最狂の超能力者・四話
世の中には義肢と呼ばれるものがある。
種類は多肢に渡り、主に義手、義腕、義足、義眼、義腿、義肩、義身、義肺、中には心の臓すらも補えてしまう義心などなど。その数は人体の部位と同じ数だけあると言われている。性能や形質も様々で、硬いもの、柔らかいもの、人体とほぼ同質のもの、全く異なるもの、何か異能力的に付加が掛かったもの、生身の身体に影響を及ぼすもの、互いに連動し合ってるもの、マイナーなところになるとドリル型なんてのもある。高額なものになると、その性能は元の人体より数段高い機能性を誇り、『北軍事大国』なんかでは“義肢と成り初めて半人前。死んで一人前”などという言葉があるぐらい、現代社会の義肢使用率と汎用性は高い。
そして俺も今現在、義肢となり日々の生活を営んでいたりする。箇所は右腕。
発端は、俺の人体実験担当医である異無 美唯の“轢かれて下さい”の一言による。まず耳を疑い、次にその理由を聞くと、こんな回答が返って来た。
『事故を装った方が我々にとって都合が良いからです』
『は?』
『……。貴方の魔眼が何故効果を発揮しないのか判明したのです。見方によっては魔眼も義眼の一種。そして貴方の有する魔眼は、他の義肢と本人の異能力の性質と相成り、相乗的な効果を及ぼす類だということが先日の分析で明らかになりました。単一では意味を成しません。まだ魔眼『魔期眼』の詳細は謎に包まれていますが、それをこれから解明していきます、貴方を使って。なので、とりあえず轢かれて下さい、怪我を負った箇所を義肢と交換するために。轢く側の車とドライバーはこちらで用意しますので命“だけ”は保証します』
無表情だった。
異無 美唯は、一切の感情を見せず坦々と説明した。
あれを人間と呼びたくない、と対峙した相手にそう思わせるだけの冷淡さを、あの生物は宿している。
俺よりも年下の、あんな何でもない幼女が、あんな小さな子が、どうすればあそこまで人から逸脱出来るのか。
“それ”は生まれついての才能か? それとも障害か? はたまた才害? もしかすると災害の域に達しているかも知れない。
『天才医幼女』の名は伊達ではなかった。一部で『異妖女』と呼ばれるのも納得出来る。
俺は自身を、そんなわけの分からない天才怪医に委ねてしまっている。取り返しは付かない。取り返しが付かないのなら、違うもので取り繕うしかない。引き返しは出来ない。ならば押し進んでみよう。こうなれば、このまま学園の闇と付き合っていくしかない。その結果、誰かに認めて貰えるのなら俺はそれでもいい。誰にも認められないのは、居場所が無いのは、とても苦しいから。狂おしいほどに。
もしかしたらその感情すらも、学園の人体実験が意図的に促す感情なのか、どうなのか。もしそうだとするなら最高に最低な気分だ。
家族は俺の右腕が義肢になった理由を事故によるものだと思っている。学園の実験に関わっているということは秘密なのだ。どういった手口を使えば、毎日のように行っている人体実験を隠し通せるのかは不明だが。その辺の事情は考えたくない。
「深月、何か隠し事してるでしょう?」
だけれど兄の目は節穴ではなかった。ちゃんと気付いていた、俺の不自然さに。いや、当たり前と言えば当たり前か。逆に気付いていて様子を見ていたのだろう。それを今切り出したに過ぎない。
「してたとして、それを兄ちゃんに言う理由は無い」
そう言い、早歩きで兄の先を行く。現在、互いの授業が同時刻に終わったため一緒に下校中。
一組の授業内容の半分以上は、それぞれの生徒に担当教師が付く個別指導なので、同じクラスに所属していても帰宅時間が別々ということがままある。クラスメイトと顔を合わせるのは特定の授業とホームルーム、給食、休み時間のみだ。俺の場合は、個人授業と称し人体実験が行われる。その指導員ならぬ指導医が異無 美唯。
そして個人授業と偽り、人体実験を施されている一組生徒は他にも結構居たりする。それが特級一組というものなのだ。超能力者育成工場と蔑称されるだけのことはある。
「待ってって深月、僕はただお前が心配なんだ。この前の轢き逃げ事件のこともあるし、深月が考えているほど学園は安全な場所じゃないんだよ」
