三十四話
ヒーローになりたかった。
西に襲われる女子供あれば、行って手を貸してやり、
東に心虚しき悪漢あれば、行って徳を説いてやり、
北に貧しき農村あれば、行って豊潤の法を授けてやり、
南に世界征服あれば、行って魔王を成敗してやる。
そんな誰もが認める完全無欠のヒーローに、僕はなりたかった。
なりたかったんだ……。
憧れていたんだ、皆の憧れになることに。
羨望していたんだ、皆の羨望になることに。
認めてほしかった。受け入れて欲しかった。こんな僕を。全ての人に。
だけれどそれは無理だ。
そもそも、完全無欠のヒーローは、そんなこと自体考えるものじゃないのだから。
憧れとは嫉妬だ。憧れとは欲望だ。憧れとは劣情だ。憧れとは醜悪だ。
それはヒーローの思考にあらず。
ヒーローに成りたい人間はヒーローに憧れてはならない。そこには循環論的な自己矛盾が生じてしまっている。
完全無欠のヒーローは、中身も精錬潔白でなければならない。完全無欠の完全無垢。
ヒーローとは人にあらず。
だから憧憬も嫉妬も承認欲求も満点な、実に人間人間しい僕が完全無欠になることなど初めから不可能だったんだ。
わかってたんだ。
わかってたさ。
わかってるよ。
でもなりたかったんだ。
憧れたんだ、そのあまりにも綺麗な夢物語に。
手を伸ばしたんだ、そのあまりにも綺麗な完璧に。
その道が、死体が積み重なり成った道だと知っていながら。
その道を通れば、僕も重なる死体の一つに数えられてしまうのだと知っていながら。
無様だなあ。
その道を阻む屍人となった今でさえ、ヒーローに憧れているのだから。
その道を阻む屍人になってまで、ヒーローに憧れているのだから。
だから連れてきた。
ヒーローらしき人物を。
こいつは本当に、僕を越えていけるのだろうかと。僕という障害物を乗り越え、ヒーローとしての存在を証明出来るのかと。
ヒーローは、本当に存在するのかと。
その真実を確かめたかった。僕ではもう、その頂には辿り着けないから。試しにそれっぽいのを連れてきて検証してみたんだ。
結果は間違いあり成功だった。
間違いなく、ではない。
間違いながら成功してしまった。
間違っているくせに成功しやがった。
最悪だ。
最悪に最良で最高に最低だ。
こんなことになるのなら、ただ失敗しただけの方が数倍マシだったと言える。
僕が連れてきたそいつは、ヒーローではなかったのだ。
ヒーローなんて生易しいものではなかったのだ。
もっと異質なもの。
もっと無骨で粗雑で汚い何か。
いや、それだけなら、ただ歪なだけの何かだったのなら、なんら問題はなかった。
問題なのは、そんなひん曲がってるだけの亜種が、この精錬潔白な道を爆走しようとしていることだ。
文字通り爆走。
なんか爆風撒き散らしながら無理矢理前進している。
僕がどうやっても通れなかった道を、ヒーローでもなんでもない奇天烈人間が、頑固こじらせて意地汚く進んでやがる。
気に食わない。
お前はそんな人間じゃないだろう。お前はそんな資格を持った人間じゃないだろう。
なのに何故通る、通れる。
目の前の道がどれだけ傾斜になっても這い登り、傾斜が九十度に達し断壁となっても掘り進む。
気に食わない。
気に食わない気に食わない。
気に食わない気に食わない気に食わない。
特に気に食わないのが、僕の目の前で喘ぎながらも自らを押し通すこの姿こそが、ヒーローへの道の正しい通り方だったということだ。
「気に食わねェエエぇんだよオォオオオオオオ!! 死ねッ、死ねッ死ねッ、死ねエエェエッ!!!」
もう限界だ。
今まで貼り付けていた狂笑の仮面を剥ぎ取る。
もう沢山だ。
今まで貼り付けていた上っ面の狂言を取り除く。
「なんでお前に出来て僕に出来ねェエだよオオォッ!!? なんでそこにいるのが僕じゃなくてお前なんだよオオオオォ!!!」
認めない認めない認めない。
本当なら、それは僕の役目だったんだ。
葉ちゃんの隣は僕のものだったのだ。
ピンチに駆けつけ葉ちゃんを助けてあげるのは僕の役目だった。
お前じゃない。この僕だ。僕こそが望み続けていたのに。
なのになのになのになのに。
どうして僕が葉ちゃんを殺そうとしているんだ?
