にも終止符を打ちます。そこでようやく、私は初めて一つの小説を書き切ることに成功します。今まで何を書いても躊躇半端だったこの私が、ようやく折り返し地点以上の大地に踏み出すことが出来ているのは、ひとえに皆様方の支えがあったからです。こんな頭のおかしい私を見守って頂き本当に有難う御座います。……つってもまだ結構あるんですけどね。大体、四百字詰め原稿用紙換算であと百ページぐらいです。うーん……まあ何とかなりますでしょう。
それでは、また会えることを祈って。