三十話
……あれ?
気が付けば投稿が途切れてから一ヶ月が過ぎてるような……。
閃光の超能力者、白令 深夜が良人との死合いに選別した土地は、第五十学区六番訓練場跡地である。
単純な話だ。第五十学区内で、一定以上の広さがあり、かつ人目に付かない平地。そんな土地は一つしかない。以前、深夜が良人達を襲撃し廃墟と化し、学園が証拠隠滅のため人々の認識と記憶から取り除いた、ここ六番訓練場以外にはない。
今や建物のほとんど撤去され、ところどころに点在する壁の残骸以外には何もない平地となっている。地面に穿たれた大穴も埋められている。そして誰の認識にも入り込まないように死角処理が施され、深夜からしてみればうってつけの戦場かつ潜伏場所だ。因縁もある。よく考えてみれば、というよりよく考えるまでもなく、である。
良人は言われてようやく気付いたわけだが。だけれどちゃんと気付くことは出来た。
大剣の男に促され、鍛冶屋の元で準備を整え、そしてぎりぎりのタイミングで深夜と時旅の戦闘に割り込むことが出来た。
誰が意図したわけでもない。
ただ、たまたま、偶発的にピンチに駆けつけた。
それだけのこと。
それだけのこと、だけれど。
少女の瞳に、良人が奇跡を我が物とする、何かの主人公のように映ったのは事実だった。
憧憬した。
狙ったものではない、とわかっていても。
数多くあった危機の中で、今回だけが該当しただけのことだと、わかっていても。
時旅は思わずにはいられなかった。
――――ああ、やっぱり格好良いな、と。
その背中を目にすることが出来ただけで、彼女はもう満足だった。
後は主役の仕事。
報われない女の子を助けるのは、主人公の役目なのだ。
そして既に、深夜に捉えられていた美唯は敷地外に逃がしてある。唯一無二の悪友、火巻 由紀もとい火巻 行地を呼び出し、連れて保護してもらうように頼んだのだ。
妹は救出した。
次はかつての想い人を助ける番。
誘拐犯と、自分を救出しに来た誰かが戦っているのだと美唯から聞き、駆けつけた。
そこ一帯には歪んだ、時の止まった世界が並列的に内在していた。目には見えない、だけれど肌で感じられる、そんな空間を良人は感じ取り、自らが手に持つその武器で切り開き飛び込んだのだ。飛び込むと同時に全てを理解した。
深夜が、時の止まった世界に介在したことにより、今まで繰り返し続けた世界全ての記憶と感情を統合、理解したのと同様に、良人もまた、やり直し続けた時旅の断片的な記憶と、死に続け繰り返した自分の存在を認識した。
それは地獄のような認識。脳が焼き切れるような、ではない。脳が焼き切れてしまえばどんなに良かったことか。良人の意識は途切れることを許さず、世界を巡ることにより繰り返し死んだ自分を、たった数瞬の間で受け止めねばならなかった。
ショック死してもおかしくない。ショック死していないのがおかしい。それとも、幾度も見せられたその死の記憶が自ずと死を忌避したのか。いずれにしても精神へのダメージは大きかった。
精神と肉体は密接に繋がっている。
肉体と五感は密接に繋がっている。
深夜を殴り飛ばし、時旅と軽くいちゃついていた良人だが、その間にもやせ我慢は極致に達していた。現在こうして立っているだけでもやっとなほど。
まず視界から色が消えた。光の濃度を判別すること――――つまり白黒でしか世界を視認出来なくなっている。
次に嗅覚が失せた。もはや自分の鼻がどこにあるのかも識別が追いついていない状態。
聴覚はかろうじて生きているが、ノイズが酷く、そして何を聞いても特定の周波として脳内変換される弊害が発生。
味覚は論外。
そして戦闘には都合の良いことに、触覚がかなり鈍ってもいる。事実、この停止した世界に介入するとき体中に傷を負っているのだが、痛覚はわずかな衝撃だとしか訴えていない。実際には悶絶して転げまわるのが通常反応の、見るに耐えない傷なのだけれど。