どうして僕が悪役なんだ?
いつから僕はこんな醜悪なクソ野郎になったんだ?
いつから僕の人生は狂ったんだ?
どこで狂った? 誰が狂わせた? 何故狂った?
どこかがおかしい。
何か間違っている。
僕だってこんな風になりたくてなったんじゃない。
僕だってそっち側がよかった。
最初から悪に成りたい人間などいないのだ。
理不尽だ。
悪人は汚く描かれるだけ描かれてポイか。
そのためだけに僕は生まれてきたのだろうか。
本物のヒーローにぶち殺されるためだけに僕はいるのだろうか。
嫌だ。
そんな使い捨ての端役は嫌だ。
ぶっ殺してやる。
覆してやる。
僕という存在を世界に証明してやる。
転覆させてやる、こんな物語。
僕が勝って皆殺しだ。
さあ死ね。
僕に殺されろ異無 良人!
「死ねエえええェエエェエええええええええええええええええッッ」エエええエエエエェええ」え」ェ」エエええェ!!」え、」!ァ?」ああ、」アアあアアァ?? ああ??・。ァ?あ??、??????……?……」…………?? ァ………?」
……あ?
声が出ない。
というより身体が動かない。
それどころか能力が発動しない。
どうした。
何が起こった。
後一歩じゃないか。
後少しで野郎を消し飛ばせるはずだろう。
見ろ、野郎の有様を。立っているのがやっととはこのことだ。
というよりほとんど死に体と言って良い。僕の行動を何か特殊な力で阻んでいたようだが、その代償だろうか、両目が潰れている。左腕も肩から先が無い。右肩も半ば削がれていて骨が露出している。おそらく左足の感覚も無いのだろう、右足に体重を預けているのが見て取れる。他にも、損傷は目に見える範囲には留まっていないはず。立っているのが不思議、どころか生きているのが不思議という様相。
しかも野郎の居た位置は数秒前よりも後退しているのだ。僕の元へと辿り着くなど夢のまた夢というもの。
勝てる。
負けるはずがない。
あと数回『右軽光』を発動すれば、それだけで勝利は僕のものとなる。
だが何故発動しない?
「……・・・・・・? ガ……ッ……?? ………」……「・」「・」「。」……ィ…………」
右目が痛い。
右眼が痛い。
義眼が痛むはずはないのに。
痛い、痛い。
右瞳の中に何かが渦巻いている。
右の窪みに埋め込んだ『魔期眼』が膨張している。
膨張している、暴張している。
今更になり、とある鍛冶職人の言葉を思い出す。
幼少の頃、僕の右眼をくり抜き、代わりに『魔期眼』の魔眼を埋め込んだ、鍛冶職人と名乗る謎の男性。
我々島 魂三郎。
『眼作師』。
明らかに偽名と分かるそのふざけた名前と、そいつの能力名が鮮明に思い出される。
そして、やつが何でもないように発したある一言。
――――この魔眼の由来は末期癌から来てるのだよ。魔眼が全身に転移する前に遺言は書いておきたまえ。
突如肉体が全方位に膨張した。
◆◇◆◇
はいこんばんは。まさかさかさまです。
この前ようやくFE覚醒クリアしました。支援会話を埋めるために最終章の前でずっと留まってごちゃごちゃやっていたのですが、流石に途中でめんどくさくなったのでギムレー討伐して終わらせました。現在二週目をプレイ中です、なんか一週目では仲間にならないキャラがいるみたいなので(私が何を言ってるのかはFEをプレイすれば分かります。私的にシリーズ最高傑作)。
とまあ、私のどうでもいい趣味話はどっか隅の方へ置いといて。
毎度のことながら、更新が遅れがちになってしまい申し訳ありません。ストーリーの進行速度も遅れがちですみません。どう頑張っても一章目で五十部分は越えんだろう、と当初は思っていたのですが……。一体いつまで書き続けねばならんのでしょうか……。書き始めから毎日一話ずつ書いていれば二ヶ月程で書き終えられてたんですけれどね。何でしょう、この体たらくは。根性が足らんです。どこに行けば買えるんでしょうか、根性。誰か知っている人がいれば教えてください。
それでは、また近い内に会えることを祈って。