時旅 葉・十一万八千十九話および本編二十九話
十一万八千十九周目の世界
良人を助ける。
だけれど死ぬ。
死んだからやり直す。
やり直しても死ぬ。
だからやり直す。
やり直し続けると、いずれ精神は磨耗し、泥のように崩れる。
体だけが目的へと突き進む機械となる。
機械となった私に、“誰か”が精神を吹き込む。
崩れ去った精神と全く同じ、コピーの精神。
だけれどコピーも時が流れるとともに風化する。
風化するたび、薄っぺらいコーピー用紙のように私の精神は“誰か”によって作り直される。
これの繰り返し。
大体、世界を二、三千周するごとに私の精神は死に、そして“誰か”によって別の私が作り出される。
だから今の私は大体、四、五十人目の時旅 葉だ。
オリジナルではない。
オリジナルから受け継がれてきただけの偽物。
模造品。
“誰か”は言っていた、私という精神は、いくらでも替えの利く模造品なのだと。
私の体内の力を育むための推進力となる部品でしかないのだと。
意味が分からないけれど、でも体感的に理解は出来る。
これは生まれ変わりではなくコピー。
私の精神は一つしかない。
一つしかない精神が複製され、死ぬたびに抜け殻となった体に植えつけられている、それだけ。
報われない。あまりにも。
オリジナルの私も、二番目の私も、三番目の私も、何も報われない。あの子達は、何ひとつ報われることなく、迷い続け、消えていった。
きっと今回の私も報われない。この精神も既に壊れてきている。あと世界を数周もすれば費えるだろう。
それでも止まらない。
気付いている。
何度繰り返しても、良人は助けられないということは。
それでも繰り返し続ける。
なぜ?
なぜだろう。
こんなに苦しいのに。
こんなに嫌なのに。
いくら精神が死んでも。
いくら精神が再発生しても。
やめられない。
だからなぜ?
理性では分かっているんだ、こんなことに意味なんか無い、と。
その理性も、“誰か”によって製造された擬似的理性なのだけれど。
あの頃に――――あの屋上に帰りたいから?
どうしても良人を助けたいから?
だから頑張っている、と。
最初の内はそう思っていた。
私は、好きな人を助けたいから、だから時を繰り返しているのだと思っていた。
事実、そのために始めたことなのだ。
だけれど、それは何か違う気がする。
それはただの建前――――“誰か”がコピーしているだけの、最初の私の気持ちがわだかまっているだけ。
偽物の気持ち。現在の私の中では本物の気持ちだけれど、でも現在の私はオリジナルのコピーのコピーのコピーでしかないから、この気持ちもコピーのコピーのコピーでしかない。
私というコピーされた“個”の精神から観測した意識でしかない。
今まで死に続けた時旅 葉という人物全体の意識ではない。
私というコピーの精神は良人を助けることを望んでいるけれど、オリジナルの頃から数えた統合的な私は、そんなことなど望んではいない。
精神が死に、発生し、死に、発生する。
死ねば残るものはなく、新たに発生しても最初に持っていたものしか持っていない。
死んだ私から次の私に継承されるものは何もない。
何もない。
だけれど、精神体には何も刻まれなくても、身体の方にはしっかりと刻まれていた。
これまで死んでいった、幾十もの私の欠片が。
欠片は積み重なり、一つの塊となる。
コピーされた精神とは別に存在する、想いの塊。
それぞれの私が、想い想いに重なり出来た、鍾乳石のような欲望の芽。
重い想い。
幾重にも紡がれた想い。
今まで全ての私が、精神の消え去る直前に願った、ひとつの願い。
そして今回の私も願う。
精神が擦りきれ、消え去る寸前になって、今回の私も願うのだ。
それはどんな願い?
良人を、助けて下さい。
違う違う。
そんなものただの建前。
コピーされた擬似的精神の願望でしかない。
あんなやつもう知らん。
死にたければ勝手に死ねばいい。
死にたくなくても勝手に死ねばいい。
私がこれだけ手を焼いても死ぬのだから、もう知ったことではない、どこかで勝手にのたれ死ね。
死ね!