精神は磨耗し尽くし、意識は曖昧。天空から自分を見下ろし客観的に四肢を操っているような感覚。
心身ともにぼろぼろ。順風満帆。
全身から血液を垂らしながら、それでも前進する。
未だ倒れ付したままおかしそうに哄笑する深夜目掛けて、前進する。
右手には木製バット。ただのバット、だった。先程までは。が、今は違う。
良人の血液を吸い、くまなく赤色に染まった木製バットだ。
血痕そのもので作成されたかのような禍々しさ。見る者に生理的不快感をもたらす、血なまぐさい容貌。それが、良人が鍛冶屋から受け取った武器だった。
作りは単純。
軽く丈夫な木の棒を、薄い材木で覆い、それを使用者に見合う形質に調整しただけのもの。
棒を覆うこの材木が特殊な加工を施したもので、極度に乾燥させた木を念粒子により吸収率を異常なまでに底上げしてある。材木は皮膜のように薄まり容積が少ないため、僅かな水分でバットは全身を潤す。この性質を、特定の液体だけに反応するようにしてあるのだ。
特定の液体、即ち血液のこと。
裂けた右腕から流出したそれを吸い、良人の持つ木製バットは現在血色に染まっている。
これはそれだけの武器。
血を吸い、表皮に循環させ、全身を不気味に染め上げるだけの、それ以外には何の効力も持たない、いくらか頑丈なだけの棒切れ。
なまくら刀剣の方がまだ殺傷力は高い。
だけれどこの木製バットは、良人の戦闘能力と特異体質を併用した際にのみ、万物を消し斬る防御不能の刀剣へと昇華する。
感情の枷を外す。それだけで良人の血液は真っ黒に変質し、何者をも消し去る未現物質と化す。『血姿武器』。
木製バットに流れた血液も同じく黒く染まる。
黒く塗り潰れた、おどろおどろしい殺消武器がそこにはあった。
黒く変質したバットが触れたものは無条件に抹消される。
バットが折れることは決して無い。触れたと同時に、良人の血液の効果でそれを消し去るのだから耐久性に意味は無い。相手の防御力も、バットの防御力も、仕事を放棄する。
『悪懇望』。闇と無を抽出し、形成したようなこの武器に与えられた名称。別名を『無闇な悪』という。
超能力者が起き上がる。
超能力者と無能力者の視線が交差する。
それだけで十分だった。
それだけで、互いが互いの因縁と利害関係を理解する。
どちらからともなく口の端を歪め、
「消え失せろおおおオアアアアアアアッ!!」
閃光とともに深夜が光速移動する。良人の目前に迫る禍々しい白光の右腕。それを当然の如く断ち斬る良人。右腕を失うが、構わず左足で蹴りを放つ深夜。良人の左わき腹が削げ飛ぶ。が、体内の黒血に触れた深夜の右足も消し飛ぶ。
閃光の超能力者は、右腕右足を失い、勢いのまま前方に放り出されるように転がっていく。
血姿武器の無能力者は、わき腹に重症を負い、その姿を更に黒々しく染めながら数メートル後方に吹っ飛ぶ。
数秒もたたない内に、互いに同時に立ち上がる。
まるで一週間前の焼き直し。深夜が襲撃を仕掛けたあの日と、全く同じ箇所に怪我を負う両者。
互いに重症。だが分は良人にある。攻撃、移動、回避、全動作の要である右の義腕と義足を失い、実質ほぼ戦闘不能状態の深夜よりも、わき腹を抉られ、全身血にまみれながらも戦闘続行可能範囲内の負傷である良人の方が旗色は良い。
それは誰の目からも明らか。といっても、深夜の目だけは、表面だけの情報を読み取っただけのそんな分析はしていない。その目はまだ戦意を保ったまま。こうなることをあらかじめ予測していたような、むしろ自ら右の義腕、義足を喪失したかのような、余裕のある色を瞳に宿している。
予定調和。
事実、深夜はわざと義腕義足を失って見せたのだ。
