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最強の無能力者  作者: まさかさかさま
第一章・動き出す指針
47/65

時旅 葉・三千六百八話

 小等部、中等部を切り抜けることには成功した。

 だけれどそれはまだまだほんの序章で、高等部に進学し、私はようやくスタートラインに立ったのだと思い知らされた。


 百十八周目の世界。

 高等部。

 一年一学期の能力試験中に火巻の能力が原因不明の暴走を起こし、偶然良人に直撃。焼死。


 百十九周目の世界。

 一年一学期、能力試験中に火巻の能力が暴走するこを見越し、良人が立つ位置を移動させる。だけれど暴走した火巻の火炎弾は良人に向かう。直撃。

 どうやら偶然ではなく、良人に向かって火炎弾は放たれるようだ。


 百二十周目の世界。

 裏工作をし、火巻には能力試験を休んでもらう。だけれど今度は違う生徒の能力が暴走し、それが良人を死に至らしめる。

 どういうことだろうか、良人を殺す暴走者は火巻でなくてもいいのか。そうなるとこれは誰かが意図的に生徒の暴走を引き起こし、事故に見せ掛け良人を殺したと推測出来る。火巻は良人と行動することが多く、過去の事件もあるため、より事故に見せ掛けることが出来るから利用したのだろう、犯人は。

 誰かが裏で糸を引いている。誰が裏で糸を引いている?


 百二十一周目の世界。

 今回は良人自身に能力試験を休んでもらう。本当に“誰か”が良人を狙っているのかどうか確認するためだ。そして案の定、この日の能力試験中、生徒が暴走することはなかった。これで誰かが良人を殺すために生徒を暴走させたという論は確実なものとなった。

 同日、帰宅途中、突如良人の足元の地面から魔物が出没。対応し切れずに重症を負う良人。そのまま、成り行きで良人と下校していた奈々乃 水羽、彦星 香苗、篤木 圧土も巻き込まれ、四人とも魔物に殺される。


 百四十八周目の世界。

 能力暴走の件と魔物出没の件が同一犯の仕業だという推測に行き着く。二つとも全く関連性のない事件だったから気が付かなかった。けれどよく考えて見ると、この二つの事件は二つの大きな共通項を持っている。

 一つは、能力暴走の件も魔物の件も、両方とも“暴走した生物が良人を襲った”ということ。つまり、生徒の能力暴走を引き起こし、良人を殺害せしめようとしている犯人と魔物をあの場に寄越した犯人が同一人物であるということ。おそらく犯人は高位の操作系異能力者だろう。

 共通項二つ目。解剖により、能力暴走を引き起こした生徒の後頭部と、良人を襲った魔物の後頭部から同様にあるはずのない水分が微量に検出された。この水が生徒と魔物を暴走、または操作していた原因だろう。


 百六十周目の世界。

 犯人が見付からない。尻尾も掴めない。

 学園中の高レベル操作系能力者は洗いざらい調べてみたけれど、どれも犯人と断定するには材料不足。

 今回は、訓練中に使用した生徒の能力が暴走し良人は死んだ。

 ……わからない。誰の能力がいつどこで暴走し良人を殺すか全くわからない。それだけではなく魔物の脅威もある。前回の百五十九周目の世界で良人は魔物に殺されたのだ。

 人気のある場所では暴走者が現れ、人気の無い場所では魔物が現れ良人を殺す。やはり犯人を排除しない限り防ぐ術はない。


 百六十三周目の世界。

 思えばなぜこれまで気付けなかったのかが不思議だ。

 暴走者と魔物が現れる時の決定的な共通条件。それは、近くに水溜りなどの一定量以上の水分があること。そして、毎回その水分を誰にも気付かれないように仕掛けている人物が居た。

 奈々乃 水羽。

 間違いない。あの子が犯人だ。あまりに犯人像と似つかわしくなかったためピンと来なかった。いや、というより、偶然か必然か、美唯ちゃんと全く同じ容貌の彼女を疑うことを避けていた。意識下でも無意識の内でも。奈々乃と美唯ちゃんはあまりにも似ている。私など、最初見た時は間違って“年齢査証してまでブラコンしたかったのか!”と突っこんでしまったぐらいなのだから。

 けれどよくよく考えてみると、犯人は彼女しか有り得ない、というか明らかに彼女が犯人である。

 以前、学園中の高レベル操作系能力者を調べたけれど、その中に奈々乃 水羽は含まれていなかった。それもそうで、奈々乃は十五組の生徒だから、操作系統は操作系統でも超低レベル操作系能力者である。

