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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
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最狂の超能力者・一話

深月(みつき)、お前は私の子ではない」

 それが父親の俺に対する口癖だった。


深夜(しんや)、あなたは私の子よ」

 それが母親の兄に対する口癖だった。


「深月、お前は僕の弟だ」

 それが兄の俺に対する口癖だった。


「兄ちゃんは凄いね」

 それが俺の兄に対する口癖だった。


 深月と深夜。

 似て非なる兄弟。

 俺はいつも深夜兄ちゃんに憧れていた。

 彼はいつも優しくて。彼はいつも優れていた。

 俺はいつも怯えていて。俺はいつも劣っていた。

 いつもいつまででも俺は兄ちゃんを見上げ続けている。

 今も、あの頃も、そしてこれからも。

 ずっとずっとそれは、それだけは変わらない。

 例え俺が死んでも。例え兄が死んでも。

 俺は逆立ちしてでも兄を下から見下し、兄は逆立ちしてでも俺を上から見上げている。


◆◇◆◇


 桜。

 辺り一面に広がるピンク色の花弁。

 ひらひらと、ひらひらと。飽きもせず舞い散り続ける桜と、薄桃色の絨毯を歩いていく新入生達。

 風が舞う度、俺は思う。

「虫みたい」

 そして、俺はそれが大好きだった。

 正しくは、綺麗な桜を踏みしめるのが大好きだった。

 もしくは、綺麗な薄桃色の絨毯を、新入生達が汚い足の裏で踏みつける光景に心が安堵した。

 虫を踏みしめたい。

 捻り潰すように。

 この世の綺麗なものは全て虫だ。無視出来ないほどに虫だらけ。

 どこを見ても足の裏がうずく。あれらの上に立ちたい、と。あれらを認めたくない、と。

 自分が何よりも汚く、劣っているものだと知っているから。あれらを容認してしまえば、俺の立場は無くなってしまう。俺の立場は虫の上でなければならない。その虫は綺麗なものほど良い。

 上質なものを下に敷き、虫のように貶めることで、自らの相対的な価値を上げたい。

 それが俺の、汚くてどうしようもない、どうにもならない深層心理である。

 何もかもが好きなのに、そんな世界を踏みつけようとする自分がどうしようもなく嫌いだ。

「兄ちゃん、何やってんの? 早くしないと遅刻するよ」

 不快な思考を中断し、なぜか横で立ち止まった兄に進行を促す。

「ん? んー……僕少し用事あるから先行ってて」

 どうしたの? と聞こうとするが、すぐに兄の足を止めるに至った原因を見つける。右斜め前。そこに、少女が震えながらうずくまっているのが見えた。

「……はあ」

 小さく溜息を吐く。兄の人の良さにも困ったものである。

 兄は俺を一瞥すると、少女の元に駆けつけ、手を差し出しながら言う。

「怖くないよ」

 まるで少女の心境を見透かしているかのよう。

「怖いなら、目を瞑っていればいい」

 兄は遠慮もせず少女の手を掴み、

「僕が、こうやって手を引いてあげるから」

 歩き出す。少女もつられて歩き出す。

 目をパチクリと開閉する少女。

 対してニコリと微笑みかける兄。

 それを見て俺は思う。

 綺麗だな、あの子。

 足の裏がむずむずする。


◆◇◆◇


 俺の名は白令(はくれい) 深月(みつき)

 白令家は先祖代々から続く名門貴族の血統で、念粒子や異能力の研究にも数多くの功績と実績を残している。そのため、現代に至っても白令の威厳は衰えることがなく、未だ権力を拡大し続けているのだ。

 で、そんな貴き一族の次男坊である俺は、白令の面汚しとして広く家内の者たちに知られていた。家内といっても、親族から家政婦に至る全てを合わせると、数は裕に三桁を越すのだが。そのほとんど全員が心の内に俺への蔑みと哀れみを秘めているのだ、たまったものではない。もう慣れてしまったとは言え、それでも幼い俺の心には深い傷跡が刻み込まれていた。

 だから俺は嫉妬していた。

 出来損ないの弟とは対象の、様々な才能に秀でた兄に。

 だけれど俺は尊敬していた。

 出来損ないの弟とは対象の、自分を省みることなく他人を思いやれる兄に。

 何故俺はこの人の弟なのだろうかと、たまに本気で疑問に思う。俺はこんなにも無能なのに。兄はそんなにも有能なのだ。

 今日も白令家伝来の、教育という名の拷問が始まる。

 だけれど兄は、そんな拷問教育でさえも涼しい顔でやってのける。対して俺は、いくら努力しても半日も経たずに力尽きてしまうのだ。

 悔しい。

 兄と自分の力量差に、兄を僻む自分に、その僻みを受け止める申し訳なさそうな表情に。

 俺を息子と認めない両親に、それでも俺を弟と認めてくれる兄に。

 ただただ悔しさを覚える。

 認めてほしい。

 認められたい。

 俺だって白令の男なのだと。

 どうすれば認めてくれるのか?