あの日の戦いの続きをしようというかのように。
まさにその通り。今この時のために『右軽光』のリミッターを解除――――枷を外してあるのだ。その“枷を外した能力”の本領発揮には義腕と義足が邪魔だった。能力抑制解除による恩恵は、何も“エネルギーを溜める時間が極端に短縮されただけ”ではない。というよりその本懐は、これから行うそちらの方にある。
「き、きひひひヒ、期待通りだァ、やっぱおめェ最高だぜェ。どこでこしらえたか知らねェが、“そいつ”のおかげで退屈せずに済みそうだァ」
“そいつ”――――黒い木刀、『悪懇望』を値踏みするように観察しながら言う。
「だがなァ、秘密兵器は正義の味方だけの特権じゃねェんだぜェ?」
黙したまま再び深夜に特攻を仕掛ける良人。
「魔期眼」
瞬間、呟きと共に見開いた深夜の右目が蛍光灯のような白い輝きを纏う。
続き、轟、と深夜の失われた筈の右半身が、噴出した大出量の光の塊でもって形作られた。
先程までの、義腕義足が閃光を纏っているのではなく、“閃光そのもの”が、深夜の右腕右足の代替物としてそこにある。続き、唯一無事だった右胴体部の義身も、迸る閃光により消し飛ばされ、突如生えた閃光の義腕義足と同様に、純粋な閃光の義身と取って代わる。
完全に右半身が消失、正真正銘、光百パーセントの義腕義足義身が、右目が白い輝きを纏うのと同時に出現したのだ。
魔期眼。深夜の右目に取り付けられた義眼の名。
それはいわゆる『魔眼』の一種である。
かつて全世界に名を馳せた世界最高峰の鍛冶職人、我々島 魂三郎が創作したと言われる、魔の力を秘めた眼、即ち『魔眼』。半ば存在すら疑われている伝説級の代物だが、深夜が今ここで使役することにより、その存在は伝説から確たる事実へと昇華した。
凍てつき無感状態であった良人の表情に微かな驚きの色が表出する。猛進していた両足を止め、即座に後方へと飛び退く。攻撃が来たからではない。膨大過ぎる、冗談のようなエネルギーの質に、本能が両足に無作為な警戒を促したのだ。
戦略的後退ではなく、直感的後退。そして戦場では、往々にして直観が戦略的行動よりも一手二手先を行くことがある。今回もその一例。もし、あと一歩でも前に踏み込んでいれば、深夜の解放された超能力の餌食になっていたことだろう。
「ハッ、いーい勘してやがらァッ」
視界が白で埋め尽くされる。
辺り一面、真っ白に埋め尽くされる。
事の起こりも、終わった後も、音は無かった。
視力が戻り、良人が目蓋を開いた先に見たものは、抹消、消滅、殲滅された土地。良人の立つ地面から後方だけが、扇状に無事な地面を残している。逆に、そこ以外の土地がごっそりと抉られている。
指向性を持つ爆発が深夜を基点に前方に発生し、その爆破範囲内にいる良人を頑強な遮蔽物に見立てた場合、調度このような現場になるのではないか。というより、今起きた現象は正に“それ”だった。
深夜が驚異的な破壊力を内包する右の光腕を前方に“伸ばした”のだ。伸ばしたと言えば語弊があるかも知れないが、だが事実伸ばしたという表現で概ね正しい。通常では有り得ないほど膨大な質量のエネルギー放出が光速で“伸びてきた”のだから、その威力は予想の範疇に留まるものではない。
それを――――莫大な威力の攻撃――――を予期した良人が『悪懇望』を前方に構え、襲い掛かる殲滅の嵐を切り裂くようにして防いだのである。
まずい。
表層では平静を保ったまま、良人の思考の奥底で焦りが生じる。
まずい。
今の攻撃はなんとか防いだ。といより、あんなわかりやすい攻撃を防ぐなど雑作も無い。何せ得物を前方に構えるだけで防げるのだ、何度やられたところで良人の体には傷一つ付かない、どころかただ深夜が無駄に消費するだけである。