そんなことは百も承知。あんたが思っているほど学園は生易しいところじゃないことは、身をもって経験済みだ。
「ねえ、どうして僕の目を見ようとしないのさ? 二年に進級してからは全然口を聞こうともしないし、あからさまに避けてる。何か後ろめたいことでもあるの? 深月、お前は僕の弟だ。何か悩みがあるなら言ってごらん」
「兄ちゃんは凄いね」
「誤魔化すんじゃない」
「いや凄いよ、本当。どこまでも善人で在れる、その精神。最高に最良だぜ」
「何を言ってるんだ……」
無視して続ける。何せ俺のむかっ腹は最高潮に達しているのだから。
「あのね兄ちゃん、善人には悪人の気持ちなんか伝わらないし、分かるはずもないんだ。そして世の大半は悪人。誰も彼もが自己中心的で妬み深い。どうしてか分かる? 余裕が無いからだよ。あんたら天才と違ってね。過剰実力主義の現代、他人を思い遣ってる暇なんか作ってたら即踏み潰される。俺みたいな半端者は特にだ。一組生徒でさえ、常に下から成り上がろうとする猛者達の上に立たなければならない、だから皆必死だし、他人を思い遣る暇が無いから排他的にもなる。そういった、上下関係を気にしないでいられるほど飛び抜けた実力を持つ者だけが善人であれる。兄ちゃんが正にそれ。人の痛みも知らない癖に、よく励ましの言葉が出るもんだ。金持ちが貧民に募金するのと同じ理屈だぜ? それ」
兄は溜息を吐き、俺の言葉をいなす。
「……そこに何か問題があるの? 僕だって自ら望んで今の僕であるわけじゃない。たまたま恵まれていただけで、偶然他の人より余裕があっただけ、だからその余裕で少しでも人を支えられればいいと思う。それが余裕ある者の義務だ。でなくとも、少なくとも、何もしないよりは良いじゃないか。励まし、元気付けられる人を黙って見過ごす方が、深月は適切だと思うの? 屁理屈や我侭が通じるような人間じゃないよ、僕は。いいから言ってみなって、悩み、あるんでしょ? 大丈夫、父さんや母さんに言ったりはしない、僕はいつだって深月の味方だ」
本当に、この人は、どこまでも善性だ。だから俺は兄に憧れるし、だからその眩しさが鬱陶しい。溶けてしまいそうな程に。
「違う、善悪の問題じゃない。俺は最初から言ってる。世の中の大半は悪で、兄ちゃんは善。金を施す者に腹を立てる貧民が居れば、そいつが悪で金持ちは善。あんたは正しいことを正しく言ってるし、俺は正しいことに間違った憤りを感じてる。だからこれはあんたの問題じゃなくて俺の問題だ。兄ちゃんは正しい、ああ正しいさ、間違ってるのは俺だ、いつだって俺が間違え劣っているんだ、」
「深月、少し落ち着いて話を――――」
「うるっせえな!!」
何か色々はちきれた。
早めていた足を止め、振り返り、吐き出す。
「どうしてあんたはそんなにも完璧なんだ? どうして俺はこんなにも泥まみれなのに、あんたはそんなにも綺麗でいられるんだ? なぜ俺は善意からの言葉にイラつきしか感じないんだろう、なぜ俺は励ましの言葉に八つ当たり的な感情しか抱けないんだろう、なぜ俺は手を差し伸べてくれる兄ちゃんに見下されてるとしか感じられないんだろう?」
「深月」
「いつもそうだ、俺はいつだって間違えてるし、兄ちゃんはいつだって正しい。だからこれも全て俺の間違った八つ当たりだ!」
「……」
「悩み? あるよ。その鬱陶しい優しさで耳かっぽじってよく聞きやがれ」
兄はただ黙る。
「何をやらせても俺はあんたの足元にも及ばない。能力も人柄も才能も全て。どれだけ努力してもどれだけ望んでも、俺は誰からの信頼も得られないし、誰からも認められない。だからせこい手を使ってみた。知ってるか? 父さんに認められたいがために、俺が自分の右目に何をしたのか。知ってるか? 一組に入りたいがために、俺がどれだけ愚かな選択をしたか。でも駄目なんだ、欲に眩んで未来の無い近道を選んでも、それでもそこに望むものは無かった。居場所は無いし、相変わらず俺は誰にも認められない。なのに兄ちゃんは、俺が欲しかったものを簡単に手に入れて来る。全て。凄いよ本当に。この前なんか、学園内の身体強化系能力者の最有力候補に選ばれたんだって? その歳で。はは、父さん母さんってあんな風に優しそうな笑顔も出来るんだ? 見たよ、この前、兄ちゃん達三人で談笑してるの、俺抜きで。不公平だと思わないか? 同じ兄弟だぜ? なあ、それともやっぱり、この感情も俺が間違ってるのかな? 妬みは悪い感情かな?」