 どうすれば俺は存在価値を見出せるのか?

 強くならなければ。頂きに立たなければ。

 来週からはもう、神屠学園への適性試験が始まる。この試験で異能力と筆記の実力が見極められ、入学時のクラスを割り当てられるのだ。狙うは勿論、特級一組。そこに入れば、きっと両親も俺のことを認めてくれるはずだ。

 なんとしても良い結果を出さなければならない。二組以下は論外だ。だけれど俺の実力で一組に入ることはおそらく無理、いや確実に無理であろう。あと一週間で実力が大幅に伸びるわけがない。

 だが、自身の実力に頼らなくても、念能力を飛躍的に向上させる方法があるにはあるし、無いことも無い。

「お願い、します」

 手術室……のような内装の、とある工房。色々な意味で世界的に名高い、最末の鍛冶職人の仕事場だ。

「この魔眼の由来は末期癌(まっきがん)から来てるのだよ。魔眼が全身に転移する前に遺言は書いておきたまえ」

 俺の言葉を無視し、勝手に説明する我々島(ががじま) 魂三郎(ごんざぶろう)。彼は大体いつもこんな感じだ。相手の意見など気にも留めない。全て自分が基準に動いてると思っている。それに対して疑問すら抱かないのは、天才が天才であるための弊害か。

「ではこれから君に『魔期眼(まっきがん)』の魔眼を授ける。……? 何を躊躇っているのだ、早くこっちに来たまえ。大丈夫だ、私に害は無いから安心したまえ。君の将来が狂うだけだ」

 別にあんたの心配などしていない。彼に二人称以上の概念は、そもそも存在しないらしい。

「ほら早くしなさい、カップラーメンは伸びると美味しくないのだよ? そんなことも知らんのかね」

 あんたの昼食の安否など知ったことではない。というか大手術の直前にカップ麺なんか作るな。他人の人生を、たった三分の暇で弄ることに何ら疑問を抱かないのか。

「ズルズルズル。うむ、美味い。この前食べた豚骨生姜味とどっちが上だと思う?」

 知るか! ていうか食い始めた!

「ズルズルズル。ほら何をぐずぐずしている、早く右眼を開け。入れ替えられないだろう」

 言うと、問答無用で俺の右目に指を突き入れる我々島(ががじま)。片手にカップ麺の容器を持ちながら、だ。

「あ、ああああ、ああああああ!?」

「黙れ、我輩は騒音が嫌いなのだよ、常識だろう」

 ブスッ。

 麻酔が無造作に刺し入れられる。

 針が間違ったところを刺したのか、首に走る激痛。

 この、やろ、……麻酔ぐらい、先に……打っと、け……。

 暗転。


 ……。


 そして入学式当日。

 目の前に式場が見え始めたところで、俺は暇つぶしの回想を打ち切る。

 数分前まで一緒に歩いていた兄の深夜は、少女と手を繋ぎ遥か後方を歩いている。ふうん、仲がよろしいことで。まあどうでもいいけど。今の俺の興味はクラス分けの発表にしか向いていない。式の後にクラス表が配られるのだ。

 悪いが、他人に構っていられるほど心的余裕は俺には無い。

 一世一代の大勝負。

 これで一組に入れれば、俺も白令の名を堂々と誇ることが出来る。ようやく、兄と肩を並べてこの門を潜ることが出来るのだ。

 季節は春。

 入学式。

 俺の心は最高に浮き足立っていた。

 だが世界は、地に付いていない足を取りたがる。

 揚げ足も浮き足も、取られれば同じ後頭部打撃へと陥るのだ。

 だからちゃんと受身の練習はしておいた方がいい。

 絶望することになる。俺のように。


 式が終わり、配られたクラス表。

 それを見て、すぐに見なければよかったと後悔する。

 全身が石のように固まる。意思の力ではどうにもならないほど硬直する。

 片方義眼となった俺の双眸が、自らの名の横に捉えた数字。


 一年 十五組。


 おそらく俺の下の名は、白令の名から永遠に削除されることだろう。

 というより、両親に存在ごと包み隠されるかも知れない。

 残るのは兄の深夜のみ。

 深月の名は、きっと誰に知られることもなく消えていくのだ。


◆◇◆◇


 あれ? ゴールが遠ざかったような……。

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