最狂の超能力者・二話
「……」
「……」
居間にて。
父の彫りの深い双眸が、今朝入学式で配られたクラス表に視線を這わせる。
俺は、ただただ目を瞑り、肩を震わせていた。
「……」
「あの……父さん、ごめんなさ――――」「お前は何故こんなところに突っ立っている?」
射すくめられ、胸が苦しくなる。呼吸がままならない。肺がちゃんと機能しない。
恐怖。拒絶される恐怖。今すぐに逃げ出したい。
「何故この家に居る?」
低く、胸に響く声に、何も答えることが出来ない。
俺は誰の期待にも応えられない。
答えが分からず、ただ堪え続けるだけ。
「もう一度言う」
聞きたくない。
「ここに居ていいのは、白令の者だけだ。なのに何故お前はここに居る? 飯でも恵んでほしいのか?」
嫌だ……。
「生憎だが、どこのガキだが分からん、小汚い阿呆にやる飯は無い」
お願い。
「早く出て行け」
拒絶しないで……。
「話は終わりだ。おい、誰かこの迷子を元の家に連れ帰して来い。邪魔だ」
「深月様、申し訳ありませんがこちらに」
執事が淡白な声で促す。
俺の腕を掴む手には強く力が込められていて、どうやっても振りほどく事が出来ない。
「父さん、あの、俺――――」「ゴミが口を開くな」
涙腺が崩壊する。
「貴様の父になった覚えはない。冗談も大概にしろ」
俺を一瞥することもなく、居間から出て行く父――――いや、白令の主。
膝が崩折れる。
だが執事に無理矢理腕を引かれ、外に連れ出されてしまう。
◆◇◆◇
「今日は降りますね」
黙れよ。
「傘差さないと風邪ひきますよ?」
お前が連れ出したんだろう。
「深夜様が御心配になられます。どうかお入り下さい」
「うるさい!」
ぱしん。
傘を差し出す執事の手首を払う。地べたに転がる傘。これでは俺も執事も雨に打たれてしまうが、そんなことはどうでもいい。どうせ俺が濡れたところで誰も気にも留めないのだ。
「善人面するな、気色悪い! お前もその作り笑いの下で俺を見下してんだろ!? 白令家当主様御用達の執事だもんな、どうせどこぞの名門出か何かだろ、ああああ気色悪い気色悪い、どいつもこいつもそんなに肩書きが大事かよ、俺だって、俺にだって――――」
そこから先の言葉が見付からない。
「――――……俺には、何があるんだっけ?」
あれ?
自分の長所が見付からない。
どこを探しても見当たらない。
代わりに掘り起こされるのは、見たくも無い、醜い短所ばかり。
ああ、分かった。俺の長所は、自分の短所をいくつでも見付けられることだ。その点に関しては誰にも負ける気がしない。
「くそ……くそっ、ちくしょぅ……」
俺まで俺を見下すか。
しょうもない。本当に、しょうもない。
結局、この魔眼も役には立たなかった。あれだけの痛みに耐え忍んだにも関わらず。
あの最末の鍛冶職人が悪いのか、それとも単に俺の才能が魔眼の性能を下回り、余りあるものだったのか。入学式が終わった後、俺は我々島 魂三郎を探したが、いくら探しても奴は見付からなかった。白令のコネを駆使してなんとか繋いだ我々島とのパイプは、あの日を限りに全て断ち切られていた。結局あいつは何だったのか。今となっては知る由もない。
べしゃ。
その場に座り込む。
勿論地面は濡れているので、尻は大変なことになってしまう。どうせ全身びしょ濡れだから構わない。
「そんなところに座ると服が汚れてしまいますよ?」
「俺の勝手だろ……」
「これは困ったものですね。では言い方を変えましょう」
執事は腰を下ろし、視線を俺の目の高さに合わせると、
「そんなところに座ると土地が汚れてしまいますよ?」
にっこり笑顔で言いやがった。
一瞬、その執事が何を言っているのか全く分からなかった。
だがすぐに罵倒されたのだと気付く。冷えた頭が更に冷たくなる。
「俺が地面にも劣る汚れだとでも?」
「おや、違うとおっしゃる?」
「っ! 使用人の分際で!」
「あははは、これはおかしなことを。善人面をするなと命令されたのは貴方ではないですか」
こいつ……!