「あのね、深月」
「あああああ、やめろ! そんな顔をするな、イラつくんだよ、やめてくれ! 優しい言葉を掛けるな、踏み潰したくなる、あんたも、それに腹を立てる自分自身も全て捻り潰したくなる! 俺はあんたが大っ嫌いだけど、俺はそんな兄ちゃんを尊敬してるんだ、お願いだから、どこまでも正しい兄ちゃんをこれ以上嫌いにさせないでくれ! 俺の間違えが浮き彫りになっちまうだろう!? 頼むからこれ以上関わらないでくれ!!」
数瞬、押し黙る。
そして、
「……分かった」
やめろ。
「深月がそこまで僕のことを嫌いだって言うなら、僕はもう、これからは何も言わない。関わらない。今まで分かってあげられなくてごめん、本当に」
黙ってくれ。
「うん、仕方ないよ。確かにうざかったね、勝手に兄貴面してて」
それは離別の言葉。
「深月、僕はもうお前の兄じゃない。兄失格の、ただの偽善者だ」
言って、一瞬寂しそうな顔を見せ、背を向ける。
とぼとぼと。
家とは反対の方向へ、とぼとぼと歩いていく。
それはまるで、ただの傷ついた小学生のようだった。
なんというか。
とても死にたくなった。
◆◇◆◇
「やっちゃった……」
屋上にて。
俺は今日も一人で休み時間を潰す。
一昨日、離別してから兄とはまともに話していない。
兄はあれから俺を見ると、ただ申し訳無さそうに微笑む。いたたまれず、話しかけようと近付くと、一言謝りそそくさとどこかへ立ち退いてしまう。とても話し掛けられるような空気じゃない。
俺はやはりどこまでも愚かだった。
あれだけ最悪のことを言っておいて、図々しくも兄が構ってくれなくなったことに寂しさを覚えている。愚人はいつもやった後から気付くのだ。どこまでもおこがましい。
兄だって人間だ、完璧じゃない。傷付く時は傷付く。
ただ完璧を望まれたから、たまたま持っていた完璧さを弄しているだけ。そしたら何故か、今まで甲斐甲斐しくしてやっていた弟に突如逆ギレされた。たまったものじゃないだろう。
兄は正しかった。だけれどそれ以上に俺が間違え続けているのだ。
悪い事をしてしまった。自覚はある。その自覚があるから俺はより酷い人間なのだ。謝りやくとも謝れない、それだけ俺は誤った人間だから。
「はあ」
溜息を吐く。
そろそろ精神がおかしくなり始めている。自分が何を思っているのか、何がしたいのかもよく分からない。それが日々の人体実験の成果だ。能力の方は一向に伸びないのに。
正常な自我を保てず、支離滅裂な、黒い感情をぶつけるだけの八つ当たりを止められなくなっている。自制心の崩壊。自制心が無ければ人はやがて狂う。そんな有り得てしまう自分の未来に嫌気が差す。
それとも俺は、それすらも人体実験の所為にしているだけなのか。人体実験の所為で頭がおかしく成り掛けています、元の俺は正常な良い子です、と言い訳をしたいのかも知れない。
だとしたら救えないし、救う必要の無い人間だ。
生きてて御免なさい。
人間失格。
……あの子はどうなのだろうか?
いつも体育館裏で、身を潜めているあの少女。
一年の初めの頃から、二年になった現在に至るまで、あの子は毎日のようにあそこに姿を現す。そして俺も、毎日のように屋上に現れ、上から彼女を観察している。
他にやりたいことがないから。これ以外にやりたいことがないから。俺はいつしか、名も知らぬ少女を眺めることが生き甲斐になっていた。
視力には自信がある。だから少女の顔や腕に痣があることだってお見通し。夏服になると、肌の露出が増えるから分かってしまうのだ。きっとその痣は全身に刻まれている。今はまだ冬服だから見えないけれど。
今日もきっといじめられたんだろうな。俺もだ。
「辛いよね、人生って」
語り掛ける。返事は無い、あったら怖い。でも一人語る。
「君は、こんな俺を受け入れてくれるかな?」
無理に決まっている。
◆◇◆◇
ようやく執筆ペースが整い始めました。頑張ります。
ではまた会えることを祈って。