 だけれどそれは違った。彼女はあらゆる面で自分を偽っている。まず、奈々乃を低レベル能力者だと認識するのが愚考だった。いくら威力が弱くとも、あれだけ自在に水流を操れる人間が低能力者なわけがない。単に十五組に在籍するために能力テストの点数を自ら低くしているだけだ。

 奈々乃は水流を操る能力者。脳内や人体の水分を操れるほどの。

 思い出してみると、火巻の能力が暴走した時、火巻の前に奈々乃が試験を受け地面に水溜りを作っていた。他の暴走者が出る時も決まって彼女が能力を発動した形跡が見て取れる。魔物を操る場合は、事前に“仕込んである”ものを使役していたのだと思う。

 とにかく、彼女が犯人と仮定してしばらく行動をしてみる。

 まずは試しに殺してみよう。それで暴走事件も魔物出没もなくなれば彼女が犯人だ。


 百六十五周目の世界。

 前回、百六十四周目の世界で奈々乃の首を切ろうとするも失敗。夜道、後ろから襲い掛かったのだけれど返り討ちに遭ってしまった。私は殺される前にギリギリで能力を発動し、百六十五周目の世界に逃れた。

 あれは化物だ。人間ではない。

 あの人工物のような瞳は何? あの人形のような瞳は何?

 彼女からは殺気も何も感じられなかった。生気すら感じられなかった。

 超然とした、一種神々しいとも言える重圧を宿していた、いや、彼女自身が、その重圧そのものと言った方が近い。

 あれは人間以外の何かだった。魔物でもない。魔術師でもない。ましてや異能力者でもない。あれは異能力じゃない。

 生物とは何か一つ飛びぬけた存在。私はあれを討伐しなければならない。あれは邪魔なものだ。あの無垢な少女の仮面を被った暗殺者を排除しない限り、良人を生かすことは出来ない。

 だけれど私には、この時を戻す力しかない。彼女との真っ向勝負に勝ち目は無い。


 百六十六周目の世界。

 というわけで、奈々乃の机に爆薬を仕掛け授業中にテロした。何人か巻き添えが出たけれど大したことではない。

 勿論、奈々乃は爆死していた。木っ端微塵に吹き飛んだ。目の前に肉片が飛んで来たけれど踏み潰した。今の私に容赦や情けは皆無だ。そんなもの世界を百周した辺りで費えている。美唯ちゃんのそっくりさんをテロしたという事実は少し心が痛んだけれど。

 だけれど次の日、驚愕の事実が待ち受けていた。

「第四十九学区から移転して来た奈々乃 水羽ですっ、よ、よろ、よろ、よろろんっ」

 謎の挨拶と共に朝のホームルームに姿を現す奈々乃。まさしく奈々乃 水羽その人。

 鳥肌が立った。鳥肌を虫唾が駆け抜けた。駆け抜けた虫唾が脳を巡り視界を揺さぶった。揺さぶられた視界にあてられ吐き出した。

 恐怖。

 あの能天気な笑顔に恐怖することしか出来なかった。

 これが……現実? こんなものが現実?

 皆よく見てよ。あの子は……アレは、昨日あんた達の目の前で爆散したクラスメイトなのよ? 何で初対面の人間を見るような目をしてるの? 昨日の事件を忘れたの? そもそも昨日謎のテロがあったのに――――殺人事件があったのに、何で今日も普通に授業やってんの?

 アレがこちらを見て薄く微笑む。とぼけた顔で、小首を傾げ、困ったように微笑む。

 気が付けば、私は奈々乃に飛び掛っていた。

 右手にはナイフ。

 静止の声は無視。

 瞬間、あの人形のような瞳で見つめられる。

 勝てない。

 過去に逃げる。


 二百八十五周目の世界。

 もう嫌。

 もう嫌。

 もう嫌。

 もう嫌。

 もう嫌。

 もう嫌。

 もう嫌。

 嫌。

 もうアレなんか見たくない。アレが今も良人を狙っているというのに、アレへの恐怖が私の思考を独占している。今回のアレはどんな手で良人を殺しに来るのだろうか。暴走者を使うのか、魔物を使うのか。どちらでもいい。とにかくいなくなってほしい。現れないでほしい。

 最近、アレが私を見つめてくる。まるで私を知っているかのように。

 最近、アレが私を見つめてくる。まるで私が過去を遡っているのを知っているかのように。

 最近、アレが私の後をつけてくる。まるで私を飲み込もうとしているかのように。

 確信出来る。アレは私が時を巡っていることに気付いている。気付いていて観察している。人形の瞳で。

 どこに逃げても無駄。過去に逃げても無駄。

 時の概念を越えて私を観察している。

 今も。

 後ろに。

 ……何でいるのよ?

