三十二話
光が闇によって斬り裂かれる。
何を寄せ付けることもなく、無で構成された闇が、無闇に、文字通り無闇に、無邪気な殲光を切り開く。
切り開かれた光景に、もはや正常なものはひとつも無い。
一撃目の殲光で滅却された場内の地表は、更に新たな殲光が穿たれたことにより、二つのクレーターが折り重なったような状態となっている。同じ土地に、それぞれ違う方面から隕石を墜突させたような現場。
術者の意識が失われて尚、この場の時は止まっている。術者――――時旅 葉が死ぬか自らの力を解除しない限り、この場の時が生を取り戻すことはない。
時旅が死ねば時は蘇る。
時旅が生きていれば時は死に続ける。
そしてこの場の時は、未だ死んだまま。
即ち時旅 葉は、未だ生きたまま。
深夜の広範囲無差別塵殺が行われたにも関わらず、彼女は生きていた。
その場に佇む一人の超能力者は、言葉を発することもなく、表情筋が腐ったかのような能面を見せる。
その場に佇む一人の無能力者は、言葉を発しようとすることもなく、表情筋が怒れたような苦面を見せる。
ぜえぜえと良人が激しく呼吸を繰り返す音だけが場を満たす。
だがそれも数瞬のこと、いくばくの時が――――時が死んでいる場での表現としては矛盾しているようだが――――過ぎることもなく、深夜の片眉が不自然にひくつく。同時に、再光成された右半身を瞬かせ、位置移動すると共に右腕を“伸ばす”。三度目の同様の攻撃――――否、光撃。
光速での動作が出来ない――――当然だが――――良人には、時旅を深夜の光撃から守る遮蔽物となる術は無い、筈である。
だからこそ時旅の死は絶対なのだ。
だがその絶対が覆った。覆ったからこそ二度目の光撃の後、時旅は生きていたのだ。そして二度あることは三度ある。再三にわたる巨大光線の後にも、時旅は無事生きていた。
先程の場から位置をずらした筈の深夜と、気絶している時旅を結んだ線上間に、再び遮蔽物の役割を果たしたであろう良人が息を切らして立っている。
つまり、放射位置をずらした深夜の動きに対応し、遮蔽物と成り得る位置へ良人も移動したということ。
出来るはずが無い。光速に対して反応は出来ないのだ。だが出来ているのだから彼女は無事生きているのである。
それが出来る場合をおよそ三つ挙げてみる。
良人が深夜と同等の速度――――つまり光速で動いた場合。
良人が何かしらの能力で空間転移をした場合。
良人が時を止め、移動した場合。
全て見当違いの答え。特に三つ目の場合は絶対に有り得ない、これは既に時が止まっている場での戦闘なのだから。
では何をしたのか?
要は、まず前提が間違っているのだ。良人が動いたのではない。深夜が“動いていない”のだ。
『負価壊』。
現から借り受けた得たいの知れない能力。それもまた『血飛沫』同様、念粒子に依存していない、異能力以外の何か。あえて言うならば特殊能力。
良人はこれを発動し、深夜の移動を妨げた。いや、妨げたという言い方で正しくはあるが、相応しくはない。『負価壊』という名の特殊能力名から考慮すれば、それは妨げたというよりも“壊した”と言った方が相応しい。
『負価壊』の効果は、微々たるものにして絶対のものである。相手の行動を予め壊す。それがその特殊能力の本質。
壊せる行動は一度の発動につき一つであり、些細なことでなければならない。
例えば、標的に対し『現在地からの“X座標19481×Y座標39565×高さ729地点への移動行動を破壊する』といった極度に限定的なものになる。要約するとA点からB点への移動を壊すのだ。
だから例えば、『A点からB点への移動』を壊したとしても、B点へはC点からでもD点からでも移動可能ということ。その程度のものでしかない。だがその程度の“絶対”を行使出来る。『A点からB点への移動』を破壊すれば、標的は絶対にA点からB点への移動はできなくなる。なにせ“破壊する”のだから。破壊された行動は再起不能となる。