いくら威力があろうと、いくら広範囲の殲光だろうと、良人の保有する特殊体質には意味を成さない。全て等しく無に帰す、それが無能力者の無能力者たる所以なのだから。
だが、それでもまずい。
防ぎやすい、分かりやすい、容易い攻撃、だとしても、それでも、あくまで“なんとか”防いだのである。それは、“自らの身に襲い来る攻撃を防いだ”、という意味ではない。“後方に倒れる時旅 葉を攻撃から守った”という意味である。
偶然、たまたま彼女の前方に位置する場所に立っていたから、今の攻撃に時旅を巻き込まずに済んだのだ。意図しようとして出来るものではない。ただの幸運。深夜が多少移動し、もう一度今の絨毯爆撃もかくやの攻撃を行えば、今度こそ、間違いなく時旅は巻き込まれて死ぬ。
自らに降りかかる災厄は、その場から移動しなくても対応できる。得物の届く範囲内であればほぼ無敵だという自負すらある。
だが時旅を守るためには、光速移動する深夜の動きに対応し、攻撃を受け、彼女に被害が及ばないようにしなければならない。
それは不可能だ。
深夜が今居る場所から移動し、攻撃の放射位置を変えてしまえばそれだけでアウトなのだ。閃光の基点である深夜と遮蔽物である良人を結んだ線上にいなければ、それだけで時旅は光の餌食になる。
そしてそれは敵側も承知の上。
「まさか偶然その女に攻撃が当たらなかったと思ってるか? たまたまお前の後方にそいつが寝転んでたと思ったか? ちげェよ、ばアアアァアか! わざわざ計算して当たらねェよオにしてやったんだ。何故だかわかるか? そいつが死ぬ様を何も出来ずに傍観してもらうためだよォオ! 分かってても止められねェッつゥのはさぞかし愉快な気分なンだろうなア? せっかくの祭りなんだ、これぐれェの余興が無ェとつまんねエよなァッ!?」
口の端を吊り上げ、歪んだ笑みを見せる。
「……やめろ」
特異体質の副作用である、心を殺していた氷の仮面が砕け散る。
「やめろおおおおおおおおおおっっ!!!」
そして閃光が迸る。
良人が時旅を守る遮蔽物となる間もなく。
深夜は光速移動で立ち居地をずらし、先程とは別の地点から光腕を“伸ばす”。
伸ばす、というよりは、もはや巨大な光線と言った方が正しいが。一週間前にも一度だけ放ったそれ。
成す術も無く、辺り一面が殲滅される。
◆◇◆◇
さすがに言い逃れ出来ないですよね……。
はいこんばんは、一ヶ月不投稿になっていた作者で御座います。お久しぶりです。いやでもリアルが忙しかったから……なんて言い訳はしません。諸事情で執筆出来ませんでしたなんてベタなことは言いませんよ、ええ。じゃあ何やってたんだお前と聞かれると、ずばり、主に漫画読んだりゲームやってただけです御免なさいもう二度としません許してください(西尾維新ネタ)、もう読まねえよ独り寂しくのたれ死ねなんて言わないで下さい。
いやでもシュタインズゲートが面白いのがいけないんです。やりました? もしくは観ました? アニメにもなったアレです。まだ未知の人は騙されたと思ってプレイかウォッチかしてみて下さい、おもろいですから。
ではまあ、シュタゲの宣伝はこれぐらいにして本題をば。
私、実はそろそろ編入学の試験があったりします。しかも二週間ちょいぐらい先に。勉強などこれっぽっちもしてません。なので非情にやばし。落ちたら社会的にも精神的にも多分死にます。何が言いたいかって、つまりそれまで勉強の方に集中しなければならんのです。必然、小説の更新も滞ってしまうでしょう。
そんな感じで、四月十日辺りまで引き続き執筆が放置気味になってしまいます。どうかご理解の程を。
最後に、いつもこんな私めの拙い文章を読んで頂き、誠に有難う御座います。読者様方の視線が私の栄養源です、感謝してもしきれません。これからもよろしくお願いします。
では、また会えることを祈って。