 あんたさっき死んでたじゃないっ。


 四百十二周目の世界。

 逃げる。

 何から?

 視線から。

 逃げる。

 どこへ?

 時を越えた場所へ。

 逃げる。

 なぜ?

 怖いから。

 あれ?

 私、何のために生きてるんだっけ?

 私の目的って何だっけ?

 私って何だっけ?

 逃げる。

 逃げろ。

 逃げられない。


 五百一周目の世界。

 ……ア。

 ……アアア、アア。


 六百二十八周目の世界。

 時が止まった。

 時を遡りアレから逃げ続けていたら、時が止まっていたことに気が付いた。

 何も動いていない。あの視線も感じられない。世界が止まっている。いや、私だけが動いている。違う、“私の動いた形跡が刻まれない”、だ。

 『時計錠(クロックロック)』には時を遡る以上の力も以外の力もなかったはずだけれど。

 じゃあこの現象は何?


 六百三十周目の世界。

 首を切る。動脈を裂く。心臓を抉る。

 この“過程を無視し結果だけを出す能力”――――時を止める力があれば私は無敵だった。

 奈々乃の首を切った。後ろから。特に感慨深いものは何もなかった。あれだけ恐ろしかった視線だけれど、こうなれば容易い。

 次の日、案の定出没した二匹目の奈々乃の首を切った。翌日、三匹目の奈々乃を切った。翌々日、四匹目の奈々乃を切った。

 五匹目の奈々乃を切った。六匹目を切った。七匹目を切った。

 十匹目を切ったところで理解する。こいつらは殺した次の日の零時に現れる。そして殺したその日は奈々乃による暗殺はなくなる。だからといって毎日殺し続けられるわけではない。奈々乃も私の能力にも限界はある。数瞬の発動で奈々乃を一匹駆除することが出来るけれど、その数瞬の発動が大きな疲労に繋がるのだ。毎日使用するわけにはいかない。持続的に使用するには、二日に一回の発動が限度。一週間連続で発動すれば、次の月には発動出来なくなる。連続で使用すればするだけ疲労の度合いは大きくなる。

 だけれど奈々乃の死体は残る。奈々乃を殺すたびに指をもぎ取り、それが消滅するかしないのか待ったのだけれど、一週間経っても一ヶ月経っても消えることはなかった。つまり、奈々乃は幻術の類でも、殺したら復活する類のものではない。まだ断定出来るというわけではないけれど、ちゃんと個体数が限られているという可能性が高い。上手く良人が殺されないように立ち回りながら、奈々乃の在庫が費えるまで殺し続ければいい。


 七百十周目の世界。

 分かった。一匹一匹殺しても奈々乃は絶滅しないことが分かった。

 良人を守りながら奈々乃を殺せる最高数は、今のところ二百三十七体に達した。だけれどやつらは次の日には何でもないような顔で教室に顔を出す。私の能力も少しずつ成長し、時間を停止させられる幅も広がってきているけれど、それでも無理だ。

 現時点で、連続で能力を使用できる日数は二百日を越えたけれど、それを超過すると数ヶ月単位で時を止めることが出来なくなる。毎日殺し続けることはまず不可能。奈々乃の後ろに何の組織が控えているかわからないけれど、あれだけの生物兵器を惜しげもなく毎日暗殺に仕向けるのだから、おそらく奈々乃の個体数は千、いや、万は越えているだろう。それだけの期間連日発動するともたなくなる。いくら私の能力が成長してるからといって、その成長が永遠に続くわけではない。いつ限界が来てもおかしくないし、もう限界に来ているのかも知れない。それに、良人を殺す要因は奈々乃だけではない。中等部に比べ、高等部では良人の死亡頻度が何倍にも増している。これだけの数の死を回避するためには、奈々乃だけに構っているわけにはいかない。奈々乃の根の部分を断たなければ未来は無い。