「あれはっ、言葉の綾で……」
「ふうむ、頭の程度が低いと言い訳のレベルも低くなるものですね。まるで小学生のようだ」
小学生なんだよ。小学生にしては頭の出来が良いという自負はあるけど。いや、どうせ俺のことだ、おそらくそれも驕りでしかないのだろう。おこがましい。
「そんな低脳小学生な貴方に提案があるのですが……聞きます?」
「嫌だ。死にさらえ」
「では一生地面以上の汚れにはなれませんよ?」
「それを聞いたところで俺は汚れ以上のものにはなれないのか」
「はい」
執事は笑顔で、
「でもどうせなら金にも勝る汚れになりたくはないですか?」
不気味な笑顔で、
「汚れのままてっぺんを取りたくはないですか?」
あくまで笑顔で、
「むしろてっぺんを汚れ塗れにしたくはないですか?」
悪魔な笑顔で、
「汚しましょう、穢しましょう、遥かなる天上を。あの黒い雲のように。汚れた意図を張り巡らしましょう、あのグロい蜘蛛のように」
飽くまで笑顔だった。
「お前は、――――何?」
「一二三 五六。しがない執事です」
「その駄洒落はつまらない」
「『死地駆ける蜂』の五六とも呼ばれています」
「それもつまらない」
◆◇◆◇
謎の執事、一二三 五六が提案した案はこうだ。
「貴方は一組に入る。代わりに、その身体を学園の実験体として差し出す。どうです? 簡単な話でしょう?」
「実験、体?」
「そう言ったのです」
「でも、俺なんかを学園は――――」「いらないでしょうね、貴方など。彼らは名ばかりのガキに興味はありません。いくら揺すっても身代金も出そうには無さそうですしね?」
「だったら――――」「ですが貴方の“その眼”には価値がある」
「! なんでお前そのことを――――」「知ってますとも、私はしがない執事ですよ? 盗聴の二つや三つお手の物です。四つはありませんが」
「……しがない執事は盗聴なんか――――」「するのですよ、でなければ執事などやりません」
「お前本当は執事――――」「じゃないですけど御主人様には秘密ですよ? 言ったら貴方の存在を永遠に秘密にします」
「っていうかいちいち人の言葉に――――」「被せますよ、会話の主導権は常に掴んでおきたいのです、敵に対しては」
「お前は俺の――――」「敵なんですよ、自らの本質を見せた時点で、人は敵対し合わなければならない。といっても、私は貴方を利用するし、貴方は私に利用されることによって利益を得る。利害関係は同時に敵対関係でもあるのです」
なんだこのしゃべり難い人間は。言いたいことが言えないのに、ちゃんと意図は伝わるこのもどかしさ、分かるかな。
「俺を学園の実験体にすることで――――」「私にメリットはありますよ、勿論。でなければこのような提案などしません」
「どんな?」
被せられるのが嫌だったので、簡潔にそう聞く。
と、一瞬ちょっと残念そうな表情をする。……性格悪いな。ていうかこんなやつだったんだ。一二三 五六は白令の家に仕えてから日が浅いため、ほとんど話した事がなかったけど。父さん、あんたとんでもない危険変人懐に入れちゃってるよ。言えないけど。何故かこのエセ執事には勝てる気がしないから。
「おや、それ聞いちゃいます? というより、わざわざ聞かないと分からないのですか?」
「そりゃ……」
多分、学園の諜報員か工作員か何かなんだろう。学園に実験体を提供しようとする人間なのだから。
「まあ大体そんな感じですよ」
「心が読めるのか、あんた……」
「いえ、存在しないものは読めませんよ。適当言っただけです。それにしても、へえ、心。貴方、もしかしてその歳になってまで“心”なんて迷信、信じてらっしゃるのですか?」
この歳で心を信じて何が悪いのか。心は存在するんだよ、こう、なんか、胸のところに? ぽかぽかと? ……ていうか小学生に何を求めてるんだ。
「では意は決まりましたね? 貴方は一組に入れる、その代わり学園の実験体として身体を提供する」
「待て、俺がいつ――――」「うるさい黙れ。私が決まりと言えば決まりなのです。それともあれですか? 貴方はこのまま劣級十五組でゴミ溜めのような学校生活を送るのですか? はあ、これだから取り得の無いゴミ人間は、どうせゴミであるのなら燃えるゴミであれと言っているのです。とりあえず挑戦して燃焼処理されてこそが、ゴミの美学ではないのですか?」
そんなゴミ美学は初めて聞いた。ていうか仮にも主人の息子をゴミ呼ばわりするなよ。
「貴方は燃えないゴミですか? 燃えるゴミですか?」
「いや――――」
腹が立つので選択外を選んでやる。
「粗大ゴミだ。とびっきりの」
「それは立派です。では諸々の手続きや裏工作は私に任せてください。とりあえず、最初のクラス発表に手違いがあったことにしましょうか」
こうして俺は、なんだかんだで一組に通うことになるのだけれど……あれ? 何か釈然としない。まるで詐欺に遭ったかのような、詐欺師の口車に乗ってしまったかのような、そんな心境だった。
だけど、これで皆俺を認めてくれるはず。
俺は一組だ、十五組なんかじゃない、決して。
認められてやる、何をしてでも。
ああ、こんな自分がどうしようもなく嫌いだ。
だけれど誰にも認められないのはもっと嫌だから。
◆◇◆◇
最狂の超能力者の第二話目です。流石に今回は十万話以上続くことはないので御安心を。というか、この物語りはどれだけ寄り道に逸れれば気が済むのでしょうかね。
では、また会えることを祈って。