正に唯一絶対の破壊能力。限定的に行動を壊された者は、自らに起きている現象を理解することなく――――不可解な現実に苛まれていく。
だが、特殊能力を行使した本人の負荷はそれを数段上回るものとなる。
「げっ、ぐァ、!? ――――は、ぁ、あア、はッ、ッ」
木刀を構えたまま血反吐を吐く良人。
対して、余裕の表情を取り戻し、鼻で笑う深夜。
「ハッ。何をしたか知らねェが、その分だと長くはもちそウにねェなァ? てめエがしてることはただのその場凌ぎだよォ」
「――――っは、は」
「あァ?」
「そうか……、ゲホッ、ぐェ――――そうくるか、現」
深夜のいぶかしむ声も耳に届いていないのか、可笑しそうに微笑しながら、“狭間”に住む“得体の知れない何か”――――現へ語り掛けるように、そう中空に吐き捨てる。
先程、『負価壊』を借り受けた時に現がぬかしていたふざけた会話を一部思い出す。
――――ぼくは思うんだ。主人公がピンチに陥ったら内なる力が覚醒して何とかなっちゃうみたいな展開、もうやめない? って。都合良過ぎない? って。
あれの意味を今理解する。
現は“都合の良い展開”を封じたのである。良人が無事戦闘を終えるという、都合の良い展開を。『負価壊』に大きな枷を付けることによって。
一年前、良人がこの特殊能力を借り受け行使していた時には存在しなかった、発動に伴う“莫大な代償”を枷としたのだ。
そう、今良人を襲っている『負価壊』発動に際する代償など、以前は存在していなかった。だが現がほんの気まぐれを起こしたため、発動と共に代償を払わなければならなくなっているのが現状。
「ぜ、ァ、……ッ、――――は、ハハッ、良い趣味してやがる!」
ゆらり、と。覚束ない足取りで、一歩前へと踏み出す。
「気でもいっちまったかァ?」
深夜が閃光迸る右手を向け軽く牽制するが、無能力者の耳には入らない。
四度目の、位置移動後からの殲光を放たれれば、本格的に良人の勝ち目は薄くなる。時旅を守りながら戦うためには、負荷を負ってでも『負価壊』を発動しなければならない。だが発動したからといって、ただ光撃に対応出来るだけで、深夜を圧倒できるわけではない。ほんのその場凌ぎのために、良人は見合わぬ代償を負うが、深夜の消耗はほとんど皆無。
打開策は無い。このままでは確実に負ける。良人も時旅も、場内もろとも抹消されるのだ。
「いいぜ、やってやるよ」
ならばどうすればいい?
答えは単純明快。
「死ぬ覚悟は出来てんだろうな――――」
死ぬしかない。
「――――俺」
“都合良く勝つなと言うのなら、都合悪く勝ってやればいいんだろ? 現”。
◆◇◆◇
はいどうも、筆者のまさかさかさまです。今回は前回と比べて比較的早く更新出来ました。
うーん、そろそろ物語りも佳境ですね。ようやくここまで辿り着けましたよ。本当は一万五千文字辺りで一章完結させたかったんですけどね。なんかめちゃくちゃ長くなってしまいました。あれです、私のストーリー展開と文章構成が冗長過ぎるのです。ぶっちゃけ早く書き終えてリメイクさせたいんですけどね、『最強の無能力者』。なんというか、改めて見返してみて粗が多すぎるというか、我ながら釈然としない感じで。でもかなり思い入れのある作品ですし、一章ぐらいはこのまま最後まで書き切りたいのですよ。そこまで書き終えたら、上記した通り、プロットから見直してリメイク版を執筆します。まあ、気が変わって他の小説書き始めるかも知れませんが……。書きたいアイディアがあり過ぎて脳がパンク寸前なのです。この作品を通して、それなりに物書きとして成長出来たという自負もありますし(おこがましいかも知れませんが、これだけの量書いて何も得られていないという方が変ですもの、だからきっと成長してる筈です)、次はもっともっと凄いの書いてやる! と息巻いています。
そんな感じで、次回作またはリメイク版執筆する時は、また改めてよろしくお願いします。
読者様方の視線が私にとっての酸素です。
では、また会えることを祈って。