 七百十一周目の世界。

 奈々乃を監禁し、その生態系について調べ、ようとしたのだけれど、縛り上げると同時に破裂した。後には水だけが残った。

 仕方ないので時を止めた状態で解剖してみることにした。一回の発動に全念力を集約させれば数時間は止められる。その内に解剖して奈々乃の生態系を調べる。幸い、時はいくらでもあるので、解剖学はあらかた習得済み。必要とあらばその都度調べればいい。

 そして奈々乃を解剖した結果、ある一つの事実が突きつけられた。信じたくないけれど、奈々乃は生物学的に見てホモサピエンスだった。れっきとした動物界・脊椎動物目・霊長目類・真猿亜目・狭鼻猿下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒトだった。つまり私が殺してきたあれらは、全て個人個人のヒトなのだ。

 おぞましい。同一人物がこの世にこれだけいるという事実に、現実に目を背けたくなってしまう。しかもそれが全員、美唯ちゃんと同じ顔なのだ。ただただ吐き気がする。けれどそんなことは今に始まったことではない。これまでの時間旅行で私は数え切れない非人道的研究や実験を見てきた。その中にはクローン精製法や複製術もあった。今更怯えるわけにはいかない。


 九百五十六周目の世界。

 奈々乃を断つことは諦めよう。いくら調べても研究しても、アレがどこから出現してくるのかわからない。奈々乃を使役しているらしき組織も尻尾ひとつ、毛ひとつ、影ひとつ見せない、掴めない。

 転送術式で送られてくるのか、それともその場で精製されるのかどうなのか。何も分からない。分かることは、必ず奈々乃は一固体だけでしか活動しないということ。おそらく、ベースとしての術者が居て、そいつが奈々乃を直接意思疎通をし操っているのだろう。だから一体までしか動かせない、と考えるのが妥当なのだけれど、術者が本当に居るのかどうかは怪しい。いくら調べても、それらしき証拠が出てこないのだ。奈々乃一個人で動いているとしか思えない。操られているような要素も皆無。手の付けようが無い。

 とにかくアレからは手を引く。奈々乃を必要に応じて削除、妨害し良人を殺させないよう立ち回りながら、他の死因を排除する路線に変更しよう。かなり無理があるけれど、私の能力はまだ伸びている。というか留まるところを知らない。いつか限界が来るのだろうと思っていたのだけれど、そんな気配は無い。伸び白が地平線の彼方まで延びている。我ながら恐ろしく、そして理不尽な能力。いくらかすれば、今無理なことでもいつかは可能になる、なってしまう。

 なぜ私にこんな力が? なぜ私? そもそもこんな力があっていいのだろうか?


 千周目の世界。

 疲れた。


 千百十一周目の世界。

 一年十五組の担任である火雷 京二が良人を殺害した。どうやら火雷は学園の裏を探っていたようで、そこから良人のある情報を入手してしまい、良人を殺害したのだろう。私も、百周目辺りで見付けた良人の真相。あれを見られてしまったのだ。だから良人は火雷に殺された。


 千百十二周目の世界。

 事前に火雷を殺した。


 千百二十周目の世界。

 火雷は殺すのではなく、利用した方が効率が良いことが判明。


 千百二十五周目の世界。

 火雷が入手する学園暗部の情報を私の手で制御することに成功。これならば泳がせながらも、火雷が良人を殺すことはない。


 千五百周目の世界。

 良人を『烏合の衆(レジスタンス)』に入団させた場合での生存率がゼロなことが判明。絶対に入れさせてはならない。特にあの自称神――――神々 鬼々は危険。近付いてはならない。関わってはならない。干渉してはならない。



 二千周目の世界。

 限界。



 二千八十周目の世界。

 私は機械。私は機械。私は機械。私は機械。私は機械。


 二千百三十七周目の世界。

 100100010111100101001010100010110100010111111001001111100110、


 三千周目の世界。

 自我崩壊。


 ――周目の世界。

 殺す。守る。発動。阻止。攻撃。浸入。暗殺。休息。爆破。工作。実験。保持。隠蔽。

 失敗。

 対象が死亡。

 リセット。



 ――周目の世界。

 這う。



 ――周目の世界。

 。。。。。



 ――周目―世界。



 ――周――世界。



 ――周―――界。



 ――――――界。



 ―――――――。



◆◆◆◆


 ――周目の世界。


「やあ」

 、、、、。


「さすがにもう自我を保てなくなったんだね。脳は目的を果たすためだけの演算機、身体は目的を実行するためだけの機械と化してるね。うん、実に美しい」


 、、。


「おっと、時なんか止めても意味はないよ。ぼくには通用しない」


 、、……、、。。


「ふふ。もっと早くに――――そうだね、五百周目辺りでこうなると読んでいたのだけれど、存外強い子だったんだね。まさかここまでもつとは思わなかったよ。……といってももう聞こえてないかな?」