もう疲れたの、私は。
こりごり。
そもそも何で私があんな甲斐性無しのために頑張らなきゃならないの。
よくよく考えると腹が立ってきた。
とっとと全世界から消滅して私を解放してほしい。
でも消滅する前に、ひとつ言ってやりたいことがある。
今回の私が消える前に、最期の我侭を言ってやる。
幾千、幾万回も尽くしてきたんだから。
だだ一つこねるぐらい許して欲しい。
むしろ許せ。
哀願というより命令。
決して本人には届かない命令。
叫ぶ。
暗い闇と、冷たい痛みの渦の中で。
精一杯。
私の体内に刻まれた歴代私達と一緒に、現在の私に芽生えたこの欲望を叫ぶ。
「助けてよっ!」
あとはもう、雪崩れるだけだった。
「ずっとずっと願ってるのに! ずっとずっとずっと待ってるのに! 何で来てくれないの!? 何度言わせれば気が済むのっ!? この甲斐性なし!! いいから助けてよおおお!! もう嫌なのっ……やめたいの、帰りたいのっ、いつになったら見つけてくれるのっ!? 早く私を私を助けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ぽん、と。
頭に置かれる手。
温かい掌。
「ふぇっ?」
涙が出る。
だって、私の頭に手を置いたそいつは――――、
「良、人」
「アッはァ、ざーんねーん、ハズレぇっ、ぼくだよオオオオオオオオオッ!!」
――――今まさに私を殺そうとする、白令 深夜だったのだから。
「うああぁああああァあああああああああああああっ!!」
深夜の掌が発光し、そして閃光を放つ。
消し、と、―――――。
泣いても止まらない。
叫んでも止まらない。
そんなもので止まるのなら、世界に悲劇は起こらない。
――――この世界は人情劇ではないのだ。
◆◆◆◆
この世界は人情劇じゃない。
でも悲劇でも喜劇でもない。
ただの茶番劇だ。
だからわりい。
タイミング、ミスっちまった。
お前はずっと助けを呼んでたのにな。
気付けなかった。
大幅に遅れちまった。
本当は、もっとずっと前に気付いてやらなきゃなんなかったんだがな。
だから今回も、お前の気持ちに気付いて駆けつけたわけじゃねえんだ。
逆。
ここに来たら、たまたま今お前の助けを聞いただけだ。
お前の助けが俺に届いたわけじゃない。
お前が助けを求めても求めなくても、結果は変わらず、俺はここに来ていた。
だから、これはただの茶番劇なんだ。
助けを呼ばれたから来たんじゃない。
そんな奇跡は存在しない。
そんな都合の良い現実は存在しない。
想いの力で助けが来るんなら、俺はとっくの昔にお前を助けに来てるはずだからな。
願いの力で助けが来るんなら、通信機器は発達しないものな。
そりゃそうだ、これはただの偶然。
何度も助けを願い続けた結果、偶然その内の一つと俺がここに駆けつけるタイミングが被っただけだ。
数打ちゃ当たるってやつ。
本当に悪いと思ってる。
ごめん。
――――お前の叫びは俺の心に、別に届かなかったぜ。
「っらああああああああああああああああああああっ!!」
まあ、俺の気持ちは届いたみたいだけどな?
◆◆◆◆
とある時の止まった空間。
少女の願いは届かなかった。
だけれど、届いたわけではないけれど、結果論的に少女の願いは叶った。
助けてという願望。
白令 深夜が時旅 葉の頭部を掴み、掻き消そうとした、まさにその瞬間。
そこに、木製バットを持った一人の少年が飛び込んできた。
何の脈絡もなく、何の前触れもなく、異無 良人は突如飛び込んできたのだ。
止まった時の空間を切り裂き、浸入し、腹の底から叫び、そして、
白令 深夜を殴り飛ばす。
ボロ雑巾のように吹っ飛ぶ深夜は叫ぶ。
「は、アッはァははっははははは、待ってたぜえぇええァッハアアアアッ!!」
ボロ雑巾のように泣き崩れた時旅は呟く。
「……遅いっ」
ボロキレを持った良人は微笑む。
「俺を置いて話を進めんじゃねえよ」
「遅いっ、遅い遅い遅い、この甲斐性なしっ」
「あーあー、ひでえやられ方してんなあ」
良人は少女の側に寄ると、その有様を確認し眉をしかめる。
右足と右腕が折られ、左腕は半ば千切れかかっている。
わき腹は深く抉られ、放っておけば出血多量で死に陥るだろう。
「あとどれぐらい生きてられそうか?」
「げ、ぅ……ごほっ、ごほ」
肋骨も何本か折れているのか、苦しそうに吐血する。
「だい、じょうぶ……ここは私の世界だから……そう簡単に死にはしないの」
「そうか。……そう、か。俺があいつを倒すまで耐えられそうか?」
「無理」
「わがままな。じゃあ希望は何分ぐらいがいい? それまでになんとかしてやる」
「五秒。それでなんとかして」
「無茶振りだっ!」
「早くしないと痛みで死ぬよ、私の精神」
「つってもなあ、秒単位じゃどうにもならねえよ」
「ううん、なんとかなるよ」
「はあ?」
「こう」
言うと、白い少女は自分の唇を、少年の唇に重ねる。
きっかり五秒間、貪るようにそうしている。
「……っ」
「なんとかなった。これで私は何時間でも痛みに耐えられる。存分に野郎をボコして来て」
「……相変わらずアレだな、お前」
「アレって何よ」
「精力旺盛」
「えへ」
「えへじゃねえっ」
「これが終わったら期待していいよ。むしろ私が期待するわ」
「何をだ」
「そりゃあ、男女が揃ってやることなんてすぐに想像付くでしょ」
「やめろ。んなこと言われるとやる気出ちまうだろ」
「……うん」
二人は軽く微笑む。
気恥ずかしそうに、互いに目を逸らす。
相変わらず、視線は交差しないのだった。
◆◇◆◇
はい、宣言通りの十万話です。
更新、遅れてしまい申し訳ありません。毎日更新で一章完結させるつもりだったのですが……少々、Key作品のリライトにハマってまして……。いやはや神ゲーでした。まだ未プレイの方は是非。
次はなるべき早く更新できるように心がけます。
では、また会えることを祈って。