 。。、、1。。


「まあ。君の目的――――あれを生かすという目的を果たすだけなら、自我は崩壊していた方がいいのかも知れないけれどね」


 、、・000。


「でもそれだと意味がないんだ。感情が失せてしまっては育つものも育たなくなる」


 。


「君の自我を修復してあげよう。壊れるたびに、ね。ただ、ぼくとの会話は忘れてもらうけれど」


 、


「頑張ってねえ――――くすくすくすくす」


◆◆◆◆


 三千六百八周目の世界。

 二千周目辺りから記憶がない。いや……記憶はある……記憶はあるのだけれど、まるでその間の感情を喪失していたような気がする。他人の記憶を植え付けられたような。

 一度精神が消え去り、また同一の精神を植えつけられたような奇妙な感覚。

 この私は私であって私ではない。

 最初の私と地続きではない。

 同じ魂だけれど、違う魂。

 時計がこの身体、電池がこの精神と仮定して、その時計の電池だけが交換されたかのような感覚。

 推測出来るのは、私の自我が崩壊し、長い時を経ることで身体が新たな精神を生み出したのかも知れない。精神が無いところに知能はなく、知能のないところに身体はなく、身体のないところに精神はないからだ。

 だから今の私は前回の私の記憶を引き継いだ別もの。

 私でない私の記憶が告げる。良人を生かせと。

 私でない私の感情が嘆く。良人を殺させたくないと。

 だから私は動かす。私でない身体を、私の目的でない私の目的のために。

 時を巡り続ける。

「……なに、これ」

 鏡を見てしまった。

 鏡が見えてしまった。

 それは遅かれ早かれ気付く事実だったし、気付いたところで何か直接的な被害があるわけでもなかったのだけれど、それでも気付いてしまったことを呪う。

 鏡に映った自分の姿。

 真っ白な――――空白色の髪の毛。人のものではない白髪。

 そして、同じく人のものではない爛々と輝く真紅の瞳を見てしまい、発狂してしまいそうになる。

 自慢だった、長く黒い髪の毛は、別の白い空白で埋められていた。

 肌もやけに白い。それは奇しくも、都合が良いという理由で手に入れた特待生という地位専用の白い制服と相まって、怪物的、一種神秘的にすら見えた。

 鏡に映る生物が気持ち悪くて仕方ない。

 鏡に映る生物が、真紅の瞳を細め、不気味に微笑む。凄惨な笑み。

 鏡に映る生物が、真紅の瞳から、同色の真紅の涙を流す。凄惨な笑み。


「あ、あは、あっはっはははっは「ははは「ハハハ「刃刃刃刃「ははは「は」「はははは」


 鏡を割る。

 叩き割る。

 破片を更に破片にする。

 破片を粉にする。

 何も映らなくなるまで踏み潰す。


「私じゃない私じゃない私じゃないっ、こんなの、こんなのっ私じゃないィイイっ!!!」


 鏡を割る。

 探し出しては割り、探し出しては割る。

 ガラスを割る。

 探し出しては割り、探し出しては割る。

 割るたびに破片が飛び散り、肌が裂ける。

 裂けた皮膚からは、冷たい血が流れ出る。

 そこで気付く。

 自分の体温が、とても低いことに。

「嘘……」

 即席で体温を測る。

 十八度。

 人間の平熱より十八度も低い。

「嘘、嘘嘘うそ、うそうそいや、いやいやいやいやっ」


 私という人間はとうの昔に費えていた。


 ここに居るのは人の形を模した別の怪物だった。


 そっか。


 そもそも、人がこんな馬鹿げた能力を扱えるわけがなかったんだ。


 人の精神で世界を百周も二百周も出来るわけがなかったんだ。


 私は何て名称の生物だろう?


 それから私は、永劫のような時を巡り続けた。


 何のためにかは、もうわからない。


 目的だけがあって、私はただ目的を目指すだけ。


 そこがきっと帰る場所なのだと信じて。


 時の路に迷い続ける。


◆◆◆◆



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